ダンゴムシ3 転がり落ちるは
感想誤字脱字指摘もろもろ歓迎
彼女と身体を重ねた際に、満遍なく調べたことで分かった事があった。彼女も僕と同じ魔獣なのだ。獣とついているが、形式的なもので要は魔力を持ちそれが生態に反映されている動物の事を指す。魔法を使える動物は広義では何でも魔獣という事だ。彼女も微弱な魔力を持ち、弱いながらも防御魔法を使うことが出来るようだった。弱いといっても元人間の僕規準であり、ダンゴムシがダンゴムシとして暮らすのなら充分な能力である。甲羅も普通と違い銅に近い金属が混じった甲羅を持ち、光を反射する様は夕日のようで美しいのだ。床下の暗がりではその姿はなかなか見れないので偶に光の魔法で照らして愛でる事にしている。
また魔力を持つからなのか他の個体と暗いべ知性も高いようで、簡単な意思疎通が出来る事が分かった。魔法による念話で意思疎通を図ろうとしたら、返事が返って来たのだ。これは他の個体のみならず、床下の他の小動物にも成し得なかった事だ。出来たのは単純な感情の伝え合いと、少し複雑な意思を送り返ってくる感情が肯定的か否定的か計る程度のものでしか無かったが、自分には心踊る出来事だった。
孤独になれていたのでは無く、孤独にマヒすることで自分を守って居たのだと気付かされ、彼女の存在の有難さを改めて噛みしめる事になった。
彼女とのやりとりで彼女の来歴がわかった。生まれた時点で自分が少し他の個体と違う事。魔力があることは自覚していたらしい。他の個体より硬い甲羅は外敵の牙を防ぎ、丸のみしようとする個体には盾を口に張って飲み込むのを防いで、ダンゴムシとして順風満帆の生活を送っていたそうだ。外周付近は外からの外敵も多いが落ち葉の量も多い。身の安全を守れるなら非常に優れた環境といるだろう。
そんな中で油断があった、この床下の外。貴族か誰かの別荘の周りに広がる森から大型の捕食者がやって来たのだ。それこそが彼女が襲われていた百足であるとのことだった。 その百足は外周部に居たダンゴムシ達を食い散らかし、その最中、彼女を見つけると他の個体に目もくれず執拗に襲い掛かって来たという。
おそらくこの百足も魔獣だったのだろう。魔獣は他の魔獣を襲い殺すことでその魔力を奪い強くなることが出来る。同族をではその効果は殆どないが異種族相手だと顕著に効果がある。彼女の持つ魔力を察知し、優先順位を高めたのだろう。彼女も魔法の盾と丸まった姿勢で簡単に牙を立てさせない様に逃れていた。しかし、前足に丸まった身体を持ち上げられ、しっかりと固定された状態で牙を立てれた時は甲羅が少し貫通し本気で恐怖に錯乱した。必死に抵抗した所、盾の魔法が二度目の噛みつきの際に噛みつく場所を逸らし、外殻を数枚犠牲に拘束から弾き飛ばされる。そうして僕の前まで転がって来たのだという。
以前から強い存在が居ると感じていた方角に逃げる事で事態が好転することを祈り、狙い通りの方向に転がれたことに非常に興奮したらしい。そしてその先で出会った、見た事も無いダンゴムシが規格外な威力の魔法で百足を撃破してしまう。火の魔法に照らされた甲羅の輝きは明らかに同種のそれと違う、もっと上位の存在だと一目でわかったそうだ。
彼女自身も他のダンゴムシと比べれば上位の種になるのだろうが、それ以上に圧倒的な同族。生物的な本能によればこの雄を逃してはならないという衝動が働いたのだという。それでも自分からどうすれば良いかわからずひたすら隣について回り、自分を認識して貰おうとしていた。他の雄のアプローチには何の魅力も感じず、偶に彼に悪戯するように触角で甲羅に触ってくるのが、甘い刺激となって恍惚とさせるばかりだったそうだ。そうして今は念願叶い僕との卵を抱いているわけだ。
