1-7
立候補受付を済ませた弓月。
選挙、風紀委のことを担任から教えてもらった太郎。
放課後、その報告からまた一悶着あって…?!
いざ!尋常に!フライングの選挙活動スタート!
勘違いドタバタラブコメディー…かもしれない第7話!
「いいな? 練習通りすれば、大丈夫……なはずだ」
「う、うん。本当にいいのかな?」
「いや、本当は駄目だろ。でもこれくらいしか思いつかん。お前だって承諾したじゃねえか」
「それはそうだけど」
月曜日朝。いつもより早く登校した太郎と弓月は、全校生徒が靴を履き替える昇降口前にいた。
制服姿、これはいつもと変わりない。
しかし弓月の肩からは、学年・クラス・氏名が大きく書かれた襷が掛かっている。
「おれだって不安だよ。でもこれくらいしか手はないんだよ。勝つためだ、しょうがねえ」
選挙活動解禁は明日からであるので、それを犯すリスクは高かった。が、上手くいけば……。
違反になれば、自分達はどうなるのだろう?と、弓月は心配なのである。
仕様がないと言いながら、弓月と同じく心配な太郎は……、金曜日の放課後を思い返す。
「はぁ? あんた本当に調べたの?! 面倒だからって何もしてないんじゃないの?」
金曜日放課後。立候補届を提出し、何やら荷物を抱え教室に戻った弓月は太郎に詰め寄る。
「調べたって、どこの誰に聞きゃいいんだよ! 先生に聞くくらいしかねえだろうが」
「生徒会室でも風紀委室でも何でも行けばいいじゃないの。簡単なことよ。馬鹿ねえ」
「馬鹿はお前だよ。風紀委のことはそれで十分だろ? 生徒会室行って、アドバイスなんかもらえるかよ。ライバルになるかもしれんのに、敵に塩を送る奴なんかいねえだろ!」
負けじと、弓月に詰め寄り言い返す。言う事は言わなければならないのだ。自分のために……。
生徒会やその選挙、風貴委員のことは先生に聞けば十分だった。
一年の前期選挙立候補は、花の言う通り弓月が初のようだ。
「こんなこと初めてだから、本当に大丈夫? って聞いたんだけどねー。弓月さんの決心は変わらないみたいね。いいことだとも思うわ。山田君。弓月さんをよろしくね」
担任にこんな心配の台詞を頂戴するくらいなのだ。
そして風紀委員は名の通り。学校生活を送る上で、守るべき校則・道徳など規律を司る集団だそうだ。
委員長の選出は生徒会のそれとは違い、現委員長の推薦。または教師の推薦で決まるらしい。
生徒会長のように三年前期までとも決まっていなく、卒業ギリギリまでその席にいれるらしい。
その後は、次期委員長を推薦し引退という具合。生徒会長よりは自由度が高いようだ。
委員選出は生徒会同様、委員長が選出するようで…って生徒会のメンバーもそうだったのか。
ふと太郎は考える。
もし、だ。弓月が会長になったら…そのまま生徒会の活動を協力させられるのではないかと。
体にブルブルと震える。関西の「おかん」ではない。悪寒が走るのだ。
今からその可能性に戦々恐々な太郎。だからと言って、手を抜くわけにはいかない。
協力すると言ってしまったし、姉と同属性の弓月を騙すことは不可能だろう。
今は、その恐ろしい可能性を無視して協力に励むしかない。
「と言うかだな、まだ入学して一週間ちょっとなんだ。分からなくて当然なんだよ」
「そこを分かるようにするのが、どれ……、あんたの! 仕事! でしょ?!」
奴隷と危うく言いかけた弓月は、納得いかない部分が多いが太郎に話の先を促す。
「それで? どうするの? どうやって選挙活動するの?」
何でもかんでも、人にやらすのか。どこまで身勝手な奴なんだ。
