1-9
突如現れた風紀委員。
その怒声は、太郎と弓月の作戦を粉々に打ち砕く!
弓月を窮地に追いやったと、焦る太郎がとった行動は……?!
そんな太郎の姿を見た弓月は……?!
勘違いドタバタラブコメディー…かもしれない?第9話!
その場の空気がピン……凍りつく。
騒がしかった昇降口前は、一瞬にして静寂に包まれた。
「風紀委だ!」
この一言で。絶対的強者を前に、その場にいる誰もが黙り込む。
「選挙活動は明日からだ。知らないってことはないだろう」
人垣の向こうから現れた、風紀委である男子生徒は言う。
そして続けて人垣に怒鳴った。
「さぁ、茶番はこれまでだ! 即刻解散しろ! 残るものは違反とするぞ!」
蜘蛛の子散らすように……とまではいかないが、登校中だった生徒達は素直に校内へと向かう。
人垣が小さくなるのを見届け、風紀委は太郎達に向き直り
「立候補者はお前か。一年四組、弓月遥。選挙活動は明日と説明はされなかったか?」
不味い。太郎は直感し、弓月が答えを返す前に弁明した。
「違います。おれが……いえ、僕が弓月にさせました。不利な状況を打破するために」
「……ですから、弓月には何の責もないはずです」
その風紀委は弓月と太郎を交互に眺め
「なるほど、お前が協力者ということか。しかし、お前の言う事は屁理屈だな」
風紀委は弓月に一歩近付き、こう問うた。
「一年四組、弓月。お前は本気か? 本気で立候補するつもりなのか? 前期で立候補した一年は皆無だ。それでもお前は。無謀にもお前は、立候補すると言うのか?」
花の言った通りだ。
太郎は姉である花子にこう言われた。
一年で前期選挙に立候補すれば、本気か? って言われると。
しかし、これは余りに酷い言い草ではないか。
違反は違反。これは責められても仕方ない。でも言い方ってもんもあるだろう。
太郎は頭にきた。あんなに頑張ってた弓月を馬鹿にされたような気がした。
「あなたには目はないんですか? 見てたのなら分かるでしょう。弓月の本気が」
頭にきたまま、太郎は噛み付いた。が、風紀委は
「お前には聞いてない。おれは弓月に聞いている」
と、太郎の噛み付きなどどこ吹く風。子犬に噛まれたほどの痛みもないようだ。
さらに風紀委は問う
「どうなんだ弓月。答えられないのか」
心配そうにオロオロ太郎と風紀委を眺めていた弓月はビクと体を振るわせつつも
「本気に決まってるでしょ……てます。本気じゃないとここまでしないわ……です」
危うい敬語で、風紀委に答えた。
風紀委は当然その答えを予想していたようで、さらに問い掛ける。
「本気か。ならば何故規則を守らない。そういった物も含めての本気かと問うたんだ。そこの協力者が考えたことであってもだ。お前はそれに応じてはいけない。そうじゃないのか?」
風紀委の言う通りだ。腹立たしいが、こいつの言う通りだ。
協力者である、おれはともかくとして。弓月にこんなことさせちゃいけなかったんだ。
今更ながら太郎は、自分の浅はかさに愕然とした。責を問われるのは自分だけだと、勘違いしていた。
クソッ……。太郎は唇を噛み締める。また一つ自分の愚かしさ、小ささが浮き彫りになった気がした。
どうする。どうすれば、この状況を変えることができる。弓月だけでも。何とか。
太郎の自責の怒りが、両の肩に重く圧し掛かる。何とかするんだ。何とか!