彼女が意思疎通が出来ると知り、僕はそんなことを延々と聞き続けた。それに合わせ、卵を抱えた彼女に回復魔術をかける。人間では初級の回復術。傷を癒すのではなく体力を回復させる術式で、その回復量は人間の大きな体には微々たるものでしかないが、ダンゴムシの体には、やはり充分な効果を発揮してくれる。生まれる子供への愛着はやはり薄いのだが母体となる彼女の事が心配なのだ。産卵後もずっと今までのように寄りって欲しいと思うからこそ、彼女の為に床下最高の環境を整えていく。
その為にも風の魔法で外周側から枯れ葉を床下の奥、今の自分たちの居場所付近に運んだり、離れた場所に生えてい白いキノコを根本の土もろとも土の魔術で異動させたりした。どれも必要な栄養価があり、柔らかく食べやすい食料だ。本当は脱皮したばかりの僕の殻も食べて欲しかったが、とても固いらしく彼女のアゴでは食べる事は出来なかった。逆に彼女の殻を少し食べさせて貰ったが、辛味の強い味だった。そうこうして適度な湿気に包まれた床下の奥に柔らかい落ち葉とキノコの密集地帯が出来上がった。あまり中央から建物よりは枯れ葉が飛ばされてきても届かないので食料が少なめなのだが、その分、外気の影響が少なく、活動しやすい湿気の環境が整っている。そこに魔法で食べ物を寄せ集めたのだ。
近寄る外敵は魔法で追い払う。この半径30cm程のエリアは僕と彼女の物である。ここでゆっくり寄り添って死ぬまで過ごそうと思う。ここまで幸せだと命が惜しくなる。神格の言うがままに転生を繰り返していたが、このまま永遠にこの薄暗い床下で彼女と寄り添っていられたらどれだけ幸せだろうか。そんな馬鹿げた事を考えだす程には今の生き方が気に入っている。
人間だった頃に特別親しい関係になった相手はいたが、ここまでの気持ちを公にしながら付き合っていなかったし、ずっと寄り添える時間的、社会的余裕も無かった。思えば、当時の僕には恋愛脳と呼ばれていた、尻軽そうに見えた彼氏彼女らはこの幸福感に依存していたのだろう。
しかしながらそんな平穏も此方の都合に関係無く変化していく。最初は家のテラスのある家の周りに管理人家族以外の人間が訪れる様になった事。そしてテラスの床板が叩かれたり、何かを探る様に探知の魔法が使用された事に始まる。何が起きているのか調べる為、念入りに床上の状況を探っていると、管理人達の会話が聞こえた。
「大分床板が腐食してきていますね。」
「やはりそうですか。先代の事に変えた切りですから、そろそろ新調しようと思っていたので頃合いですね」
「その時の工事はウチの先代の仕事でしたね。」
「ええ、ですから今回もと思いましてね。」
「それは有り難い、先代に劣らぬ仕事をお見せしますよ。」
「快諾いただけて助かります。既に主人の承諾も得ていますので予算の心配は不要ですよ。」
そんな会話だ。床上のテラスのリフォームが行われる予定の様だ。折角張り切って住環境を整えたのに、その矢先にこんな話が出てくるとは。そうと分かれば早々にこの床下からの退散し、近くの轍が石の下にでも潜り込み新天地に再度環境を整えようではないか。
善は急げと彼女に引っ越しを提案すると、僕が行くならついていくと返事をくれた。置いていかれないか不安そうな感情交じりに。愛しくてたまらない。ともかく許可を得たので工事が始まる前に引っ越しを済ませようと外周へ移動する。数メートルの距離はダンゴムシには少し時間がかかったが、知性のある僕と彼女は寄り道せず真っすぐ進むので他の個体よりは早く移動できだろう。邪魔な捕食者は全部排除したし。ここは転生者のチート能力で無双する場面だった。あとで銀色の体い火の魔法が映り込んでとても格好良かったと彼女から伝えられて、最高の気分だった。もう本当に大好きだ。