こんな奴家にしかいないと思っていたが、どうやら世界にこんな奴は二人以上いるようだ。
「おいおい。それはお前の考えることだろが。おれはその協力をするだけだろ?」
「分かんないから聞いてるんでしょ! これでも……あんたに相談してるのよっ!」
弓月は、うぅ〜とか言いながら手にしている布切れに当り散らす。ああ、布切れに同情するよ。
「お前は何の案もないのかよ? 本当に? マジで?」
「だからっ! 分かんないって言ってるでしょ!な んで分からないの?」
「いや、それならいいんだ。けどな、お前のために言っておく。お前が考えないと意味ないぞ?」
これは弓月の選挙だ。おれの選挙じゃない。おれは弓月の協力者であって、立候補者ではない。
協力できるところは、ちゃんとする。しかしそれは、あくまで弓月主導でないといけないはずだ。
多少の無茶な要求には従う。そのつもりだ。しかし……弓月が何も考えないと言うなら話は別だ。
「いいか? おれは協力者だ。サポートはする。でもそれはお前の考えの下でだ」
ちゃんと伝えねば。太郎はさらに語気を強める。
「大体お前。当選した後のこと。自分が当選したらっどうするのかとか、ちゃんと考えてるのかよ。ただ目立ちたいだけで立候補とかならやめとけ。そうじゃないなら……」
それまで、黙って聞いていた弓月が、叫ぶように言葉を発した。
「違う! そうじゃない! 私はそんな風には思ってない……っ!いい加減には考えてっ……! 考えてないわ!」
次いで、搾り出すように意外な言葉を発した。
「ううん。正確にはまだ纏まってないわ。でもちゃんと考えてる。これは約束する。でもあんたの言う…どうやって動くかは、本当に分からないのよ。だって……私には誰かに好かれる、分かってもらえるためにどうすればいいかが、その……手段が分からない。分からないのよ……」
顔を上げた弓月の……その目には透明な膜が張っていて、今にも零れ落ちそうだった。
「あの時は笑っちゃったけど……あんたの……」
弓月はまた俯く。肩が小さく震えている。布切れを持つ手は固く、固く握り締められている。
ポタと一粒、床に落ちた涙と思われる雫。弓月はそれを踏みつける。まるでそれを隠すように。
太郎は待った。弓月の言葉を。あんたの……に続く言葉を。
しかし……それは待っても聞くことはできなかった。
しょうがねえな。太郎はため息混じりに呟いた。弓月に聞こえるように。
弓月の言葉に気になるところは沢山ある。と、言うか全部だが、それは教えてはくれないだろう。
花みたいに強いかと思えば、脆いところもあるんだな。ややこしい性格してるよ。本当に。
分からないか……。なら、作戦は自分が立てるか。こいつには来週の演説でしっかりやってもらおう。
弓月には、それで頑張ってもらおう。相談もされちゃったしな……。
じゃあできることは、決まってくるな。
「おい、弓月。その布切れってあれだろ?選挙活動のだろ? ええと、そうだ、襷だろ?」
弓月の持つ布切れは待まっさらな襷だ。
立候補者はこれを肩に掛け、生徒たちにその名を覚えてもらう。
そうだ。まずは覚えてもらわないと。入学したての一年に知名度も何もあったもんじゃない。
しかしだ。前期に立候補が前代未聞ならそれを逆手に取ってやろうじゃねえか。
「よし、弓月。さっそく月曜から始めるぞ。思い立ったが吉日だ」
突然の太郎の言葉に弓月は、返す言葉が見つからないようだった。
「え?」
まだ濡れたままの目を見開き、スッ惚けた声を上げる。
「いいから。襷を掛けてみろ。名前とかは休み明けまでに書いておけよ?」
何が何だか分からないが、とりあえず太郎の言う通りにする。
