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すれ違いのまま迎えてしまった選挙演説。

落ち込む太郎と限界寸前の弓月。

そんな壇上の弓月を見た真子が太郎に……?!

勘違いドタバタラブコメディー……かもしれない?第12話!

 すっかり落ち込んでしまっている太郎は、弓月の顔も見れないでいた。顔も見れないので、声をかけることもできないし、声をかけられそうになってそれを避けるようなこともしてしまった。

 思い描いていた自分の想像は、やはり自分の物だけでしかなく、現実は太郎に厳しいものでしかなかった。それを思い知った。思い描いていた通りなら今は、弓月の横に立って壇上にあがっているだろうし、緊張する弓月を励ましてもいただろう。

 今日までだってそうだ。毎朝、毎夕、弓月の隣に立って大声を張り上げていたことだろう。二人で罵り合い、笑い合い、演説へ向けての話もできたことだろう。しかしそれはできていない。

 あの昼休みの後から、話しかけられそうになれば、それを避ける。朝はぎりぎりに登校して、放課後はさっさと帰る。昼休みは、真子が来る前に教室から逃げ出すを繰り返していた。

 真子が何度か、そのことについて話してきたが、それを拒んだ。答えはもう出ているからだ。

 なぜなら弓月は、自分を必要としていなかったから。立候補する際に必要な協力者でしかなかったのだ。それもそうだろう。あの昼休み以降の弓月の頑張りはすごいものがあった。

 毎朝、毎夕だけでなく、昼休みも各学年、クラスへと赴き挨拶をしていた。そればかりか放課後も帰宅中の生徒達への挨拶だけはなく、運動部、文化部、同好会へと足を運んでいた。

 そんなことを知らないでいた太郎の耳にも噂は聞こえてきし、実際に自分達のクラスでも演説をした。

 自分はそれを黙って見ているだけだった。自分が必要ないのは、弓月の頑張りでよく分かった。弓月には自分が思っていたより、ずっとすごいパワーが秘められていたのだ。

 太郎の落ち込みは近年稀に見るもので、友人達もそんな太郎を励ませないでもいた。それは太郎にとって好都合で、今はとにかく一人になりたかった。一人になって、浮かれ気味だった自分をひたすら責めたかった。


「自分は頼りになるような人間じゃない。そんなはずもないだろが。何が名アドバイザーだ。こんなちっぽけな人間じゃないか。弓月の援けも十分に果たせない、取るに足らない人間だ」

 太郎は男子用トイレの個室に閉じこもり、落ち込みをさらに深いものへとさせていた。

 いよいよ今日は、選挙演説が臨時の全校集会で行われる。いつものロングホームルームを今日に変更し、さらにその時間は選挙演説に充てられている。今頃はぞろぞろと全校生徒が体育館に移動し、席についているだろう。太郎は移動前に急な腹痛を担任に訴え、トイレに駆け込んだのだ。当然、仮病だが。弓月の演説を聴く気分にはどうしてもなれないでいる。それを聴いてしまったら、自分が取るに足らない人間だと決定付いてしまう。そう思ってしまっている。自分でそれを納得するのと、他人からそれを理解させられるのでは重みが違う。その重みには耐えられそうにもない。だから逃げた。

 聴けないし、聴きたくない。どうしても足は体育館に向かない。仮病でこの時間を乗り切ろうと、太郎は考えてまた目を閉じる。閉じた目蓋の裏に映るのは弓月。自分の想像よりずっとすごかった弓月。

 太郎は、自責しながら一つの疑問に行き着いた。


「おれは、弓月の援けができなかったから落ち込んでるんだろうか。それとも弓月がおれを必要としていないことに落ち込んでいるんだろうか」

 行き着いた疑問の答えは明確であった。そんなもの考えるまでもない。しかし、それを認めたくはない。認めると仮病を使ってまで逃げた意味もなくなってしまう。認めるわけにはいかない。


