⑧飛び降りる前に。
長く間が空きましたが、更新致します。
「……箱にしか見えねぇ……」
あの剣を手に入れてから暫く経って、グランマに《兵員輸送》って仕事が出来た。姉御の報告は帝国が結構深刻な状態になってる事を判らせたみてぇで、突貫工事でグランマ用の《兵隊を運ぶ為の箱》を造る事になったそーだ。
でも、出来上がった代物は、素人のワタシが見ても急拵えのモンで、どっから見ても只の箱。ソイツをグランマが吊り上げて運んで、地面に降ろしたら中から扉を開けて……兵隊が飛び出して戦ったりするんだと。
「……まぁ、そう言うなって。これでも表面はオリハルコン合金に魔導を弾き返す術式を施して張り付けてあるんだぜ?」
暇だったからか、ホルベイン兄貴がロングコートのポケットに手を突っ込んで、偉そうにしながら説明してくれっけど、そりゃアンタがやれって言っただけじゃねーの?
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……さて、早速そいつをグランマに取り付ける為、固定用の帯が吊り下げられ、その下をグランマがゆっくりと通過してく。
【……もう少し、締めて下さいませんか? ……そう、そんな感じです】
いつもは空中戦艦を整備してる技師の連中が、生きてる大きな砂漠鯨に恐々ながら作業を進めていく。
……それにしても、いくら大きいって言ったって、グランマは【輸送艇】位の大きさだな。帝国の飛空艇規格じゃ下から二番目。【連絡艇】の次の【輸送艇】だ。
帝国には【連絡艇】【輸送艇】【駆逐艦】【巡洋艦】【戦艦】の五つの規格があって、【艦】って名前が付く奴には《バリスタ》や《衝角》が付いたり載っけられたりする。
もっとも、《バリスタ》を支援射撃で散々ぶっ放してから、《衝角》をぶつけるか突撃兵を乗り移らせて制圧すんのが常道ってとこだ。グランマにゃ両方とも付けられねぇ。だから今は【輸送艇】のまんま。
でもよ? あれだけ機敏に動き回れるグランマが、馬車馬みてぇなつまんねぇ仕事ばっかするのは、勿体無いって思うぞ。
だから……ワタシは密かに狙ってるんだ。
……グランマを【仮装戦艦】にまで、引き上げる機会を……。
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【輸送艇】としての平凡な仕事を何回かやり過ごしたワタシ達は、珍しい客を載っけて前線に向かってた。
「……狭いな、こいつは……」
乗っけたのは鬼人種族のオッサン、それにやたらと強面の連中で、連中がたまーに噂に聞く【強襲兵】って奴等だ。
【強襲兵】ってのは、敵の後ろや横に息を潜めながら近付いたり、こーやって【輸送艇】を使って騎馬より早目に戦場へ放り込んどいて、お互いの騎馬が戦場を引っ掻き回し始めるまで並みの兵隊の中に紛れて置いといて、兵隊を追っかけ回すのに夢中になった騎士をぶっ飛ばしてやるのが本業……まぁ、強いっちゃあ、強い。
ただ、【強襲兵】ってのは並みの兵隊と違って、分厚い鎧なんか着たりはしねぇ。守るよりも潰すのが仕事だから、長い槍なんか持ってる奴は一人も居やしねぇし、持ってる武器も斧や板みてぇにでかくて重そうな剣、そんな物騒な武器を使うんだが……とにかく『足が遅い』のは仕方無ぇんだ。
「……なんだ、小娘……そんなに俺の剣が珍しいのか?」
鬼人種のおっさんが、脇に置いてあった剣に片手を乗せたまま、ワタシの視線に気付いて話し掛けてきやがった。でも、言い方はやけに丁寧で少しだけ驚いた。
「あー、そうだぜ。ワタシのコイツより何倍も重そうな感じがしてよ……」
ワタシが【フシダラ】と【フツツカ】を取り出して見せてやる。すると、おっさんは妙な顔をしながら暫く眺めた後、
