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姉から聞き出した話を報告する太郎。
その報告内容に不満な弓月だが、太郎の意外な一面を知り…?!
意外な一面を知った弓月が見せた無防備な姿。
新たな発見もあって…?!
勘違いドタバタラブコメディー…かもしれない?第六弾!
手短に。できるだけ手短に用件だけ。用件だけ伝えよう。
大丈夫。おれならできる。太郎は弁当箱を握り締めながら、自分を励ます。
「なぁ弓月。昨日の選挙の話なんだけどな」
同じく鞄から、弁当を取り出しながらチラリと視線だけこちらに向ける弓月。
「昨日の選挙の話なんだけど」
「うるさい。黙ってろって、朝言ったわよね?」
朝の命令はまだその効力を維持しているようだ。
「せっかくのお昼休みよ? あんたと話すことなんてない。選挙で必要な話があれば、私から話す」
弁当を携え、どこかしらへ行こうとする弓月。
太郎は、なんだよと独りごちた。
「姉ちゃんがここの生徒会長やってたから、その話しようとしただけじゃねえか」
ぴたりと、歩みを止めた弓月。クルリと体の向きを変え、太郎に詰め寄る。
「今あんた、何て言ったの? 姉が何だって?」
うわっ近い。腰に両手を置き、上半身だけでズイと太郎に向ける。その距離約20cm。
突然の急接近に当然ながら太郎はシドロモドロになる。
「だだからだな。姉ちゃんが生徒会長やってて、それで……」
「ああもう。要領の得ない男ね。いいわ。聞いてあげる。ちゃんと話しなさい」
腰に手をやったまま、仁王立ちの弓月はその先の言葉を促した。
鞄からメモを取り出し、太郎は姉から聞き出した生徒会長選挙の概要を弓月に伝える。
「……ってことだよ。一年が前期で当選するのは、どうも難しいらしい。しかも立候補すら前代未聞だ」
何時の間にか、イジッていた携帯をポケットに仕舞った弓月は思案顔。
ふむと、顎に手を添えたその姿さえ美しいと、太郎は思ってしまった。
ジッと見つめることもできず、窓の外に視線を向ける。今日もいい天気だ。
「それで? それに対するアドバイスももちろんあったんでしょ? どうするの?」
弓月の当然の疑問に我に返る太郎。気付いて欲しくなかったところをあっさり突かれ、答えに窮する。
弓月がそう思うのも仕方ないだろう。そこを聞き出さないと、アドバイスを受けたことにはならない。
しかし残念ながら、太郎はその答えを持ってはいなかった。
姉に、花子に自分で調べろ。自分達で考えろと切り捨てられたのだ。
用意しなかったのではなく、用意できなかったのだ。サボった訳では、決してない。
「いや、それは……。それは自分達で何とかしろって……それだけで何にも教えてもらえなかった」
グニャリと、音が聞こえた。……ような気がする。その可憐な美貌は妖怪変化を果たしていた。
強烈に眇められたその目。捲れ上がった唇。こめかみには脈々と青筋が。
全身はプルプルと振るえ、強烈な怒りのオーラが解放される。
お、恐ろしい。悪魔女王再びである。ここには守ってくれる退魔士もいなければ、身を守る剣も無い。
太郎、絶対絶命である。しかしヒーローは遅れてやってきた。爽やかな笑顔とその声を纏って。
いつの時代もヒーローは遅れてやってくるのである。
「太郎、弁当にしよう」
お洒落眼鏡の憎い奴。親友の河田陸郎その人であった。
さらに後方から援護射撃は続く。
「マーウヤーマ、弁当弁当。腹減っちゃったよ〜。そんで昨日のアレ観たー?」
憎めないお間抜け野郎はドラマ大好き、井口俊。
さらに後方。一人この状況に気付いているのか?
「こ、これがリア充という奴か?! ぬぅぅ! この私がプレッシャーを感じるとは!」
訳の分からん一人芝居のデブオタは、斎藤一だ。
ああ、果敢にも悪魔女王に挑む勇者はいた。このクラスにいたのだ。
さながら、太郎は囚われのお姫さ……王じ……庶民である。か弱い民草であった。
か弱い民草を救うべく、三人の勇者は悪魔女王に戦いを挑む! 次回、決戦! お楽しみに!!
と、太郎は胸を熱くさせた。早くおれをこの窮地から救ってくれ! 早く!