「お前はすごいな。弓月。尊敬するよ。本当に。心から」

 思わずこぼしてしまった言葉。太郎は、自嘲気味に笑い首を振った。


「もういいじゃないか。おれはやっぱりこの程度の人間なんだ。あいつが、弓月が生徒会長になるかどうかとか、もう関係ないじゃないか」

 太郎は言い聞かせるように話す。自分自身に向けて。明日からは普通で今まで通りだった生活に戻ろうと。弓月と出会ってからの数週間が異常だったのだ。自分にはそんな器はない。

 太郎は、あくまで後ろ向きな思考を、一旦閉じた。

 

 蓋を開ければ簡単な話であった。弓月は照れて素っ気ない言い方になって、太郎はその言葉を誤解した。素直になろうとした二人に、新たな誤解が生じただけのことである。もう少し慮って話せば、もう少し辛抱強く聞けば、こんなことにはならなかっただろう。今頃二人して壇上だったはずだ。

 しかしそんな精神的余裕は二人にはなかった。結果このような事態になってしまっていた。

 そして、それを打開する術も持たない。思いも付かない。だから逃げた。

 閉じた目を開け、時計を見る。まだ五分も経っていない。太郎は長い時間になりそうだと嘆息した。



 弓月は壇上で、泣きたくなっていた。移動前に太郎が席を立ったまま体育館に来ていない。

 そんなに具合が悪いのだろうか、それとも自分の演説なんて聴きたくないのだろうか。

 太郎への心配と、不安。演説への緊張でどうにかなりそうだった。太郎が席に着いていてくれれば、よかったのに。今日の演説は、太郎にこそ聴いて欲しかった。太郎に見てもらいたかった。そうすれば、どうにかなると。今日まで頑張ってこれたのは、この演説を太郎に聴いてもらいたかったから。

 それだけのために、弓月はこの日までの頑張りを維持できていた。しかしそれももう限界であった。

 ギュっと目を瞑り太郎が来ることを願った。

 しかし、無情にも全校生徒は全員着席し目を開けた弓月の視線、その先には太郎の姿はなかった。



 壇上で硬く目を瞑る親友を見上げ、真子も泣きたくなっていた。

 遥が初めて、信用して頼れる友達となりつつある男子。その彼の姿が見当たらない。それだけで、自分の親友はあんなにも悲痛な顔をしている。その目を硬く瞑る理由も分かる。だからこそどうにかしてあげたい。しかし、それをするには、彼に自分達の秘密を打ち明けねばならない。

 それを遥は許してくれるだろうか。

 ずっと一人だった遥。高校にはいって自分とは一緒になれた。家に帰れば、優しい家族が。そして近所には幼馴染たちもいる。だけど遥はずっと学校では一人だった。小学校も中学校も。それを自分は高校入学間際まで知らなかった。遥はずっと周囲に心配かけまいと黙っていた。ここでは私が守ると決めた。今のところその必要はないし、それには安堵している。しかもそれ以上にいいことがあった。

 それが山田太郎という男子だった。その彼がいない。欠席ではないはずなのに。考えられる点はいくつかあった。自分はそれを身近で見ていたし、そのことを彼に話そうとも思った。しかし、その彼はそれを拒否した。理由は自分にも分からない。きっと何か誤解しているはずだ。

 考える時間はもうあまりない。一年二年は着席を終えて、三年ももうすぐ着席してしまう。そうなれば集会が始まってしまう。遥の演説が始まる前に彼を探さなければ。でもどこにいるのだろう。

 改めて壇上の親友を見上げる。愕然とする。考えるまでもなかった。


 真子は自分の担任に体調不良を訴え、静かに体育館を後にする。入り口の扉を閉める。


「私の大事な遥を悲しませる奴は許さないっ!」


 真子は怒りにも似た感情のまま、猛然と二年の校舎に向かって走り出した。




 太郎は、保健室に行こうかと考えていた。便座に座りぱなしで、足が痺れてきた。仮病ではあるが腹痛なので、休ませてもらえるだろう。そうすれば、そのまま放課後を迎えられる。

 保健室に向かうためトイレを出た太郎と、二年の教室が並ぶ廊下に真子が走りこんだのは、ほぼ同時だった。

 太郎は階段前で鉢合わせてしまった人物に激しく同様する。今では会いたくない人ランキングで、見事二位に輝いている真子だったからである。一位は当然、弓月。会いたくない理由は……、選挙のアレである。この状況はどうしたものか。適当に挨拶だけして、さっさと退散しようと太郎は考えた。

