ペンタゴン教
「は……、今なんて……」
冗談だろ、両方って。
「ですから、魔王軍、セイント・ペンタゴン教団、両方からここ王都ミラニアを守り通して欲しいのです」
「いやいや、待って。おかしいだろ。なんでそのセイント・ペンタゴン教団とも戦わなきゃいけないんだ」
魔王軍は当然としても、神がついてる方とも戦うのか?
こっちにはアメノウズメ様がついてるのに?
リーチェの険しい表情からは断固たる決意が読み取れた。
「なぜなら彼らの戒律はとても厳しく、到底受け入れられないからです。民衆にとっても、私にとっても」
日常生活では馴染みがないが、海外ではよくあるらしいな。
「これまでペンタゴン教を国教とする国が何度も押し寄せてきましたが、その都度ミラニアは周辺都市と協力し撃退し、あるいは占領されてるという辛酸をなめても、捲土重来、自治を取り戻しました。その時の経験が語り継がれているから今回も彼らを拒絶したのです」
戦争してでもとなると余程のことか。
「戒律って具体的には?」
「まずは、飽食の禁止。朝食が’パン1個にミルク一杯’なんて生活なんて悲しすぎます」
「殺す気か」
「生きていく為の最低限の食事しか認めないそうです。それから淫猥の禁止。密通は元々御法度なので反対意見は出ませんでしたが、混浴の禁止には厳しい反発がありました」
「そりゃ、そうだろう」
男性陣の阿鼻叫喚の如き叫びが目に浮かぶ。え、待てよ、こ、こん、こん……よく……だと。
待て待て、落ち着けオレ。息を吸ってー、すー、吐いてー、はー。
——アメノウズメ様、オレとだけ念話できますか?
確かめたいことが一つだけある。
(できますよ。……まあ、自分で直接聞きなさい)
何も聞かないうちに断られるとは。
——ですよねー。って聞けるわけないですよ。だってオレ彼女いない歴イコール年齢、おまけに女性を口説きに攻めたことすらないんですよ。
(真二)
「はい」
(ヘ・タ・レ。ふっ)
うっ。鼻で笑われた。ええ、ええ、どうせオレなんて。さらに内緒のやり取りを誤解されてしまいさらにへこんだ。
「男性は皆表立っては反対しませんでした。むしろ女性の方があからさまに混浴禁止撤回を訴えていました。まあ、真二が入れば女性に囲まれるかもしれませんね」
うわっ。そんなジト目で見つめないでくれ。全裸の女性に囲まれて眼福眼福などと嫌らしいことは考えていないぞ。
「いや、別にオレは混浴なんかあっても入らないぞ、うん」
なぜならリーチェ以外の女性は眼中にないのだから。
「本当に」
「リ、リーチェと二人きりなら、べ、別だけど」
日本ならセクハラ認定間違いなし(但しイケメンは除く)だが、ここで決めなかったらただのヘタレだからな。怖くて目を合わせられないけど。声が上ずっているけれど。
「もう、変に意識しちゃったじゃないですか。明日からちょっと温泉に行きづらいです」
——なんで?
「女性専用に行けば」
「市井の方々用の温泉には女性専用がありますが、私が小さいころから利用している温泉は混浴しかなくて、それもいわゆる上流階級の方々との交流の場としての意味合いが大きいので男女共に裸が当たり前なので、そんな環境だったからこれまで’男性’を意識しないで利用できたのですよ。まあ、色々その手の知識は閨教育で知っていたのですが、別に気にならなかったというか……ああ、私何言ってるんだろう」
隣で茹っている天使の肩にそっと手を置く。
「リーチェ」
「はい」
「オレが神と戦うには十分すぎる理由だよ」
「ありがとう」
見つめ合う瞳にオレの意識が吸い込まれていく。二人とも目をゆっくり閉じながら唇を寄せて……。
『あの、そういうことは後にして下さい』
「「はい」」
そうか、後でならいいんだね。リーチェ。
「えと……、さらには、惰眠の禁止。深夜まで信者としての勤めを果たして就寝、夜明けと共に起床なんて平時に出来る訳ないでしょう」
「……」
「真二?」
「オレもそんなもんだよ。宿題やってアニ、もとい神や悪魔や異世界に関する学習をして寝るのは午前0時、朝は剣道の稽古があるから6時起き」
しかも授業中はちゃんと起きている。さすがに昼休みは机に突っ伏しているが。
「たったの6時間。……真二は味方じゃなかったのですか」
そんなに大変か。いや日本人は世界的に見て睡眠時間が短いって聞いたことあるな。
——あ、待てよ
「アメノウズメ様、こちらの時間の概念とか単位とかは」
そう、ここは異世界。一日を24時間と分割しているとは限らない。昔の日本は干支にちなんで12分割だったし、そもそもこちらの一日と地球の一日が同じ長さとは限らない。
『地球とほぼ同じです。一日は地球とほぼ同じ長さ、それを24に分けてます。そして一時間が60分、一分が60秒、一年がだいだい365日ですから安心してください』
なんともラッキーなことだ。偶然の一致ってやつ……の訳無いよな。
「実はここが地球とか」
『いいえ、まちがいなくここは地球ではありませんよ。まさか、私が嘘をついているとでも』
そのゆとりある口ぶりからは嘘をついているようには思えない。
「いえいえ、滅相もございません」
あわてて頭を下げた。たしかに神様に嘘をつく理由なんてなさそうだ。
「それは好都合ですね。
ともかく、私たちには無理ということです。真二やペンタゴン教の信者は出来るかもしれませんが」
そんなに拗ねないで。オレが毎朝起こしてあげるから。同じベッドで、とは口に出せないが。
「まあ、オレ達が守り切れば問題なし、だろ」
「そうですね。ただ、セイント・ペンタゴン教団を相手にするのは難儀です。主力である天使達が倒れた後も相当数の神や使いが一致団結して戦っているそうですから」
まあ、いくら意気込みがあっても……。
『一致団結とは、ずいぶん大風呂敷を広げていますね』
なんとかなる?いやせいぜい付け入るスキがある、くらいなのか?
