ダンゴムシ2 床下に転がる生き方
明るい話は書いていて気が楽だから書きやすいな
若干、性的表現があります。苦手な方はご注意下さい
これで5度目の転生、今回はダンゴムシとなったのだけれど転生を繰り返し思ったことがある。生まれたばかりから知識と記憶を持っているとなかなかに最初がもどかしい。体が出来上がっていないので思ったように動けない事が多いのだ。人間に比べて他の動物は早い段階で体が出来上がると言うが、それでも数か月のリハビリを課せられるのは、自由に動けた記憶がある者のには少々歯がゆい思いを強いるものである。
そこからするとこのダンゴムシの体はわるくない。小さく無力ではあるが、既に身体は固まり、小さいが身体は動く状態で生まれてきている。それに成体になってもあまり姿の変わらない虫だ。完全変態の虫になったとして蛹や羽化の感覚が想像できず、今になって選ばなくて良かった思っている。
「羽の感覚も想像できないし、天寿真っ当を目指すならチャレンジ精神は邪魔になりかねないからね。」
発声器官が無いので独り言を心の中でつぶやく。鳴き声を上げる事はできるのだろうか?一応使用できる魔法の中には言葉を介さず意思疎通を図るものもあるが、初級程度の術式なので細かい意思を伝えきれない事のあるものだ。あとはこちらの心の内を際限なく垂れ流すかだ。後者は下心なども隠すことなく伝わるので誤解が生じやすい。
「人と出会ってもいないのに考える事ではないか。」
人どころか先程まで自分を抱えていた母親と兄弟達以外の生物とも今のところ遭遇していない。そもそもここはどのような立地だろうか。感覚を研ぎ澄ます。ラジオ越しの神格の言う分には小さく攻撃能力が極端に低い分防御に優れるという話だったが、どうやらそれ以外も悪くないようでかなり広い範囲を知覚することが出来る。流石に遮蔽物を超えて探知は出来ないようだが、壁の向こうに何かが立てかけてあったりすればそれを感知する事は朧気にだが感知できるようだった。
そうして周囲を探知している時に当然体に違和感というか感じたことの無い感覚を覚えた。自身へ感覚を向けると体の真ん中あたりが裂けている。
「!!!!?」
言葉にならない悲鳴が漏れる。元々声は出ないが声帯があればそんな声を出したろう。これはマズい。抜け出すときに何か不具合があったのだろうか。困惑しながら身体の裂けた部分を良く観察すると、裂け目の中に新しい甲羅の様な物があるのがわかった。そこでようやく脱皮というものに考えが至る。哺乳類しか経験の無い命には理解できない感覚だ。何にせよ一気に安心した。
案心したところで脱皮というものに真剣に向き合ってみる。今後何度か経験する事だろうし、脱皮後は甲羅も柔らかく無防備であると拙い知識の中にもある。失敗しても成長に影響があった気がする。手早く確実に効率の良い脱皮手順を構築するのは今後の生活に必要な事だろう。
いろいろ試した末に、無属性魔法の念動力で古い殻を剥がすのが一番効率的なのが判明した。この魔法事態は初級では小石を持ち上げるのが精々の代物だが、この小さな体には充分すぎるものだった。そして脱皮が無事済んだ所で周囲の探知に再度取り掛かる。近くに天敵になりそうな生物どころかそもそも他の生物が居ないのは判っていたが、まだ安心はできない。探知を再開したところで脱皮との情報量の違いに驚いた。元々かなりの精度の探知能力と思っていたが、脱皮後はそれが霞むかのような情報量だ。今までは人間なら青と緑の区別がつかず、濃淡の違いも判らなかったのが一晩寝たら認識できるようになった感じだろうか。
そしてその探知範囲内に新たに生物の存在を確認する。本能的なものが自身の生態について同時伝えてくる。どうやらこのダンゴムシ、母親の腹に守られているうちは意識は無く、最初の脱皮の直前に母親の腹から離れる様だ。母から離れる時に自身を守るためにこうした探知能力の成長するような感じだ。何にせよ捕食足りえないこの身体。他の生物の内、肉食性の物は間違いなく敵である。神格の話では食べられても噛み砕かれることも消化される事も無いそうだが、だからと言って黙ってされるがままになる必要も無いと思う。
