食事
「お口に合いましたかな、異世界のお客人」
誇らしげにしているのは王家の料理長。
「はい」
夕食はコース料理、これが結構イケてる。
日本よりずいぶん文化が遅れているから多少不安もあったが、見た目も味にしてもなかなかのものだ。
「特にチキンの蒸し煮が素晴らしかったです」
こいつはお世辞抜きで気に入った。丼飯3杯はいけるね。ジャポニカ米があればだが。
まず、鶏肉自体の品質がいい。日本の品種改良した鶏ほどのジューシーな肉質ではないが、ブロイラー特有の臭みもないし、健康的な生活を送っているだけあって弾力が素晴らしい。
「味付けが奥深いですね。胡椒・ハーブ・他にもいろいろな調味料で味付けされているみたいですが、味を決定づけているのはおそらく——」
「おそらく——」
口の端がにやりと上がる。それは当てられるか試している顔だ。
「魚醤」
「ほう、そちらの世界にもありますか?」
ええ、とうなずく。
「うちの世界にもありますが、遠く離れた国で使われているのですが、口にしたことは数えるほどですよ。それにオレの国ではこういう場合、魚の内臓でなく、大豆から作った醤油ってのを使うのが一般的ですから」
要は魚の内臓を発酵させるか、大豆を発酵させるかの違いがあるのだが、肉には醤油の方が合うような気がする。
「大豆? 豆の一種ですか」
肩を落としたよ、地面にめり込むほど思い切り。
「マジかー。そんな気がしてたけど」
王家直属の料理人が知らないってことは、このあたりには大豆が存在しない可能性が高い。
つまり醤油も味噌も納豆も食べられないということだ。これって新手の拷問か?
「じゃあ、こっちにある食材であっしらの知らない料理って作れますか?」
「もちろん」
力いっぱい即答した。作れるじゃなく作らせろと叫びたいくらいだ。
今日のコースで唯一の不満がパスタ料理だった。いやアレを出来れば料理に区分したくない。なにしろパスタにチーズをかけただけなのだ。
都合のいいことに、今日のコースの食材に卵と胡椒がある。
「茹でたてのパスタに、卵黄をかけて余熱を通すと卵がふわとろっとパスタに絡まるんです。このままだと濃厚一辺倒なんですけど、黒コショウをかけると味にアクセントがついてグッとよくなります。あとは豚のバラ肉でも入れておけば完璧ですね」
ごくりと唾を飲み込む音が鳴るどころか唸る。それも二人分。
「だ、旦那……」
何で食事をした方が、作った方にナプキンを差し出すことになるのか突っ込みたいところだが気持ちはわかるのでやめておく。
「まあ、使って下さい。……レシピですか?」
目を見れば分かる。あの期待に満ちた目が全てを物語っている。
「話が早くて助かりますぜ旦那」
——旦那って、オレまだ17歳なんですけど
「楽しみにしているわよ、二人とも」
リーチェの脳内でも、オレがレシピを教え、料理長が作ることになっている。
ふふっ、これで取引が出来そうだ。
「いいですよ。でも条件が一つあります」
「何でしょう」
ゆっくり深呼吸すると、溜まりに溜まった不満を爆発させた。
「フォークを用意して下さい!!!」
——何でパスタを素手で食わなならんのじゃ。頭上にパスタを掲げて、下から食いつくってオレは池に住んで口をパクパク開けてる鯉かー。違うだろ、人間だろ。
「フォ、フォークですか」
オレの丁寧な言葉遣いとは対照的に全身から放つ殺気にたじろく料理長。
「は、はい旦那」
——おうおう、あるじゃねーか。って、
「給仕用のじゃねーか」
肉の塊を切るときに抑えるやつだ。
——ああん、2本歯でパスタを絡ませろってか。
やったことないから出来るかどうか分からないが、そもそもやりたくない。
「給仕用と申されましても、給仕以外に使い方など……ひっ」
なるほどなるほど。要はフォークを使って食事をするという発想がないわけだ。
「紙とペン‼」
「おい!」