外周へ辿り着いた所で、周囲の探知を始める。 目指すは雨が凌げて人目に着かない場所。枯れ葉やキノコが生えている少しジメジメした場所が理想だ。ダンゴムシ自体は乾燥に弱い。僕と彼女は魔獣であるせいか、はたまた身体の組成に影響下そこまで乾燥は気にならないが、居心地は適度な湿度がある方が良いと感じるので、そういう場所が求められる。庭を横切って周囲の森に入り込むのも良いが、いい気に捕食者が増えそうである。あまり大きな魔獣、狼の魔獣程度なら一匹くらいは対応できるだろうが、群れて居たりすると彼女を守り切れないだろう。それでは意味がないのだ。今、僕は僕の安全だけを考えてはいけない。
そういう条件を考えながら調度良い場所を探る。石製の西洋建築を思わせる母屋。テラスからみてその裏手に木苺の木が数本並んで生えているエリアがある。低木用の花壇になっている様だ、そのレンガ性の花壇が軒下と少し重なっている。その横の並んでもう一つ花壇の様な物がある。普段は木製の蓋をされたそこには落ち葉は詰め込まれたいた。どうやらこだわりのべりーを育てる為の腐葉土の場所の様だ。あそこは環境は悪くないかが、人の手が入りやすいので避けるべきだろう。
次の候補地、次の、と探していみたが、母屋の周りにはあまり良い理想的な環境は見つからない。身分の高い人の別荘だけあって人間どころか使役された小型魔獣を対策する意味で小動物の隠れる場所が無く、会っても警戒しやすい構造になっている。一次避難で床下に戻る事も考え、短期間我慢できる場所と新たに条件を設定し母屋裏口から少し離れたと事の薪置き場に行くことにした。
早速その日の夜日没を確認し次第、彼女と連れ立って引っ越し返しだ。外周への移動時にお腹の子どもたちが独立していってくれた懸念事項が減ったのは良い事だ。今のところ僕と彼女の間に魔獣たる子どもはいない。みんなこの世界にいる土着のオカダンゴムシだ。身軽になった彼女を連れて夜の庭に僕は足を踏み出す。暗闇が僕と彼女の姿を隠してくれている内に、家の裏に回り込み薪用の木材が積まれた簡易な小屋にたどり着かなくてはならない。不安そうな彼女の触覚に僕の触覚をそっと触れさせ、動きを合わせてあげるとせわしなく動いていった触角のふり幅が小さくなる。可愛いなぁ。
そして日没と共に移動を開始する。母屋の壁に沿い裏口まで回り込みそこからは裏庭を一直線に突っ切り薪小屋へ入る。わき目も降ら進み、今のところ順調である。裏口の脇に辿りつきいよいよ目的へ一直線。昼間であれば身を隠すものが無いので二匹とも太陽を反射して目立つだろうが、今は夜の暗闇が優しく好みを包み隠してくれる。このまま進めば問題ない、そう気を抜いた瞬間、事態は変化する。
先ほどまで僕らを包んでいた暗闇が切り裂かれる。光源を探れば開かれた裏口のドアと管理人家族の一人娘、ミザリィちゃん御年4歳と1か月がランプ片手に立っていた。その後ろに父親の管理人さん。裏口の脇に積まれた薪の束を一つ持ち早々に屋内に消えた。しかしミザリィちゃんは動かない。何処か一点を食い入るように見つめている。そしていきなり走り出す。手に持ったランプの光が近づき、僕たちを映し出す。
「キラキラだ」
そう言うなり素早く僕を横にいた彼女事その手で摑まえるいきなりの事だったのと、元々敵意が無かったために、無抵抗にとらえれる2匹。手の中で丸くなった銀と銅のダンゴムシ、それを確認すると
「パパーママー、キラキラみつけたー!」
と僕らを握りしめて幼さゆえのぎこちない走りで母屋の中へ駆け込んだ。
こうして僕らは人間の手によって囚われの身となってしまった
もっと読者が彼女に欲情できるように精進します
読んでくれる人ありがとう