10:デート(2)
大陸の東側に位置するベイル帝国は、海岸沿いの港町を中心に商業の国として栄えている。
嘘か真か、海を超えてやってきた彼らの祖先である商人ルードヴィッヒが港に街を起こしたのが国の始まりらしい。
そしてその名残からか、ベイル帝国は他国との貿易が盛んで、特に港町にほど近い帝都では異国の文化や商品が多く入ってきている。
リリアンは帝都でも特に異国情緒あふれる商店街に着くや否や、露店に釘付けになっていた。
「す、すごい!」
一列に並んだ露店には、手作りのアクセサリーやおもちゃ。調理器具に布まで様々なものが並んでいる。
いつもリリアンが身につけているものよりも質素なのに、どれもこれもが輝いて見えた。
その中でも、特に彼女の目を引いたのはやはり食べ物だった。
焼き鳥に揚げ団子。芋のようなものを薄く切り串に巻いて揚げたものに、わたあめなど、見たことのない料理がずらりと並ぶ景色にリリアンはじゅるりと涎を垂らした。
屋台の料理は大概が茶色く、彩りがない。加えて忙しい市民が歩きながらでも食べられるように、串刺しだ。
生粋のお嬢様のいつもの食事と比べるとだいぶ粗末な食事だが、それでも香ばしい匂いと活気ある店主の呼び込みにつられ、気がつけばリリアンの両手は食べ物で埋め尽くされていた。
「リリアン、そんなに食べたら夕飯が食べられなくなるぞ?」
「今日はいらないって言ってあるから大丈夫よ。ジェレミーもどう?」
リリアンは隣を歩くジェレミーの口に焼き鳥を突っ込んだ。『どう?』などと聞いておいて、返事を聞く前に口に突っ込むのはどうかと思う。
だが、普段はなかなか見られないリリアンの町娘スタイルと純粋な上目遣い負けて、彼は何も言うことができなかった。
おさげにメガネに茶色のワンピース。さらにその上に黒いローブという地味な格好でも可愛いのが悪い。
「……惚れた方が負け、とはよく言ったものだな」
「何の話?」
「焼き鳥が美味いって話」
「そう? あ、わたあめも美味しいよ」
「右手に焼き鳥、左手にデザート……、贅沢だな」
「でしょう?」
リリアンはジェレミーの空いている方の手にわたあめを握らせると、なつかしそうに大盛況の屋台を見つめた。
「こんなご飯、昔の討伐以来だわ」
「そうだな」
過去、浄化の魔法師として魔塔から正式に認定を受けて以降、リリアンはヨハネスの婚約者になるまでの約1年間だけ、魔獣討伐軍に属していた。
討伐に赴いた回数は数える程度だし、大規模な討伐に赴いたことはないためにその当時の記憶はあやふやだが、彼女はその討伐での野営飯が美味しかったことだけは今でもしっかりと覚えている。
保存食の缶詰もなかなかだったが、やはり1番美味しかったのは塩しか降っていない焼き鳥だ。
あの時を思い出したリリアンはクスッっと笑みをこぼした。
「あれは死と隣り合わせの緊張感というスパイスが加わっているからか、さらに美味しかったわ」
「覚えているのは焼き鳥だけかよ……」
主に食べ物の思い出しか話さない彼女を、ジェレミーは生暖かい目で見下ろした。
「そ、そんなことないよ! 色々覚えてるよ! ほら、たとえばジェレミーが初めて討伐軍に加わった時のこととか!」
「本当に?」
「本当だよ! 確かあの時、隣国の討伐隊と遭遇したんだよね? いやぁ、あれは怖かった!」
「へぇー。怖かったんだ」
そう言われて何かを誤魔化すように視線を泳がせるリリアン。
そんな彼女の姿を見て、当時のことを思い出したジェレミーはクツクツと笑い出した。
*
あれは6年前のこと。帝国の北の森、隣国との国境近くで魔獣のスタンピードが起きたため、浄化の魔法師としてリリアンが魔物討伐に同行した時の話。
その森で帝国の討伐軍は、当時関係が最悪だった隣国の討伐軍と出会したのだ。
気性の荒い自国の魔法師と気性の荒い敵国の魔法師。
そこでチンピラ同士の喧嘩が起こるのは最早必然だった。
