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尖り

作者: Weller

 僕は昔から日常に満足してなかった。毎日同じ道を自転車で走っていると、なぜ走っているのかと考えるし、どうして急がなきゃならないんだと考えるし、大きくまわり道をしようかと考える。このまま那須高原まで行ってしまおうかとも考える。自転車をこいで高校に通い、自転車をこいで家に帰る日々にどうして耐えられるのかが不思議でしょうがなかった。この世の誰が真夏に自転車をこいで学校へ行き、燦々とした太陽を横目に授業を受けたいんだ?そして僕はカントみたいに考察し内省を繰り返した結果、一つの真理(いまだかつて誰も知り得なかったことは間違いない。)に到達した!それは、きっと風を切るのが楽しみなんだ。自転車をこいで退屈な道をつまらなそうに走っている時でさえ、風があるから自転車を放り投げたい気持ちにはならない。そんな単純な理由であるわけがないって思うかもしれないけれど、案外僕は単純な人間で、きっと君もそうだ。

 僕が自転車に乗って一番興奮した時の話をしたい。めちゃくちゃ寒い日に凍えながら登校したときのことだ。指先が動かなくて、顎が震えまくってる、足はずっと痛かった。そんな日が楽しいわけがないけど、一番鮮明なんだ。それと初夏の高速道路でオレンジのランボルギーニと自転車で並走したのは忘れられない。

 


 冬は嫌いだ。服はかさばるし、朝は暗いし、雪が降ればたちまち景色がモノクロになるから。雪であたり一面が真っ白に染まって、そこに誰の足跡もないなら僕だって冬は好きだ。でも、いくら早起きしても轍がそこら中にあって、道路の脇に汚れた雪がよけられてるのを見ることになる。朝降った雪が、帰りには踏むと水のようにぴしゃりと潰れる氷になるのも嫌い。靴に水が入って足先が凍ってしまうくらい冷える時に、僕は夏を願う。

 街路樹の葉が全部落ちて、風は肌に痛い、特に髭を剃った日の朝はマフラーがないと耐えられない。誰も同じコートを着て、白い息を吐きながら歩いている。ベンチに座る男は肩をすくめて、両手を尻の下に隠してる。バスを待つ女の人は、吐息で冷えた指先を暖めている。冗談と思うかもしれないけど、広瀬通はバス停おきにこんな風景が、全くの違いもなしに続いている。バス停を通るたびに僕はベンチに座る男、口を手で覆う女、マフラーに顔を埋めて歩く人を見ることになる。そして、今日もあの薄桃色のコートの女の子がいるだとか、ホテル木町は変わらず廃墟だとか、そういうことを考えてはあまりの退屈さにまた夏を願う。

 辟易することに冬は全てに白黒をつける。例えば君がバートンのスーツを着て颯爽と歩みを進めるうちに、凍った水溜りで滑ってスーツが泥だらけになったなら。その冬は歴史的な大敗を喫する、君はいくら愚痴を吐いても腹が収まらないさ。例えば君が素敵なコートを着た女の子と、肩を寄せて定禅寺通りを歩いているうちにふと手と手が触れ合って、二度と離れなかったなら。その冬は雪の結晶のような輝きを持つ。

 さて僕は12月18日、ひどく曇った木曜日、喉の痛みで目が覚めた。くらっとくる怠さがあって、口の中が熱を帯びていた。窓を開けて深呼吸をすると、寒気は喉を刺すように痛くて、肺はぴりっと痒くなった。僕はふらふらと一階へと階段を降りて、洗面台で顔を洗ってうがいをした。眼鏡を自室に忘れてしまったことに気付いて、またふらふらと階段を引き返すと、二階についたところで息が切れた。大病だ。そう思った。体温を測って、薬を飲んで寝よう、高校にはインフルエンザと申告して出席停止を頂こう。僕は少し浮ついた気持ちになった。僕はあまり体調を崩さないものだから、風邪で休むという決心をするのは久しぶりのことだった。ただ決断は熱が出ているかどうかにかかっていた。ひとつ、僕は36.7℃だった!僕はどうにか体温を上げようとして、ストーブに体温計をくっつけたんだけど、45.0℃、これはやりすぎだった。

 すっかり興奮は冷めて、風邪薬を飲んで学校に行くことにした。僕は自転車に乗っていつもの寂れた住宅地を駆けた。ところが僕は「田舎道」を出たあたりからずっと頭が痛くなっていた。喉は冷気に晒されて乾燥して、鼻の奥から血の香りが漂う。ああ、僕は休むべきだったんだ。そう思っても一度来た道を引き返すのは嫌だったし、僕は皆勤だったから今日も行くしかない。世界史の小テストもあるし。僕の手は冷たさしか感じてなくて、足は凍り始めていた。

 僕の意識が内側に行き過ぎて、僕はちょっと自転車を滑らせた。長命ヶ丘の下り坂が見事に凍っていたんだ。すごく長い間滑ったようだった。僕は起き上がると膝をひどく擦りむいているのに気づいた。手のひらからも血が出ていた。けれどすぐに自転車を漕ぎ始めた。すごく痛かったけど、保健室に行くのが手っ取り早いと思ったから。

 決意って長くは続かないだろう。僕にとってはいつものことで、僕は宮城学院の坂を登りながら色々考えた。今なら親に電話をかければ学校まで送ってくれるかもしない。だめだ、自分で行くって決めたんだから、迷惑はかけられない。あと二十分でホームルームなのに学校まで5kmもある。頭も痛いし、膝も痛い。指先は凍ってブレーキパッドを握るのすらしんどい。学校なんて休んでもいいのにさ、どうしてこんな暗い曇り空の下、こんなに痛くて苦しい思いをしているんだろう。

 ふと雪が降ってほしいと思った。それは意外な発想だった、僕は温かいコーヒーとオールドファッション・ドーナツを所望するべきなのに。ただ寒い日に、雪が降ることでどれだけ気分が良くなるか君は知ってるかい?僕はちょっと楽しい気持ちになった。子どもの頃、よくお兄ちゃんと雪だるまを作ったことを思い出した。そうだ、僕は冬が好きなんだ。これは少し奇妙かもしれない、あるいはみんなそう思っているかもしれないけど、雪が口に入って肺を冷やす時、僕は幸せなんだ。小さな頃からずっと続く習慣だった。雪が降っていると大きく口を開けて上を見上げる。そして雪を食べる、食べるというには微かであるけど、一粒の結晶が、僕に舞い降りてくる時に僕はようやく冬を迎えるんだ。

 僕はその時、冬を待ち望んでいた、桜ヶ丘の坂道を駆け降りながら、寒々とした人々を横切りながら。僕は口を開けて、思い切り息を吸った。火照った肺に冷たい空気を送り込んで、僕は生まれ変わる。風は鋭利になり、僕の耳を裂く。それでも僕は思い切り漕いだ。風が顔を切りつけて、足先はもう何も感じないのに、僕はまだ生きていた。そして瞬き一つした時に、僕の目に塵が入った。もう一つ入った。居ても立っても居られないほど入った。僕は目を拭うために中山の麓で自転車を止めると、塵はすっと消えて、それが雪であることに気づいた。僕は雪を口に受け止めた、まるで欠伸をするかのように、ありふれた仕草で、誰にも気付かれることもなく、僕は冬を迎えた。そして僕は寒さを心地よく思った。

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