表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

1-5

太郎は憂鬱だった。

姉と同性質である弓月と生徒会長選挙の大変さを感じて。

同じく弓月も憂鬱であった。

怒りに任せてとは言え、自分のアレな発言に。

勘違いドタバタラブコメディ…かもしれない?第5弾!

問題の翌日。朝の一時をお送りします。

 学校に続く短くも急な坂道を、浮かない顔して歩く男子高校生。

 ハラリと舞い落ちてくる桜をぼんやりと眺めながら、複雑な心境を反芻する。


 愛らしい妖精さんだった弓月遥ゆみつきはるか

 昨日の放課後、偶然教室でバッタリ。いい雰囲気にもなったような気もしたが……。

 話している間に、別人のようになってしまった。あの愛らしさはどこへやら。

 別人になってしまった妖精は、太郎にこう命令した。


「とりあえず、私を生徒会長にしなさい」


 とりあえずでなれるものなのかは知らないが、弓月はなりたいらしい。生徒会長とやらに。

 別人になってしまった理由や、愛の主従関係が成立したカラクリや、生徒会長になりたい動機。

 これらは全く分からない。しかし一つだけはっきり分かる事がある。


 それを助けるのは、他ならぬ自分である。

 弓月と親しくなりたい一心で、彼女の助けになりたい一心で、自分は言ってしまった。


 協力者になると。選挙活動を手伝うと。


 後になって悔やむから後悔と言うのだが、誰がこんな展開を予想できたであろうか。

 そのおかげで、昨日は姉のお使いを忘れ酷い目にもあった。背中には紅葉が綺麗に残っている。

 しかし自分で協力すると言ってしまったのだ。誰かを責めるなんてことはできない。己の責任である。


 太郎は妖精さんだから、手伝いたいと思った。愛らしい弓月だからこそ、力になりたいと思った。

 でもでも。突然過ぎて何が何だかさっぱり。だが、妖精さんはいなくなった。

 環境破壊が進むこの世界では、妖精さんは生きていけないのだろうか。

 その愛らしさは、汚染されあんな風になってしまうのだろうか。


 あんな、あんな風に……。愛らしい妖精から一転。変わり果ててしまった、その姿を思い出す。


 夕日を浴びていながらでも分かる、朱に染まった頬。もじもじと絡められる指。

 震える声は、愛らしい鈴のような音色を醸し出していた。正に妖精。


 しかしある時を境に、妖精のその顔色は真っ青になっていき……。


 ああ。思い出すのも恐ろしい。悪魔女王の降臨であった。

 眇められたその目は、全ての存在を見下しあざ笑う。

 捲れ上がったその唇は、呪いの言葉を紡ぎ出しこの体を襲う。

 見る者に恐怖の二文字しか与えない。圧倒的存在。正に悪魔女王。


 悪魔女王は太郎の知るだけで、この世に二人いる。一人は弓月。もう一人は太郎の姉、花子であった。

 これが太郎の複雑な心境の大きな一部分であった。

 困っている友達を助けるのは当たり前だ。でもおれに悪魔女王の友達はいない。

 長く姉に虐げられ続け、太郎はこの手の女性に辟易しているのである。


 やはりと言うべきか……。弓月も裏の人格を持ってるんだな。


 これも姉である花子が、弟である太郎に長年かけて植え付けたコンプレックスである。

 一見可憐で麗しい女性。しかして、その正体は。世にも恐ろしい悪魔女王。

 女性は誰しもが……、その裏に違う人格を潜ませている。

 こんな風に思ってしまうから、太郎は中々恋もできないのだ。

 少なくとも太郎自身は、そう信じている。単に恋する対象と出会っていないだけなのだが。

 この何とも可笑しなコンプレックスも思春期特有のそれに違いはないだろう。


「はぁぁぁっ、あっと」


 入学して以来増えてしまったため息を、桜吹雪に吐きかける。


 そしてもう一つ。

 太郎が今のような複雑な心境になってしまった理由がある。

 姉の花子は、太郎と同じ高校の卒業生であった。

 しかも一年の後半から三年生の前半まで、生徒会長をしていた。

 弓月の選挙を手伝うことになった太郎は、花子にアドバイスを求めた。


 所詮は高校の選挙。そんなに難しいことじゃないと高を括っていた。

