③クジラって飛ぶんだな。
ひっそり第三話。
戦争が……始まる?
待ちに待っていた……筈なのに、何でだろう……沸き立つ気分になりゃしねぇ。何だかなぁ……。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
ワタシと姉御がやって来た『自由貿易都市』ってのは、ドラ何とかって国と……あー、何か商人が集まって喧嘩出来るよーに兵隊雇った組合ってとこが、お互いに金を出し合って造った街(※①)だな。
まぁ、ホントに詳しくは知らねぇ。ただ、姉御から聞いた話だと、この街の真ん中には【迷宮】って穴が在って、そっから化けモンが湧いてくるのをぶっ殺して出てこないよーにしてる街、だって事らしい。
……でも、一回位は様子見で潜っても構わねぇけど、登録とかしなきゃ潜れないらしーし、ワタシがエルメンタリア家の身内だって広めるつもりも無ぇし……今回はパスだな。
喧しい野郎共から離れた場所に陣取って、給仕のネーチャンを呼んでから二人で食いモン頼んだ後、改めて店内を見回す。
……さっきまで戦争がどーだ、自分はどっちが勝つと思うだの言ってた連中も、仕事に戻ったか姿を消してた。代わりに如何にも堅気の商売じゃなさそうなのが入れ替わりでやって来て、周りを気にせず飯食ったりしてる。
……目立つのは二人、いや三人。まぁ、ワタシ等にケンカ売る類いの連中は居ないか。見た目は二人とも華奢な女だし、周りの眼を考えたら真っ昼間から変な事をするヤツは居ねぇな。
「ねぇ、ホーリィちゃんの国って、ミルメニアなんでしょ?」
「あー、そうだぜ姉御……でも、それがどうしたってんだ?」
姉御が聞いてきたので普通に答えたつもりだったけど、自分でも知らないうちにイラついてたのかなぁ……つい、冷たく返しちまった。
「……やっぱり、国に帰るのかな、って思ったから……そうなんでしょ?」
「うん……急ぎじゃねぇけど、そのうちに……だなぁ」
適当に誤魔化して返事すると、姉御は何かを言いかけたけれど、注文した飯が運ばれてきたので、話はそれきりにして飯を食うことにした。
(※①)→自由貿易都市とは、特定の支配地に属されない例外的な特区である。とある迷宮の鎮守府として二国間で協定を決め、互いから事務官を派遣し共同で行政を取り仕切っている。だがその立地条件(広大な平地の真ん中)と、迷宮から採取される様々な物資とそれらを扱う交易により、驚異的な発展を遂げている。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
「……ワタシ、こーゆーパンは嫌ぇなんだよなぁ……」
出てきた焦げ茶色のパンをこねくりながら、愚痴ってみたけど仕方無く口に入れて噛んでみる。うー、酸味があって味が濃いや……腹が減ってなけりゃ食いたくないけど、目の前の姉御は普通に食べてるし、文句言ったら何言われるか判りゃしない。
「たま~に不思議に思うけれど、ホーリィちゃんの家ってお金持ちだったの?」
姉御はワタシの顔を見ながら、当たり前のように聞いてくる。
まぁ、他所のヒトに言わせれば、エルメンタリア家は歴史の有る名家ってとこだろーけど、生まれた自分にしてみりゃ、別に普通の家だったけど。
……まぁ、お抱えの家事担当が四人、庭師が一人、コックが一人、侍従のヒトが二人……兄貴二人と……父様以外にそれだけ居て、ワタシが居て……一番多くて十二人。母様が死んでからずーっとそんな感じだったから、別に何とも思わなかったけど、金持ちって言われれば……そうなのか?
「……うん、まぁ……普通の金持ちじゃねぇか?」
適当に答えながら目の前の手羽先肉を千切って噛んでると、舌先にひりりと胡椒の粒が当たって辛さが後からじわりと染み出す。これは当たりかな? 味付けが甘辛くて、よく焼けた肉の旨味が舌先に沁みるように乗ってくるや。
「でも、ホーリィちゃんの喋り方って、少し個性的じゃない?」
「……あー、良く言われるや……こりゃ、ワタシの剣の師匠……侍従のじぃ様が伝法なヒトでさ、口が悪くて有名だったけど腕は確かだったし、と……オヤジも一目置いてたし。で、オヤジもどっちかつーと、砕けた話し方してたから、移っちまったんじゃねぇの?」
そう答えると、納得したみてぇだ……でもよ、元々が男だったんだし、戦じゃ丁寧な話し方してっと、舐められるみてぇな感じだったし……仕方無ぇだろ?
