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9話待機した

 神に一言物申した試合後の未練は球団の聞き取り調査の後、自宅謹慎となった。


 自宅とは球団が用意した都内のマンションだ。


 東京野球団には若年の選手用の寮があるが、女子寮のみである。


 男子選手が少ないため男子寮はなく、賃貸物件の一室があてがわれる。



 つまり、未練は一人きりだ。


 チームメイトとの連絡も禁止されている。


 この世界に友人などいない、当然話相手もいない。


 気晴らしにネットをみると、ふとした時にあの試合の記事にぶつかる。


 その度にマウスを動かす手が止まり、しばらく考え込んでしまうのだ。


 テレビをつけても同様である。




 先程、話相手がいないといったが望まぬコミュニケーションは取らねばならない。


 迷子センターの異沼、異世界人組合の江藤の他、球団職員の野歩宏から数十分おきに連絡がある。


 各組織ごとの聞き取り調査がある、お偉いさん達への謝罪回りの打ち合わせがある、各必要書類の準備がある、今後についての話し合いがある、等々やらなければならない事がある。



 聞き取り調査で未練の自宅に訪れた異沼は可哀想にやつれていた。


 いつもの猫撫で声ではなく終始覇気のない声。


 上司から相当怒られたのか、この先この失敗が査定に響く事に気を病んでいるのか、そのどちらもなのか。


 元気出せよ、とは未練の口からはとても言えないが慰めてやりたくなる落胆ぶりであった。


 只、そもそも未練を無責任に煽ったのは異沼、自業自得とも言える。


 その自覚があるのか異沼は優しかった。



「未練君には悪い事をしたね……」



 未練の人生の仕切り直しをすべく、就職に有利に働くお役立ち情報を沢山持ってきてくれる。


 困ったらいつでも相談に乗ってくれるとの事だ。



 一方、江藤は元気であった。


 俺の言った通りじゃないかと目をギョロつかせてドヤ顔だ。


 一通り説教を終えると職業訓練所の願書等、就職に向けた書類や資料をドサッと未練の目の前に積んだ。



 野歩は淡々としていた。前の二人と違い責任がないので落ち着いたものである。


 今回の様な事故は前例が少ないが、落とし所はおおよそ見えている。


 そこに向けて事務手続きを進めればいい。


 途中退団した際の契約も事前に取り決めてある。


 特に問題はない筈だ。





 お偉いさんへの挨拶回りは数日かかった。


 以前の会食で席を共にした面々が主である。


 会食ではにこやかだったおじさん達だが、今回は概ね渋い顔だ。


 励ましてくれるおじさんもいたが、露骨に見下してくる人もいる。



「夢ばかり見ているからこうなる。これからは足元を見て堅実にやりなさい。そう何度も失敗は許されないからね」



 異世界人組合理事長、加賀敬吾のお言葉である。


 会食では、大いに暴れてきなさいと言ってくれていた。


 これはまだ優しい部類である。


 元々同じ異世界人、これからも関わっていく機会があるからだ。


 多くのお偉いさんにとって未練は既に過去の人間だった。



「残念だよ君みたいな投手がいなくなるのは。球界の損失だ。勿体ないけど元気でね。もう問題は起こさないようにふふふじゃあね」



 これが日本職業野球連盟理事長の村剛からいただいた言葉だ。





 一通り謝罪行脚を終えた後は神保監督とミーティングの時間が設けられた。


 鯖味スタジアムの監督室に呼ばれる。


 話し合いの結論は早々に出たが細かい詰めの話や雑談等、一時間程かかってしまった。




 神保との話し合いを終え監督室から出た未練を待ち受けていたのは夏美だった。



「待ってたの……お別れを言わなくちゃと思って」



 チームメイトと会うのは久々で、一瞬ドキッとする未練。


 受け身を取っていた夏美は幸い、打撲や擦り傷で済んだようで元気そうだ。


 只やはりアチコチに貼ってある湿布や絆創膏が痛々しい。



「あの……なんて言っていいか分からないんだけど……その……ありがとう」



 予想していなかった言葉だ。


 未練の中には、あの時夏美にボールを押し付けてしまった事への後悔が僅かに、ほんのちょびっとあった。



「私達が怪我したから神様に怒ってくれたんだよね……結果はあんなだったけど……その気持ちは本当に嬉しかったよ」



 それに関しては、何故あんな度胸を持てたのか未練自身もよく分からない。


 試合の熱気に呑まれて舞い上がっていたのだろうか。



「じゃ……元気でね。いい仕事見つけられるように応援してる。……思い出すのも嫌かも知れないけど……もし気が向いたら私達の事も応援してね」



 夏美は下を向いてしまった。


 どうしたものか、焦る未練。



「野球の事、嫌いにならないでね」



 顔を上げた夏美はそう言い残し、走り去る。


 全身の打撲のせいでぎこちない走り方であった。




 未練は夏美の背中を只、見つめていた。



 ――いや辞めませんけど



 未練は自分の中に眠っていた図太さに心底驚いていた。


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