カウントダウン
ヒロインはもうちょっと待って
「武器や防具は装備しなければ意味が無いよ!」
「……は?」
目の前に座るおじさんが素っ頓狂なことを言い始めた。
転生課窓口などというふざけた受付のある役所のような場所。その待合室にいる人達はまるで人形のように反応を示さない人達ばかりだった。その中で唯一返答を寄越したのがこのおじさんだ。
……これを返答と呼べるかは甚だ疑問だが。
「いや、あの?」
「武器や防具は装備しなければ意味が無いよ!」
「聞こえてます?僕の言ってることわかりますか?」
「武器や防具は装備しなければ意味が無いよ!」
「一番いいのを頼む」
「武器や防具は装備しなければ意味が無いよ!」
ダメだ。何を言っても会話にならない。この武器商人おじさん (仮) を見つけた時、瞳に理性の光があるとかなんとか言ったような気がするが気のせいだったようだ。よく見ると肥溜めのような瞳に見えてきた。うん、光は見間違いだね。
「その方達に話しかけても反応はありませんよ」
話を聞ける相手もいなくなり、いよいよどうしたものかと宙を仰いだその時、僕に話しかけてくる声があった。
「ここにいる人達はみな魂の摩耗し切った者達。自我と呼べるものは残っていません」
振り向くとそこには筋肉がいた。
立派な顎髭をたくわえ、厚い筋肉に鎧われた体躯でシナをつくりながらゆっくりと近寄ってくる。
「まともな人がいない!」
「あら、失礼ね」
一目見て分かった。この人もマトモじゃない。
言うほど失礼とは思っていなさそうな、気楽な口調で筋肉乙女は口を開いた。
「でもマトモじゃないのも仕方が無いわ。ここはマトモじゃなくすための場所ですもの」
「マトモじゃなくす……?」
筋肉漢女の不吉な言葉に疑問を持った瞬間のことだった。視界の端の武器商人おじさんがフッと姿を消した。思わず目元をゴシゴシこすってみても、あたりを見回してもどこにもおじさんの姿は見えない。
「あら、行ってしまいましたね。あの様子じゃ転生先は始まりの街の武器商人ってところかしら」
「えっと、なんの話?」
不可解な発言に問い返すも、筋肉乙女はそれには答えず僕に先ほど受付で渡された番号札を見るように促した。
「番号札を見てみなさい」
言われた通りに番号札を見ると、いつの間にか数字が変わっていた。一兆あった数字が一千億の桁までだが減っている。いちいち桁を数えるのがめんどくさい。
「これは……?」
「それは転生までのカウントダウン。その数字がゼロになった時、あなたは来世の自分へと転生することになるのよ」
「カウントダウンって、一兆もあるんだけど」
一日が八万六千四百秒、一年は三千百五十三万六千秒。カウントダウンが一秒につき一減るとしても一兆減るのには三万年以上かかる。そのうえ実際にカウントが減るには五分も十分もかかっている。何の法則で減っているのだろうか。
だが三万年かかるとしても、考えようによっては別に悪いことばかりじゃないかもしれない。三万年という人生三百回分もの時間があるという事だ。この場所の社会制度がどうなっているかは分からないが、時間的余裕があるのなら日本で暮らしていた時のようなあくせくした生活を送る必要もないだろう。
「まだ状況をよく分かっていないのね。ならついていらっしゃい。ここがどんな場所か教えてあげる」
気楽な僕の考えが顔に出ていたのだろう、筋肉乙女は僕に外へ出るように促した。その時、彼 (彼女?) の瞳には憐憫の情が見えた気がした。
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