「ま、それはいいけれど……ねぇ、急がないんなら、ちょっと遠出しない?」
「……ん? 遠出……?」
姉御はどーやら、この街から少し離れたとこに用事が有るみてぇだった。まぁ、師匠に付いてくのも弟子の仕事……かなぁ?
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
それから朝飯の後、街で鷹馬を二頭借りて馬具載っけて出発して、二人で砂漠を横切って荒れ地を進んだ。
まともにくっそ暑い時間を進むのは無茶だから、少し動いて昼前に天幕張って時間潰して、日が落ちる前に一気に走ってまた天幕張って鷹馬を休ませて(夜は鳥だけに目が効かねぇ)、一晩明かしてから朝早くに鷹馬を走らせて……辿り着いたのは、何の変哲も無ぇ小さな山の麓だった。
「なぁ、姉御……何だよココ……誰かの墓か?」
「縁起悪い事言わないでよ……ホーリィちゃんには判らないか……」
姉御はそう言ってから、鷹馬を枯れた木にくくり付けて、山に向かって歩き出した。仕方無ぇからワタシも付いて行く。あ、忘れねぇ内に荷物から餌の肉を取り出して二頭に食わせておいた。ただの馬より餌が少なくて済むし、新鮮な肉ならだいたい食ってくれる。何も無けりゃ人間の肉だって食っちまうから、戦向きの乗り物だよな、鷹馬って。
日除けのコートを被ったまま、さっさと進む姉御に遅れたくねぇから急いで付いてくと、姉御は山の端っこにある岩の前でワタシに向かって、
「……紹介するわ。私の古くからの知り合い、【砂漠鯨】のローレライよ?」
「……はあ? 冗談だろ姉御……只の石っころが……クジラ!?」
ワタシにゃ、只の石っころにしか見えねぇぞ? まぁ……山の先にくっついてる岩が頭だってんなら……頭だってんなら……この山が、クジラだって?
まぁ、よくよく見てみりゃ、山の形が長細くて、海のクジラに似てなくもねぇし、ゴツゴツした岩ってより、ツルッとした角の丸い岩だから……
【……あら? これはこれは……セルリィさんじゃない!】
と、いきなり頭ん中に低い声みてぇなのが入ってきた!! すげー落ち着いた感じの……おばーちゃんみてぇな声だけど……クジラって、喋るんかよ?
「ええ、お久し振りね? ローレライさんも変わらず元気そうで。こっちは私の弟子のホーリィちゃん、宜しくね?」
【弟子なのね? フフフ……初めまして、ホーリィさん。】
「あ、ああ……ホーリィだ! ロ……ローレライさん……宜しく!」
【まあまあ! そんなに固くなら無くて良いわよ? 私なんて只のおばあちゃんなんですから……】
そんな挨拶を交わしてから、姉御が手短に話してくれたけど、【砂漠鯨】ってのは物凄く長生きするらしくて、ローレライさんと姉御はずーっとずーっと前から知り合いだったそうだ。
「……ローレライさんは、私達森人種が古くからお付き合いしてきた【砂漠鯨】の長老さん……元、だけどね」
姉御が言うには、長く仲間の面倒を見てきたけど引退して、今はこーやって同じ場所でじっとしてるらしい。……飽きないのか?
「ふ~ん……じゃ、たまに泳いだりすんの?」
「泳ぐ……まぁ、砂の中を泳ぐし、空も飛べるわよ?」
「げっ!? こんなでっかい山みてぇのが……あ、ゴメン……悪かったな」
【あらまぁ、謙虚な方ね……私みたいな年寄りは、動き回るのもなかなか骨なのよ? ……でも、たまには……また、泳ぎ回りたいわね……】
そー言うと、ローレライさんは少しだけ身体を捻って、身体に着いた岩をガラガラと落としてから……何かを唱え始めた。
【……『古より伝わる理に由り、空と大地を別つ間に漂う波を捉えて羽ばたかん』……《大気操作》……】
その瞬間、もんの凄ぇ魔力がガバッと集まった感じがして……ローレライさんの身体が綿毛みてぇに舞い上がると、沢山の砂と石ころを落としながらみるみるうちに高い空へと昇っていって……
【……ふぅ。おばあちゃんにはキツいわね……でも、ああ……やっぱり動くって楽しいわ!!】
くるっ、と縦に一回転してから、グングンと尻尾を動かして砂漠の上を飛び回ってるなぁ……何だか楽しそうだぜぃ!!
