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すれ違いのまま迎えた演説。

真子に諭された太郎は走る。弓月の下へ……。

駆けつけた体育館。

二人の間にある溝は埋めることができるのか?!

演説の行方は……!?

勘違いドタバタラブコメディーかもしれない?第13話!

「終わったなあ……」

 ぐったりとイスに座り込み、太郎は情けない声を上げる。

「終わっちゃったねえ……」

 机に頬を乗せたまま弓月は応える。

 怒涛の選挙活動は、演説があった集会も滞りなく進行し、一応の終わりを告げた。

 こうなれば、残りの活動なんておまけみたいなもので、あとは投票日を待つだけだ。いい結果が出るよう、祈るほかない。弓月はよくやったと言えるだろう。そして太郎もその弓月をうまくサポートできた。今はとりあえず休みたい。二人は、そんな気分だった。

 

 


 あの後。真子に諭された太郎が駆け込んだ体育館では、ちょうど弓月の紹介をしているところだった。弓月の演説に間に合ったことに安堵した太郎。肩で息をしながら弓月の様子が変だということに気付いた。そりゃこの大舞台で緊張しないのも嘘だろう。しかし、いつものようにただ緊張して固まっているのではない。何故だか知らないし、知りようもないのだが、太郎には分かってしまった。

 進行役から弓月の紹介がされたが、弓月はその席を立とうとしない。俯き固まったままだ。弓月は、太郎がいない不安に押しつぶされていた。分かったしまった太郎は、改めて自分の居場所を感じることができた。なんとも言えない嬉しさを感じることができた太郎は、大きく息を吸い込み、叫んだ。


「遅れました! 弓月の協力者の山田です!」

 体育館にいる全員が一斉に後ろを振り返る。いきなり大声を放った太郎に視線が集まる。その左頬の綺麗な紅葉にも視線が集まる。太郎は真子に気合を入れるためと、張り手を頼んだのだった。

 全身で視線を受け止めながら、太郎はもう一度叫んだ。今度は弓月へ。


「弓月悪い! 遅れた!」

 太郎は弓月に、余裕ができるようにわざとゆっくり壇上へと歩を進める。その間、ずっと弓月を真っ直ぐに見上げた。弓月は目玉が落ちるんじゃないかと、心配になるほど大きく目を見開き、歩み来る太郎を見つめた。壇上へと上がった太郎は、改めて体育館を見渡し、一礼。弓月の横に立った。

 それを見届けた進行役が、改めて弓月の紹介をする。ついに弓月の出番だ。

 弓月はふらふらと席を立ち、マイクへと向かう。太郎はその後に続く。マイクの前に立てた弓月だったが、言葉がでない。驚きと嬉しさのような気持ちが大きすぎて、喉から声がだせないでいた。

 太郎の大声を聞いて、緊張の糸が音をたてて切れてしまっていた。本当は今すぐ座り込みたい。泣いてしまいたい。大声で太郎を責めたい。馬鹿と言いたい。こんなにも自分を心配させて、不安にもさせたのだから。こんなタイミングで現れて、待たすにも程があると。

 しかし、今はそれができない。できない上に声もでない。どうにもできない弓月は、思わず太郎のブレザーの裾を握ってしまった。そうすれば、何とかなると思った。隣には太郎がいる。

 太郎は、そんな弓月の手を優しく握り壇上の台の上に乗せた。比べると随分小さなその手に太郎は左手を重ね、弓月に笑顔を見せる。右手で、あのノートを台の上に置き、何も書かれていないページにペンで素早く殴り書いた。


「あほ! 言え! おれに!」

 それを見た弓月は、ハッと顔を上げて俯き、次いで太郎の左足を蹴りまくった。嬉しいやら腹立たしいやらで、自然と足が動いた。台と弓月が太郎の大きな体で隠れているおかげで、手を重ねていることや足を蹴りまくられていることは誰も気付かない。太郎はこの大舞台でそんなことをしている自分たちが可笑しくてしょうがなく、笑い出したくなった。太郎はそれを堪えながらマイクのスイッチを入れ、演説を開始した。自分の姿を見て、ちょっと壊れてしまった可愛らしいご主人様の代わりに。


「ええと、全校生徒の皆さん。遅れましてすみませんでした。緊張のあまり腹を下してしまって……」

 大勢の笑い声と、野次が響き渡る。太郎も笑って受け止め、


「弓月の公約を自分が代わりに皆さんにお伝えしたいんですが、どうでしょう? 自分としては、腹を下して遅れてしまったので、どうにか挽回のチャンスが欲しいんですが……」

 体育館がまた大きな笑い声に包まれる。やれやれー! という肯定の声と一緒に。


「ありがとうございます! それでは弓月の公約をご説明します!」

 体育館が大きな拍手で満たされる。太郎の遅れての登場と提案は、生徒たちの関心を集めた。

 退屈だった臨時の集会は、今やお祭り騒ぎになろうとしていた。太郎は、その反応に応えるべく、弓月の公約を堅苦しい説明にするのではなく、冗談交じりに、単純に解りやすくするように努めた。……のは、ただの建前で、そんなしっかりした演説などできようはずもなく、苦し紛れ、その場しのぎな方法だった。下手糞で要領の得ない説明。こんな説明で解れば苦労はない。内心冷や冷やしながら説明を続ける。

