二〇二二年十一月十六日
二〇二×年、急速に進む円安と物価高に人々は疲弊し、倦怠と諦念が世を支配していた。懸命に働こうとも暮らしは楽にならず、生きることだけで精いっぱい。そんな日々の中、追い打ちを掛けるような一つのニュースが世界を巡った。
――うまい棒、値上げ。
その報せは、希望の見えぬ日々を歯を食いしばって耐えてきた人々の心を決壊させ、日本各地で暴動が発生。うまい棒を求める暴徒たちはスーパーマーケットを襲撃した。事態を重く見た日本政府は全国に戒厳令を発令して自衛隊を出動させ、暴徒の鎮圧を開始。火炎瓶で武装した暴徒と各地で激しく衝突した。しかしその勢いを止めることはできず、暴徒たちは国会を占拠し、行政機能は完全なマヒ状態となる。そして数年が経ち――
――日本は、暴力が支配する無法地帯と化していた。
「ヒャーハハ! 食糧とガソリンとうまい棒をよこせぇっ!!」
手斧を持ち、素肌にトゲの付いたジャケットを着たモヒカン男が、走る一人の少女を追いかけていた。もはや誰も修繕することのない割れたアスファルトの地面を少女は懸命に駆ける。その腕に宝のように、うまい棒(チーズ味)を抱いて。
「あっ!」
隆起した地面につまづき、少女は地面に倒れた。うまい棒を庇うために手を突くことができず、顔を強打した痛みに奥歯を噛んで耐える。しかしその時間は、モヒカン男が少女に追いつくには充分だった。傍らに立ち、モヒカン男が嘲るような目で少女を見下ろした。
「かわいそうになぁ。うまい棒なんざ持ってっから、死ぬことになんだぜぇ?」
モヒカン男を見上げる少女の目が恐怖に震える。モヒカン男は手斧を振り上げた。少女は固く目を瞑った。
「あばよ」
無慈悲な宣告が響く。手斧が空気を裂く音が聞こえ――
「な、なんだてめぇは!?」
モヒカン男の狼狽した声に、少女は目を開けた。そこにはいつの間にか、二十歳そこそこの精悍な青年の姿があった。
「……消えろ。貴様のようなゲスにうまい棒を手にする資格はない」
わずか二本の指で手斧の刃を挟み、青年は静かにモヒカン男を恫喝する。ピクリとも動かない手斧に動揺しながら、モヒカン男は野良犬のように吠えた。
「うるせぇ! し、死にてえのか!」
言うなりモヒカン男は手斧から手を放し、青年に殴りかかった。青年は事も無げに拳を躱すと、
「ほぉわちゃぁーーーっ!!」
気合の声と共にモヒカン男を人差し指で突いた。そして青年は戦いの構えを解き、モヒカン男の脇を通り過ぎて少女の傍らで片膝をつく。
「ま、待ちやがれ! まだ――」
青年に向かって放たれたモヒカン男の声は、しかし静かな青年の言葉によって遮られた。
「二百八ある経絡秘孔の内、『きれいなジャイアン』を突いた。お前はすでに、清らかだ」
青年の宣告と同時にモヒカン男の顔がゆがみ、骨格が整い、髪が生えそろって七三分けになる。元モヒカン男は純粋な瞳で青年を見据えると、地面に額づいて言った。
「申し訳ございませんでした!」
青年は答えす、少女に手を伸ばす。何が起きたのか理解できず、少女はパチパチとまばたきをした。
「も、もしや、貴方様は、ラ王さまでは……?」
物陰に隠れていた一人の老人が姿を現わし、青年に問う。少女の手を取って立ち上がらせ、青年は首を横に振った。
「俺はラ王ではない。俺の名は、チャルメラだ」
そして青年――チャルメラは、少女と老人に背を向けて去っていった。その背を見つめながら老人はつぶやく。
「ラ王さまでなくとも、あの方はきっと救世主じゃ。あの方はきっと、我らを、この国を救ってくださる――!!」
ハラハラと涙をこぼす老人を横目に、少女は大きな声で
「ありがとう!」
と叫び、青年の姿が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
私の頭の中は二十四時間だいたいこんな感じです。




