①タマ無くなった。
一人称で綴られる若かりし日のホーリィさんの物語。
……なぜ、人を殺す事はいけないことなのか?
オレはそう考えてみる。相手がものすごく怒っていて、こっちを殺そうとしてきたら、黙って殺されろと言うのか?
イヤだね。
絶対に強くなって、どんなヤツが相手だろーと、絶対に勝てる位に強くなってやる!!
……今まではそう、思ってたんだけど。
医者がオレの手を掴んで脈を取りながら首を振り、
「……ホランド様に残された時間は、あと僅かで御座いましょう……」
そう告げてから、父様の顔を恐々と見て、部屋から出ていった。
オレの名前はホランド・エルメンタリア。
エルメンタリアって帝国でも長く続いてる軍人の家に生まれた。当たり前みたいに剣を習って、当たり前みたいに戦場に駆り出されて、当たり前みたいに戦って……初めて人を斬ったのが14才だった。
父様はオレの戦い振りを知って、物凄く喜んだ。自分は軍師だったから、前線で活躍出来るオレの事を凄く可愛がったし、オレも嬉しくてもっと強くなろうと頑張るつもりだった……でも、ある日。
オレは物凄く調子が良かった。三人も斬ったし、後ろに目が有るみたいに斬り掛かってくる奴が判って、返り討ちにしてやった。オレよりも若いガキだったが、別に何も思わなかった。
それから前線の兵舍で一眠りしたら……急に起き上がれなくなった。
オレは直ぐに後方に移されて、身体中を医者が調べたら……とんでもない事が判った。
……オレは、『魔導』が使える身体だったらしくて、女じゃないのに魔力も有って、そいつは便利だな、と思った瞬間、医者はこう言ったんだ。
「……このままでは、ホランド様は亡くなってしまうでしょう……」
「ホランド様は、男なのに魔導が生まれた時から使えたのですが……」
「それが原因で、魔力を無意識で使ってしまい、今は僅かしか残っていない模様です」
……魔導って奴は、女なら多少魔力が無くても有る程度は使えるらしいんだが、そーゆー初歩の魔導はお手軽な感じだと思っていいけど、オレの使える魔導はそんな甘いモンじゃなかった。
……【身体強化】って、知ってるか? 素手で空き瓶を切り裂いて、跳べば岩山もひとっ飛びなヤツだ。はは、強そうだろ? 使えれば……だけどな。
……オレはそれが、使えた、それで、使えた事が原因で……魔力、つまり活力みたいな命の素があっと言う間に無くなった。で、死にかけてる訳さ。
……情けない話だよ……せっかく強くなれたと思ったのに、それで死んじまうんたから、たまんないよな?
……なんだ、もう手の力がはいらなくなってきた……くそ、もっと、いきてたかったなぁ……
……ああ、父様がちかくにきてるな……なんか、いってる。
……あきらめるな? ……うん、そうだな……
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……また、変なやつをつれてきたのか……
この前は、まじないし、だったな……今度は、誰だよ……
……あ、いいにおいだ……母様……じゃ、ないな、しんじゃってるんだから……
……誰だよ、そいつ……
……やく、し? ……クスリかよ……もう、なんかいものんで、はいただろ……
……やめろって……くちのなかに、おしこむなよ……
…… ……? ……あ、つい…… ……からだが、あつい……
……や、やける…… みたいだ……
……っ!? な、なんだ……むずむずする……っ!!
……か、からだのなかが……いれ、かわる……うらがえる……っ!?
……お、まえ…… なに、しやがった……!?
…………でも、 なんだか……
……き、もち、いいなぁ……
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……目がさめた。今までは夢だったみたいに、身体が軽い……そう、身体が軽いんだよ……
目を擦ろうとして、指先を見たら……なんだよ、この細くて丸い指先は……?
……それに、変なんだよ……さっきから、足の間がスースーするんだよ……
……はっ!? オレ、た、助かったのか……?
……嬉しい、んだよな、たぶん……でも、何でだろう……何か、忘れちまった気がする……
……凄く、頭にきてたんだよ……誰かを、ぶん殴りたくて仕方なかったのに、夢が覚めたみたいに忘れちまってる……
……で、何で、裸で寝てるんだ?
……で、何で、オレ……あ、何だよ、何なんだよ!?
……オレ、女になってるんだよ!? 足の間がスースーするって、こういう事かよ!!