「そうなんですか」
リーチェが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
『異なる宗教の神様同士で一致団結というのはかなり難しいです』
まあ、同じ宗教の信者でさえ派閥が違うだけで戦争しているのに、異なる宗教となるとなおさらか。
『それでも、人々を守るという根幹は同じです。だから悪魔を倒すという点では一致してます。それゆえ天界から高天原には随時連絡がありました。
そして、天使が倒された時、共闘するかしないか問われました。高天原は一旦返事を保留と天界に伝えました。
ですが、私は共闘でも傍観でもない第三の選択を、すなわちベアトリーチェ姫につくことを表明したのです。
高天原は現状維持を貫くため私に一切の情報を教えてくれなくなりました。それが条件で私に独断専行の許可を与えて下さったので致し方ありませんが。
さらに私はこちらの世界に対しては念話しか出来ません。何も見ることが出来ない状態なのです』
「つまり、痛み分け以降の情報がアメノウズメ様からこちらには入ってこないのですか」
戦争において情報は武器である。それはこの世界でも同じなのであろう、リーチェの顔から血の気が引いていく。
神様からはダメ。自力では精度に欠ける。実際、共闘という教団のデマに踊らされそうになった訳だから。そうなると何らかの手を打たなくてはならない。
「では、痛み分け以前の情報を」
そこから推測を立てるのも一つの手だろう。
『私から話せることは、あまりありません。
まず、地球の神はこちらでの戦いの様子を伺っていました。痛み分けになったのを見計らって、こちらに押し寄せてきました。目的は信者を増やすこと。それは魔王も同様ですが。
ここで重要なのが神様同士の戦闘はご法度であることでしょうか。そこから予想できることは、神達は魔王軍から人々を守るという名目で土地を占領したり、魔王軍と戦って領土を拡大しようとしていることぐらいでしょうか』
ふぅとため息が出でしまった。アメノウズメ様には失礼だったか。
一方、姫だけあって礼儀正しいリーチェは、か細い手でドレスを強く握りしめ震えていた。
——まるでゲームのチュートリアルだな。
ゲーム⁉それなら……。
「敵の能力が分かる魔法なんてある?」
これがゲームならその手が使える。
「いいえ」
ゆっくりとかぶりを振った。
「そりゃそうだよな」
そんな都合のいいことは無い、か。
「ところで、アメノウズメ様」
『何ですか。もうこれ以上は何も出てきませんよ』
「いえ、そうでなく、どうしてリーチェに手を貸すことにしたのですか」
一柱で神達に戦いを挑むようなものだ。直接戦闘はしなくても立場的にはそうなる。一体なぜ。
『私は、彼らに賛同出来ませんでした。なぜなら彼らのしていることは信仰の強要だからです。信仰とは信者自らの意思で行われなくてはなりません』
たしかに正論ではある。
「信仰の自由ですか」
ただ、それを人でなく神様自ら口にするとは意外である。
「信仰の自由、私もその言葉を初めて聞いた時とてもすっきりしました。セイント・ペンタゴン教団の戦いにおいて兵を鼓舞するでしょう」
『そういういきさつで、私に助けを求めたベアトリーチェ姫と取引をすることに決めたのです。両方と戦える人材を送る代わりにその者を助けて欲しい、と』
一応、経緯は分かった。情報もかき集められるだけかき集めた。
「なるほど。それで、リーチェ。こちらの作戦を立てたいのだけれど」
あとは、どれだけこちらに戦力があるか、特に魔法については詳しく知りたい。だが、それはあっさり遮られた。
「ああ、セイント・ペンタゴン教団とすぐに戦うことはありません」
「へ」
「ミラニアを囲みつつあるのは魔王軍の方です」
「あ、そっちか」
だが、いずれ一戦見えることになるのだろう。魔王軍に全滅させられない限りは。
『魔王軍も恐らく似たようなものでしょう。地球から魔王や配下がやってきて魔王軍とは関係なく好き勝手に人と土地を支配しようとしているだけ。余程のことがない限り、一致団結などどはいかないでしょう。誰か飛びぬけて強い魔王がいて力でまとめ上げれば話は別ですが』
オレも同感である。しかしこの予想は大きく覆されることとなる。
「いいえ、アメノウズメ様、真二。その余程のことが起きようとしているのです。せめてその前にこの包囲を崩しておきたいのです」
このあと真二は初陣である魔王軍との戦いの準備を始めることとなる。