そんな両者が睨みを効かせる中、このままでは危うく戦争になりそうというところを、リリアンはたった1人で仲裁に入ったらしい。
なかなか、森の浄化が進まずにイライラしていたのだろう。
彼女は父親であるハイネ公爵もびっくりなほどの剣幕で両軍の魔法師を睨みつけ、ドスの効いた低い声で
『てめーらのすべき事は何だ? ここには戦争に来たのか? あ?』
『違うと言うのなら集中しろ。仕事しろ。人間じゃなく魔獣を始末しろ』
『口答えすんな。殺すぞ。給料泥棒が。死ね』
『上官命令を無視する軍人に生きてる価値なんてねぇんだよ、害虫が。駆除すんぞ、コラ』
と言い放った。
知りうる限りの罵詈雑言を浴びせるリリアン。
さっきまでニコニコと柔らかい雰囲気を纏っていた無邪気で愛らしいご令嬢の豹変ぶりに恐れをなしたのか、チンピラ軍人は当時わずか14才の、それこそ剣も持たないリリアンにひれ伏すと、その後鬼神の如き働きを見せたとか。
『怖かった』なんて言っているが、怖かったのは向こうの討伐軍だったはずだ。
「フッ。二重人格……」
今でも当時のことを鮮明に覚えているジェレミーは、ついに堪えきれずに吹き出した。
今でこそ皇子の婚約者として落ち着いた貴族令嬢の皮をかぶっているが、本当の彼女はそれとは真逆の性格をしている。
そもそも普通の貴族令嬢は、たとえ浄化の才能があったとしても魔獣の討伐になどいかない。
それなのに嬉々として討伐に向かう上に、その危険な討伐でのご飯について懐かしそうに語っているのだから、リリアンは普通ではない。
『さすが、ハイネ家の娘だ』と笑いがとまらないジェレミーに、リリアンは頬を膨らませてポカポカと彼の背中を叩いた。
「あの時は仕方がなかったのよ! 喧嘩どころではなかったし、ね? わかるでしょう!?」
「そうだな、仕方がなかったな。ククッ」
「もう! 笑わないでよ!」
「笑ってない」
「笑ってる!」
「笑ってないってば」
「嘘じゃん! 絶対笑ってるもん!」
焼き鳥片手に『笑ってる』『笑っていない』の言い合いをしながら戯れ合う二人。その姿は側からみれば、ただの仲の良い恋人同士に見えた。
おそらく行き交う人々の目にも、屋台のおやじの目にもそう映っただろう。
ジェレミー自身もリリアンとのこの雰囲気は悪くないと感じていた。
(口調も態度も、兄上といる時より砕けているし、距離感も近い……)
ジェレミーが年下だからだろうか。それともジェレミーには心を許しているからだろうか。リリアンはいつも、彼の前でだけ、他の人には見せない姿を見せる。
彼女自身が自覚していなくとも、深層心理の部分で自分が一番彼女に近い存在となっていれば良いのに。そう強く思う。
ジェレミーは不意にリリアンの髪に触れると、結っていたおさげを片方だけ解いた。
彼女の艶やかな銀髪がふわりと風に揺れる。
「何するのよ、せっかく変装したのに」
「おさげより、髪を解いている方が好きだ」
「あらそう? じゃあ解こうかしら」
「あと、眼鏡も。ない方が好き」
「そう?」
「うん。好き」
リリアンはジェレミーが言うならと、もう片方のおさげを解き、眼鏡を外してローブのフードを被った。
「好きだよ、リリー」
「ん? ありがとう?」
「うん、可愛い。好き」
「どうも? そんなに褒めても何もでないわよ?」
その『好き』に込められた思いが何であるかわからないリリアンはキョトンと首を傾げた。
(まだ、そのタイミングじゃないんだろうか)
ジェレミーはグッと拳を握ると、自分の気持ちを誤魔化すように笑みを貼り付け、リリアンの手を塞ぐ串を取る。
そして、空いている自分の手を差し出した。
「他には何が見たい?」
「あっちのぬいぐるみが見たい! あと、古書店に行きたいわ!」
「了解」
もうすっかり、自分の手を覆えるくらいに大きくなったジェレミーの手を掴むと、リリアンはまた、ふにゃっと笑った。
「今日はそう簡単には帰さないからっ」
「望むところだ」
二人は手を繋ぎ、商店街のさらに奥へと進んだ。