しかし……悪魔女王は……。三人の勇者には怯みもしなかった。
にっこぉ〜。また音が聞こえた。……ような気がする。
「ごめんなさい。山田君に大切な相談があるの。今日は……山田君を借りたいんだけど……」
にっこり笑顔の弓月に、眼鏡は今初めて気付いたようだ。
「なな何だ。弓月と話してたのか。これは気付かなかった。すまん太郎」
ドモリながら騙されてやがる。これは本当の笑顔ではないのに。
口はにっこりしている。口は。目は笑っていない。目は笑ってはいないのだ。
こんな笑顔を、家で嫌というほど見てきた太郎は知っていた。知っているからこそ、恐ろしいのだ。
これ以上食い下がると、この笑顔は牙を剥く。笑った口でそのまま牙を剥く。
「マウヤマは弓月さんと弁当食うのかー。やるじゃんーマウヤマ〜ひゅー」
お間抜けな馬鹿は、はやし立てる。やめろ。これ以上刺激するな。
デブオタはデブオタで
「リア充の神よ! 私を導いてくれ! 私もリア充に! オタクでもリア充になれるはずだ!」
と、アニメの台詞をもじって、自分に酔っている。やめんか。恥ずかしい。
納得したのかしないのか、三人の勇者は自分達の住処へ帰って行く。か弱い民草を悪魔女王の下へ残したまま。しかも何を思ったのか、眼鏡の勇者は弓月に向き直るなり、
「弓月。太郎に相談して正解だぞ。太郎は中学の頃、皆に頼られるいいアドバイザーだったんだ。毎日毎日何人も。学年が違う奴まで太郎に相談しに来てたんだ。すごいぞ太郎は。名アドバイザーだ」
とんでもなく、余計なお土産を置いていった。さらに太郎に顔を向け
「太郎も流石だな。入学一週間ほどで相談所スタートか。またおれも何かあったら頼む。じゃまた」
言いたい事だけ言って、眼鏡の勇者は颯爽と去っていった。
ああ、また蔑まれる要因が増えたじゃないか。この手の人間は自分が相談するなんて認めないのに。
しかし、弓月は意外な反応を見せた。
「あんた中学の時、そんなことしてたんだ?」
混じり気ナシの100%驚き顔。悪魔女王でもこんな表情するんだな。と、考える余裕もできてしまう。
「陸郎が言うほどでもないよ。ああ、陸郎ってあの眼鏡な。あいつが言うみたいな、そんなに大げさなもんじゃない。ただ人の話を聞いて、相槌打ってただけさ。誰にでもできると思うだろ?」
太郎は自分で思っているまま、弓月に返す。それでも弓月は、驚きをそのままに
「何言ってんのよ。すごいわよ。違う学年までって相当なことよ。あんたってそんな皆に信頼されてたんだ。意外だわ。失礼だけど、あんたそんな風には見えないもの」
あはは、と笑いながら弓月は太郎を褒めた。可笑しそうな目をして太郎を見つめながら。
無防備な姿だった。何の邪気も疑いもない、本当に可笑しそうな目をして自分を見つめてくる。
意外だったというのに嵌ったのか、机を叩きながら笑い始めた。あっはははは! と。
噛んだ自己紹介。ロングホームルームのことを聞いてきたあの顔。真っ赤だったあの顔。
そのどれよりも美しかった。無防備に笑うその姿は何よりも、誰よりも可愛かった。
太郎は急に照れてしまい、ぶっきらぼうに言い返す。
「なんだよ。そんなに意外かよ。失礼な奴だな」
その言い方がツボに入ったのか、一際笑い声が大きくなる。
「あはは! だってその図体でっ……人の相談真面目に聞いてるあんたを想像したら……ブプーっ! 駄目! 可笑しくてたまんない! あーはははは! ひぃーお腹痛いー! あー苦しいっ! ブハっ! あっははは!」
可笑しさにガクガク揺れる小さな体。小さな体は、その全身で可笑しいと表現していた。
それを観ている太郎もいつしか可笑しくなって、笑顔で弓月を見つめた。
あー可笑しー! と左目の涙を拭う弓月。太郎はその左目が右目と色が違うことに気付いた。
弓月の左目は、いつも前髪で隠れていた左目は綺麗なブルーだった。
ああ、そうかと、太郎は思い出す。弓月のおばあちゃんだっけか、外国の人って言ってたな。
じゃあこれは遺伝か。それにしても綺麗だ。こんな綺麗な目の色隠すなんて勿体ないな。
そんなこと考えながら、マジマジと見つめてしまった。弓月はそれに気付いたようだ。
