②おっぱいなんて要らねぇ。
酷いサブタイトルだなぁ……
…………酒なんて、のんだことねぇのに、ふろで酒は……まわるって……モンだなぁ。
「ふぅうう~いぃ! あははぁ~♪」
「……やっぱ、お子ちゃまよねぇ……」
姉御が当たり前のことを言いやがる……
頭がグルグル回るのは、酒のせいか……風呂のせいか……
「……ねぇ、ホーリィちゃん。あなた、どんな仕事してるの?」
「……ふぁ? しごと? ……駅馬車の……ごえー……」
「へぇ~、結構やるのねぇ……見た目はお子ちゃまだけど……」
感心されたけど、別に今までの戦働きよかぁ、楽だったけどなぁ……
ぽかーん、と天井の湯気を眺めながら、そんな話をぽつぽつと、そんな感じで肩を湯船から出しながら、二人でぽつり、ぽつり。
言葉を投げて、受け取って。ワタシは家の事、戦の事、二人の兄貴の事を話した。
姉御は同じように、人里に降りてきて、荒事師やったり、隊商の護衛したり、そんな仕事の話したり。あ……そーいや、まだ聞いてなかったなぁ……
「なぁ、姉御……男が女になるクスリって、どんななんだ?」
「……身体交換の秘薬かぁ……噂には聞いた事有るけれど、殆どが偽薬ばっかりで、有っても頭の中身まで入れ替わるみたいなのは全然無いから……貴女が飲まされた薬って、もしかしたら【転移転生】の秘薬だったのかもしれないわね……」
「……わかんねぇなぁ……なにが、なんだか……」
そんなモン、死ぬか生きるかの瀬戸際でいきなり飲まされたし……誰が持って来たかもろくに知らねぇし……
『……お金? 要らないわよ、そんなモノ……だって、
……金なんかじゃ、釣り合わないし、もっと良いモノ、貰ったから……♪』
……ッ!? 姉御と違う声が聞こえたような気がして、ざわっ、と背筋が粟立って、お湯に入ってるのに氷の中へ押し込まれたみてぇになって……頭の中に残る知らねぇ女の声は、そうだ……あの時……
……確か、あれは……
……ん! ホーリィちゃんッ!!」
んべちんッ!! って、姉御が頬っぺたをイイ音立てながらひっ叩いて、ワタシは正気に戻った。……目の前で派手にお湯を弾き飛ばしながら通ってったおっぱいで、ついでにワタシをお湯まみれにしたけどさ。
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「……殆ど顔がお湯に浸かってたのに、全然気がつかないんだもの……どうかしちゃったのかって心配したわよ!?」
まだボーッとしてるワタシを揺さぶりながら(ついでにチチも揺らしながら)、姉御はそうどやすけど……あの声は、薬をくれたヤツだったのかな……?
ワタシがまた思いに浸ってると、呆れた姉御は引っ張り上げるように湯から引き出して、そのまま脱衣場まで連れて行ったっけな。
それからワタシはのぼせた訳じゃなかったので、姉御に【解毒】とか言う魔導を掛けられて(そりゃガキに酒飲ませたってバレたら怒られるわな)、気付けばいっしょに旅するようになってた。
いや、ホントは【解毒】みてぇな便利な魔導ってのを教わろうとしたんだけど、そしたら『教わるなら弟子になるって事で構わないか?』と言われたので頷いたら、弟子にされていたみたいだ。それから時々初歩の魔導を教わったけど、てんで身に付かなかった。難しい事は判らねぇし、ワタシが知りたかった魔導が身に付かなかったのは、師匠が悪かったからだぞ、きっと。
……でも、ある日姉御が見せてくれた魔導が、ワタシの運命を変えた、と思う。
それは……姉御がワタシの前で初めて派手に立ち回った時で、初めて姉御を【師匠】だって、思った時だった。
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それは、安い金で小さな隊商の護衛をする仕事だった。コッチが女二人で頼り無いと斡旋屋が足元を見やがって、大した代金を出せない家族単位の隊商に押し付ける形で組まされた時だったな。まぁ、私達はアホな野郎共に覗かれたりする心配の無い楽な仕事だと喜んでたけど、隊商のオヤジは気の休まらない旅だったろうな。
で、隊商のオヤジと女房、それに針みたいに痩せた姉ちゃんとチビの弟の四人と共に出発したんだけど……後で判ったけど、クソ斡旋屋が事もあろうに私達を野盗連中に売りやがった。たぶん、斡旋料が少なかったから他所で稼ごうとしたんだろう。
