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4話挨拶した



 未練の予想以上に大規模だった入隊会見の後、東京野球競技部隊の競技隊員との顔合わせの場が設けられた。


 入隊会見と競技部隊のファン感謝イベントの日程が重なり、この機会にお互いに挨拶をとなった訳である。



 ファン感謝イベントの開催された、東京都弁当区生鯖の鯖味スタジアム内の一室。


 イベント終了後に競技隊員達が集められ未練の到着を待っている。


 スタジアム到着後に既に先輩隊員が待っている事を聞かされ、未練は焦った。


 初顔合わせで遅れて登場はあまりよろしくない。


 未練には気の休まる暇がなかった。



 先程まで百人を越える報道陣に囲まれ、沢山のフラッシュと質問を浴びた。


 未練は舞い上がってよく覚えてはいないが、どれ一つとしてまともに答えられた気がしない。


 引きつった笑顔で口元を震わせ散々言葉に詰まった挙げ句、的外れな答を返した……気がする。



 まあ、実際そんな感じであった。


 頑張ります、チームに入れて嬉しいです、自信は無いです頑張ります、得意球種は特に無いです頑張ります、頑張ります、頑張ります。


 質問に対する答の七割は、頑張りますと愛想笑いのコンボで構成されていた。


 Q&Aとして成り立っていたのは短く答えられる物ばかりで、それにしたって変な間が開く。


 最適な単語が思い浮かばず長々と無駄な言葉と時間を費やした結果、質問とはかけ離れた回答となる事もしばしば。


 無駄に長い癖に言葉足らずの、何が言いたいのか分からない会見であった。


 そして最後は頑張りますと薄ら笑いを浮かべるのである。


 こんなお粗末な物でも立派な記事に仕立てねばならない、記者の皆様も仕事とはいえ大変であろう。




 会見後、自らの醜態に打ちひしがれていた未練もこの顔合わせにおいては気合いの入り方が違った。


 東京野球競技部隊、通称東京野球団の人気選手、熱原夏美に会える。


 期待と不安の中、未練は急いで歩を進めた。





 野球か職業訓練か、決断させたのは彼女である。


 迷子センター内の自室でストレスからふて寝を決め込み、付けっぱなしのテレビ音声を聞き流していた未練。


 辛い現実に目を瞑り、というか憂鬱だし眠いし目が開かない。


 テレビからは女の声が聞こえる。可愛らしい声だ。


 ふとある単語が耳に飛び込んできた、気がする。



 ――ヒットエンドラン?



 野球の話をしてるのか? 少し集中して聞いてみる事にした。


 キャッチャーミット、送りバント、スリーアウトチェンジ、ホームラン、ヘッドスライディング、ナイスバッティング、バットとボール、野球帽。


 次々と野球専門用語が耳に入ってくる。やはり野球の話をしている様だ。



 この世界の野球について情報収集をする必要がある。


 未練は顔を上げテレビの方向に目を向けた。


 開ききってない目にはジャージ姿の女が映っている。



 ――あ、かわいいっぽい?



 目が開き視界がはっきりとしてくる。



 あの女だった。


 智馬大学、もとい力馬女子体育大学で出会ったあの女学生。


 インタビューを追う限り、彼女は東京野球団の選手、この世界でいうプロ野球選手らしい。



 会いたい、と未練は率直に思った。


 振り返れば彼女といた時間はごく短くはあったものの、こっちの世界で唯一安心出来た瞬間だった。



 ――会う!