 実際はそうでないらしい。それどころか、一年にとってはかなり厳しいようだ。

 あの花子でさえ、一年の後半に立候補しギリギリの当選を果たした。

 花子はせめて一年間で二回行われる選挙の二回目、つまり後期選挙に立候補しろと言う。

 ただでさえ不利な選挙なのに前期なんか通りっこないと。鼻で笑われるのがオチだと。

 それどころか、新聞部だとか、放送部まで取材に来るかもしれないらしい。

 一気に学校の有名人になれるようだ。

 下手すりゃ風紀委から呼び出されるかもしれない。本気か? って。


 なにせ入学したての一年が、前期選挙に立候補するのは前代未聞。空前の大事件なのだそうだから。


 思っていたよりもずっと大変だと、弓月に伝えなければいけない。

 下駄箱の上履きを取り出しながら、どう切り出すかと考える。

 複雑な心境になりながらも、太郎は義理堅い。

 不本意な結果になったとは言え、自分からやると言い出したのだ。捨ててはおけない。

 ちゃんと伝えねば。とりあえずでは生徒会長にできなさそうだ、と……。



 ところ変わって教室では、可憐な美少女が頬杖しながら浮かない顔。

 太郎と同じく、昨日の出来事を反芻する。

 突然の告白をしてきた山田太郎やまだたろう

 よく知りもしない男子。初めて異性から告白された。共学ってすごいかも、なんて驚いた。

 本当に一目惚れはあるんだな、とも。昼休みからずっと、太郎の告白ばかり考えてしまった。

 気になって気になって我慢できず、後先も考えずにその真意まで聞き出した。


 その答えは、とても優しく…温かな言葉だった。不思議と幸せな気持ちにもなれた。


 ……のは、一瞬のことで……。当の本人はその告白をあくまで惚けた。

 自分で言った言葉を、あの男は嘘の言葉で惚けたのだ。

 これは許せなかった。許されるものではなかった。

 だから自分は見せ付けてやるんだ。本当の自分を。あの男はただ自分の外見に恋をしているのだと。

 自分の気性は自覚しているつもりだ。融通の利かない、粗野で自分勝手。嫌な女だと思う。

 今は入学して一週間そこら。見せようにもその機会がなかっただけだ。隠しているつもりなどない。

 見せ付けてやる。たっぷりと。自然と周囲に認知される前に、特別にあの男にだけ。

 そして後悔させてやる。見た目だけで恋をしてしまったことを。ふん、馬鹿な男だ。

 とりあえずは、生徒会長選挙でコキつかってやる。協力者がいない自分には好都合だ。


「せいぜい私への点数稼ぎをなさいな。本望だろうよ。ふんっ」


 頬杖のまま、青い空に吐き捨てる。

 今のところ、あの男をコキ使うことに何の後ろ暗いこともない。いいように使ってやると思っている。

 が、一つだけ。一つだけ失敗したと、反省しているものがあった。


「今日からあんたは私の奴隷よ。奴隷。愛のド・レ・イ」


 えらいことを言ってしまった。失言である。大失言である。


 残念ながら太郎の人権を尊重したわけではない。アレな発言だったと後悔しているのだ。


 ああ、高校生にもなって、なんてこと言うんだ私。奴隷って。しかも愛って。

 アレな上に、あの男の気持ちを肯定してるみたいじゃないか。後悔させるのではなかったか。

 そのように働かせてやるつもりではある。もちろん自分のために。その上で後悔させるのだ。

 しかし……


「上手くできたらご褒美もあげる。主人としての褒美だから」


 うわぁぁぁあ!!!!


 ご褒美ってなんだ! 主人ってなんだ!!

 アレ過ぎる。アレ過ぎるだろ。私!

 頭を抱え、髪を振り乱す。わしゃわしゃ掻き回された髪は今やボサボサである。


 クラスメートが眉をひそめて囁きあう。弓月がご乱心だ。と。


 弓月はそんなことが囁かれていると露知らず、よし! と一人気を入れなおす。

 奴隷宣言からの件はなかったことにしようと。

 そのようには扱うが、奴隷とは呼ばない。上手くできたってご褒美はなし。

 まさかあの男もご褒美なんざ、求めちゃいないだろう。奴隷も嫌だろう。


 でも……


 もし……


 求めているとしたら? 今はなくても、上手くできた時に求めてきたら?求めたくなったら?