 しかし、太郎の説明は、大いにうけた。静まり返っていた体育館には、時折笑い声と野次、そして賞賛が飛び交った。特に公約の柱になる話。運動部と文化部はもちろん、同好会にいたるまで、大きく変わるという話は所属する者たちを大いに沸かせた。これ以上にない結果である。締めくくりの言葉の後には、一番大きい拍手と、歓声で体育館はいっぱいになった。あとは、弓月に締めてもらうだけだ。

 太郎は弓月の手をひっくり返し、優しく握り締めた、弓月もおずおずと握り返す。

 そして、ノートにもう一度、


「できる! おまえはすごい! いけ!」

 と、書き殴り、弓月の手を握る力を少しだけ強めた。弓月はその太郎が書きなぐった言葉を見つめた。俯き加減な頭が少し震えているように思える。太郎が少し心配になるくらいの時間が過ぎた。弓月は強く太郎のその手を握り返し、顔を上げた。真っ直ぐ前を見据える。全校生徒を前に怯まないその目は強く、とても美しかった。弓月はいつもの弓月を取り戻したようだ。太郎は胸を撫で下ろす。

 弓月は、真っ直ぐに全校生徒を見据え、


「頼りない私は、一年だから頼りないとかじゃなくて、私自身頼りないという意味です。そんな私が今日ここに立っていられるのは……、隣にいる、たろ……じゃなくて、山田君のおかげです。山田君だけじゃない。私の親友や、挨拶、話を聞いてくれた人。それに……同じ候補者である長瀬先輩がいたからです。その人たちのおかげで、私はこうやって立っていられます」


 長瀬先輩なんて、対戦相手なのにね、と笑いながら弓月は続ける。


「正直、今日は、たろ……、あーもういいや。タローが来てくれなかったら、どうなっていたか分かりません。きっと立つこともできなかったかも。だからもし……私が生徒会長になれても頼りないままだと思います。でも、そんな私だからこそできることってあると思っています。根拠はないんだけど、皆に力を借りながらだから、皆でこの学校をもっと楽しくできるんだって思う」


 言葉を区切り、太郎に笑いかける。再び前に向き直り、


「私が生徒会長になれたら、この学校を引っ張る! なんて偉そうなことは言わない。いや、言えないか。でも一生懸命に頑張ります。どうか一緒に。皆で一緒にこの学校をよくしていきませんか? 頑張ります。保障なんてできないけど。そのために……、よかったら私に投票してください。よろしくお願いします」


 頭を下げる。マイクに頭がぶつかり、嫌な音が響き渡る。せっかくいい締めだったのに。最後のドジで一気に気持ちが沈んだのか、沈んでた気持ちが急浮上したのか、弓月は、ここでもお約束。


「弓ちゅき遥に! 一票をよろしくお願いしまーしゅっしゅ!」

 と、噛み噛みで演説を締めくくった。

 シンと静まり返る体育館。直後、今日一番の拍手が沸き起こる。立っている者までいる。何時の間にか席に着いていた真子も大きく手を叩いているのが見えた。この大きな拍手は弓月が席に戻ってからもしばらく鳴り響いていた。

 この大きな拍手は、今までの弓月の頑張りごと褒め称えている。太郎にはそんな気がした。

 弓月の前に対戦相手である長瀬は演説を終えていたので、これで終会となった。

 

 教室へと戻った二人を待っていたのは、クラスメートからの盛大な拍手と労いであった。クラスメートだけではない、他クラスからも次から次へと人はやってきた。ホームルームが始まるまでの間、ちょっとした騒ぎにまで発展してしまった。その騒ぎはホームルーム後、放課後になってもしばらく続いた。さらに、他学年の生徒たちを加えて。それだけすごかったのだ。弓月と太郎の二人は。 

 前代未聞を弓月は、やり遂げたのだ。来週の投票結果次第では前人未到の偉業を成し遂げる。

 しかし今は、そんなことを考えるほどの余裕は、弓月にはなかった。当然、太郎にも。


「疲れたなあ……」

「疲れちゃったねえ……」

 騒ぎもようやく収まってから、二人のやり取りは、ずっとこんな調子だった。

 太郎は考えていた。今なら弓月と素直に話せるのではないだろうかと。


「なぁ弓月。今までのこと謝るよ。本当に悪かった」

 自分から素直に切り出した。今なら弓月も素直に答えてくれるだろうし、多少捻くれた答えであっても自分は受け止められるだろう。そう思いながら太郎はさらに続ける。


「おまえはすごいよな。おれも負けないように頑張るよ。だから許してくれ」

 弓月に語りかけながら、太郎は思う。

 こんなにも落ち着いた気持ちで、弓月に語りかけることが今まであっただろうか? いや、ない。断じてない。この数週間、ずっとイライラして、ハラハラして、そんでもって……。

 ――そんでもって楽しかった。ような気がする。

 この数週間。弓月と出会ってから、協力者になってからずっとおれは楽しいと思っていたんだ。それをこれからもお前と一緒に。楽しいと思いたいんだ。おまえとなら……、きっと楽しい。

 ……はずだよな?


