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1話迷った



 舞台はプロ野球のマウンド。


 この物語の主人公、岡本未練はピッチャーである。



 ピッチャーと言えば自信過剰で我が儘、お山の大将などと言われる事がある。


 チームの勝敗を分ける要因は数えだしたら切りがないが、大きな割合を占めるのがピッチャーの出来不出来だ。


 その重責を担う者は、自然と高飛車に自信過剰になっていくのかもしれない。


 しかし、上には上がいる。


 エースと呼ばれる自信家達も競技を通じ自分より優れた選手と出会い、その自尊心を削られ凡庸な選手となっていく。



 プロ野球は日本の野球の頂点だ。


 激しい削り合いに勝ち残った猛者たちの集う場所。


 そんな環境で育て上げたプライド、自信は並大抵ではないのかもしれない。




 で、未練は青白い顔でマウンドに立っている。


 一七二センチの身長はマウンドにおいては小さく見える。


 痩せ型の体はフラフラしており、何とも心許ない。


 打席には未練よりもはるかに大きな体の選手、落ち着き払いどっしりと構えている。


 マウンド上の未練は瞬きを繰り返し、緊張が手に取るように分かる。


 しばらくマウンドでソワソワしていた未練だが、いつまでもそうしている訳にはいかずやむなく投球動作に入った。



 未練が投げたのはストレート。


 巨漢の打者のスイングは力強かった。


 当たれば強烈な打球が飛ぶだろう。



 当たれば。



 バットはボールにかすりもせず、豪快に空を切った。


 打者は驚きの表情でマウンド上の投手を見た。


 マウンドでは変わらず未練が青白い顔をしている。




 実はこの未練、異世界からやって来た。


 どこぞの世界からポーンと飛ばされてきて、なんやかんやで今プロのマウンドである。


 そんな状況でさぞや心細かろう、実際未練は緊張で気絶寸前だ。


 ゲロを吐きそうになりながら投げたのが先程の一球、記念すべきプロ初投球となる。


 顔面蒼白で投げたこの球、打者の予想に反して速かった。


 ど真ん中打ち頃にも関わらず空振りを奪えてしまう力があった。


 故に、敵打者の驚きの表情な訳である。



 さてこの空振りで少しでも緊張が解ければよいが。


 一体この試合、どういう展開を見せるのか!



 とその前に未練が何故プロのマウンドに立つ事になったのか、説明させていただきたい。


 少々長くなるかもしれない。


 文字数にして二万字程だろうか。


 軽くでいいので読んでいただけると幸いである。







 岡本未練がいつもの風景に違和感を覚えたのは家路の半ばを過ぎた住宅地辺りだった。


 普段と変わらずボーッとしながら、下を見ながら大学から自宅アパートへ。


 ふと視線を上げ目に留まった角の一軒家。赤い屋根に白い壁の小さな一軒家。



 ――あんな色だったか?


 ――あんな色だった気もする。でも……


 ――まあいいや、あんな色だったんだろ、多分。



 特に気にする素振りもなく歩を進める未練。角を曲がればほぼいつもと同じ光景がそこにはあった。



 ほぼいつもと同じ光景である。



 ――あれ? なんか……あれ?



 どこかが違う気がするがどこが違うのか分からない。いや、どこも違わないかもしれない。


 小さな違和感に過ぎない。


 視線だけキョロキョロさせ歩き続ける未練。



 ――あれ? なんで? あれ?



 歩き続ける程に増していく違和感。立ち止まる未練。辺りを見回す。どこが違う?



 違和感の正体はいくつか発見する事が出来た。


 例えば右前方に見える屋根も壁も全てピンク色の家。確か水色の家だったような……。


 その奥にある洋テイストの雑貨屋。和テイストだったよね?


 目の前にある横断歩道。押しボタン式信号がついてたはず。



 正解である。


 他にも相違点はあるが、どうでもいいのでここでは置いておく。


 要は、街並みがほんの少し変化していた。



 間違い探しに正解した未練はしばし考えた。



 ――道を間違えたかな?



 細かい所は違えど街並みは基本的にはいつもと同じである。



 ――俺が大学に行っている間に工事でもしたのかな?



 未練がこの日、大学にいたのは五時間程度である。


 その間に一軒家の色が塗り替わり、雑貨屋が改装を終え、信号が撤去されるものだろうか?


 間違い探しに正解したもののどうする事も出来ない未練。


 どうする事も出来ないのでとりあえず家に帰る事にした。



 ――まあスピーディーな工事もあるかもしれんしな。俺の知らない方法か何かで、何とかなったんだろう、多分。



 これは半分正解である。


 未練の知らない何かで、何とかなってしまったのだ。




 数分後、未練の顔は青ざめていた。


 いくらなんでも街の景色が違い過ぎる。


 最早どこが違うとかではない。彼の体感として街並みの半分位は間違っていると感じていた。



 ――怖い!! ……それはさておきやはり道を間違えているとしか……怖い!!



 本当なら自宅はすぐそこのはずだ。


 この先の交差点を左に曲がれば右手に二階建てアパート、メゾン馬骨台がある。


 そこの二〇三号室が未練の部屋だ。


 見覚えがない様で見覚えがある交差点を見つめながら未練は思った。



 ――怖い!!



 交差点の左手手前に看板がある。簑虫おじさんのこだわりカレー。


 二階建て一軒家の一階部分を改装して店舗にした住宅地にあるカレー屋である。


 隠れ家的お店を狙ったのかもしれないが、残念な事に流行ってはいない。


 味に問題があるのか簑虫おじさんに問題があるのか分からないが、流行ってはいない。


 未練も店内を覗いた事はあるが、簑虫おじさんが不機嫌そうだったので入店しなかった。


 要はこの店は知っている。


 道は間違っていない。



 店に近付くと準備中の札。更に近付き、店内をチラ見するが誰も居なかった。



 ――ドキドキする。怖い!!



 角を曲がればすぐにメゾン馬骨台が見える。


 木造二階建て青屋根白壁の慣れ親しんだ我が家。




 建物の形状は同じ、立地も同じ、木造なのも同じである。


 壁は黄色く屋根は赤かった。


 建物名はコーポ馬骨台とある。



 未練はアパートの階段を上り二〇三号室へ向かった。


 鍵を鞄から取り出し差し込んでみる。


 鍵は入ったが回らなかった。



 二階から辺りを見渡してみた。


 空は曇り、辺りはうっすら暗かったがお日様の白が切れ目から覗いている。



 さっき来た交差点を眺める。逆光で見難いが一つ気付いた事があった。


 簑虫おじさんの看板がない。



 ――一瞬で潰れた!!



 こうして岡本未練は無事、異世界に迷い込んだ。


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