 会ってお礼を言いたいと未練は思った。


 迷いが無くなった訳ではないがこの瞬間、プロ野球挑戦の腹をほぼほぼ決めたのだ。




 決めてからは目まぐるしい日々だった。


 迷子がプロ野球選手に挑戦する為のサポート体制はある程度は出来ている。


 迷子センターには球界とのパイプが既にあった。


 異沼がノリノリで東京野球団を管轄する日本職業野球連盟に話を通し、入団までの事務手続きも手伝ってくれる。


 とはいえ当たり前の事だが、無条件で入団と言う訳にはいかない。


 健康チェックに加え、面談に面談を重ねて人格もチェックされる。


 しかし最も重要なのは当然ながら実力審査だ。


 高校以来、野球をやってない未練の体は鈍りきっており急ピッチで体を仕上げなければならなかった。



 実力テスト当日の未練は高校時代には遠く及ばない低調なパフォーマンスを見せた。


 球速もコントロールもいまいちで審査する球団関係者も苦笑い、未練はテスト不合格を覚悟する。


 しかし数日後、球団事務所に呼び出され仮合格と念の為の再テストを告げられ、その後はあれよあれよという間に話が進んでいったのだ。


 合格を後押ししたのは監督との事である。


 しっかり調整すれば充分戦力になり得るとの判断だ。


 未練は再テストではそれなりの調整を見せ、無事入団の切符を手にした。





 顔合わせの主役は未練である。


 当然、皆の前で挨拶をしなければならない。


 頑張ります、チームに入れて嬉しいです、自信は無いです頑張ります、頑張ります、頑張ります、頑張ります。


 挨拶を終えて自己嫌悪に陥りつつも、気を取り直して熱原夏美を目で追う。



 既に挨拶中に発見し、何度か目は合っている。


 が、未練の期待していた反応ではなかった。



 ――うーん



 改めて彼女を見る。


 俯き気味の熱原夏美だったが、凝視し続けるとまた目が合った。



 しばらく見つめ合う二人。


 熱原夏美の目は冷たかった。







 チームメイトとの顔合わせを終えた未練、結局その日は熱原夏美と話す機会はなかった。



 熱原夏美との再開が思った通りに行かず落胆していた未練だが、そんな事を気にする余裕はなくそのまま取材になだれ込みその後、球界の要人や異世界人組合の役員、競技技術庁関係者やスポンサーマスコミ幹部等々との会食と続いて疲労困憊であった。



 この会食が未練には大きな負担に感じられた。


 未練はこの時点で十九歳の若者である。


 五十代六十代七十代の社会的地位のある大人に囲まれた経験など当然ない。


 しかもその場の主役は未練だ。


 数日前から会食の事を思うと気が重くなった。



 いざ始まるとお偉いさん方はにこやかで優しかった。


 それでもやはりどこか怖い。


 にこやかな笑顔は恐ろしい本性を隠す為の仮面のように思えた。


 そしてそもそも笑っていても顔が怖い。


 自分から話を振るなど出来る筈もなくおじさんからの質問にひたすら回答し、全く理解できない長い話に呻き声にも似た相槌を打つ。



 とてつもなく退屈なのに神経がすり減るこの時間。


 こういう時間はやたら長く感じるものである。


 未練に出来る事は時が経つのを只々待つ事のみ。


 この日の食事は未練のこれまでの人生で一番高額であった筈だが、味も覚えていない。



「遠慮せずに食べなさい、若いんだから」



 おじさん達に勧められるままに味の分からない高級中華を腹に詰め込んだ。



 若者の緊張と裏腹にその実態は彼をだしにしたおじさん同士の懇親会だった訳だが、未練がそれを察するにはあまりに経験不足であった。


 おじさん達に無礼を働く訳にもいかず、グイグイ踏み込める度胸もなく只々表情筋を強張らせるしかなかったのだ。



「我慢しろ……もう少しで終わるから……」



 ふと耳元で囁かれた。


 隣の席には監督の神保四郎がいる。


 未練は神保の方を見たが神保は目を逸らしている。



 神保は先の会見、取材でも言葉に詰まる未練をフォローし、会食でもお偉いさんとの間を取り持って場を和ませる役割を果たしていた。


 歳も四十代でこの日のメンバーの中では若く、未練にとっては比較的親しみやすいのかもしれない。


 といっても二十以上年上で苦手な体育会系ど真ん中な人間だ。


 心を開くには至らない。




 神保の言った通り会食は程なく終わり酒の飲めない未練を置いて夜の街、浮安座に繰り出す運びとなった。



「こいつがちゃんと帰るか見届けてからすぐに私も駆けつけますね。ちょっと確認したい事もありますし。」



 とその場に残った神保と一緒にタクシーに乗り込むおじさん達を見送り、未練がホッと一息つくより先に隣からデカいため息が聞こえた。



「嫌だよなこういう場は。肩がこるし、愛想笑いが張り付いちまう」



 未練に話を合わせたのかもしれない、しかし神保の顔は心底ぐったりしているようにみえる。



「あんな爺さん達と話が合うわけないんだよなあ……」



 ――はいそうですね



「たち悪いよなあ……権力持ってて我儘で格好付けで、そのくせ淋しがり屋って……気ぃ使うよ」



 ――はいそうですね



 その点に関しては未練も同意ではあるが、気を使うという意味では神保も同じである。



 神保は生気のない目で未練をみる。



「まあお前にとっちゃ俺も同じか……でもなこれから同じチームでやってくんだから俺には馴れてくれよ……頼むな」



 未練は、はいと返事をし神保はうんうんと頷く。



「そういや顔合わせの時ずっと熱原の事みてたな。気になってんのか?」



 ほんの一瞬だけ下卑た笑みをみせすぐに疲れた顔に戻る神保。


 面識がある事を伝えると一瞬驚いた顔を見せ、また疲れた顔に戻った。



「そうなのか……すごい偶然だなあ」



 タクシーを待たせている。神保は未練に乗るように促した。



「慌ただしくて悪いんだけど来週から合同練習だからね。明日位はゆっくり休んで……で、来週までに出来る限りの体作りしてきてな。……じゃ俺はもう一踏ん張りしてくるよ」



 神保の弱々しい薄ら笑いを眺めながらタクシーに乗り込む。



「熱原は彼氏いないみたいだよ」



 ドアが閉まる直前にお節介にも教えてくれた。


 タクシーが発車する。



 来週には話す機会はきっとあるだろう。


 ようやく緊張から解放された安堵の中、未練は運転手の後頭部をボンヤリと見つめた。


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