1-3
大いなる勘違いによって、太郎の真意を問いただす遥。
誠実に答える太郎。太郎の言葉優しく…遥は?!
絶賛勘違い中!の遥は勘違いのまま太郎にある命令を下して…?!
ゴクリ…
唾を飲み込む音が、異様に大きく聞こえる。心臓が地鳴りのように響く。
自分が発している音だと気付き、変な声を出してしまった。
「おふっ」
昼のことと、言えば。
各委員の決定と生徒会選挙の説明があったロングホームルーム。
始業前にトイレから教室に戻った太郎は、偶然にも弓月のため息を聞いてしまった。
持ち前のお節介根性で、尋ねてしまった。その結果、傷ついた。
一時は、太郎を暗黒大統領にまでしてしまった大事件である。
弓月はその話がしたいのだろう。
やっぱり話してくれる気になったのだろうか?それともひどいこと言ってごめん?
それとも……さらなる追い討ちをかけようと…?
あの時よりも緊張しながら、太郎は弓月の言葉を待った。
「ぁ…あのね…?お昼のここことなんだけど…」
「えっと…ね?その…どどういうつもりだったの…かな?って…」
夕日に染まった弓月の顔だが、はっきりと分かる。真っ赤だ。
可愛い。可愛すぎるじゃないか。ああ、人生やっぱ捨てたもんじゃないぞ。
恥ずかしそうにモジモジしながら、顔を真っ赤にさせた弓月は、言葉を続ける。
「なななんて言うのか…その…ほほほほほほ本気で言ってるのかなって…」
「本気であんなこと言ったのかなって……」
それきり弓月は俯いてしまった。大きすぎるその目は堅く閉じられている。
ああ。可愛い弓月。ロングホームルームのこと気にしてるんだな。感動だ。おれは感動した!
なんて、なんて優しい女の子なんだ。あんなに消え入りそうな、震える声で。
大丈夫。おれは大丈夫だよ、弓月。今のお前のおかげで、おれはもう完全復活だ。
ここまで言ってもらったんだ。ちゃんと分かってもらおう。お前の事が心配だって。
ここでも大いなる奇跡は、その力を持ってして二人の勘違いを加速させる。
太郎はロングホームルーム。
弓月は、当然の告白の真意を聞きたいのだ。
真意を聞いたところで、どうなるものでもないのだが、とにかく聞きたかった。
告白をしてきて、どうしてそんな風に接することができるのか。それも聞きたい。
それに自分はどう応じるか、など太郎の真意に対しての答えは持っていないまま。
つまり弓月は、思い込んだら一直線。終着駅まで停まりません。そんな性格であった。
困ったことに、これは弓月の長所でもあり、また短所でもある。当然自覚はない。
しかし悪気はないのだ。純粋すぎるその気持ちが、そうさせてしまっているのだ。
いい具合に逆上せ上がった太郎は、勢いよく切り出した。
「本気で言ったか?だって?」
「当たり前だろう。あんなこと冗談で言うつもりはないっ!」
優しい弓月を元気づけたかった。大丈夫、おれはお前の味方だよと知って欲しかった。
同じクラスになってまだ数日しか経ってなくても、まともに話したのは今日が初めてでも。
大事なのは時間じゃないんだ。こういうことは、時間より気持ちが大事なんだ。
太郎はそう信じていた。
ちゃんとお互いを敬えば。お互いのことをもっと知り合えたなら。きっといい友達になれる。
そう信じていた。
太郎の力強い言葉を聞き、弓月は両手で口元を押さえ驚いていた。
本気…だったんだ…。本気で私のこと…。
生まれて初めて、異性に愛を打ち明けられた。
よくも知りもしないで、好きになられた。しかし、それは嬉しいことであった。
自分はこの男の子を全然好きではない。好きとかそういう問題ではない。それは確かだ。
でもこの胸の温かさはなんだろう?こみ上げる嬉しさはなんだろう?
