素晴らしい出会い
9/21に書き直しました。
特に次の章で出すはずだったキャラを出したので大幅に変わっています。
「……」
「あら、私の言葉、通じないのかしら?」
どこからどう見ても日本人には見えない彼女の日本語が拙くて言葉が分からない、だから返答が出来ないという訳ではない。ちゃんと意味は通じている。
ただ、彼女に見惚れているだけのだ。
その為、思考が停止しているのだ。
それこそ’これまで全く聞いたことのない言語で話しかけられたのに、なぜか脳内で自動的に日本語に変換されて意味が通じた’ことが気にならないくらいに頭が働いていない。
これが二次元の世界ならば魅了の魔法にかけられた状態である。
世の中には超常現象すらどうでもよくなるほどの出会いがあることを真二は初めて知ったのだった。
「あらあら、どうしましょう」
寄せた眉根、下がる目じり、柔らかい雰囲気。
――ああ、困った顔もまた可愛い。
などと余計なことを考えている場合ではなかった。今一番重要なことは彼女とお近づきになることだ。
「あ、言葉なら分かります」
――おおっ。なぜだか知らないが未知の言語が口から出たぞ。まあいいや。
少女は安堵の表情を浮かべながら「それは良かったです」と安堵表情を浮かべた。
それはオレのほうだろう。一時は本気で死を覚悟したのにこうして助かったし、さらにはこんな素敵な少女と出会えたのだから。
だがオレが幸せな気分に浸れたのはここまでだった。
「これも、すべてアメノウズメ様の思し召しです」
と、神道のお祈りの所作をしながら「神様、ありがとうございます」と小さく呟いた。
――アメノウズメって……。
「あ、ああー。オレをここまで運んでくれた人は?」
あの自称神様とやらがどんな手と人脈を使ったかは知らないが、とにかくお礼は伝えたい。
『二人とも、礼には及びません』
脳内にまた声が響く。今度は水中ではないので視界は良好だ。
「ええと」きょろきょろあたりを見渡すと美の女神が一柱……もとい美少女が一人しかいなかった。
『真二、私の姿は見えないですよ』
――待てよ。脳内に音が響くということは、骨伝導か⁉
頭の周りを、特に耳の裏を重点的に触ってみるが何もついていない。
『いえいえ、そんな最新技術私には使えません、いえ不要ですよ。なにしろ神通力を使えますから。ここ高天原からでもこうして』
「あのー、今神通力とか高天原と……か……」
ここで重要なことに気が付いた。骨伝導については言葉で発していなかった。あくまで心の中で浮かんだだけだ。それに川の中では声が出せなかった。だから普通ならオレと会話ができるわけがない。
――まさか、心が読めたりします?
『はい』
「それを信じろと?」
そんな荒唐無稽な話を鵜呑みにするほどオレはバカじゃない。
『ですよね。でも信じてもらうしかありません』
「私は信じています」
神妙な面持ちできっぱりと言い切った。
「根拠は?」
「私が神様にお願いしたのです。この国を救ってくれる人を遣わせて下さいと」
「それがオレですか」
少女はこくりとうなずいたが、どうにも腑に落ちない。なんかずいぶん遠回りなお願いだ。神様を信じているなら「助けて下さい」と頼むのが手っ取り早いだろう。
「命を救うという条件付きでした。もし転移術があと一瞬でも遅かったら今頃は」
「ありがとうございました」
そうか、オレの命を救ってくれたのはこの少女なのか。命の恩人に対し深々と頭を下げた。
「ところで、その」
またもや非科学的な単語が出てきた。
「転移術というのは?」
どこか超一流の病院に一瞬で送ったのだろうか。そう思いたいところだが、この部屋を見渡す限りそうは思えない。
医療器具はおろか電化製品一つ見当たらない、石室のような部屋。窓ガラスから見えるのは電線も車もアスファルトもコンクリート無いおよそ文明とはかけ離れた景色
『はい、異世界へ転移して頂きました』
――はあぁ、異世界⁉
深夜アニメの見すぎだろうと突っ込みたいところだが、言葉を飲み込む。オレの心が読めるのはまず間違いなのだから、軽々に嘘と決めつけてかかるのは良くないだろう。
