1-10
何とか風紀委代理委員長からのお咎めを回避した、弓月と太郎。しかし定例の全校集会で、もう一人の候補者が……。
何とか弓月を盛り立てたい太郎。
走り回る弓月。そんな弓月に太郎は……?!
勘違いドタバタラブコメディーかもしれない?第10話です。
月曜日朝。毎週定例の全校集会が行われる。
普段は、生徒会、風紀委、そして教職員からのお知らせなどではあるが、今回は明日からの本格的な選挙活動を開始する立候補者達を紹介することに充てられていた。
まず校長からの話があり、次に風紀委からのお知らせ。そして、生徒会からのお知らせと続き……、そのまま各立候補者の紹介と、集会は進んだ。
1000人からなる生徒を前にするのは圧巻である。緊張という言葉に縁の無い太郎も、さすがに足が震えるのを感じた。太郎でこれである。弓月は当然……。
真っ青を通り越した、真っ白な顔をしていた。顔面蒼白である。体もカチンコチンに強張り、交互に動くはずである手と足が同時に動いていた。ロボット工学が、当然今のように進んでいなかった昔のロボットはこんな感じだったのかもしれない。ギクシャクと音が聞こえてきそうな弓月を見て、太郎はそんな感想を抱いた。
そして、もう一人。この選挙で戦い、勝たねばならない……もう一人の立候補者。
二年生だ。それも綺麗な。弓月とは、また違った魅力の持ち主。見た目では負けてないぞ。色気では……負けてるだろうけど。太郎はその二年生を眺めながら、勝手な評価を下す。
肩より少し長い黒髪は真っ直ぐなストレート。弓月の細く柔らかな髪質とは対照的で、硬めのようだ。美しい大和撫子的髪。弓月の大きく丸い目と花子の切れ長な目の中間のような目。しっかりと全校生徒を見据えるその目は、意思の強さがありありと出ている。弓月の小さく折れそうなくらい細い手足とは違い、華奢だが、スラっと伸びた肢体は、しなやかで美しい。
なんとも対照的な二人を交互に見比べ、太郎は思った。
うーん。アレか? この学校の生徒会に携わる女子は、皆美人なのか? ううーん。
ともあれ今回の生徒会長選挙は、この二人の美少女対決と相成った。現生徒会長はどうやら立候補しないようだ。このまま受験勉強にシフトするのか、まぁそんなことはどうでもいい話ではあるが。
弓月のライバルである黒髪美人の名は、長瀬鈴。今回が初立候補らしい。
弓月は、相変わらず噛み噛みな挨拶を終え、ホッとしているようだ。緊張の余り長瀬の挨拶を聞く余裕はないらしい。
ただ立っているだけの太郎は、二人の美少女を交互に見比べれるほど幾分落ち着きを取り戻していた。が、長瀬の挨拶を聞き、取り戻した落ち着きは違う形で霧散してしまった。
これは……。やばい。さすがは二年か。いや、これは長瀬……先輩がすごいのか……。
太郎は、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。昇降口でのフライング作戦で注目は集めることが出来た。これは弓月の挨拶を聞く生徒達の反応で分かった。それも悪くない。いい反応だった。作戦中も思ったが、もしかしたらという予感が持てるものだった。風紀委代理委員長である田所には目をつけられることになってしまったが、スタートとしては上出来と言えた。
しかし……。長瀬の挨拶で、太郎のその予感はすこぶる弱い物になってしまった。長瀬の挨拶は至って普通で、挨拶の内容には別段インパクトはなかった。が、長瀬から感じるオーラと言うか、滲み出るものには圧倒された。このままでは弓月は、ただの色物一年候補者で終わるだろう。
少なくともおれだったら、長瀬先輩に一票だ。同じように考えている奴も多いはずだ。
太郎は焦った。生徒達がどちらに票を投じるかを決めるのは、選挙演説を聴いてからだろう。もちろんそれまでの約二週間の活動も含まれてはいるだろう。活動はともかくとして、演説はやばい。
この感じで、しかもいい演説内容だったら勝ち目は薄い。それほどの存在感を長瀬は持っていた。弓月に存在感が無い訳ではない。生徒会長に相応しいと思えるのは? と、問われればの話だ。
但し、それは第一印象としての話だ。
太郎は、冷静に考えるよう努めた。フライング作戦のような失敗はもう許されないだろう。
注目度としては、弓月もいい線なはずで、それをそのまま任せてもいいと思わせるようにしなければいけないな。
太郎はそう結論を出し、すぐさま頭を抱えて叫びたい衝動に駆られた。
だから! それをどうするんだよっ!