「何ジロジロ見てるのよ。はっ! この珍しい色が気になったの? 片目が青。だから何?」
明らかな嫌悪感と敵意を剥き出しにして、弓月は吐き捨てた。少し怯えも見えたような気がした。
そんな気がしたから、太郎は嘘をついた。本当は綺麗な目だと言いたかったけど、言えなかった。
綺麗な目じゃないか。隠すなんて勿体無いぞ。と言いたかった。お前は綺麗だ、と。
本当のことは言えなかったので、わざとおどけて弓月を茶化した。楽しそうに笑ったあの話を続けた。
弓月が楽しそうに、机を叩いてまで大笑いした、あの話を続けた。
「馬っ鹿。おれは、偉そうに言うお前を何様だと思ったんだよ。左目のことなんか気にしちゃいねえよ。今はカラコンあんだぞ? 青い目がなんだっつうの! おれのこのでかい図体がダメなら、お前のそのチンマリした小さな体なら相談に向くのかよ? どうなんだよ? いや、マジで。デカイとやっぱ可笑しい? ちょっと気になってたんだよ。実は」
弓月の顔が驚き顔からフニャと溶けた……のは一瞬で、また机を叩いて笑い出す。
「だから意外だってのよ! せっかく収まったのに! またき……た! ブフーっ!あっはは! もうダメ」
ヒィーひっひっ! と引き笑いまで始めた弓月を見て、胸を撫で下ろす。
その繊細な部分を傷つけずに済んだ。これでよかったのだとホッとする。
本当はそれを肯定して、綺麗だと言ってやるのが正解かもしれないが。
しかし、今の太郎にはどうしていいか分からなかった。分からなかったから、これでいいと思えた。
思えたからさらに茶化す。
「ったく。ほんと失礼な奴だな、お前。もう一つ答えてねえだろ。小さいお前ならokなのかよ?」
当たり前じゃないの! とか、愚かな問いと書いて愚問よ! だとか、また偉そうな返答かと思った。
しかし……違った。
フッと弓月の笑い声が消えた。あれだけ大声で笑っていた声が、一瞬でなくなった。
まるで、そこには何の音も声もなかったかのように。そして、弓月の表情も消えていた。
ふっつりと。何の感情も抱いていない、人形のような顔をしていた。精巧で美しい。ただそれだけの。
「私はダメよ。他の小さい奴は知らない。でも私はダメ。……だって私は……」
それきり弓月は俯いてしまった。
ああ。やってしまった。繊細な部分は一つではない。当たり前だ。沢山だってあるはずだ。
何をどうやってしまったのか。何も分からない。分からないが、繊細な部分に触ってしまったようだ。
どう答えていいか分からないが、黙ってもいられなかった。
「お、おい弓月。なぁ……ええと、その弁当食おうぜ。腹が膨れりゃ何か思いつくかもしれんし」
「そうね」
弓月はただ一言短く返事をし、弁当の包みを解いた。
こういう時、どう盛り上げれば楽しい空気が戻ってくるのだろう。変にすると余計重くなりそうだ。これから先、こういう場面で盛り上げることが出来るようになるのだろうか。
もう少し大人になれば出来るようになるのだろうか。今は分からない。分からないけど。
弓 月をこのままにしておきたくはなかった。あれだけ可笑しそうに笑ったのだ。あんなに。大声で。
だから太郎は、何かしようと考えた。考えたがいい案は浮かばない。
浮かばないので、とりあえず。
自分の弁当から、きんぴらごぼうを弓月の弁当へ移動させ、弓月の弁当からミートボールを強奪した。
そのまま自分の口に放り込む。
「あんたねえっ!」
弓月は顔を上げた。怒っている。が、そんなに迫力はない。またその顔は下を向く。
なのでさらに追撃。ほうれん草の和え物を弓月の弁当に投下。変わりに卵焼きを口に放り込む。
「い・い・加・減・に・せええええええい!」
ものすごい勢いで顔が上がる。怒っている。今度はけっこう怖い。
怖いので追撃は出来ない。
「なんで私の好物ばっか選んで盗るのよ! しかも私の嫌いな物ばっか置きやがってええ!」
弓月の太郎の弁当侵攻作戦が始まった。
まず、弓月の弁当からきんぴらとほうれん草がまとめて帰還。
その代わりと言うのか、次々とメインのおかずが箸で突き刺され奪われていく。
弓月の箸の侵攻後、太郎の弁当にはきんぴらとほうれん草。白いご飯だけが残された。