 自分に会いに来たとは、思ってもいないのである。太郎は真子に「よう」とだけ挨拶して、通り過ぎようかとしたが、失敗に終わった。通り過ぎる太郎を、真子は通せんぼしたのである。


「なんだよ。そこどいてくれよ。これから保健室行くんだよ。その……、腹痛くて……」

 通せんぼされた理由が何となく分かる太郎はしどろもどろになってしまっていた。そんな太郎に真子の厳しい視線と怒気をはらんだ声が突き刺さる。


「太郎君。どうして、どうして遥の傍にいないの!? なんでこんなところにいるの?!」

 いつもの間延びした声ではない。太郎は狼狽しつつ、


「だから腹痛いから、保健室に行くんだよ。弓月なら一人で大丈夫だろ。あいつは」

 一つは嘘。もう一つは本心を真子に返す。


「大丈夫って何で分かるの!? 太郎君にどうして遥の気持ちが分かるのよっ!」

 堪え切れなかったのか、真子は大声で太郎に訴えかけた。


「わっかんねえよ! おれにだってわかんねえ! だけどあいつにはおれは必要ないだろが! あいつは、一人でもやれてる! おれはあいつには必要ないんだよ!」


「だから! どうして勝手に決め付けるのよ! あんたなんかに遥の気持ちなんかわかんないでしょうが! 必要としてるかだってそうよ! 分かるなら……、分かるならこんなとこにいないでよ!」


 もう真子には冷静に話などできなかった。太郎への怒りをその声に乗せて吐き出す。高まった感情は自然と、その声を大きくさせていた。誰もいない校舎に真子の叫びが響き渡る。

 太郎は、自分のもどかしい気持ちごと吐き出してしまいたかった。しかし、それはできなかった。

 その気持ちの答えはもう出てしまっている。だけどそれを肯定できない。     

 だからその声は先のように大きくもなかったし、力も入らなかった。


「わかんねえ……。おれもわかんねえんだ。どうすればいいのか。弓月は……、弓月はおれを必要としてないみたいだし」

 言い終わって座り込む太郎。太郎もまた弓月とは違った意味で、限界寸前だったのだ。力の無い太郎の声を聞いた真子は、


「少し待ってて」

 と、言い残し教室へと戻っていった。しばらくして、戻った真子は俯き、座り込んだ太郎に一冊のノートを差し出した。


「なんだこれ?」

 ノートを受け取った太郎は、抱いた通りの感想を真子に向けた。

 真子は何故か太郎から視線を逸らした上、素っ気なく、


「交換日誌。読んでみて。でも黄色いページは、読まないで。私のだから」

 さらに真子は、言葉を続ける。


「遥はさ、あんまり本心を口にしてくれないのよ。それがいいことなら、私も気にしないんだけどね。でも悪いことも我慢して言わないのよ。誰にも。それってどういうことか分かる?」

 太郎は手に取った、ノートの表紙を眺めながら考える。


「弓月が本心を口にしない? そんなまさか。あいつはいつだって言いたい放題だったじゃないか。それがどうして交換日誌なんだ? 誰にも言わない? どういうことだ?」

 真子は、わけが分からないといった面持ちの太郎にに苛立ち、


「ああもう! 言いたいことも言わないで、嫌なことも我慢しちゃうのよ! 何でも、遥は! 嫌なこと、悲しいこと、傷ついたこと! 全部自分の胸の内にしまっちゃうのよ! 心配させたくないって」

 言い終わって真子は悲しげに俯いた。


「だから交換日誌をしようって誘ったのよ。この話は、今はいいわ。時間がないし、早く読んで。ピンクのページよ」


 太郎は、いまいち理解に苦しんだが、真子の言う通りピンクのページの弓月の日記を読み始めた。

 読み始めてすぐ、すぐに真子の言いたいことが理解できた。太郎は思わず口元を押さえる。そうしないと、何かが漏れ出てしまいそうだった。

 弓月が書いた日記の内容は、ほとんどと言っていいほど選挙活動の内容。そして太郎のことだった。あるページには、太郎への愚痴。そしてあるページには、太郎を褒める内容。そして、また違うページには、太郎がいかに頼れる存在かということが書かれ、文末にはこうあった。


 ――タローとの毎日の選挙活動は楽しいよ! 楽しくてしょうがないの! 羨ましいだろ! 真子!


