⑤下積みかよ……?
ローレライは最初から戦艦だった訳じゃない。【帝国軍強襲仮装戦艦】、つまり本来は戦艦じゃない、って扱いだった。
オリハルコン、って知ってるか?
そうそう、錬金術に欠かせない鉄の類いでな、物凄く重いんだけど、色んな金属と溶かして混ぜると、その種類に併せて変わる代物らしいんだよ。
……因みに、ソイツは魔物の身体から取り出すしかないらしい。つーか、魔物を潰して煮込むと、湯気に混じってほんの僅かだけ採れるらしいんだと。
つまり、沢山欲しけりゃ、沢山の魔物を殺して引っ張って来ないとならねぇ、って訳だ。
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「……まぁ、そーゆー事になるだろーってのは、薄々感じてたんだがね……」
ワタシがつまんなそうにそっぽ向きながら、グランマの前で石っころを蹴っ飛ばして転がすと、居合わせたホルベインの足元まで飛んで行く。
「まぁ、そう言うなって……こればっかりはどうにもならないのは、お前にも判るだろ?」
そう言いながらホルベイン……下の兄貴は石っころを拾い、親指の上に乗せてワタシの方へと弾いて飛ばして来た。何となく手を出して、ぱしんとイイ音を立てて掴み取ると、難しい顔してた兄貴は少しだけ頬を緩めた。
「……にしてもホランド……いや、ホーリィか。どっちでもいいか! とにかく、俺の意見は親父には通してある。後は……軍がどうするか、だがな」
顎に右手を当てながら、肩に羽織った軍略装のジャケットをそのままに、グランマに近付いて、
「それにしても……砂漠鯨かよ! まさかこの眼で拝む事があるとはね……」
【……それは仕方がありませんよ? 我々は砂漠の深部にしか居ませんし、ヒトの気配を察すれば砂中に潜って身を隠しますから……】
「……おまけに話まで出来る訳だしな……ローレライさん、で良かったかい?」
【ホルベイン少将様、敬称は要りませんよ? 私、こう見えて新兵ですからね】
グランマがそう応えると、楽しそうに笑いながら兄貴は手を叩き、
「……確かに! いや、やはり逸材だなぁ……うむ、こうなったら是非にも前線担当に持って行きたいが……装甲が欲しいな……」
「うえっ!? ぐ、グランマに装甲……!?」
ワタシが声を詰まらせると、兄貴はニヤリと笑いながら、
「……過去に、牛位の地竜に鎧を着せて前線に配置させた事が有ってな? まぁ、ソイツは鈍重だったから旗持ちにして、それなりに役に立ったもんだ。しかし、ローレライはデカいからな……お抱えの飛空艇技師の連中に聞いてみるか……」
そう言うと、後ろに控えていた侍従の兄ちゃんに声を掛けて、少しするとワタシに手を振りながら帰って行った。
「しかし、鎧みたいなモンだよな、装甲ってよ……鉄だったらどれだけ使うんだかなぁ……」
【そうですね……でも、軽くて強い合金ならば、オリハルコンが必要になりますね?】
「オリハルコンかぁ……高そうだよなぁ」
グランマの言うオリハルコンは、この前立ち寄った【自由貿易都市】(地元住民は中央都市と呼ぶが)で産出されてる。勿論稀少な金属だから高い。スゲー高い。でもそれだけの価値があるって事だよな。
「……いっちょ、行ってみるか?」
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ホルベイン兄貴には「少しだけ登録は保留させて欲しい」と伝えてから、ワタシと姉御は、グランマが着けられるような装甲が作れるのか調べる為に産地の【自由貿易都市】にやって来た。兄貴から『安く出来るなら直ぐに取り掛かる』とは言われたけど、相場が判らねぇから何も言えねぇ……。
「……スゲーなぁ!! これが【自由貿易都市】の《武器工房》かぁ……」
