二〇二二年五月十六日
今でもたまに思い出すことがある。もう何年も前の、ささいな出来事。
その日、私はお皿を洗っていて、それなりに疲れていて、ぼんやりとしていて、そして洗剤にまみれたお皿というのは思いのほか滑りやすいものでして。とまあここまで言えば何が起こるかは想像に難くない。案の定、私はお皿を床に落とし、お皿は見事、派手な音を立てて粉々に。
あぁあ。
床に散乱したお皿の破片を見下ろし、私は大きく息を吐いた。それなりに使い勝手のいいお皿だった。それなりに気に入っていた。それなりに、よく使っていたお皿だった。破片を拾って、袋にまとめて、掃除機をかけなきゃ。ガレキのゴミの日はいつだっけ。ぼーっとそんなことを考えていた私の耳に、かわいらしい声が聞こえた。
「わたしがいってたすけてあげなきゃ!」
当時、隣家には若い夫婦に子供が二人の四人家族が住んでいて、末の子が四歳くらいの女の子だった。活発で物怖じしない子で、道ですれ違うと元気よく挨拶をしてくれていた。私がお皿を割った日は夏の始めで、こちらも窓を開けていたし、おそらくお隣さんも窓を開けていたのだろう。皿の割れる音は思いのほか大きく響いて、お隣のその女の子の耳にまで届いてしまったのだと思う。
「わたしがいってたすけてあげなきゃ!」
使命感に満ちたその言葉と共に、どたどたと走る音が聞こえる。そして慌てるようなお母さんの声。あんたが行っても迷惑になるからやめなさい! きっと捕獲されたのだろう、足音はすぐに聞こえなくなった。私は吹き出すように笑って、そしてきっと――救われた。
お皿は割れてしまったけれど、悲しい気持ちにならずにすんだよ。ありがとう。