……オレは目覚めてから、父様に妙なクスリを売る女に「秘薬を使えば子供は助かる」って言われて、そのクスリを飲ませたら……オレは助かった、って話を聞いた。
ただし……『魔導を使える女になれば生きられるが、息子としてのオレはこの世から居なくなる』って言われたらしい。
父様は死なせるよりはマシだ、とクスリを受け取りオレに飲ませたそうだ。金を払おうとしたら「もう受け取ったから要らない」って言って居なくなったらしいけど……まさか、なぁ……?
こうしてオレは、女になった。父様は暫く喜んでいたが、時間が経ったら急によそよそしくなった。それは当たり前だろ? ……跡継ぎの一人が、いきなり婿養子を取らないと跡を継げなくなっちまったんだからなぁ。
で、オレは父様から【居ても居なくてもいいヤツ】として扱われるようになった。
せっかく生き延びたのに、オレは居場所が無くなった……二人の兄貴達は先に軍隊に行っちまったから、広い家には召し使い達と、オレだけの日が増えた。
だから、つまらなくなって、オレは家を飛び出した。
着替えと毛布、それに外で寝泊まりする為の天幕と、護身用の片手剣。あとは……適当。
金なんて別に要らなかった。町と町を繋ぐ駅馬車はエルメンタリア家の首飾りを見せればタダだったし、町には軍人に飯だけ必ず出してくれる賄いのしきたりを守る店が必ずあったから、とりあえず飢えて死ぬ心配はなかった。
そんな店に出入りしてると、駅馬車の護衛をしないか、って話が舞い込んできた。オレはクッソまずい飯に飽きてたから、直ぐに飛び付いたんだ。
だって、エルメンタリア家の首飾りは確かに効き目があったけど、いつも必ず「エルメンタリア家に娘なんて居たのかい?」って聞かれるんだ……だから、毎回「三番目の息子の許嫁だけど修行しないと嫁にいけない」って言うのに飽きたんだよな……そんなのウソっぱちだし。
だから、名前はホーリィってことにして、駅馬車の護衛をする事にした。若い娘なのに、随分と勝ち気だなって言われたけれど、二つ目の町の手前で乗ってきた胡散臭いヤツが尻を触ったから叩き出したら、誰も何も言わなくなった。息も臭かったからせいせいしたけど。
それから暫く町から町を転々として、髪の毛も伸びて女っぽくなってきたんだけど、そのうち……オレって言うのが気持ち悪くなって、ワタシって言うようになった。それから、急に女っぽくなった。でも、まだ男に抱かれたいなんて思えない……今はまだ。
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そんなある日、護衛の仕事が終わって、久しぶりに大きな町で屋根の下でちゃんと寝て、昼に起きたら随分スッキリした。
……で、何となく、湯編みするつもりになって宿の女将に言うと「ウチは風呂があるからそれを使ってくれ」と嬉しい事を言ってくれた。風呂があるなんて、温泉でもあるんだろうか?
言われるままに、離れの湯殿に行くと、先客が居た。
昼間っから風呂に浸かるなんて、なんて贅沢なヤツだろうと思って裸になって湯船に入ろうとしたら、怒られた。
「身体を洗い清めてから浸かりなさいって……どこの山猿が降りてきたのかしらね?」
銀色の長い髪を頭の上で纏めた姉御はそう言うと、横に置いてあった赤いのが入った杯を傾けながら小言を言ってくる。元男だからの贔屓目に見ても……クッソ羨ましい乳してる。
「あーあー判りましたよ! ……山猿じゃねーし、ホーリィって名前がちゃんとあるぜ?」
「……あら? この山猿スゴい!! 喋られるのね!!」
「……ケンカ売ってるのかよ?」
売り言葉に買い言葉で答えたら、アハハ♪ ……と陽気に笑いながら、杯をもう一個出してきて、
「売らないわよ……自分より若くて弱い子を苛めても意味無いもの……私はセルリィ、見たまんまの森人種……ホーリィちゃんは……ふうん、珍しいわね? 元男の子なんだ?」
何となく受け取ると、サラリとヒトをちゃん付けしてきやがるけど……注がれた酒(だろうなぁ……)に気を取られて受け流してたら、ドキッとするような事を言われた。
「わ、悪いかよ……仕方なかったんだよ……死んじまうか、女になるかだったし……とう……オヤジが知らないうちにやったから……」
「悪くない悪くない!! で、どんな方法だったの!? 男の魔力に質が似てるのに桁違いだったから何となく判ったけど……それって、元々女として生まれる筈が男として生まれたからなの!? やっぱりアレがアレと違うから違うの?」
……森の賢人……だよな、コイツ……?
タイトルやサブタイトルは変更するかもしれません。