「あらら……隠居してすっかり落ち着いたと思ってたのに……ホーリィちゃん、あんまり無茶させちゃダメよ?」
「そっかぁ? でもスゲェよな!! 速いしブレもしねぇ!!」
ワタシが飛び回るローレライさんを眺めてると、隣で見ていた姉御が教えてくれた。
昔々、【砂漠鯨】の中にとても利口で魔導の素質の有る鯨が居て、森人種が色々と教えてあげたらしい。その鯨はしっかり魔導を覚えて、群れを率いて森人種と仲良くなったそうだ。
……でも、人間の戦争に巻き込まれて子供を殺されて、生きるのもイヤになっちまったその鯨は……群れから離れて一人で暮らすようになったんだと……。
で、たまーに昔を懐かしんで会いに行く奴もいて、そんな森人種が行くと嬉しそうに話をするんだってさ。それがローレライさんだって事らしい。
【……ああ、私ったら……せっかく会いに来て下さってるのに……申し訳ないわね、ホーリィさん?】
「あ~、細けぇ事は気にしねぇでいーって!! 好きな事をするってぇのは悪くねぇかんよ?」
【……まぁまぁ!! なんて懐の深い言葉を仰有るのかしら? 長生きしても、まだまだ気づけない事の何と多い事でしょうね♪】
ローレライさんは嬉しそうに言いながらワタシの目の前に降りてきて、
【……私は、過去にヒトの戦で子供達を喪いました。だから……意識してヒトを遠ざけていたのです。でも、やっぱり独りで居るよりもホーリィさんみたいな元気な若いヒトと一緒に居るのが楽しいですね!!】
そう言うと小さく間を置いてから、
【……ホーリィさん、貴女からは戦の匂いがします……でも、同じ位に『戦う意思』も感じられるのですよ?】
「ふぁ? 戦と戦うって、同じ意味じゃねぇの?」
【いえ、違いますよ? 戦は誰かの目的の為に他者を巻き込む事ですが、戦うと言う事は『自らの為に行う』全ての事を指すのです。自らの自由を勝ち取る為、自らが大切に思う者を守る為、そして……他者の非道に抗う為に。】
ローレライさんは小難しい事を言うなぁ……何だか【お祖母ちゃん】みたいだな!!
「悪ぃ!! ワタシはそーゆーのは良く判んねぇ!! だから色々教えてくれや!!」
【フフフ♪ ……若いヒトを導くのは長生きしてきた者の務めよね、セルリィさん?】
「……そこにサラッと私を混ぜないで欲しいわね……」
姉御は頬を指先で掻きながら、困った顔はしてるけど……嫌そうにゃ、見えないがねぇ?
それからワタシはローレライさんの事を【グランマ】って呼ぶようになった。まぁ、あんだけ身体のデカイばーちゃんも居る訳ゃ無ぇこったが、細けぇ事は気にしないってもんさ。
……で、ワタシと姉御、それにグランマの三人でミルメニアに帰る事になったって訳だ。ただ、グランマは【ヒト】じゃねぇから、どうしたもんだか暫く揉めたんだが……結局、姉御と同じ【異人種】っつー事になった。つまり……義勇兵扱いって訳だな。
戦が始まったミルメニアにゃ、褒賞金目当てで他所からウジャウジャと戦働きしたがる連中が集まって来てたが、流石にグランマみてぇなのは居なかったぜ?
だから、ワタシと姉御はグランマを【喋る船】だって言う事にした。だってよ、こんだけ大きな飛空艇だったら役に立つだろ? そう思って募集兵詰所ってとこに挨拶しに行ったら……まー、目立つのなんの!
でも、身体が大き過ぎて登録待ちのグランマの順番は一番最後にされちまったが、ワタシもみんなも退屈しなかった。何せグランマを見りゃ、ガキも年寄りもたまげたり手を叩いて喜んだり。見てるこっちも嬉しくなっちまう。
……ただ、一個だけ問題があってよ……グランマに合わせる『軍服』がありゃしねぇ……どーしたもんだかね?
それではまた次回も宜しく!




