二〇二二年七月二十一日
「いい加減白状したらどうだ? 犯人はお前以外ありえないんだよ!」
バン! と机を叩き、刑事が怒鳴り声を上げる。しかし容疑者はまるで怯む様子もなく、むしろ面白がるような表情を浮かべた。
「私以外に犯人はいない、と言うわりに、具体的な証拠は見せてくれませんね。凶器は何ですか? 私の指紋でも出ましたか? 動機は? どれか一つでも教えてくれませんか? 私が犯人です、と私が言いたくなるようなものをね」
刑事は一瞬だけ苦々しい表情を浮かべ、すぐに消した。代わりにふんっと鼻を鳴らす。状況証拠で任意同行をかけ、自白で逮捕、送検をしようという魂胆が透けて見えた。それに気付いているのだろう、容疑者は余裕たっぷりに、どこか刑事を憐れんでさえいるようだった。容疑者の態度が気に入らなかったのか、刑事が険しい顔で再び机を叩こうとした、そのとき――
「失礼します」
そう言って取調室に入ってきたのは、どこかトボけた顔の中年男。刑事、なのだろうが、人の好さそうな雰囲気はむしろ大衆食堂の店主といった風情だ。取り調べをしていた刑事と記録を取っていた刑事が同時に不快そうな顔をする。トボけ顔の男は二人から嫌われているらしい。しかしトボけ顔の男はそれをまるで気にしてないようだった。
「取り調べ中だ! 勝手に――」
「すぐに終わります」
刑事の怒声を遮り、トボケ顔の男は容疑者に向き直ると、真剣な様子で言った。
「私に、三分だけ時間をいただけませんか?」
容疑者はわずかの間、不可解そうに眉を寄せたが、すぐに余裕を取り戻し、鷹揚に頷いた。
「どうぞ。三分と言わず」
ありがとうございます、と礼を言い、トボけ顔の男は懐から何かを取り出した。刑事たちがうんざりした顔でため息を吐く。取り出されたものを見て容疑者は目を丸くした。それは、どこにでもあるカップラーメン――
トボけ顔の男は、今度は懐からポットを取り出し、カップラーメンのふたを開けて湯を注いだ。カップラーメンの匂いが辺りに漂う。ふたを閉め、さらに懐から文庫本を取り出してふたの上に乗せた。
「……なにを?」
どこか震える声で容疑者がつぶやく。しかしトボけ顔の男は何も言わず、ただ時間だけが過ぎていく。やがて、最初にトボけ顔の男が言った通りに、三分が経過した。トボけ顔の男はふたを剥がし――
「仕方なかったんだ!」
容疑者の男はうつむき、ぼろぼろと涙を流して話し始めた。幼い頃に両親と死別し、親戚の家をたらいまわしにされ、頼むものは己のみと信じて生きてきた。高校には行けず、独学でプログラミング技術を学び起業。会社は順調に業績を伸ばし、若手起業家として注目され始めた。彼は過去を改ざんし、若手起業家のイメージに相応しい経歴をでっちあげていたが、あの男――週刊誌の記者を自称する男――は彼の過去を調べ上げて脅してきた。ようやくつかんだ地位が、幸せが、壊される。そう思った時、彼は記者の男の首を絞めていた。
告白を終えた容疑者に、トボけ顔の男がそっとカップラーメンを差し出す。受け取ってひと口すすり、容疑者は泣き笑いの顔で言った。
「昔、一度だけ、母さんが作ってくれたんだ」
こらえきれず、容疑者は大きな声を上げて泣き始める。トボけ顔の男は優しい眼差しで容疑者を見つめていた。
彼の名前はラーメン刑事。彼の差し出すラーメンの湯気は、冷たく固まった容疑者の心を解きほぐすという。彼は今日も取調室を訪れ、容疑者に話しかける。
「私に、三分だけ時間をいただけませんか?」
だって思いついちゃったんだもの。