ワタシは都市中心からだいぶ離れた外縁部の、沢山ある工房を見て声が出ちまった……。二人係りで大きなフイゴを動かして一気に炭を真っ赤に染めて、白くなるまで熱くしながら大鎚を振るう鉱人種に、でっかい機械から蒸気をぼーぼー出しながら、ガンガンと落とされる鉄鎚で鋼を板にする鉱人種……つーか、
「どこ見てもドワーブだらけじゃん……ドワーブドワーブドワーブドワーブ……」
ワタシはあちこちを走り回るドワーブに、少しだけ引いてた。だってよ~ちっこいオッサンが、
「くおおぉっ!! こんのぉ……オラアアアアぁッ!!!」
とか、でっかい声出しながらバッキバキに筋肉盛り上がらせて、みんなして鉄の塊と格闘してんだぜ? スゲーよ、マジでドワーブだらけ。
「……おっ!? セルリィじゃねぇか!! 珍しいじゃねぇか?」
「あー、居た居た!! モロゾフ、久し振り~♪」
そんな中、姉御は知り合いらしいドワーブに挨拶しながら、
「……で、こっちは弟子のホーリィちゃん♪ こう見えて、まだ十五才よ?」
「ほお? お前さんが弟子とはな……世も末、って所か?」
紹介すると、相手は分厚い掌を差し出しながら、
「俺はモロゾフってんだ! あぁ、まぁセルリィとは腐れ縁、ってとこだな!! もう百年近い付き合いってとこか?」
「止めてよ~おばあちゃんみたいじゃない!! ……まぁ、それはいいんだけど……」
……うわ、鉄の籠手みてぇな手だなぁ……姉御もいいのか? そんな扱いでも……
まぁ、いっか……で、グランマの件を切り出してみたらよ……
「……成る程なぁ……噂にゃ聞いてたが、帝国の戦か……だが、その装甲に必要なオリハルコンとなりゃ……」
「……うえっ!? マジでか!! 八億……ッ!?」
……まぁ、当たり前だよな……空中戦艦一隻分だもんな……。
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「それにしても八億かぁ……」
帰り道、頭の中をとんでもない数がグルグル回ってやがる……安くないのは判ってたけど、途方も無い金額だよなぁ。
「ホーリィちゃん、やっぱり軍に貢献して、それなりの実績を上げていかないと実現させるのは難しいわね」
姉御はそう言うと、街を行き来する乗り合い馬車の停留場に向かって先に歩き出した。
……兎に角、戦はぼちぼち始まるだろうから、地味な仕事だろうと何だろうと機会は転がっている、ってもんか?
それからグランマとワタシ、それに姉御は軍に掛け合って浮遊艇を曳航する仕事から始める事になった。
浮遊艇、ってのは、自分で飛ぶ力の無い空飛ぶイカダみてぇなモンで、荷物や兵隊を載っけて浮かぶだけの代物。ソイツを引っ張って前線に届けりゃいいらしい。地味だが山や森も関係無く運べるとなりゃあ、兵隊も疲れないし奇襲にも遭い難いってもんだ。
「……ほら、そっちのロープをグランマの脇に……っと、繋がったぜ!」
手に持ったロープを手繰り寄せながら、しっかりと曳航金具に縛り付けて、緩みが無いか確認してからグランマの喉元に取り付けられた籠に乗り込む……んだが、それなりに怖い……足元から下は丸見えだかんなぁ。命綱無いと風で煽られる度にヒヤッとするかんな?
今日は護衛無しの荷物運び。まだ直接戦闘なんてありゃしないから暢気なモンだ。姉御もたまに乗らない時もある位だが、今日は一緒に往復便に三人で行く事にしたみてぇだ。
……ぐぅん、と綱が伸びて浮遊艇が引き摺られて、そのままフワリと浮き上がる。さて、後は寝ててもグランマが勝手に飛んで帰って……の、筈だったんだが……
……その帰り道、のんびり飛んでいた筈のグランマがワタシ達には見えない遥か下、ずっと下の景色に何を見つけたのか……こう言ったんだ。
【……お二人とも、少し寄り道していいですか? あの森の切れ目に……】
【……何かが居ます。】
次回、ローレライの初戦闘機動。