「わかりゃいいのよ。わかりゃ……」

 机に頬をくっつけたまま、あくまで素っ気なく答えてくれた。太郎は笑いながら、


「他には? 何か言いたいことないか? あるんだったら言ってくれよ」

 弓月は、顔を上げた。上がった弓月の顔は真っ赤で、おまけに頬にノートを敷いてたのでその痕がくっきり線になっていた。真っ赤な顔を太郎に向け、視線はどこを見ているのか……。


「……私もごめんなさい。ごめん」

 弓月は素直に謝った。言葉と表情が一致していないのは、照れてるからだ。


「よし、じゃあ投票日まで頑張ろう。一緒に。仲直りしよう」

 太郎は、右手を差し出した。弓月はおっかなびっくりその手を握り返し、


「……うん。……っ! あんた今までサボってたんだからしっかりやんなさいよね!」

 弓月は、その顔を真っ赤にさせたままいつものように言い放った。

 当然、太郎はそのようにするつもりだったし、弓月の気持ちのようなものも少しだけ理解できた今は、笑って返事ができた。左頬に残された紅葉も薄くなってきた。弓月とも仲直りできた。これで万事解決と太郎は、左頬を擦った。

 これがいけなかったのか。一つ思いつくと、次の考えに行き着く。ピン、とくれば、そこまで辿り着くのは容易いことなのかもしれない。何気なしに答える太郎は今日も、今回も失敗するのだった。


「ねえ? 思ってたんだけど、なんで頬に手形なんかあるの?」

 太郎は、素直に答える。

「ああこれか。真子に気合入れてもらったんだよ。見かけによらず腕力あるな、あいつ」

 弓月は、もう一つ思いついたようで。

「そう言えばさ。何であんた私のノート持ってんのよ?」

 太郎は、そのままに答える。

「ああ、それか。それも当然、真子に渡されたんだよ。びっくりしたよ、色々と」

 色々と。余計な一言は言わないに限るのに言ってしまった。言った太郎自身にも自覚はないし、その一言で、その一言だけでそこに辿り着いてしまうのだから弓月の勘の鋭さは、祖父の名をかけた高校生探偵も、チビっ子な高校生探偵もびっくりだろう。魔界の探偵もそこに含めようか。何にせよ、太郎の一言と、そこに真子が関わっているというだけで、弓月は思い至った。というか、決め付けた。

 なので、かまをかけてみた。当然、太郎は見事に引っ掛かった。

「色々ね。そう言えば、あのノート綺麗だったでしょ? 色々と」

 何気なしに言った弓月の言葉に、何気なしに答える太郎。それを罠とも知らず。

「そうだなー。あんなノートってあるんだな。ピンクだっだか、お前のペー……」

 遅まきながら、失言に気付いた太郎。物事は、しっかり考えなければならないようだ。なにせ、時間は戻らないのだから。持ち前の危険察知能力をフルに発揮させた太郎は、そそくさと帰り支度を始める。もう遅いけど、遅すぎるけど。間に合わないだろうけど。一縷の望みにかけるのもまた一つ。

「ちょっと、待ちなさいよ」

 久しぶりの悪魔女王ご降臨です。にっこりと形付けられた笑顔が素敵。さすがは悪魔女王。笑みで人を殺めることができるようです。ひっ、と息を呑む太郎。ジリジリと逃げの体勢をつくる。

「いいから、待ちなさいよ。そ、そ、そ……、そこから動くなあああああああああ!」

 いい具合の叫び声で、鬼ごっこ開始。さっきまでのヘタリ具合はどこへやら。すっかり元気になった二人の鬼ごっこはしばらく続くようで。

 弓月には許せないのだ。秘密の日記を太郎に読まれたことが。

 厳密に言うと、どこからどこまで読まれたのかが気になってしょうがないのだ。色々書いてあるもの。乙女の秘密だもの。けっして見てはいけないものだもの。恥ずかしいのだ、弓月は。滅茶苦茶。

 満ちては欠ける月のように。寄せては返す波のように。昇っては沈む太陽のように。

 二人の関係性は依然、平行線のようだ。それこそ、季節で若干ある差のようなものが微妙に見え隠れはしてきているのだけど。少しずつ、確実に。

 今は弓月の怒声と太郎の情けない声が、人気のない校舎に響き渡る。

 

 


 






 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

本人的には山場です。そして次話で、一章が終わります。

最大の見せ場になるんでしょう。文章力があれば……。

けったいな話ですが、またお読みいただければ幸いです。

ありがとうございました。


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