「これで分かったでしょ? あと太郎君、教室の鍵持ってる?」

 太郎は日記から視線を外さないまま、ポケットから腹痛を訴えた際、クラス委員から預かった鍵を取り出し真子に渡した。真子はその鍵を受け取り、教室へと向かった。

 太郎はそれからも弓月の日記を、読み続けた。そうして……全ての謎が解けた。

 あの弁当を平らげては、教室を飛び出して行った弓月の行動が何だったのか。

 それに対し怒りをあらわにした自分へ謝ろうとしていたこと。

 そして……。


 ――どうしてこうなっちゃたのか、わかんないよ真子。太郎にちゃんと謝りたいよ。私が悪いんだもの。ちゃんと謝って……タローと仲直りしたいよ……。


 

 あの昼休みのことが書かれていた。

 太郎はそれ以上、ページを進めることができない。情けなくて、腹立たしくて、申し訳なくて。

 何を拘っていたのだろう。自分も弓月も。もう少し話せば、こんなことには、ならなかったじゃないか。どうしたって許せない。自分を。そして弓月も。


 そして、まだ間に合うだろうか? この溝は埋めることができるだろうか?


 いつの間にか、目の前に立っていた真子は、違うノートを持っていた。交換日誌とは違う何の変哲もない大学ノート。差し出されたそのノートの表紙には大きく、


「選挙公約!&したいこと!」


 と、書かれ、その下には、


「遥!&タロー!」


 と、控えめに書かれていた。

 大きく書かれた文字と、控えめに書かれた文字は水で濡れたかのように滲んでいた。


「これは気のせいじゃないよな。お前は一人で泣いてたのか? おれに言いたいことも言えず」


 太郎は、その姿を想像しながら、一人思った。そして口の中に鉄の味が広がるのを感じた。血が滲むほど、唇を噛んでいた。痛みが今さらのようにやってくる。

 弓月は、どれほどの痛みを感じていたのだろう。太郎は想像する。悲しいこと、苦しいことを誰にも話せないことを。想像し、心底冷えた心地になる。その苦痛を他ならぬ自分が与えてしまった。

 自分のこれまでの言動を振り返りながらゾッとする。しかし、もう逃げない。

 表紙を開ける。ページを進める。そこに書かれた内容は、すごいという一言では済まされない、素晴らしいものだった。弓月は、これを一人で考え、ここまで纏め上げたのだ。


「やっぱりお前はすごいよ。弓月、本当におれはそこにいていいのか? お前の隣に。お前の傍に」

 ノートを閉じ、顔を上げる。一旦閉じた目を開ける。


「瞑ったままでは、動けない。俯いたままでは、前に行けない。立ち上がらねば、進めない。ここで動かなけりゃ男じゃない! 答えは決まってる。おれはあいつの傍にいたい! 頼りにされたい!」


 立ち上がった太郎は、真子に向き直り聞いた。


「なぁ真子。まだおれは間に合うか?」


「時間的にはぎりぎり。気持ち的になら行かないと、私がぶっ飛ばす!」

 真子は笑って、答える。それを聞いた太郎も笑って、


「なあ、一つお願いがあるんだが」

 太郎の願いを聞いた真子は、嬉しそうに笑って太郎のその願いに応えた。


「真子! 恩に着る!」

 太郎は自分たちのノートをその手に、走り出す。

 弓月と真子の可愛いノートではない。

 弓月の何の変哲もない大学ノート。

 しかし、そのノートの持つ熱量は半端ない。

 それに自分も色々書き込んでやろう。

 



 今はただ全力疾走だ。弓月の下へ――。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

本人的には山場を迎えたわけなんですが……。

もっといい感じで書けるようになれれば、こんなけったいな文を読む皆様に申し訳もたつような気もするんですが。

如何せんこの様子なので、生温かく読んでくだされば幸いです。ありがとうございました。

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