「……こいつぁ、エラい代物じゃねぇか……出所は聞かない事にしとこう……【魔剣】だからな……」
「……【魔剣】だからか? ……へぇ、そんなにスゴいのか?」
ワタシはおっさんが何を言い出すのか判らなかったから、様子を窺ってると、
「……まぁ、男の俺達が持っていても、精々が良く斬れる剣、でしか無い。だが、お前さんみたいな女が使うと……たちまち【魔剣】は本性を現すんだ」
……何だか妙な事を言い出しやがった。
「何だよそりゃ……尻尾でも出して足でも生やすのか?」
「……その【魔剣】は見た所、雄と雌の夫婦剣だな……つまり、雄が【奪い取り】、雌が【施す】。お前さんに奪い取った魔力を施して与えるって寸法だ」
「……あなた、詳しいじゃない? 只の強襲兵にしては博識ね……私はセルリィ。この船……って言うか、輸送艇の責任者を任されているわ」
話を聞いてた姉御が割り込んで来て、おっさんに話し掛けてきた。
「俺はアジ・ヤタテ、この強襲班の班長をしている。【魔剣】に詳しいって程じゃ無いが、多少は知ってる程度だ……」
おっさん……じゃない、アジはそう言うとワタシに向き直り、
「なぁ、お前さん、ソイツを使った事は有るか?」
「……いや、まだ無いんだ……何て言うか……気が向かないって感じがしてよ」
聞かれた事に答えると、アジは暫く考えてから、
「……取り敢えず【魔剣】ってのは、使い手を選ぶ。使い手として認められてなきゃ、持っていたくても勝手に逃げ出したり、他人に渡るように働きかけたりして、居なくなるらしい」
そう言うと、ワタシをじっと眺めて、
「……あんた、名前は何て言うんだ?」
「ワタシか? ……ホーリィ・エルメンタリアだ……」
「……ホーリィ……エルメンタリア……? エルメンタリア……って、まさか……あのエルメンタリア家か!?」
驚いた顔のアジに、ワタシは両手を広げて上に向けながら、
「やれやれ……エルメンタリアなんて帝国にゃ幾つもある家系だぜ? それにワタシは女……たぶんアンタが想像した軍人のエルメンタリア家にゃ男の後継ぎしか居ねぇ。その位は知ってるだろ?」
何回も言われてそう切り返すクセが付いたワタシの言葉は、アジって名乗った鬼人種には通用しなかった……。
「……さっきは小娘なんぞと呼んで済まなかった……エルメンタリアの家系は確かに多い。だが、姓はともかく、名前にHoを付ける事を許されるのは、たった一つの家系……【帝国の懐刀】と呼ばれた始祖のホーラス・エルメンタリア直系だけだろう?」
……驚いたなぁ、ひい爺様の名前まで知ってやがるのか……
「……なーんだ、アジはそんな事まで知ってるのかよ? ……確かにワタシは故有って女になっちまったが、以前はホランドって名前の三男坊さ……」
バレちまったら仕方無ぇ。正直に答えてやると、おっさんは納得したんだろう、ホンの少しだけ右頬を吊り上げながら、
「ホーリィか……まぁ、事情は判った。とにかくその【魔剣】は……」
そこまで言った瞬間、箱がやたら揺れ出した。何かおかしな事が起きたみてぇだ!
「姉御!! 様子が変だっ!! グランマは大丈夫か!?」
「あぐっ……旋回してる……これは……『回避反転』ッ!!」
グランマは自分の判断で、何かを避けようとして急旋回をしたのか? だったら起きてる事は唯一つ……
「ヤバいな……魔導か何かで狙撃されたのかよ!」
がんっ、と激しく何かがぶつかる音がして、床が急に冷たくなっていく……こりゃ、支援魔導の【氷柱旋風】級を使える奴が、真下に居やがるのかッ!!
「姉御!! 緊急用の【降下護符】を寄越してくれっ!! 降りてぶっ潰してやるッ!!」
頭に来たワタシは、その場の思い付きでつい、そうしちまった。それが【フシダラ】【フツツカ】の正体を知る結果になった訳だが……。
次回も宜しくお願い致します!




