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雑記  作者: 曲尾 仁庵
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二〇二二年十月三十日

 トラック無双は一人称傍観者視点を採用していますよ、という話を以前したんですけども、そして一人称傍観者視点というのは基本的に採用するメリットに乏しくデメリットが大きいのでヨソではあまり見ない表現形式だと思っていたんですけど、よくよく考えてみたらこれって、


 実況


なんだなと気付いた。実況を文字起こしすれば一人称傍観者視点になる。なんか、ごめんね。特殊なことやってる感出しちゃってたけど、普通だったわ。普通に存在する表現形式だったわ。恥ずかし! 恥の多い人生を送って参りました(現在進行形)。




 西側の扉が軋みを上げて開け放たれ、姿を現わしたのはスラリとした長身の、一見すると戦いの場に身を置くとは思えない優しげな風貌の青年であります。しかしその肉体は筋肉という名の甲冑に覆われ、行く手を阻む者をことごとく粉砕してきたまさに重戦車。デビュー戦以来十戦無敗。最短距離で頂点への道を駆け抜けたスピードスターであります。彼を知る者は口々に彼を称え、彼をこう呼んでおります。すなわち、『勇者』と。

 ファンの声援に応えながら、勇者は花道を堂々と進んでまいります。まるでこここそが俺の舞台だと、そう言いたげな、ある種の傲慢とも言うべきこの態度。挑戦者でありながらすでに王者の風格、あるいは身の程を弁えぬ愚者の増長か。敗北などわずかも考えていない若獅子の小気味良い不遜が城内を沸かせます。

 さあ、トップロープを軽やかに飛び越え、今、リングに勇者が降り立ちました。あっと、会場からは『勇者』コールだ。新たな事態の到来を人々は望んでいるのか。絶対王者を討てと、人々は勇者に望んでいるのか。勇者が軽く手を上げて人々に応えます。しかしながらその目は、じっと一点をにらみ据えております。そう、その視線の先には、マット界の絶対王者、三十年無敗の怪物。その圧倒的なパワーであらゆる挑戦者を抹殺してきたチャンピオン。あまりの強さに付いた仇名こそがその存在を的確に表している。人々がその男を『魔王』と呼びならわして以来、いったいどれだけの月日が流れたのでありましょうか。

 魔王は一段高い場所にある玉座に座ったまま、勇者を睥睨しております。その表情は漆黒のマスクに覆われ、うかがい知ることは叶いません。しかしその視線は確かに勇者を捉え、両者激しい火花を散らせております。この高低差がそのまま彼我の実力の差だと言わんばかりの、強烈な自負が垣間見えます。絶対王者、魔王としてのプライドが、こんな若造如きにベルトを渡すものかと、激しい敵意となって勇者にぶつけられております。

 ああっと、ここで魔王がマイクを要求しているようです。魔王、まさかのマイクパフォーマンスか!? 先日知命を迎えた老獅子が、若き獅子に何を伝えようというのか!


「あー、勇者よ」


 おっと、これは相手に答えを要求する呼びかけスタイルか。スタッフが慌てて勇者にマイクを渡します。予定外の事態にスタッフの苦労が偲ばれます。


「なんだ、魔王よ」


 勇者も若干戸惑い気味でしょうか。これから首を獲ろうという相手からの呼び掛けに警戒の色が見て取れます。


「昨日はよく眠れたか?」


 まさかの、まさかの体調労り発言!? 絶対王者の余裕か、はたまた過信から来る油断の現れなのか!? 勇者は何と答えるのでしょうか?


「ぐっすり眠れたよ」


 おおっと、勇者は冷静だ。むしろ挑発的な回答に魔王はどう出るのでありましょうか?


「それはよかった」


 よろこぶんかーい! 何がしたかったんじゃーい! おっと、失礼しました。思わず本音が。


「ありがとう」


 勇者もお礼言うんかーい! 実は仲良しかーい!


「ところで、試合終わったら飲み行こうぜ。いい店見つけたんだよ」


 やっぱり仲良しかーい! 楽屋でやらんかーい!


「おごりなら、是非」


 受けるんかーい! 緊張感足らんのやないかーい!


「いくらでもおごるわ。なにせ――」


 おっと? 魔王の声がどこか重く鋭い響きを帯びていきます。いったい何を言おうというのでしょうか?


「――王座防衛の祝勝会だからな」


 これは、何という自信! 今はっきりと、魔王が勇者に勝利宣言であります! さあ、勇者はいったい何と答えるのか!?


「残念ながら、そいつは新チャンピオン誕生記念祝賀会に変更だ」


 うおお、こちらも一歩も引かぬ傲岸ぶり! 勇者がマイクをリングに叩きつけます。魔王は玉座から立ち上がり、なんと! 大きく跳躍してリングへと降り立ちました! 齢五十を越えてこの身体能力! この男に限界はないのか!? 人間存在の中にこの男を凌駕する者は果たして存在しうるのでありましょうか!

 さあレフェリーが二人を中央に呼び、ルールの説明を行います。魔王と勇者、世紀の頂上決戦! 果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでありましょうか! 新たな時代の幕開けか、背負う歴史が新たな潮流を無慈悲に打ち砕くのか!


 さあ、運命のゴングです!




 一人称傍観者視点、実況風小説。お楽しみいただけましたか?

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