……やっぱりやらなきゃよかった。
「わらし、おろっひゃんらけど」
口をリスのそれの様に膨らませモゴモゴさせながら、弓月は話し出した。飲み込んでから話しなさい。
「なんだ。おれの弁当を荒らしたことを後悔してるってか? 見ろ、この可哀想な弁当を。散々だぞ」
「そえふぁ、あんひゃらわにゅいんえしょーが」
「……とりあえず飲み込んでからにしろ。何を言ってるのか分からんから」
口の中の太郎のおかずをお茶で流し込み、弓月は話しを再開させる。
「私、思ったんだけど」
「うん。なんだ」
「あんたのお姉さんは、自分達で調べろって言ったんでしょ?」
「ああ、そうだ。そうとしか言わなかったな。聞かなかった訳じゃないぞ」
「そう。ならあんた調べなさい。今日中に。土日で纏めて、どう活動するかも考えなさい。それを月曜日、私に提出ね。簡単でしょ? 休みもあるんだし。食べ終わったらすぐに行動して。あんたの仕事よ」
耳を疑った。さっきまで声も表情すらも失ってた奴の言葉か? と。
さすがに悔しいので、言ってやった。
「なんでお前はやらねえんだよ。お前が立候補すんだろが。お前がやらなきゃダメだろが」
弓月は、ハンっ! と大きく鼻から息を吐き出す。こういうとこは花そっくりだなと思う。
「あんた少しは考えなさいよ。書類の提出は今日が締め切りなのよ。立候補届のね。まだ色々書くところが残ってるのよ。あんた昨日見たんだから……、少しは察しなさいよ。私は忙しいの」
こうなっては、太郎には言い返せない。ぐぅっと喉を唸らせ、頷く。
「分かったわね。いい働きをしなさいよ? 間違ってもサボらないことね。いい? 分かった?」
「分かったよ! 分かってるよ! やると言ったらやるよ。お前もそれくらい分かれ!」
太郎は分かっている。小さな頃から身に染みて分かっている。耳に蛸ではない。全身に蛸である。
家では花子。学校では弓月。太郎のオアシスがなくなってきている。砂漠化だ。砂漠化である。
食い終わったので、弁当を戻し席を立つ。さっそく行動開始だ。
席を立った太郎の背中に。無防備なその背中に言葉を投げつける。
「ああ、それと。月曜日からお昼は一緒ね。食べながら作戦会議するわ。考えること、やらないといけないことは沢山あるだろうからね。私の友達も一緒になるかもしれないけど、いいでしょ?」
エ? ナンダッテ? オヒルヲイッヨニ? サクセンカイギ? トモダチモイッショカモ?
「なんて顔してるのよ。気持ち悪いからやめて。毎日お昼断るのは悪いもの。それにあんたとずっと二人なのは嫌。耐えられないわ。本当に無理。まぁあんたは? 嬉しいかもしれないだろうけど? うえっ」
ええと。僕にもお昼一緒にする友達が三人ほどいるのですが……。
通らないだろうな。何せ花にそっくりだ。選挙が終わるまで、昼もゆっくりできないのか。
話すの放課後にすりゃ良かった。なんて思っても、もう遅い。
あんたは嬉しいってなんだ? うえっってなんだ?
弓月の大笑いも、青い左目も、怯えも、落ち込んでしまったような振る舞いも。
全てが虚しく感じられた。後悔しかない。後悔だけが波のようにユラユラ迫る。
呆然と教室を後にした太郎には分からない。
こき使ってやるとしか、思ってなかった弓月の心境の変化に変化があったことなど。
当然今はまだ。弓月自身にも。今はまだ自覚のない。無意識の変化を。
今日この昼休みに知った太郎の意外な一面が、どう弓月に印象付いたか。
今日見せてしまった無防備で弱い部分に対し、太郎のとった言葉や行動がどう弓月を安心させたか。
今はまだ、誰にも分からない。
弓月が持つコンプレックス。
辛い事があった過去。
自分を変えたい。変わりたい。
弓月自身が太郎に対する心境の変化に気付くのも。
自身のコンプレックスや過去の話や変わりたい、変えたいと言う話を太郎に打ち明けるのも。
それは今よりはずっと、後のことである。
今回もお読みいただきありがとうございます!
読みやすいように、伝わりやすいように心がけていますが、難しいです。まったりですが、頑張ります。
またお読み頂ければ幸いです!