 自分はどうすればいいだろう。ああ、でも言ったもんなー、宣言しちゃったもんなー。

 はわわわ、とあれこれアレな想像をしてしまう。


 相変わらずの勘違いを爆走させる弓月。スピードメーターはレッドゾーン。

 さすがはレースエンジン並の加速性能。他の可能性の追随は許さない。


 上がったり下がったりする頭に、青くなったり赤くなったりと点滅する顔色。ぼさぼさの髪。


 当の奴隷。教室に入った途端太郎は主人のそのご乱心振りを目にし、正直引いた。

 引いたが、放置もしておけなかった。何せ自分の主人なのだ。どうして主人なのかは分からないが。

 分からないが、この手の人間にはとりあえず逆らわない方がベターと熟知している太郎。

 長年に渡る姉花子の教育の賜物であった。


 太郎は、細心の注意を持って弓月に声をかけた。それはもう恐る恐る。



「お、おはよう、弓月。な、何か大丈夫か?具合悪そうだけど。保健室行かなくて大丈夫か?」


 太郎が声をかけた時、ちょうど下がっていた頭が勢いよく上がった。

 それにしたって勢いがありすぎた。上がってそのまま後ろに……。


 器用に四本足であるはずのイスを二本足にして……。


 うわわ、うわわわっと手足をバタつかせバランスを取るも、そのまま背中から床にダイブ。

 盛大にスッ転んだ。綺麗で細い足が二本。天に向かって伸びている。それはもう真っ直ぐに。


「だっ大丈夫か!? 弓月?!」


 慌てて助け起こそうとするが、真っ直ぐ伸びた足の白さに目を奪われる。

 陽に当たらない太ももの白さなどは、透き通るようだ。

 ギリギリの判断か。スカートを押さえていたようで、その中身はしっかり隠れていた。

 いけないとは思いつつ、思わず堪能。ご馳走様でしたと心で唱えつつ、イスごと弓月を起こし上げる。

 打ち付けたのか、痛たたたと、後頭部を押さえている。本気でやばい?かも。


「お、おい弓月。ほんとに大丈夫か?痛むなら保健室行こう」


 涙目で後頭部を擦る弓月は、目を吊り上げ奴隷に向かい本日最初の命令を下す。


「ええい! 黙れ! 頭に響く! 奴隷が勝手に口を開くなー! 主人がいいと言うまで黙ってろ!」


 つい数分前になかったことになった奴隷云々の件。ところがどっこい。しぶとく生きていたご様子。


 賢しい奴隷の太郎は、これ以上の刺激は危険だと判断。


「はいはい。分かりましたよ」


 太郎の物言いが気に入らなく、睨み付けるが痛みの方が勝った。


 後頭部の痛みやら、ひっくり返った恥ずかしさやらで死にたくなった。

 しかも……。また言ってしまった。なかったことにしたかったのに。また……言ってしまった。

 それらの感情がゴチャ混ぜになり、午前中の授業は当然耳にはいらなかった。


 太郎は太郎で、ただでさえややこしい話をしなきゃいけないのに……。

 朝からこれなので同じく午前の授業は耳にはいらなかった。


 クラスメート。主に男子も弓月のご乱心振りに美しい脚に心奪われ……、以下略。

 運のいいことに、奴隷宣言はドサクサに紛れ皆の耳には届かなかった。主人命拾いである。


 肝心な選挙の話は昼休み。本来なら憩いの時間であるはずのお弁当タイムに行われた。


 鞄から弁当を取り出しながら、投げかけた言葉を太郎は後々まで後悔することになる。

 嫌なことから終わらせる。これが全てにおいて正しい訳ではないと知った。また一つ大人になった。


「なぁ弓月。昨日の選挙の話なんだけどな」


 そのことをまだ知らない太郎は、主人である弓月に切り出した


























お読みいただきありがとうございました!

相変わらずマッタリです。

拙い文章のお話ですが、またお読みいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