出発して三日目、姉御はそれまでアクビしながら豆食ってたのに、急に顔上げて耳を澄ませてぴくぴくと動かして、やがて目付きを鋭くしてから、
「……マズいわね、私達、尾行られてるわ」
「……はぁ? そりゃ何時からだよ?」
ワタシが思わず聞き返すと、姉御は豆の袋を荷物に放り込みながら、
「……たぶん、出発してからずっと、みたいね。馬が何頭か……いや、馬車かも……ちょっと待って……ホーリィ、先に主人へ馬車は絶対に停めるなって言って。」
サラッとそう言いのけてから、姉御は馬車の後ろで見られないように身体を隠しながら、暫く気配を探った後、
「……まぁ、別にどうって事は無いか……? じゃ、久々に仕事しようじゃない……♪」
そう、その時まで姉御は一度だって剣を抜いた事は無かったのに、いやそれどころか荷物の中に細剣を仕舞ったまんま、提げた事なんて一回もなかったけど……
その時はまるで、獲物を見つけた蛇みたいに目を輝かせながら、気配を隠して身支度を整え始めたんだ。
そう……たまーに、凄みを効かせる為に姉御が名乗る時、
「……【竜眼のセルリィ】って言ったら、【深紅の魔女】と同じ位に有名なんだけど……知っているかしら?」
って、言う事があって……でも、姉御の眼は何時だって綺麗な深翠色で、変な事言うなぁ……って思ってたけど、
……幌に覆われた馬車の荷台で、陽の光の遮られた薄闇ん中で……
……姉御の眼は確かに深翠色だったのに、瞳の周りが金色に輝いてて……ああ、確かにこりゃ【竜眼】なんだなって、思ったんだ。
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「おねぇちゃん、こわいよ……!!」
「シッ!! ダメよ、声出しちゃ……でも、でも……」
「ホーリィちゃん、これ、掛けてあげなさい……ほら!」
「……で、姉御はどうするつもりなんだ?」
ワタシは後ろで抱き合って震える姉ちゃんとチビに毛布を被せてから、姉御に向かって聞いてみると、
「ん? そうねぇ……取り敢えず、出方を窺うつもりだったけど……」
んしょ、と言いながら立ち上がり、おもむろにガバッ!! っと幌から下がる日除けの布を開け放ってから、
「……ホーリィちゃん!! こー言う時の必勝法を教えてあげる!!」
すると、馬に跨がった野盗が四人、急に開けられた日除け布に驚いてギョッとしてたけど、
「 …… 先 手 必 勝 よ っ ! ! 」
姉御はそう大きく叫んでから、羽根が風に飛ばされたみたいに軽々と野盗に向かって跳び付いて、
「先ずは……一人目っ!!」
「なんだコイツっ……!?」
驚いた野盗の男が慌てて剣を抜こうとしたら、馬の首の付け根に着地しながら中腰のまま、
「……悪気は無いけど……っ!!」
そう言って、肘を曲げた両手を左右に開いてから、頭の横とアゴ目掛けて勢い付けて、振り抜いた……だからいちいちチチも振るなよ姉御は……ムカつくな。
離れた馬車の中にまで聞こえる『かこっ』って音を立てて、一振りで相手の首根っこの骨を砕くとか……鬼人種かよ?
「クソっ!! 何てアマだよ……っ!!」
並んで走ってた仲間が馬から落ちるのを見て、二人目は離れようと馬に拍車を掛けたけど、姉御の動きは更に一手先だった。
一人目が落馬する直前に、素早く相手の腰から剣を引き抜いて振りかぶった瞬間……ワタシは初めて他人が【身体強化】を使うのを……見た。
フワッと背中から、羽根みたいに赤い花びらが湧き出して、馬の上なのにひらひらと姉御の周りを漂ってから……一枚、また一枚と張り付いて……
一瞬、光っただけで直ぐ全部消えちまったけど、直ぐ後に投げた剣がものっスゴい勢いでぶん廻りながら二人目に当たった瞬間、首を跳ね飛ばしちまった。
離れたヤツの首を狙って投げたって、そうそう当たるモンじゃねぇし、姉御の華奢な細っこい身体の何処に、そんな馬鹿力があるんだっての!!
……アホ面して見てたんだろうなぁ、ワタシ。姉御はコッチ見て『クチ、アイテルワヨ?』とアゴをパクパク……うっせーっ!! あんなの見せられりゃ、誰だってそうなるってんだよ!!