太郎が顔を上げ、言葉を発しようとしたその時。その瞬間。弓月が風紀委の言葉に答えた。
「あん……あなたの言う通りです。規則を破ったことは、お詫びします。反省もします。ですが、選挙への意気込みは本物です。本気です。これは信じてください」
太郎は驚いた。弓月は自分達の行動を詫びた。深々と頭さえ下げた。
驚いた後に迫り来るのは、やはり自責の念だった。もっと慎重に考えれば。おれの所為だ。おれの。
自分の浅はかさ、思慮の足りなさ。太郎は自分を許す事が出来ない。これでは、このままでは。
太郎が一人苛まれている間に、風紀委は弓月の真摯な態度と答えに納得したのか
「そうか。では、今回は目を瞑るとしよう。おれはお前達のような人間は嫌いではない。しかしだ。立場上、違反者を見過ごす訳にはいかないんだ。これに懲りたら明日からの活動で頑張るんだな」
お咎めナシ。そういうことらしい。
パッと顔を輝かせた弓月を見て、太郎は思う。
許してもらえたことがそんなに嬉しいのか。そりゃそうか。選挙続けれるんだもんな。
おれなんか、変な作戦立てて弓月の立場を危うくしただけだ。
太郎は激しく落ち込んだ。協力者なのに、逆に弓月を窮地に追いやった。
しかし、弓月が顔を輝かせたのは、選挙活動を続けられる。それだけではなかった。
「良かった。これで太郎と一緒に続けられる!」
弓月は、こう考えていた。太郎と一緒に……。だから顔が輝いた。
明確な理由などない。何故自分がそう思うのか、それが嬉しいのかは分からない。
分からないが、弓月はとっくに太郎を頼っていた。太郎を信じることが出来ていた。
「タロー良かったね! これで続けられるよ! ……(これからも一緒に……)」
一番伝えたいことは、恥ずかしさでゴニョゴニョとなってしまった。
その言葉は太郎も必要としていたが、聞き取る事は出来ず、落ち込みは依然としてそこにあった。
「反省したならそれでいい。速やかに教室へ移動しろ」
風紀委は、最後通告を。これで、お終いだと。
太郎は動けるはずもない。だって自分の所為で、弓月をピンチにしてしまった。
何としてもそれを挽回したかった。自分の協力者としての立場をちゃんとしたものにしたかった。
これはエゴだ。それは分かってる。分かりながら、でも太郎は止まらない。
止まると何もかもが、駄目になってしまいそうな気がした。
――このままだとおれは、おれは。おれは弓月の隣に居ることが出来ないっ!
背を向けた風紀委を呼び止める。振り向くのも待たず、太郎は尋ねた。
「あのっ! 違反になる選挙活動というのは、弓月が選挙に出るというのを、アピールすることだけですか?! だとしたら! このままの格好で、ここに立ってても問題はないですよね!?」
その風紀委は、面白いと言うかのように方眉を上げる。
「お前の言う通りだ。が、厳密に言えばそれも違反だな。襷を掛けている時点で、候補者ということが分かるだろう? お前の言うことは、さっきと同じだ。屁理屈だよ」
冷徹な返答だった。厳格たる校則の支配者としての言葉だった。
しかし目は笑っている。太郎の次の返答を楽しみにしているかのようにも見える。
「ちょっと太郎! 太郎ってばっ! もういいのよ! あんたはよくやってくれたわ! これでいいじゃない!」
「うるさい。お前は黙ってろ! ここからはおれだけの責任だよ!」
「そういうことじゃないでしょ! もうっ! 太郎ってば!」
大慌てした。風紀委のお咎めを受けずに済んだというのに。太郎は、まだ尚噛み付こうというのだ。
大慌てした弓月は食い下がったが、太郎は止めない。何故止めないのか、理由は明らかだった。
太郎は弓月のために食い下がるのだと。自分のためだけに、尚も勝てない相手に挑むのだ。
不利だと分かり切っているこの選挙を、どうにかして戦えるようにしたい。
太郎は自分のために、尚も噛み付くのだった。
「屁理屈なのは、十分! 分かっています! 自分勝手だってことも! でもっ! でも! 何とかしたいんだ! お願いします! ここにいるだけで、彼女には何もさせません! ここにいさせてください!」
風紀委は片手を口元にやって俯いた。端から見ると、飽きれかえって顔を覆う、としか見えない。
実際、太郎も弓月もそう感じていた。だが、この風紀委は違った。
俯き手で覆った、その顔は……笑っていた。
こいつら……! おんもしれええ! 何なんだこの一年二人は! 最高だ!
