ロック、シザーズ、ペーパー
職業は会社経営者。男には勝ち組という自負があった。乗車後間もない新幹線のグリーン車。発車時刻まで、あと2分足らず。
男はみっともなく慌てふためくような真似はしない。例え割り箸が無かろうと、男はその状況に屈しなどしない。インフルエンザ並みに猛威を振るう新型ウイルスの影響で、車内販売は先月から中止されていた。それを知っていたからこそ、乗車前に駅弁を購入したのだが……。
蓋を空けた状態の、雲丹イクラ蟹味噌の三種盛り、二千円の豪華駅弁をじっと見つめる。爪が食い込む程にグッと握った右手から、中指と人差し指をスッと伸ばす。表情は変えない。恥ずかしくなどない。男は平然とした、堂々たる動作で弁当を食べ始めた。指の汚れは気にしない。食後に洗えばよい。ただ黙々と、男は弁当を食べ進める。
「パキッ」
瞬発的に、耳に気持ちよく響く音がした。通路を挟んだ斜め前の座席。見ると、初老くらいだろうか、グリーン車にはやや不釣り合いの、古ぼけた印象の女が座っていた。箸の持ち方もろくに知らないのか、綺麗に真っ二つに割れた箸を「ぐー」の手で握っている。慣れているのだろう、女は握った箸を器用に動かし、日の丸弁当から持ち上げたご飯を口に運ぶ。
「モゴモゴ、クチャクチャ」
どうやら口を空けたまま咀嚼しているようだ。聞こえてきた不快音に思わず眉をひそめたところ、バッと女が振り向いた。ニィとした、横に細く開いた女の口。所々が欠けた黄ばんだ歯と、白いご飯が見えた。
「ピピピピピピピ」
「シューッ」
扉が閉まり、新幹線は発車した。