そんなやり取りしてたら、仲間がやられて頭に来てる筈の野盗共が、急に馬を緩めやがった。諦めたのかな、って思った瞬間、後ろから猛烈な勢いで馬車が一台突っ込んできて、乗ってた奴等が一斉に矢を放ったんだ。
何本も矢が飛んで、馬に次々と突き刺さっていきり立った馬が棒立ちになり、姉御は落ちたか? って思ったけれど、
「……あー、危なかったわ!!」
気付いたら、ワタシの横に跳んできて、涼しい顔で笑ってた。アンタ、ホント化け物かよ……?
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「……さて、二人は削ったけれど……向こうは諦めてくれなさそうね……」
まるで他人事みてぇに軽く言う姉御に、ワタシは呆れながら、
「何なんだよ……さっきは羽根みたいの生やしたり、跳んだり投げたり……ワタシの知ってる森人種っぽくねぇなぁ、姉御って……っ、イテッ!?」
「……失礼ねぇ、こーゆー時はちゃんと『師匠』って呼びなさいよ? ……でも、ちゃんと【見えてた】って事ね? やっぱり素質は有るって訳ね!」
って、頭を平手で軽く叩いてから、つまんない事を強調する訳だ……。ハイハイ、心の中でシショーって言っとくから叩くなよ?
で、後ろの馬車を引き連れたまま、ワタシと姉御の乗った馬車が町に近付くと……諦めたのか、野盗共は引き返していっちまった。
……それから無事に町へ到着出来て、泣きながらお礼を言うオヤジと女房に困り顔の姉御を見てニヤついてて叩かれたりしたけど、姉御は「落とし前はキッチリ付けないといけない」とか何とか言って、前の町まで戻って二人で斡旋屋に駆け込んだんだ。でも……
「……それは災難だったなぁ。野盗……? こちらは信用第一で通っているんだ、難癖付けられても、証拠も何も無いんだぞ?」
……当たり前だけど、相手は知らぬ存ぜぬの一点張り。証拠も何もありゃしないさ……でも、姉御は引き下がらなかった。
「……まぁ、それはそうでしょう……でも、襲ってきた野盗の連中は、剣に痺れ薬を塗ってたわよ?」
戻る途中でいつの間にか拾って持ってたのか、ガランと投げ出した剣にはベッタリと黄色い脂みたいなモンが塗り付けてあった。酷ぇ話だが、こんなモンで斬り付けられたら、死ななかったにしても血が流れたまんま、じわじわと死ぬしかない……姉御は物凄い顔で斡旋屋を睨み付けながら、
「こんな手を使う連中は【急ぎ働き】の屑ね……アンタ、何時でも外が明るいばかりじゃないって、良く良く覚悟しておきなさいよ……?」
そう言いながら、また身体から真っ赤な羽根みたいな花びらを舞い散らせて、斡旋屋の前の机をいきなり、ぶん殴った。
がごんっ、と……分厚くて固そうな一枚板の机に拳を叩き付けた姉御の目の前で、机は真っ二つに砕けてガタンと左右に割れちまった。
手をヒラヒラと振りながら埃を払い、姉御は眼を見開いて斡旋屋を睨み付けて、
「……この、【竜眼相貌】に泥を塗って……大陸で安心して生きていける場所なんて、在ると思わない方が、身の為ね……」
「……り、【竜眼相貌】……セルリィ・ローデンライムっ!?」
「あら、知ってるじゃないの……だったら、話が早いわね?」
そう、ワタシの名前で斡旋請けてたから、姉御は表に出てなかった。シラを切るつもりだった斡旋屋は、いきなりヘコヘコと頭を下げて、重そうな革袋をそっと差し出すと、
「こ、これで堪忍してください……どうか、どうか……」
「……まぁ、今回だけは大目に見ておくけれど……噂は直ぐに尾ひれが付くわよ? 精々真っ当に商売する事ね……」
受け取って中身を眺めながら、つまんなそうにそう言うと、ワタシを連れて斡旋屋を後にした。まぁ、そんな感じだったけど……。
それから、ワタシは【魔導】、それと【身体強化】ってのを学ぼうと姉御にくっついて、大陸の方々を回った。
……で、二人が大陸の真ん中に在る『自由貿易都市』ってとこに辿り着いた時、宿に在った酒場で男達が集まって騒いでて、話を聞いて知ったんだ。
「……て、帝国が遂に、宗守国と一戦交えるって決めたらしいぞ!!」
ワタシの生まれ育った国が、小競り合いの戦じゃねぇ、本物の……戦争をおっ始めたって事を……。
余り沢山執筆に時間は割けませんが、短めに纏める予定です。ではまた次回!