両のこぶしをぎゅっと握り、真っ直ぐに自分を見つめる高身長の男を見上げた。
……この人は、私のことが好きなんだ。
弓月は改めて太郎の気持ちを、告白されたことを考え焦った。そして、早計だったと後悔した。
自分は、自分はその気持ちを聞きたかっただけで、何の答えも用意していなかった。
ただ確かめたい。それだけで。自分勝手な気持ちだけで。
彼はきっと。きっと答えを待っている。改めて、面と向かって告白したんだもの当然だわ。
困ってしまった。誠実な彼に報いるだけの答えを今は用意できない。
付き合うなんてことも、当然できない。だって好きではないのだから。
どうしよう。
弓月は答えるのを迷っている。自分から本気なのかと聞いておいて……。
どういうことだ? もう昼のような失敗は許されるはずもない。
太郎は脳の活動をフル回転させる。この際、他の部位はこの際、開店休業で構わない。
おれの気持ちを聞いた上で、話しにくいことなのか……。
だったら今は。今はまだ聞くべきじゃない。太郎は結論を出した。
いずれ、時間経てば。時間が経って話してもいいと思ってもらえるまで待とう。
その時に。話してもいいと思ったその時に、安心してもらえるように今は。
「大丈夫だ。弓月。焦って答えなくていい」
「えっ?」
優しい太郎の言葉に引っ張られるように弓月は顔を上げた。
「今はいいよ。答えにくいんだろう?大丈夫だ、時間はいくらでもあるんだから」
「本当にいいの? それで。あんたは…山田君はそれでいいの?」
「ああ、いいよ。おれは弓月におれの気持ちを分かってもらえたなら、それでいい」
太郎の言葉は男前過ぎた。
男前過ぎるその言葉は、さらに弓月を幸せな気持ちにさせた。
自分の勝手な気持ちに対して、太郎は優しすぎると思えたが安心できたのも事実だ。
その幸せな気持ちが、弓月をリラックスさる。生来の気性が少し、顔をのぞかせてしまう。
「あんたって…山田君てお人好しなのね」
本当は傷ついてるかもしれないのに。太郎は優しく笑うのだ。本当にお人好しだと思う。
「そんなことないよ。自分にできることがあればって思うだけだ」
「私、初めてだ。男の子にそんなこと言われたの」
「ああ、そういえば女子校だったらしいもんな。当然男にはいわれないだろ」
太郎は少し笑って、言葉を続けた。
「逆に男に聞いた方がいいって悩みもあるはずさ。きっと出てくるよ」
弓月も笑って答える。
「そうね。その時はあんたに相談するわ」
いい雰囲気だった。弓月も打ち解けてくれたのか、話し方も随分砕けた。
もしかして、自分が弓月の初めての男友達かもしれない。
幼馴染とかそういうのじゃなくて、学校での初めての友達。
なんだか会話がチグハグな気もするが、今は気にならなかったのでその考えを放置した。
初めての男友達。そう考えると、太郎は嬉しくなった。嬉しくなったので、少し踏み込んでみた。
「弓月の初恋とかってどうだったんだ?」
あはは、と弓月は笑いながら
「そんなこと聞いてどうすんのよ。やっぱり気になるものなの?」
「そりゃな。ずっと女子校ならそんなことなかったか?それとも幼馴染とかに恋したか?」
やっぱり好きな子の初恋とか気になっちゃうんだ。と、また弓月は少し嬉しくなった。
「憧れみたいなのはあったかもしれないわ」
「へぇ。そうなのかー。その憧れの人とはなにもなかったのか?」
そんなの気になるの? と思いながら、その人を思い出す。今は遠いところにいるその人。
「あったもなにも。それが憧れとか、恋とか分かる前にいなくなっちゃったもの」
「今は遠い、遠い空の向こうよ」
弓月の微妙な言い方に太郎は少し焦る。
「え? もしかして聞いちゃいけない話だったか? そうだったならすまん。軽率だった」
「違う違う。そうじゃないわ。今はその人外国にいるの。アメリカ。お父さんの仕事の関係でね。私が中学にあがる前に行っちゃった。その人は私の一つ上の学年でね。よく遊んでもらったわ」
今も思い出せば、鮮明に目蓋に映る。今より幼かったころの楽しい思い出。
弓月は少し、遠くを見るようにしてその人の話を終えた。
「そうかー。いつかまた会えるといいな」
「そうね」
太郎はそんなことまで話してくれた弓月ともっと親しくなれたらと思った。
思ったから、この流れを壊したくなかった。今はどうなのか?聞いてみよう。
楽しい話の流れだった。このままいつまでも続けばいいとも思えた。
しかし勘違いとは、お互いが話せば話すほど、解けていくものなのだろう。