当然そこを何とかしないといけないのだ。何とかしないと勝ち目はない。そもそもあるのかも疑わしい。昇降口での頑張りが嘘のように弓月は呆け切っている。電池の切れた人形のようだ。
太郎は電池の切れた人形(弓月)を横目で盗み見しながら、嘆息した。
ああ……こいつは、もう……。お前が戦うんだぜ。緊張したのは分かるけどよ。ったく。まぁ昼休みにしっかり考えるか。その頃にゃこいつの充電も済んでるだろ。
嘆息しつつも燃えている太郎は、昼休み開始早々、弓月の肩すかしを喰らうことになった。
「だから! 説明しろってんだよ!」
「うるっさい! 私にはやることがあるってんでしょ! 何回も言わせるな!」
「だから! 何やるのか説明しろってんだよ! 何回も聞かせるな!」
弓月の友達も交え、嫌々ながらの弁当タイム。選挙に向け燃えてはいるが、一時の安らぎも欲しいのが人情ってものである。しかし頑張る。何故って燃えているから。それなのに弓月ときたら、開口一番、
「あんた明日からの選挙活動考えといてね。私はやることがあるから」
こう言ったのである。当然、太郎にすれば訳が分からない。分からないから説明を求める。が、弓月は、うるさいの一点張り。どうにもかっちり噛み合わない。それの繰り返しである。
弁当を早々と食べ終えた弓月は、
「いいからあんたは、活動のこと考えてりゃいいのよ。あ、あと真子の相手もちゃんとするのよ?」
と、勝手なこと言い残し教室を飛び出した。真子とは、今日から弁当を一緒にする弓月の友達である。真子という名前と、彼女が別のクラスだということしか分からない。何組かは知らない。教室に現れた彼女の紹介を一言だけ。
「今日からお弁当一緒する真子。言ってあったでしょ?」
この一言で済ませた。済ませた挙句、その友達を残して教室を飛び出した。
こんなことなら一緒する必要もないんじゃなかろうか? 真子もおれも。
太郎は思ったが口には出すまいと決めていた。長年の経験で導き出された答えだ。多分間違ってはいないはず。余計な事は言わないに限るのだ。
「遥も忙しいんだねー。いきなり選挙だもんなー。大変だね。まだ入学して一週間ちょっとなのにねー。太郎君も大変だねえ。遥の相手だもんねー」
真子は、コロコロと笑い声を上げながら間延びした声で太郎に話かける。どこかのお間抜けとは、また違った抜け方だ。何と言うか、癒し系? どこかのお間抜けでは癒されないが。
「訳が分からん。理由も言わずに飛び出して。あいつはやる気あんのか? 演説とそれまでのこと話し合おうと思ってたのに」
「まーまー、太郎君。お茶でも飲みなよー」
「それお前の飲みかけだろうが。いいよ、自分のあるから。あー、そしてなんで太郎?」
「ダメなの? 遥はタローって呼んでるのにー」
「ダメなことはない。聞いてみただけだ。ええと、それからだな。その真子としか紹介されてないんだが、その。なんとも呼びにくいんだが」
「気にしない。気にしなーい。皆、真子って呼ぶから。近所の友達は」
「近所のかよ!」
「太郎君おもしろーい。遥も頼るわけだー」
面白いからという理由で頼られているのか? 甚だ心外だ。それに頼られているとは、思えんな。
「太郎君怒った?」
心の中で毒づいたのを気付かれたか。真子は不安そうな顔を見せた。
「いや、怒ってはいない。怒っているとすれば、それは弓月に対してだな」
太郎は素直に弓月に対しての怒りを、真子に吐露した。こうなりゃ誰かに愚痴るしかない。その相手が、弓月の友人なら何とか言ってくれるかもしれない。そんな風に思った。が、当の真子は相変わらず間延びした声で、
「太郎君怒っちゃダメだよー。遥はあれで、色々考えてるからさー。今はまだ太郎君に言えないだけだよーきっと」
「なんでそんなことが言える。なんでそんなことが分かるんだよ」
一人蚊帳の外な気がした太郎は口調を荒げる。
「これでも遥とは、付き合い長いからねー。所謂幼馴染ってやつさー」
結局、予鈴が鳴るまで真子の話に付きあわされ……と言うか、気付いたら予鈴が鳴っていた。弓月が教室に戻り、真子と何言か言葉を交わし自分のクラスへと戻っていった。
「それで? お前はどこで何してたんだよ?」
「うるさいわね。私がどこで何してようが、私の勝手でしょ。それよりあんた。ちゃんと真子の相手してたの?」
「してたよ。と言うかだな。こんなことやってなきゃお前がどこで何してようと何も言わねえよ。お前分かってんのか? 来週末は選挙演説で、その後投票だぞ? 二週間ないんだぞ?」
「分かってるわよ。そんなことは分かってる。だからあんたは活動内容考えてりゃいいのよ」
これ以上言っても無駄か。
太郎は諦めて、次の授業の準備に移った。明日からは話せるだろうと、思ったからだ。しかし翌日も弓月は弁当を平らげて教室を飛び出して行った。弁当を食べてる間の僅かな打ち合わせのみ。食べ終われば、昼休みは教室にいない。朝夕の活動こそ一緒にしているが、太郎は何とも不満だった。不満だったが、弓月にも考えがあるのだろうと我慢した。明日になれば、そう考えるようにした。そう考えて、弓月の友人である真子の相手をした。こんな不満がなければ、もっと楽しい弁当タイムだったろう。
