戦うことになる
『真二、私に聞きたいことがまだまだあるでしょうが、まずはベアトリーチェ姫の話を聞いて下さい』
爺ちゃんのこととか、アニキのこととかが気がかりではあるが、今のオレには何もできることはない。逆に彼女にはオレに頼み事があるのだからそちらを優先すべきだろう。
「ベアトリーチェ姫。自分を助けていただき誠にありがとうございました。お礼に何なりとお申し付けください」
今度は姫に向かい土下座する。異世界の人だが、どうやら神道の作法を心得ているようなので、これなら失礼に当たらないだろう。
すると、彼女はヒールを脱ぎ、スカートの裾を整えた。
——えっ。まさか。
予想通り床に正座したのだ。お姫さまという高貴な身分の方にもかかわらず。さらにはオレと対峙すると深々と頭を下げた。
「真二様。御免なさい」
困った。こんなことされても恐縮するばかりだ。……まあ、胸元が緩いドレスなので深い谷間が拝めたのは僥倖だが。
「土下座なんて止めてください」
邪な考えを振り払い、彼女の手を取る。するとしずくがオレの甲にぽつぽつと落ちていく。
王都を救うといのは、おそらくオレにとって極めて過酷な内容であると察した。でもオレは泣いて詫びる姿なんか見たくはない。
「命の恩人のお願いじゃないですか、だから遠慮なく……」
宥めるつもりだったのだが、逆効果だった。
「ううっ……そういう人の弱みに付け込むような、卑怯な振る舞いはしたくないのです」
顔を手で覆うと、盛大に泣き崩れた。
『ベアトリーチェ姫、あなたには使命があるのではないですか。それも王都ミラニアの民の命を守るという極めて重大な使命が。その為なら手段を選ばないと決意したから、私との取引に応じたのではないのですか』
これまで温厚だったアメノウズメ様が強い口調で詰問した。悠久の時を神様として過ごしてきただけあって、「民を守る責任感」や「上に立つ者ゆえの厳しさ」というものも持ち合わせているのだろう。
「ぐすっ、しかし、私たちの兵でない方に命がけで戦って勝利して下さい、とお願いするのは」
「畏まりました」
即答した。せっかく助かった命なのだからまた人生を謳歌したい。だが彼女の為ならば命を懸けることに迷いはない。
「あの、戦争ですよ戦争。死ぬかもしれないのですよ」
下から見上げた顔は目を大きく見開いていた。
「姫様の為に死者が一人もいない、完全なる勝利を捧げましょう」
「真二様は、兵士としての訓練は受けていますか?」
「はい。剣道という私たちの国の剣術を10年ほど」
小学校に入学してすぐ、爺ちゃんに道場に連れられてそれからから現在までずっと続けている。
「でも魔法は使えないですよね?」
「そうです」
これは認めざるを得ない。だが、ここで引き下がるつもりは毛頭ない。
「ですが自分には異世界の学問があります。おそらく魔法の代わりになるでしょう」
『ベアトリーチェ姫、取引の時にも伝えましたが、私の世界の学問はここよりはるかに、そうですね1000年は進んでいると思います。きっと真二でも、こちらの学者の比ではないでしょう』
「では、その学問には神様と悪魔に関する情報もありますか?」
——なんじゃそりゃー
とは口に出せない。
「え……っと……まあ……多分」
机の上で勉強したのは日本の神様ぐらいだ。古事記とか日本書紀の現代文を少々。あとはまあ、昔話とみたいな一般教養、それと二次元か。
「本当に、大丈夫ですか?」
姫が怪訝そうになる。曖昧なのは良くないな。
——こんなので大丈夫ですか?
