侍女
「侍女のイザベッラと申します。今後ともよろしくお願い申し上げます」
第一印象としては、侍女よりモデルの方が似合いそうである。もっとも、この世界にモデルの仕事があれば、だが。
「金子真二です。えっと、夕飯ですか?」
夕飯にありつけるのは嬉しいが、この世界でまだ何も仕事をしていないのに夕飯をゴチになっていいのだろうか。
『では、続きは食後にしますか』
「そうですね。では失礼します」
まあ、リーチェが手配したのだから遠慮しなくてもいいか。腹が減っては戦が出来ないし、何よりリーチェと食事だなんて最高じゃないか。
——メシだ、メシだー
と、猛ダッシュしようとしたら、
「真二様、お召し物の着心地はいかがですか」
出鼻をくじかれた。
そう、オレは意識を取り戻した時にはすでに服が変わっていたのだ。Yシャツにはしっかりと銃創が空き、全身ずぶぬれ、そして最悪なことに上から下まで自分の鮮血で血まみでだった。
「え、え、とてもいいですよ」
そう、確かに着心地はいい。肌着はウールか麻かなにか分からないが肌触りは満点だし、上着は白でゆったりしているので悪くない。下はズボンなので違和感はない。それで全てサイズがぴったり合っているのだから、文句は付けづらい。付けづらいのだが……。医務室から出る前に渡されたアレだけは一言モノ申したい。
——なんじゃこりゃー
『くすくす』
——あーあー聞こえません。
そう、オレには何も聞こえない。実際アメノウズメ様は言葉を発していない。
『え、ええ、私は何も言ってないです』
引いた。引いたよ。ドン引きだったよ。着なくても分かったよ。死ぬほど似合わない、と。
——なんでマントなんか羽織るんだ。いらないだろ。
リーチェに’蛇足’という中国の故事を教えてあげたい今日この頃である。
「えと、リーチェ。これ着るの?」
これが文化祭の劇とかだったら、まあ、許せる。もし悪ふざけだったら突き返している。
「ええ。こちらでは上流階級の証ですから。ああ、もしかして父のマントの方が好みですか」
むろん、リーチェの父とは王都ミラニアの王である。
——逆だ、逆!
そう、突っぱねたいところだが、きらきら輝いた瞳で見つめられると何も言えなくなってしまう。
あれは相当期待している目だ。
「リ、リーチェが着せてくれるなら」
新妻が夫に服を着せてくれるシチュエーション。これで妥協することにした。
と、なったのだ。
「ただ、その、マントだけはちょっと……オレの国にはないから……」
「姫。ですから反対申し上げたではありませんか」
「はい」
リーチェが小さくなっている。ただでさえ、イザベッラの方が大きいのに。これではまるで大人と子供である。
「なるべくあちらのお召し物に近いコーディネートにしましょう、と」
ズボンと肌着はオレが身に着けているのに近いものを用意してくれたようだ。Yシャツは、多分ここに無いから、あきらめて上着を着せた。ただYシャツのように余計な飾りが一切ないものを用意したといったところか。なんという気配り。
「では、マントはこちらでお預かりさせて頂きます」
「ありがとう、ありがとう」
こちらとしては預けるのではなくお返ししたいくらいだ。
イザベッラに背を向けると、手早くマントを取り外してくれる。
「ところでオレが意識を失っている間に着替えさせてくれたのはやっぱりイザベッラさん?」
「イザベッラとお呼びください。着替えの方は姫がお一人でなされました」
「? そういうのはリーチェの仕事ではないような……」
「はい。侍女であるわたくしがするつもりでしたが、姫が「私がするわ」と申し出ました」
「だって、異世界からきた救世主には、私自ら対応して良い印象を持って欲しいから……」
ドレスの端を掴んで、頬を赤らめている。
「真二様、意訳すると’私の王子様には指一本触れないで’ということです」
「イザベッラ!」
片や顔色を全く変えず、片や顔を真っ赤にする対照的な二人。
顔の赤みの原因は90%の照れと10%の怒りといった比率だろうか。
「何か?」
「余計なこと言わないの!」
イザベッラがダメなら代わりにオレが。
「じゃあ、異世界から救世主が現れるたびにリーチェが対応するの?」
「うっ。……二人とも意地悪っ。さあ、夕飯にしましょう」
すたすたと歩みを進めていくリーチェ。
「そうですね。食事が冷めてしまいます。真二様、食堂はこちらでございます。
あ、その前に真二様、こちらのお召し物を洗濯したかったのですが、素材が何か全く分からないので、うかつに手が出せませんでした」
化学繊維なんて存在しないだろうから、無理もない。むしろうかつに手を出さないその判断がすばらしい。
「ああ、それは全部オレが洗うよ」
家ではいつもオレが洗濯をしている。主に洗濯機を使っているが、ひどい汚れには石鹸棒で手洗いすることもある。
「そういう訳には参りません。あとで洗い方と乾かし方を教えてください」
うーむ、彼女の立場を悪くしてしまっただろうか。
「それじゃ、あとで。生地を傷めないように洗って乾かすんだけど……。ん、洗って乾かす……」
ふと、大事なことに気が付いた。
——ちょっと待て。洗って乾かす……。ええっと、服はともかくオレの身体は……。
そう、服も体もずぶ濡れになったのだ。
医務室にいたのはリーチェとドリュアス族の末裔さんだが、服を脱したのはリーチェ一人らしい。
よくよく考えてみると、服を着替える前に脱がされて、清拭されたことになる。
リーチェに。
「どうかしましたか」
「いえ、なにも御座いません」
「そうですか。ちなみに真二様の身体を乾かす際は、腰巻らしきものを脱がしてからfiamma《火炎魔法》を唱えたそうなので安心してください」
一体何を安心しろと。
きちんと全部脱がせて清拭して、魔法で体とパンツを乾かして服を全部着せたくれたのは至れり尽くせりだと思うが、それをリーチェがしてくれたのは顔から火が出るほど恥ずかしい。
いや、こちらではあまり裸体とか気にしない習慣なのだろうか。混浴とかある位だし。
「ま、いっかこの際」
本来ならばこの話は簡単に済ませて、食事のシーンをメインにする予定でしたが、色々話がながくなってしまいました。