頭から襷を被り、肩から下げた弓月は太郎の次の指示を待つ。
「いいか、弓月。お前は、いや俺たち一年は誰にも知られちゃいない。一年同士、お互いだってな」
よく分からないが頷いてみせる弓月。太郎は立案した作戦を弓月に告げた。
「全校に生徒に対して、知名度がないってのを逆に利用するんだよ。インパクトはありまくりだ」
作戦内容はごくシンプル。要は他の上級生候補者よりも先にアピール。フライングってやつだ。
「それって、大丈夫なの?」
「残念ながら大丈夫かは保障できん。が、やる価値はある。いいか?」
太郎は作戦とその効果の全容を弓月に説明する。
立候補受付が今日まで。
立候補者発表は、月曜日朝の全校集会。
選挙活動開始は火曜日朝から。
これが、本来のスケジュールである。しかし太郎は、発表のある月曜朝から活動を始めると言うのだ。
知名度がない自分達が、発表前に活動を開始すれば嫌でも目立つ。恐らく、全校集会前には噂になる。
これが太郎の狙いであった。噂が流れれば流れるほど。上手くいけば他の候補者を出し抜ける。
その可能性が飛躍的に高まる。やり方は邪道で汚い。しかし、ただでさえ不利なのだ。
この際形振りは構ってられない。構うべきではない。
なるほど……、と納得したような顔だが、弓月はそれでも不安なのか、
「でもやっぱり、まずいんじゃない? あんたも一緒に怒られるし。それに下手すれば……」
ほう、そんなこと気にしてくれてるのか。以外に肝が小さくて、優しいんだな。
太郎は苦笑混じりに、作戦の保険とも言える部分の説明も付け加える。
「その辺は大丈夫だ。おれの立案で独断だ。取り消しにはならんだろ。なってもおれだけだ」
「あんたがいなくなるんなら、一緒じゃないのよ」
「それで全校にインパクト与えて、おれだけ外されるなら儲けものさ。後は、陸郎にでも頼めば……」
「私が言いたいのはそう言うことじゃなくて……。あんたとじゃなきゃ……」
自分でも上手く説明できない感情をどうにかして、太郎に伝えようとする。しかしそれより早く
「何だよ? いいじゃねえか。切られたってお前が痛い訳じゃねえ。そうだろ? ご主人様?」
太郎は弓月を励ますため笑って茶化したつもりなのだが、感情を伝え損ねた弓月には届かなかった。
「っつ! 何よ! 馬鹿! アホ! やりゃあいいんでしょ! やりゃあ! ちゃんと責任は取りなさいよね!?」
「だから取るっつってんだろ。よし、じゃあ練習するか」
「命令すんな! このアホ!」
それから、あーだこーだと、挨拶の内容を考えては練習した。
言い方が変だと、太郎が注意すれば、少し考えては弓月が最初からやり直す。
また噛んだと太郎が笑えば、顔を真っ赤にさせた弓月から罵声が飛ぶ。
何だかんだ真剣に、それでいて楽しそうに練習は続いた。見回りの先生に下校を促されるまで続いた。
「後は家で練習するしかないな。これはおれではどうにもならんから、頑張れよ?」
「うん。やってみる」
「襷にちゃんと書いてこいよ?氏名と学年とクラスだぞ」
「分かってるって」
「……」
「……」
「頑張らないとな。これからだもんな」
「あんたが、がんばんのよ。ちゃんと分かってるの?」
「へいへい」
「はい、は一回!」
「へい、よ」
「こぉの〜!」
キッと睨む目は、校門を出たあたりでフッと緩められた。夕日をバックにした姿はやはり、美しい。
「考えたら私。こんな時間まで学校残ったの初めてだ」
「中学の頃、部活とかは、してなかったのか?」
「所属はしてたけどね。幽霊部員ってやつよ」
ふふっと、笑いながら弓月はさらに付け加える。