事情を知っている方に尋ねるのが一番だ
『今日日深夜アニメや漫画やゲームなど学習素材が巷に溢れてますから大丈夫でしょう』
——よしっ
二次元の知識は本物の神や悪魔に当てはまるってことか。間違いなく自習時間が一番長い分野じゃないか。
「得意分野です。任せて下さい」
まさかヲタの知識が役に立つ日が来るとは思わなかった。だがこの至近距離で気炎を揚げたのはあまり良くなかった。
「それは頼もしいですね。その、深夜アニメとか漫画とかゲームとか全く分かりませんけど」
少々引かれてしまったじゃないか。
『ですが、さすがに「神魔大戦」については知る術がありません。私か姫が説明する必要があります』
「分かりました。私から説明させていただきます」
『でも、その前にやるべきことがあるのではないでしょうか?』
ベアトリーチェの顔が険しくなる。せっかくの美人が台無しなどと余計な事を考えている場合ではない。彼女は口を真一文字に結ぶと改めて地に伏せた。
「真二様。この王都ミラニアを守るため戦ってください」
オレは姫の手を取り、すくっと立ち上がった。むろん彼女も「あっ」と少しよろめきながらもつられて立ち上がる。
「この命に代えても、守り抜きます」
「すみません。異世界の方に危険なことをお願いしてしまって」
『やっと、ベアトリーチェ姫も覚悟を決めたようですね』
——覚悟、か。
この王都の為異世界からオレを召喚して、戦わせそして死んだらものすごい責任を感じてしまうだろう。一生後悔に苛まれる日々を送ることになる。その覚悟は平和ボケした日本人のオレには計り知れない。
——待てよ。
気休めにしかならないだろうが、それでも彼女の負担を減らす方法を提案してみる。
「ベアトリーチェ姫、自分を姫の配下にしていただけませんか」
これでオレに万が一があっても「配下の一人」が死んだことになり「巻き込まれた異世界人」が死んだことにはならない。まあ、詭弁にしかならないだろうが。
すると姫はゆっくりと首を左右に振った。
「いいえ、それは出来ません。私もそのことには気づきました。しかし、責任を少しでも軽くしようなどという卑怯な振る舞いをするわけには参りません。真二様、あなたには異世界から招いた英雄とし戦果を挙げて下さい。そして生き残ってください」
決意を宿した瞳で見つめられると、説得する気は起きなかった。
「ですが、せめてその真二様というのは止めていただきたいです。こそばゆいといいますか、落ち着かない感じがします。あと敬語もやめて下さい。何かこう、距離感というものを感じます」
オレとしては距離感を縮めたいのだ。心と心が通じ合うくらいまで。
「そうね。分かったわ真二。私たちは正式に対等の立場ということにしましょう。もちろん対等なのだから敬語は使っちゃダメよ。あと、私のことはリーチェって呼んで」
それは、目が眩むほどの眩しい笑顔だった。
「じゃあ、リ、リーチェ」
恥ずっ。
「ちょっと、そんなに顔を真っ赤にしなくても」
「なんつーか、女の子を愛称で呼ぶなんて初めてだから、ぶっちゃけ、照れくさい」
別に嘘はついていない。まあ、幼稚園の頃ならあったかもしれないが記憶にない。小学校に入ってからはまずない。そこまで親しくなってくれた女子は皆無だった。だから照れくさいというのは本当だ。
ただ、ある種の感情を抱いていることを自覚している分、照れくささが十倍増しているだけなのだ。
「それなら、リーチェだって」
眩しいから真っ赤に変化したぞ。まるで太陽だな。
「私だって、お父様以外の男性に愛称で呼ばれるのは初めてだがら照れくさいのであって……決して他意はない……のかな……でも……」
語尾が小さくなって最後は聞き取れなかった。
「リーチェ」
「何」
「呼んだだけ」
「ちょっ……もう知らない」
うん、頬を膨らませている姿もいい。
「あは。冗談だって」
「もう。私の気も知らないで。異世界から呼んだ救世主がどんな人か不安で不安でたまらなかったし、今も無茶なお願い聞いてもらってほっとしたところだったのに、とんだ不意打ちだわ」
『あらあら、神の御前で二人の世界に入るなんて、なんとも大胆ですね』
「うおっ」「あ……」
リーチェしか目に入っていなかったのですっかり忘れていた。
『でも、そろそろ話を進めて欲しいのだけれど……』
「そうそう神魔大戦についてでしたね。一月位前にセシリー島でサタニスト・テレマが悪魔召喚を」
あたふたしながら身振り手振りを交え一気に捲くしたてる。
——うん、気持ちはわかるぞ。
オレだって動揺しているからな。だが、このままでは説明になりそうもない。
「ストップストップ」
サタニストなどという中二病患者でも使わないイタい単語については聞かなかったことにしたい……って無理だよな。
「まずセシリー島ってどこ? 地図とかある?」
地形が分からないと話にならないだろう。
「ああ、ごめん。そうね、ここには机もないし、……真二の部屋に持って行こうか。あと、この世界の文献とかも読んでもらいたいし。そしたら時間がかなりかかるでしょう」
「え、ここじゃないの」
「ああ、ここは医務室よ。じゃあ部屋に案内するわ」
えっと、つまりオレの部屋(行ったことないけど)でリーチェと過ごす(大事な用事だけれど)。
女の子が部屋に来る。しかも二人っきり(念話で+1だけど)。
そう、ここからは未知の世界だ。……違う意味で。
『真二、誰が上手いこと言えと。少し気持ちを引き締めましょうね』
「はい」
さすがに浮かれている場合でなない。この後、「神魔大戦」参戦の戦略・戦術を練ることになるのだから。