しかし、いつになってもその日は訪れそうにない。弓月は相変わらず、食べ終わると教室を飛び出し予鈴が鳴るまでは戻って来なかった。聞いては、はぐらかされのイタチごっこに、太郎は疲れてしまった。
ちょうど一週間が経った月曜日の放課後。太郎はついに爆発した。
「弓月。話がある」
「何よ。話なら昼休みの打ち合わせか、今日の活動後でいいじゃない。早くしないと皆帰っちゃうわ」
「いや、今だ」
いつもとは違う太郎の雰囲気を感じた弓月は、少し焦った。
「な、なによ?」
「お前、昼休み何やってんだ? まともに話もしないで、教室飛び出して。何様だよ。やる気あんのか? どうせ面倒事はおれにやらせて、どっかで遊んでんだろ? おれがどんだけ心配してるか、お前は考えねえんだな。いいご身分だな。ご主人様はよ」
強烈な言葉だった。イライラが頂点にまで達している太郎は、言葉など選べなかった。黒く濁った不満をそのまま言葉にして吐き出した。
弓月の罵声が聞こえると予想していた太郎だったが、弓月の反応は以外だった。
「なによ。面倒になっちゃったの? なら……、辞めればいいじゃない」
落ち着いた声だった。怒っているでも悲しんでいるでもない。平坦な声。普段の太郎なら気付いたであろう、感情を押し殺した声。しかしこの時の太郎は感じれなかった。気付けなかった。
「そうかよ。それが本心か。立候補には協力者が必要だもんなあ。その為の奴隷だもんな。よく分かったよ。立候補できた今なら、適当な理由で協力者ナシでいけるかもしれねえもんな」
「……違うわよ。私はそんな風には考えてない」
「何が違うんだよ! 自分勝手なことばっかしやがって! もううんざりだ。もう……」
「ねえ、タロー聞いて」
「いいよ。もう。もうお前には付き合い切れない。精々頑張ってくれ」
「ねえ、タローお願いだから……」
「うるせえ。じゃあな」
弓月の震える声を聞いて、少し胸が痛んだが自制できなかった。感情のまま弓月を置き去りにし、太郎は教室を、学校を後にした。
教室に残された弓月は、その場に座り込んで一人考えた。何がいけなかったのかと。自分は、自分に出来る事をこの一週間やってきた。ようやくそれも纏まって、形になった。形になったから……。鞄から一冊のノートを取り出す。表紙には大きく「選挙公約!&したいこと!」と書かれていた。
――今日の活動後、一番に見てもらおうと思ってたのに。
きっと太郎は、驚くだろうなと思っていた。それはそうだ。驚かせるために今まで伏せていたのだ。 それが裏目に出てしまった。太郎を除け者にしようだなんて考えはなかったのに。
「それがいけなかったのかあ。じゃあ悪いのは私じゃん」
弓月は力無く呟いて、あの日とあの日を思い返す。
あの日と、あの日。
初めて二人で放課後残って太郎の考えた作戦……。挨拶の練習をした、あの日。
太郎が、代理と言えども風紀委員長である田所に噛み付いてまで、自分を応援してくれた、あの日。
弓月は生徒会長になりたかった。漠然と自分を変えたいと思っていたから。しかし、太郎と知り合って、選挙の協力者になってもらって、何かが変わった。確かに変わったのだ。何がどう変わったのかは、はっきり分からない。が、一つだけ言えることがあった。
私は太郎に勇気付けられている。力をもらっている
あの日と、あの日。協力者になってもらってからの毎日。太郎が応援してくれている。これらが、弓月の中の何かを変えた。漠然としたものは、今やその輪郭を見せ始めている。それはどうしても弓月自身が見たいものだった。今までの学校生活では得られなかった何か。それを見たかった。
そのきっかけ。鍵とも言える一つがこのノートだった。
太郎を驚かせたかった。驚かせて、すごいと言ってもらいたかった。
お前すげえな! そう言ってもらいたかった。
太郎は優しく笑って……、楽しそうにノートを見て……。
お前はすげえ! って言ってくれて……、頭とかポンポンしてくれて……。
表紙の「選挙公約!&したいこと!」という文字は、もう弓月には見えなかった。我慢しても次から次へと溢れてくる。文字が歪んでどうにもいけない。ハンカチで拭う。でも歪みは消えない。
溢れ切ったものは雫になり、一粒、また一粒と落ちた。
「明日……ちゃ……んと太……郎に謝ろう。そ……れで、このノートを……見て……も……」
ノートに向かって宣言しようと試みたが、声にならなかった。
仕方がないので、諦めた。諦めて今はただこのノートに受け止めてもらおう。
そして明日は、このノートを太郎に受け止めてもらおう。
そんなことを考えながら、弓月は静かに泣き続けた。
頭に浮かんではいるのに文章にスラスラできないという文章力の無さに困ります。書ける時間もそんなにない現状。
こんな話を最後まで読んで下さりありがとうございます。ノロノロと書きますので、また読んでやってくだされば幸いです。