「なんかちょっと楽しいわ。入学してまだちょっとしか経ってないけど、こんなのあると思ってなかったから。まーね、あんたが相手で残念だけどね。贅沢は言えないものね。我慢するわ」
「おま……。まぁいい。せっかくなんだし、楽しまなきゃ損だろ。おれは楽しむつもりだぞ。高校」
「そうね。楽しまなきゃね。あ、私こっち。それじゃあ、また月曜ね」
「お、おう。あ、送ってかなくて大丈夫か? もう暗いし送るぞ?」
駅に向かう道を歩いて行こうとする弓月を、太郎は呼び止める。
思い切り嫌そうな顔で振り返る弓月。おいおい。そこまで露骨な顔するなよ。おれも傷つくぞ。
「気持ち悪いから、そういうのやめてくんない? あんたはさっさと帰って、私のために考えろ!」
「気持ち悪いってお前……。それは酷過ぎるぞ」
「本当のこと言っただけだわ」
人の顔を指差し、傲岸不遜に言い放つ。が、ひらりと見を翻らせ
「ふふっ、じゃあね太郎。また月曜日。」
弓月はにっこり笑って手を振り、駅に向かって走り去る。
突然の笑顔に呆然となり、間抜けに手を振り返す太郎を置いて。
最後に向けられたあの笑顔。嘘も何もない。ちゃんとした笑顔。
自分だけに向けられた笑顔。それさえあれば、どんな苦痛にだって耐えられるかもしれない。
あの笑顔は良かった。そういえば初めて笑顔なんか見たんじゃねえか?おれ。
しかも太郎って、言った? おれのこと、そう呼んだ? あの笑顔で?
さっきまでの心配はどこへやら。金曜日の帰り際に見せられた笑顔をより鮮明に目蓋に焼き付ける。太郎のスーパー補正がかかった笑顔はもはや、100万ドルの夜景よりも輝いていた。
太郎の顔も輝いていた。女性なら道を譲り、子連れなら子の目を親が覆う。男でも目を背けるだろう。
とても。とても気持ちの悪い顔で。
「……っ」
「……ろうっ」
どこからか呼ぶ声が聞こえる。あの笑顔がおれを呼んでいるのだろうか。
「馬鹿たろうっ! この馬鹿! 何を呆けた顔晒してんのよっ!」
夢から覚めた太郎は一気にゲンナリした。
あの笑顔は幻だったのか。現にあの笑顔の持ち主はこの悪魔女王じゃないか。
同一人物でありながら、似ても似つかぬ二人を思い。そっとため息を吐く。頭に衝撃が走る。
「な! に! ため息ついてんのよ! この馬鹿太郎! こっちがつきたいわあああああ!」
「考え事してたんだよ! これからのことちゃんと考えてるんだよ!」
「はぁ? ニヤニヤしながら? 鼻の下こぉーんなに伸ばして? 気持ち悪いったらありゃしないわ!」
「え? そんな顔してたか? そんなことないだろ」
「もう! どうでもいいわよ! それより! だんだん人が増えてきたよ! 太郎どうしよ!」
「落ち着け。練習通りでいく。おれもお前の後に続く。大丈夫だ。上手く……いくはずだ」
「うん……! じゃあいくよ!」
弓月は顔を上げ、一歩前に出た。
自分が気持ち悪い顔をしていたのかどうか? とか。
弓月の突然の太郎呼ばわりだとか。
そんなものは、とりあえず置いておこう。
戦いは、これから始まるのだ。
そう。弓月の挨拶と共に……。
「おはようございます!この度の選挙に立候補しました! ……
あ、なんかデジャヴ。これってデジャヴ?やっぱデジャヴだよな。
……ゆゆみ月! ひゃるきゃでっし!」
お約束。
弓月のそれは、クラスでの自己紹介の時よりも、マシなのか酷いのか分からない。
分からないが……、噛んだ。
今度は、登校中の不特定多数の生徒の前で。
最後まで読んでいただいてありがとうございます!
難しい難しいと言いながら…やっぱり難しいです。
相変わらず読みにくく、分かりにくい内容ですが次回もお読みいただければ幸いです。