『こちらには真二を治せる「回復魔法」があるんですよ』
いくらなんでもそんな話を聞くつもりは無い。と言いたいところだが、今回ばかりは絶対ないと言い切れない。
「じゃあ、その魔法を見せてくださいよ」
これが普通なら「ムリです」となる。だが今回はその普通でななかった。
『ええ、いいですよ。ちょっと右手を出して下さい』
「何でっ、て、うおっ」
右手の小指が折れ曲がり白いものがはみ出している。いわゆる解放骨折というやつである。
『川に転落したときに折れたようです』
あんな状況だっかから気づかなかったのだろう。
『御免なさい。他の怪我と同じく、直ぐに治すこともお願いできたのですが、真二の意識が戻るまで待ってもらっていたのです』
感染症になったらどうするんだと突っ込みを入れたのは後日のことである。
「つまり、回復魔法を見せて、信用を得ようと?」
『話が早くて助かります。ではベアトリーチェ姫、呼んできて下さい』
「はい。少々お待ちください」
——よし、名前が分かったぞ。それにしても、姫か。うん、彼女にふさわしいポジションだな。
『真二。姫というのは重大な責任を背負っているのです。その責を全うするため、彼女は私に祈りを捧げ、真二に助力を求めるつもりなのです』
「はい」
力一杯の返事で答えた。
『あら、いい顔ね。でもまずは怪我を治して元気にならないと……あら、来たわね』
木の扉が開くと一人の女性が現れた。緑の長い髪、尖った耳、均整の取れた肢体、そして体を覆うのは木の枝と枝がつけている緑の葉っぱのみ。
実になまめかしい。一体どこを回復させる気なのだろうか。
『元気出ました?』
「そーゆーオチかい」
まあ傍にいる少女と出会う前なら元気になっていることは間違いない。
「異世界の神が遣わし者よ。妾はドリュアス族の末裔にして、この王都ミラニアを守りる精霊なり」
おそらく、彼女がその回復魔法の使い手なのだろう。
「どうも。初めまして金子真二です。治して頂いてありがとうございました」
「ほう、礼を述べるのか。回復魔法を信じてないということは妾が助けたということも信じていないのだろう。変わり者、いやここは礼儀正しい者ととらえておくべきだな。
「かの者の傷を癒し給え——recupero≪回復魔法≫」
右手をかざし呪文を唱えるとみるみる指が原型に戻っていく。
「え…」
自分の身体で経験した以上、この「回復魔法」を否定する気は微塵もなかった。
「ほ、本当に……うっ……ありがどう……ございまじだ……」
ベッドから上半身を起こすとお礼を述べる。涙と鼻水がとまらない
「礼には及ばない。その代わりおぬしよ。その分ミラニアの為に存分に働くがよい。では今日のところはこれにて」
『では、また』
「はい」
「この恩は一生……忘れません」
『これで、信用して頂けました?』
顔は見えないがきっとドヤ顔しているのが容易に想像できた。
「済みませんでしたー」
ベッドから飛び起きぶ厚い木の床へ座ると、道場でやりなれた座礼——ではなく土下座を決めた。命の恩人ましてや本物の神様に「頭のおかしーやつ」とか「詐欺師」とかめちゃくちゃ暴言を吐いたのだから当然だ。このあと天誅が下らなければ御の字である。
『まあまあ、頭を上げていいですよ』
「なんという慈悲深きお言葉、感謝の念に堪えません」
『さて、真二に信じてもらえるようになったところで……、あのーここ笑うところですよ』
こんな状況でいきなりおやじギャグを挟まれても、どんなリアクションをすればいいのか分からない。
『ううっ。反応がないなんて冷たすぎる。せめて突っ込みくらい入れて欲しかったです』
「オ……、いえ自分にそんな度胸はありません」
『……』
「……」
ぐだぐだになりそうなところで、救いの手が差し伸べられた。
「神様、そろそろ本題に入っていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
これま沈黙を保っていたベアトリーチェが口を挟んできた。
『え、ええ。そうですね』
それは真二・ベアトリーチェ・王都ミラニアの命運を左右する重要な内容であった。