「愛してる」が聞こえない
「俺は…一人だ…。」
暗い部屋で一人、孤独に苛まれる。
赤星一平は、ついに孤独な世界に引き込まれた。
暗く…苦しい部屋で、一人孤独と向き合う。
孤独は容赦なく一平を襲い、激しく消耗させて行く。
身も心も疲れ果てた一平は、ある決断を行った。
―命を断とう
そこに至るまでに、さほど時間を必要とはしなかった。
―享年17歳
赤星一平の生涯は、ここに幕を降ろした。
事の発端は一年前に遡る。
―赤星一平16歳 春
新学期も始まり、新しいクラスにも問題無く溶け込んだ。
クラスメイトの名前も覚え、これから新しい一年を踏み出して行く。
その一年が暗く苦しい物になろうとは、この時の一平には知る由もない。
「おっはよう♪」
元気な女子の挨拶が聞こえた。
振り返ると、相田涼子が手を振っている。
一平は軽く手を上げ、それに応えた。
涼子は一平の彼女だ。3か月前から付き合い始め、今に至っている。
「ねぇ、一平。」
「何?」
「今度どっか連れてってよ♪」
「うーん…考えとく。」
そんなありきたりなやり取りが続き、授業が始まった。
一平は、退屈な数学をぼんやりと聞いていた。
突然…
―キィーン!!
耳に違和感が走った。それは一瞬だったが、なんとも気持ちの悪い感覚。
一平は不思議そうに耳をいじっている。
これが始まりであった。
―3か月後
一平の耳に残った違和感は次第に大きくなって行く。
痛みは無いが気持ち悪い。
「病院に行く程でもないかな…。」
あるいはこの時、一平が病院に行っていれば、未来は変わったのだろうか?
今となっては誰にも分からない。
それからさらに3か月の月日が流れた。
一平の耳は次第に遠くなっていった。
いよいよ危険と感じたのか、一平は病院へと向かった。
「赤星さ〜ん」
看護師が一平の名を呼んでいる。
だが、それも一平には聞き取り辛く、数回名前を呼ばれようやく反応した。
「どうせ…大した事ないんだ…。」
一平は自分にそう言い聞かせていた。
聴力検査に始まり、問診・レントゲンと検査を重ねていく。
検査を重ねる事に、次第に一平の不安は大きくなっていった。
全ての検査が終わり、医師の診断が下された。
「赤星さん…大変申し上げ難いのですが…」
何を言っているのか、この時の一平には瞬時に判断が出来なかった。
診断結果は
―突発性難聴
段々と耳が聞こえなくなる病気だった。
それも両耳が同じ症状を起こしている。
「赤星さん…このまま行けば、後数カ月の内に音が聞こえなくなります。」
一平は自分の耳を疑った。軽いパニックを起こし、医師に問い詰めた。
「先生!!治るんですよね!?先生!!」
一平の叫びに難しい顔をする医師。
一平は思わず病院を飛び出した。
「そんなはずない!!そんなはずないんだ!!」
街中を走り続ける。行先はどこでも良かった。
自分の耳が大丈夫である証が欲しかった。
気がつけば、涼子の家の直ぐ近くまで来ていた。
呆然としながら亮子の家を眺める。
「一平…?」
涼子の声が聞こえた。
思わず一平は涙を流していた。
「どうしたの!?何があったの!?」
心配する亮子の声がはっきりと聞こえる。
それは一平に安らぎを与えていた。
「実は…。」
一平は重い口を開いて、涼子に事の次第を告げた。
「…そんな…。」
涼子は「信じられない」といった表情を浮かべ、
その瞳には涙が滲んでいた。
その日、一平は涼子と共に一夜を明かした。
震える一平を、涼子は優しく抱きしめ、
「大丈夫だよ。」
ずっと耳元で囁いていた。
それから苦難の日々が続いて行った。
それから更に3か月。
一平の耳は、ぎりぎり声を判別出来る程度に悪くなっていた。
涼子はそんな一平を励まし、傍らでずっと支えていた。
病気は辛いが、涼子がいる。
その状況は幸せだったのかもしれない。
あの事故までは。
―パッパー!!