少しづつ絡まった糸は解かれていくのを、まだ二人は気付かない。
気付かないまま解け、また違うところに結び目ができてしまう。二人の運命であった。
「弓月は今、好きな男とかいるのか? 女子校だったけど、好きな男はそれからできなかったのか?」
それを聞いてどうするつもり? と、弓月は思った。
そんなことを聞いて、もし好きな人がいたら、あんたどうするのよ。
もしいたとしても。リスクを承知で聞きたいものなのだろうか。失恋を決定付けるかもしれないのに。
恋敵の有無は聞いておきたいものなのだろうか。私にはわからない。
わからないので、素直に答えることにした。
「今はいないわ。残念ながらね。あんたが言ったように女子校だもの。しかも厳しい学校だったし」
弓月は、正直に答えた。きっと嬉しそうな顔を、太郎は見せると思った。そのはずだった。
「ええー。そうなのかよー。もったいないなあ」
嬉しいのを気取られたくないのね。弓月は可笑しくなって、太郎を見上げたが……。
太郎は、本当にもったいないという顔をしていた。ポーカーフェイスなの?
あれ? と思う。好きな人に好きな人がいないって、とりあえず嬉しいはずよね?なのにどうして?
弓 月は不思議に思った。好きなのなら嬉しいはずじゃないのか? と。
不思議に思う弓月に、太郎はさらに続ける。
「これから、もし好きな男ができたら一番におれに言ってくれよ。何でも相談に乗るぜ?」
嘘。と思う。ついさっき自分に告白した男は、自分に好きな男ができたら言えと、言うのだ。
しかも相談に乗る。つまりその恋の応援をする。
なんで? どうして?
私のこと……好きなんじゃ……なかったの?
ふと、その姿を現した違和感。自分を好きだと言ったこの男の子は優しかった。
自分勝手にその気持ちを、真意を問いただしたのに優しく笑って、待つと言ってくれた。
待ってもらって、自分にどんな変化があるのかは分からなかったが、嬉しいと思えた。
勝手だったけど、聞いてよかったのかもしれないと、そう思えそうだったのに。
なんで、どうして。
そんな弓月を余所に、太郎は机の書類を手に取り、記入要項を読み始める。
「これがその書類かー。んー? クラス代表の協力者が必要なのか」
「まだ誰の名前も書いてないけど、誰か決まってるのか?」
弓月は黙って首を横に振る。
「そうかー。おれが、協力者になろうか?なんせこのクラスで最初の女友達だ」
書類から笑って目を上げた太郎の言葉は、弓月を殴りつけた。
「おい、おれがやってもいいのか? 弓月がいいなら名前書いちまうぞ」
弓月は思う。馬鹿だったと。あんなに緊張して、あんなに後悔して、あんなに。
あんなに嬉しく思ったなんて。
自分勝手だった。答えなんて用意してなかった。後悔もした。
だけど。だけど……嬉しかった。この男の気持ちが。優しい言葉が。
馬鹿……みたいだ。ほんと私は馬鹿だ。
昼休みにこの男ははっきり、言った。窓の向こう、廊下にいた私に、こう言った。
『ああ、好きだ。大好きだ。初めて見た時から好きだったよ』
確かに周りに友達もいた。友達に言わされたのかもしれない。
でも……すぐ傍に私はいたんだ。恥ずかしくて、しばらく立ち上がれもしなかったのに。
最初から、私が聞いた最初からこの男は惚けていたのだ。
自分で言った言葉を適当な嘘の言葉で誤魔化して。
こんなのってないわ。ひどいことしてくれるじゃない。
初めてされた告白。馬鹿みたいに緊張して、見せてしまった恥ずかしい自分。
本当は粗野な性格であろう自分にある、ちっぽけな純情。乙女心。
「弓月?おい。どうした弓月。顔真っ青だぞ?具合悪くしたか?」
いいわ。あんたがそれを続けるつもりなら。私も見せてあげる。本当の私をね。
いつまでも隠し通せるなんて思っちゃいなかったわ。ただ最初くらいはね。
大人しく、しようと思っただけ。あんたに情けないところを見せてしまったのは間違いよ。間違い。
油断して見せてしまった醜態を恥じ、さらに鼻息を荒くする弓月。
よく知りもしないで好きになった女が、本当はどういう女か見せてあげるわ。
そうすれば、あんたも私を好きになったことを後悔するだろうよ。
「大丈夫よ。それよりあんた。協力者になるって言ったわね? 確かに言ったわね?」
「おれがやりたいって、言ったわよねえ?」
顔を真っ青にさせた弓月の雰囲気が、なんだか急に変わった。
さっきまでの愛らしい、可愛らしい妖精さんはどこへ…?