「はい! 只今お持ちします」
厨房の奥から軽やかな声が響く。
「それにしても、真二。凄い気合ね」
なぜかリーチェの額からは汗が流れている。
「いや、普通だよ」
「でも、さっきとは別人みたい」
「日本人だからな。戦略より食事の方が気合入るのは当然だろ」
「そ、そう。日本人て、とても食にこだわる方々なのね」
「そうか? うーん。やっぱり住む世界が違うと食文化も違うのかな」
「王都ミラニア一の料理人より気合入ってるなんて……真二は別に料理人じゃないわよね」
「ああ。ただ、家で料理を作っているだけだぞ」
うちは両親が共働きで多忙だから、朝飯と晩飯は家族全員分作っている。あと、オレの弁当も自作だ。
「よし。いいですか、オレが欲しいのは~、こんな風に~」
先ほどの女性、ビアンカさんから筆とパピルスを受け取ったオレは4本歯のフォークを実物大のイラストで分かりやすく解説する。これなら誰でも一目で……。
「ずいぶん歪ね」
グサッ。
「姫、恐らく料理が刺さっても簡単に抜けなく、掴んだ手に馴染んで扱いやすいのではないかと」
グサッグザッ。
「いえ、普通に作って下さい。ううっ」
一目で分かってくれなかった。
自慢じゃなないがオレの絵は前衛芸術並みにぶっ飛んでいる。付いた二つ名は「画伯」。もちろん悪い意味でだ。
「そ、そうですか。えっと、この4本の歯で料理を刺して口に運ぶんですね」
「はい、その通りです。あとパスタを食べるときには、こうくるくるっと歯に巻き付ける感じで使います」
気を取り直し、今度は手ぶりで説明する。
「おお、これなら食べやすい」
「それに手も汚れないわね」
さっきの給仕用フォークでもこちらの意図は十分伝わったようだ。
「でも、これをすぐに作ってくれる人なんていますか?」
「ええ、腕のいい職人が一人います。先ほどご使用になられた食器は全て彼女の作品です」
「ほお」
ナイフはとても力を入れやすかったし、スプーンはスープを掬いやすかった。
「ここにあるグラスも、真二の部屋のグラスも彼女のよ」
金属加工とガラス加工は全く別の技術なのにどちらも見事である。機能美とデザイン両方優れているなら申し分ない。
「素晴らしいです。是非、この方にお願いして下さい」
「この時間なら部屋で一杯引っかけているでしょう。じゃあ、ビアンカ、これを届けて来なさい」
「はい」
「ま、待って、そ、それだけは。お慈悲を」
あんなモノを、これほどの逸品を作り上げる方になど恥ずかしくてお見せできない。
「仕方ないわね」
苦笑すると、リーチェが落書き以下を手早く書き直してくれた。
「アウルのところには私が行くわ」
「え、リーチェが?」
「ええ、彼女には武器や防具の製造を頼んであったの。丁度真二が来る前に納品してくれたからお礼に行きたかったのよ」
「あのさ、姫が自ら部屋を訪ねるって、立場上いいのか?」
「ああ、いいのよアウルは。彼女、配下じゃなくて、友人だもの。それに身分なんて気にしない子だし」
「アウル様のお部屋には姫様から貴族、平民に至るまで様々な女性が招かれております。かくいう私もですけど」
つまり、この世界には身分制度がそれなりにあるが、そのアウルという女性はあまり気にしない特別な人で、周囲もそれを容認しているのか。
「そういうことなら、お願い」
それにしても一体何者だろう?オレも不慣れな身分制度なんか気にしない生活を送ってみたいものだ。
「ワイン一本持って行くね。真二、先に部屋に戻っていて」
「ああ」
にこやかな笑顔を見せたリーチェ。
「打合せの続きをしましょう」
だが、一変してキリッと引き締まった表情を見せたのだった。
それは真二を厳しい現実に引き戻させるリーチェの姫としてのパフォーマンスであった。
戦略・戦術を張り巡らせることになる真二であるが、今の食事が重要なキーに繋がっているとは全くもってもって予想していなかった。