車のクラクションが鳴り響く。
―ドンッ
それから鈍い音が辺りに響いた。
騒然とする現場。一平はその状況を、ただ茫然と眺めていた。
一平が病気になり、既に10か月が過ぎようとしていた。
音が聞こえにくくなったものの、かろうじて人の声は聞き取れた。
いつもの様に涼子と歩いていた一平。
ふと携帯を落とした。
遠くからは車の音がしていたが、一平には聞こえず、
道路に飛び出した。
「…!!!!」
涼子は声を上げる間もなく、一平を歩道に連れ戻そうと
道路に飛び出した。
涼子には車の音が既に聞こえていた為、
一平を連れ戻そうとしたのだった。
しかし、一平は車に気づかず、車は一平のすぐ手前…
涼子は身を投げ出し、一平を突き飛ばした。
鳴り響くクラクションと、響わたる鈍い音。
それすらも聞こえず、一平の前には横たわる涼子の姿。
遠くから救急車のサイレンが聞こえる。
涼子はそのまま病院へと搬送された。
病院では涼子の両親が駆けつけており、
涙を流しながら叫び続けていた。
事故の状況を説明され、涼子の母は一平を責め立てた。
「あなたの…あなたの所為で涼子がっ…!!」
一平にはその声すら聞きとれなくなっていた。
だが、自分が責められているのが分かる。
一平は自分を責め、涙を流した。
1か月後、涼子は奇跡的に一命を取り留め、
意識も回復していた。
あれから一平は一度もお見舞いに来ていない。
心配した涼子は母に尋ねた。
「ねぇ、一平は…?」
母は少し困った顔をし、「ごめんなさい」と謝った。
一平が病気である事を知らず、責め立てた事に対してだ。
「…!!母さん!直ぐに一平をここに連れてきて!!」
半ばどなり散らすかの様に、涼子は母に告げた。
そして一平がその場に姿を現した。
「…!!」
久し振りに見た一平は、痩せ細り生気の無い顔をしている。
そんな一平に、精一杯の笑顔で涼子は声を掛けた。
「久しぶりだね♪元気ないじゃん!!」
一平は怯えた表情で涼子を見た。
そして涼子に謝り続けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
小さく震え、泣きながら謝り続ける一平。
そんな一平を見て、涼子は涙が止まらなかった。
辛い思いをこの1か月間、ずっとしていたのだろう。
涼子はそっと一平の頭を撫でようとした。が、
「うわぁ!!やめてくれ!!俺が悪かったから!!」
一平は怯えていた。
「違うよ…一平!!違うの…」
涼子は慌てて一平をなだめようとしたが、それが逆効果になり
「まだ責めるのかよ!?俺なんか死ねばよかったんだろ!!」
一平の目は普通では無かった。
涼子は泣きながら言葉を続けた。
「違う…違うよ…一平を私は…」
涼子が近づこうとすれば一平は逃げる。
遂に一平は走って病院を逃げ出した。
「待って!!!」
大きく叫ぶ涼子の声も、虚しく虚空に消えさった。
泣き続ける涼子を見て、母も謝り続けていた。
一平は走っていた。迫りくる恐怖から逃げ続けていた。
部屋に戻ると鍵を閉め、毛布にくるまり震えていた。
「怖いよ…」
その恐怖は、病気もさることながら、何よりも涼子に見放された気がして、
それが何よりも怖くて…
そのまま…一平は部屋から出る事は無かった。
―1年後
無事に回復した涼子は、ある場所へと向かっていた。
桜が舞い散る中、一人歩き続ける。
向かう先は一平の眠る場所。
墓前に花を添え、手を合わせた。
伝えたい事があったのに、もうその声は二度と一平に聞こえない。
それでも涼子は言わずにはいられなかった。
「愛してる」
その声は静かに辺りに溶け込んでいった。
バッドエンドを目指して書きました。