この外見に似合わぬ、恐ろしい圧迫感。高圧的な態度と言葉。
なにが起こった?これじゃあ、これじゃあまるで家の……。
「今日からあんたは私の奴隷よ。奴隷。愛のド・レ・イ」
奴隷ってなんだ? しかも愛って?
「今日から、私のためだけに働きなさい。そうね、取り合えず私を生徒会長にしなさい」
弓月のためだけに働くだって?しかも生徒会長?あ、この用紙は立候補受付の書類だったか。
突然の豹変振りに、太郎はついていけず、ただ驚くばかり。なんだ?取り敢えずって。
混乱の極みの中、なぜか懐かしい気持ちになる。慣れ親しんだ、この関係性。この立場。
「分かったら返事をなさい。大丈夫。何も働かせっぱなしじゃないわ。上手くできたらご褒美もあげる。言っておくけど、変な期待は持たないことね。あくまで、主人としての褒美だから」
一体何がどうなって、こうなったのか。今は思いつかない。当然である。
二人の勘違いのスタート地点がまず違うのだから。
二人が迎えたゴールは全くの別物であった。当然である。走ったコースが違うのだから。
違いがあるとすれば……。
走り抜けるスピードを我が物にし、主導を握った弓月。
走り抜けるスピードと言うか、コースにすら出ていなかった太郎。それではゴールもできない訳で。
その結果、両者には絶対的な立場の違いが生じた。
主人。
と
その愛の奴隷。
今、確かに言えることは
弓月は未だ絶賛勘違い中であること。
勘違い中なため、太郎が自分を想う気持ちを惚けるのが許せないということ。
太郎は、太郎で告白してないし、昼のため息の話のつもりだった。それだけだったのだ。
そう。可哀想な子羊太郎は、勝手な勘違いのおかげで巻き込まれていくのだ。
弓月の創立、開校以来のとんでも行動に。
何気に手に取り、立候補者弓月のサインの下に自分の名前を書いた事。
それが新入生にとってどういうことかは、今はまだ、今はまだ知らない。知る由もない。
「いい? 分かったら返事ぃっ!」
弓月が主人の威厳を持ってして、最初の命令を下した。コクコクと間抜けに頷いてみせるしかない。
だって自分は奴隷なのだから。愛らしい主人の愛の奴隷なのだから。
我が家になんとか辿り着き、待ち構えていた姉の説教で思いつく。
ああ、弓月は家の姉ちゃんそっくりだ。
と……。
敵うはずもない。だって生まれてこの方一度も勝利したことなんてないのだから。
姉の説教を受けながら、明日からの不安を隠しきれずに太郎は泣いた。
シトシトと泣き続けた。
舞い落ちる桜と姉の罵声だけが、そんな太郎を励ましていた。
3話目ですー。相変わらず読みにくいな。
精進致します。生温く見守ってくださいまし。
お読みいただきありがとうございました!
4話も是非お読みください!