転生前の前の前の
読んでくれた人に感謝
部屋に入った瞬間に覚えのある感覚が全身を包んだ。部屋の隅のベッドに寝ていたのはミザリィちゃんとより少し幼げな少女。
「ベバリーは僕の双子の妹なんだ。」
僕達を見る時のヤンチャそうな瞳は鳴りを潜め、静かな声で少年が言う。
「兄さま、それにミザリィ、いらっしゃい」
か細い声と共に笑顔を向ける少女。
「もともと身体が弱かったんだけど、半年くらい前からずっと病気なんだ。」
「キラキラ虫さん、ベバリーちゃんにキラキラみせて元気にしてあげて。」
そう言ってベッドに歩み寄り木箱をベッドの上に置く。
「見てて、お話したキラキラ虫さん。今日はベバリーちゃんにも見せてくれんだって。」
「まぁ、本当ですか?兄さまとミザリィの話を聞いてからずっとみたかったの。」
そう言って木箱を覗き込む少女の期待に応えるべく光の魔法を発動する。今回は一緒に箱に居る彼女の甲羅と、僕の甲羅の間を光を反射させ合いそれを光の粒子で包むような、朝に見せるのとは違う演出の輝き方を見せる。子どもたちは箱から吹き出す光の奔流に言葉を失っている。
僕はその間にベバリーの様子を確認する。部屋に入った時にすぐに分かった。彼女は呪いを受けている。それも僕が猫に転生した時に命を代償に解呪しようとしたものと同じ呪いだ。呪の効力は体力と免疫力を減衰させるというもの。直接的に死因になることは無く、弱った末に感染症などに掛かり息絶える。たとえ医者に掛かり病を防いでも、体力の減少で社交の場に出る事は叶わないし、感染症にかかったままパーティにでも出た日には大きな問題になりかねない。貴族を殺す呪いだ。
あの時は確か自分を売り込んで来た術者を断った腹いせに掛けられた呪だった。この呪いの優秀な所は掛けるだけなら簡単な事だ。普通ならだれもが盛る魔法への抵抗力で無効化出来るのだが、たまたま弱っている時期に掛けられてしまうと、根付き発動する。前世の時に見たのは出産後に掛かり、ゆっくり蝕まれていき、呪いに気付いたときは病に抵抗できない程に抵抗力が落ちていた。何とか体力回復の魔法と病魔を払う浄化魔法で延命していたのだが、先が見えているのが明白で、呪いと病魔を自身の身に移し、逆に自分の死と共に対消滅する様にして消し去ったのだ。勿論その時は自分も命を失い、再度転生を迫られたわけだ。
「これは凄い見ものですね、ご主人様聞いた以上だ」
そう言いながら部屋に入って来たのはベバリーと一緒に来たという医者だろう。落ち着いた感じの女性だが纏う空気から相応の年齢を感じさせる。ベバリーの呪いについて問いかけてみる。
「?!!、意思疎通が出来るとも聞いていましたが、そこまでの知性があるとは思っていませんでしたね。白い方を連れ帰りたいと旦那様が仰る理由も納得です。」
「キラキラ虫さんは凄いんだよー。すっごく賢いんだから。」
得意げなミザリィちゃん
「まぁ、綺麗なだけでなく賢いなんて、本当に素敵な虫さんなんですね。」
満面の笑みを浮かべるミザリィちゃんにつられてベバリーちゃんが笑顔を浮かべると、少年と医者の女性も嬉しそうな表情をする。
こんな顔をする子どもたちと見守る大人たち。僕はそれをみて何もせずには居られない性のようだ。そして猫だった時と違い、優れた探知能力のあるこの身体では呪いの形が以前よりハッキリ認識できた。複雑に絡み合った無数の糸で構築される糸玉を解いていく手順が読み取れるのだ。
それはこの命と身の小ささ故の物の見方だ、弱く小さい存在に人間の様な大きな存在には小さすぎる者が、僕に大きくハッキリと見えているのだ。その事を医者の女性に伝える。
「正直な所、半信半疑だがこれ以上深く根付かれるのは困るんだ。10歳になるときの洗礼の時まで長らえれば神の洗礼が全て浄化し洗い流してくる。それまで進行を抑え体力を維持するのが私の仕事だ。」
そこで言葉を切る。意思疎通を図る魔法で伝わる感情に悔しさが滲んでいる。この医師の女性はベバリーを洗礼の日まで持たせる事が、今のままでは絶望的だと理解しているのだ。
「ぼっちゃんに、ミザリィちゃん、先生はこのキラキラ虫さんと少し大人の話がしたいんだけど。」
医師の女性がいうと少年はミザリィの手を引いて部屋を出て行った。連れ出されるミザリィちゃんは希望に満ちた目をこちらに向けている。
二人が部屋を出たところで意思疎通の魔法を全開にする。こちらの事をよく理解して貰うためだ。
「わっわ、これは凄い情報量。とりあえず私はドリンと申します。ドリン・マクダエル」
自己紹介痛み居る。早速だがドリンにはベバリーに体力回復の魔術を使用して貰う。そして僕の後方にずっと寄り添っている彼女には僕の身を守る盾をいつでも出せるように準備して貰う。そしてドリンに頼みベバリーの胸元に僕を置いてもらった。そこからベバリーの体を魔力的な側面から徹底的に探知する。すると胸元を中心に彼女の生命力と呪いが絡み合っているのを知覚した。この事が猫の身体の時は出来なかったのだ。絡まっているのは解かっても絡まっている部分一つ一つまでハッキリと認識できるのはこの小さなダンゴムシの体故だ。