風紀委は、大笑いしそうなのを何とか堪える。笑ってしまっては威厳も何もあったもんじゃない。
臨時で、さらに代理と言えども自分は風紀委員長だ。大いに不本意ではあるがその立場にいる。
不本意だが、正式な委員長が決まるまでは、立場を全うせねばいけない。権威を守らねばいけない。
落ち着きを取り戻し、風紀委としての顔を作る。おれは風紀委員長だ。
「お前達の本気は分かった。いいだろう、特別に許可しよう。ただし、おれが見ているからな」
見ていると言ったのは、見張るという意味ではなく、ただこの一年がどうするのか見たかっただけだ。
単純な興味本位である。こんな面白い奴ら、放っておけるかよ! てなもんである。
「ありがとうございます!」
太郎は深々と頭を垂れた。本気で感謝した。挽回のチャンスを与えてくれた、この風紀委に。
これで、弓月の隣にいれる! 協力者としての弓月の立場を守り抜ける! こう感じていた。
これで、選挙を弓月と戦える! もっと慎重に考えて、弓月を助ける。太郎は決意を新たにした。
今までよりも強く。今までよりも熱く。
「そうだ。お前の名前も聞いておこう」
風紀委は少し離れた場所から、太郎の名前を聞いた。
「山田です。山田太郎です」
「山田か。覚えておく。おれは風紀委代理委員長の田所だ。田所誠司だ」
「はい。田所先輩。本当に済みませんでした。そして、ありがとうございます」
太郎と田所は互いに自己紹介をし、太郎はこの件の謝罪と礼を改めて告げた。
「ふん。勘違いするなよ? 名を聞いたのは認めたからじゃない。これからお前達を監視するためだ」
田所は、冷たく言い放つ。しかし本当のところは、この面白い二人を観察したいだけなのだ。
もっともそれは言わない、言えない、言える訳ない、のだが。
そして、田所は考えていた。今回の選挙後のことを。自分が今の立場を降りるその時を。
実は、正式な委員長になる人物は決まっている。しばらく前からそうなることになっていた。
この選挙を終え、会長という立場を当選者に譲る、その人だ。そう、現生徒会長が風紀委員長になる。
田所は、ほくそ笑む。これはあいつに報告しなきゃな、と。面白い一年がいるんだ、と。
太郎に視線を向け、田所はウズウズした。これは面白いことになるぞ。そう考えていた。
無茶苦茶な要求を風紀委、それも臨時とは言え風紀委員長である田所に飲ませた太郎を眺める。
ボンヤリと。こうなっては自分には何も出来ない。もう自分の役目はここにはなかった。
予鈴までは、太郎のその後姿を眺め、その大声に耳を傾けるしかない。
「おはようございます! 登校中の皆さんおはようございます!」
太郎は登校途中の生徒に向かって、大声で挨拶をしているだけだ。その少し後ろには弓月。
太郎の大声に顔を向けると、その後ろには弓月。弓月は何も言っていない。何もしていない。
ただ、ボンヤリ突っ立っているだけである。それでも登校中の生徒は理解した。弓月のその襷を見て。
叫ぶ太郎と、突っ立っているだけの弓月。このアンバランスさを見た生徒達の感想はどうなのか。
それは、これからの活動で決まるだろう。今はただ。今はただ大声で挨拶するだけだ。
弓月は酷く動揺していた。太郎がここまで自分のために頑張る姿を見て。
頑張る理由も分かるから、その動揺は大きな波紋をその心に映す。
同時に嬉しさや喜び、尊敬と感動がそこにはあった。風紀委である田所とのやり取り。
それを見た弓月は、太郎をすごいと素直に感じていた。そして自分もこのままじゃいけないと。
もっと頑張らないと、ここまでする太郎に報いる事が出来ないと。立候補するのは自分なんだ、と。
新たなる決心が、弓月の心に生まれた。今までよりも強く。今までよりも熱く。
二人が頑張る理由。
互いがその姿を見て感じた、その人の頑張る理由。
太郎は弓月の協力者としての責任。弓月はそれを自分への想いもあるからだ、と感じている。
弓月は、様々な理由があるから頑張れる。太郎もそこにいる。太郎はそれを真剣さと感じている。
勘違いはそこにあった。確かにその存在は、そこに居座ったままだ。
しかし、その勘違いのズレは微妙な修正を見せつつもあった。
今はまだ、とても少しだけど。少しだけど、確かにその距離は縮まっている。
しかし残念なことがあった。
二人の新たな決意は、綺麗にぴったりと合わさる事がなかった。
二人が真剣に、一生懸命になればなるほど、合わせることが出来なくなっていく。
バラバラに違った強さと、違った熱を持って空回りしていく。目指す場所は同じはずなのに。
バラバラな強さと熱は、選挙演説の朝まで合わさる事がなかった。
それは今日の昼休みを境に、違った方向へ飛び出して行くのだった。
そして、さらに。太郎と弓月、二人の知らないところでも話は動いていく。
田所は、太郎に目をつけた。風紀委のメンバー候補にしようと考えていた。
そして、それは現生徒会長であり、次の風紀委員長になる者も承諾することだった。
これは選挙後、しばらく経って分かることなのだが。
今は何も知らない二人。
弓月のボンヤリとした視線を受けながら、太郎は予鈴のチャイムが鳴り響くまで大声を上げるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
ご指導を頂きましたので、今回からその手法を取り入れています。まだまだ使いこなせてはいませんが……。
いやはや、文章を書く?とは難しいものですね。
そんな手法というか、作法というか、知りませんでした!
コニ・タン様、ご指導感謝です。
まったりとですが書いていきますので、またお読み頂ければ幸いです。ありがとうございました。