試しに浄化の魔法を使い絡み合った部分を解いてみる。ゆっくりと絡んだ糸が切れない様に慎重に緩めていくと、暫くして一部が解れて来た。が、解れると同時に、呪いは僕に絡みつこうと解れた先端をこちらに走らせる。それを後ろから彼女が魔法の盾で防ぎ、その隙に浄化する。僕1匹では解呪に手いっぱいで、先程の呪いに絡みつかれそのまま命を持っていかれただろう。二匹だから出来る事。この転生で得た恋人は間違いなく運命の相手だと確信する。彼女の手前無謀な真似は絶対に出来ないと心新たに、再度解呪を試みる。
解いては、呪に襲われ彼女に守られ浄化する。それをひたすら繰り返す。人間では感知する事すら困難な小さな作業の繰り返し。確実に解呪は進行するがその速度はあまりに遅い。救いは完全に解呪に至らなくても良いという点だ。10歳で受けるという洗礼。ミザリィちゃんと同い年なら現在4歳と少し。それまで生き永らえれば良いのだ。
昼食時の前に、ドリンの魔力が尽きたところで解呪を中断する。彼女は僕の使うものよりも高度な回復術を使用できる。おかげで解呪に伴うベバリーちゃんの負担を大きく軽減している。命に絡みついた術式に干渉するのだ。彼女の生命力にも負担がかかるなら解呪を続けられるのはドリンの御蔭である。人間の大きな存在故に、僕や彼女の様な虫にには出来ない事だ。
解呪の程度としてはさほど進んだわけでは無いが、毎日続ければ、洗礼の時を待たなくとも完全に解呪できるだろう。彼女がここから帰ってしまえば、解呪は出来ず再び呪いは彼女を蝕んでいくだろう。静養から戻って暫くは元気だが、徐々に弱っていく姿は、家族から観れば辛いものだろうが、何もしなければ10歳の洗礼を待たずに息絶えるであろう命だそこは心を強く持ってほしい。
解呪を続けて5日目の昼食にはベバリーもベッドから出て皆と食事をとっていた。ドリンが貴族様に幸運をもたらすこの場所にベバリーを出来る限り滞在させるべきだと進言し冬の入りまで、ベバリーとドリンが滞在することになった。貴族の兄弟達は寂しそうだが、洗礼の儀を受けるまでの信望と腹を決めたようだった。
「後ほど、教育係もよこす。暫しの間娘を頼む。」
「かしこまりました」
そんな会話する貴族の男と管理人さんの間には身分を超えた信頼や友情のような物が感じられる。
そんな人間関係はともかく朝食ごドリンに運ばれ、ベバリーの解呪を行うのが日課に加わった。今まで規則正しくしていたのは朝の光魔法演舞くらいなものだったのでそのくらいならと付き合っている。それが終われば木材置き場に戻されるので彼女と2匹の水入らずな時だ。先日、管理人さんがシロアリのついた朽木を発見。女王を退治したらしい。まだ羽の生えたのが飛来するが、どれも依然と様子が違い、どこえ行けばよいかわからない迷子の様な挙動の物が多かった。
もし単身で材木置き場にやって来たシロアリの群れに対処するとなると、少し恐ろしい想像をする。下手に炎の魔法で燃やすもの良くないし、かと言って群れを面の攻撃で一掃するような魔法は僕では他に使えない。もし兵隊階級のシロアリに魔獣化した個体が居たら、おそらく彼女は単体では太刀打ちできないだろう。それを守りながらとなるとなかなかに難しく、この材木置き場を放棄し、床の張り直しの終わったテラスの床下に戻るのだろう。それでも良いが結局、その後はそのテラスの木材を狙って奴らは来るだろう。そうなる事も無く、人間に依頼し住処を守れた事は僥倖だ。娘の解呪の手伝いなど、それを想えば恩返しとして調度良いだろう。
そうして気温が下がって冬の訪れを感じる事、ベバリーも帰って行った。変える前日はミザリィちゃんと散歩できる程度には体力も回復し、呪の効果も弱まっていた。
その数日後。雪が降り、この世界に生まれて2度目の冬を迎える。床下に居た頃と違い薪置き場は外気の影響を受け、体温が下がるので小屋の奥の枯れ葉ば積もった所に、魔法でさらに枯れ葉を積み、少し地面も掘り浅く窪んだ上に大量の枯れ葉が積もる状態の冬の寝床を作る。身体の赴くままダンゴムシとして寝心地のよさそうな環境を作る。
そして朝食前の時間に僕らを観察に来たミザリィちゃんに暫く冬眠することを告げた。よくわからなかったのか、管理人さんを呼んで来たので改めて冬眠の事を伝えると、その事を上手くミザリィちゃんに説明してくれた。流石パパさんだ。
ユムリの芽が顔を出したらまた会えるよ、と意識を送ると少し寂しそうにだが
「ユムリがでたら起こしに行くから」
と約束してくれた。最初はお転婆が過ぎるかと思ったが、なんだかんだで成長しているミザリィちゃんだ。
寝床の中は暖かくは無いが風は入らず、程よい湿気の狭い空間だ。そこで彼女と頭の甲羅が触れあるように丸くなる。眠りにつくまで暫く触覚で触れ合いながら過ごす。やがて、自分の意識がゆっくりと深い眠りに入っていくの感じ始める。体が重くなっていく。薄れゆく意識の中、触角の先に彼女の甲羅を感じながら。目覚めてもまた一緒にいて欲しいと伝えながら僕の意識は深い眠りに入った。
薪小屋の隅で初めての冬眠をして冬を超えた。
そして季節は変わる
小さいチートを書きたかった