早速だが周囲の生物の内、肉食で自分を襲いそうな相手を探してみる。犬だった頃の記憶から大体の容姿と匂いは記憶しているが、他にも知らない種類はいると予想されるので念入りに探索する。そのついでに制度の増した探知能力で今いる場所の調査も怠らない。というか、自然と出来てしまうだけである。
結果としては、ここは小さな木造の家のテラスの床下であり、周囲に居るのは多くが同族であり、少々ムカデや巣を作らない蜘蛛の仲間等等、よくある床下の生態系であった。天敵足りえる相手の中に初級の攻撃魔法で撃退出来ない者はいない。というか過剰戦力だ。そんなことを考えながら先程脱ぎ捨て脱皮後の殻を齧る。生まれた時の卵の殻や脱皮後の殻を食べるというので試しに齧ってみたらこれがなかなか美味しいのだ。ちなみに近くにあった枯れ葉もなかなかだ。それぞれ美味しさの種類が違う。殻はポテトチップス、枯れ葉はパンの様な物だと思えば良いか、いや、ポテチよりエビセンの方が近いか。ただ栄養価的にはカルシウムがあるのかは知らないがジャンクフードではないだろう。
もう一つ気付いた事がある。それは自分の身体の事だ。ある程度時間も経ち固まった甲羅や外骨格の様子を探知範囲内に居た他の兄妹たちと比べた時に気付いたのだが、明らかに自分の体は白い。アルビノかと思ったがどうも身体の組成がそもそも違う様なのだ。暗い床下ではわかりにくいが恐らく自分の体は銀色で光の反射が体に紋様が浮かぶような、明らかに不自然な見た目をしている。
「床下に隠れている分には問題ないけど、人に見つかったり光物を集めるカラスの様な鳥なんかの目に留まると面倒な事になりそうだなぁ。」
探知するだけで隙間から差し込む光や気温の上下がわかり、現在転生してから2週間が過ぎている。その間脱皮もし足が一対増えた。今は14本脚がある。足が増えるというより、人間なら足の指が増えたような感覚で活動に大きな変化や支障があったわけでは無い。むしろ慣れると動きやすい。普通のダンゴムシならこのまま床下で成長し老いて朽ちていくのだろう。自分もそれに倣いしっかりと生きていきたいものだ。幸いにも自分は他のダンゴムシと違い魔法により天敵を撃退出来るのだ。床下最強は自分である。探知により不意打ちもされず過剰な火力で先制攻撃。負ける要素が見つからない。
そうこうしてダンゴムシ活動、略してダンカツ!を始めて半年が過ぎた。季節はどうやら冬の様で気温が下がっているのが分かる。床下の気温はあまり外気に影響されないようだがやはり冬眠している同族も出始めた。主に外周付近で生活している個体達だ。それから半年の内にわかった事としてこの床下の上は、それなりに身分の高い人間の別荘らしいということだ。避暑地として使っているようである。今は管理人とその家族と思われる人たちが住んで居る。住んで居ると言っても寝泊まりは別の場所でしているようで、掃除や点検がてらに台所の設備を使用している感じだ。母屋に暖房設備もあるのか近いほど暖かく同族も冬眠しない個体が多い。もっともその温度差は人間に感じられるものでは無いだろう。
避暑に来ていた貴族も管理人家族も近くにあるであろう町か村から来た狩人も、家の床下に住むダンゴムシを気にかけ、ましてや話しかけるような人は居ない。むしろいたらその人物の正気を疑うだろう。つまり話し相手も無く半年が過ぎたという事ですが、特に寂しいとかそういう感情が沸くことは無かった。猫と犬の時は飼い主が、馬の時は馬車の主の商人が家族の様に扱ってくれた。牛の時は同じ牧場に仲間がいた。今はどうかというと、あまりそういう事に関する感性が働いていないのか特になんとも思わないのだ。都合が良い。これも神格の用意してくれたご都合主義なのだろうか。悪い事では無いので問題は無いから深く考えないようにしている。
そうしている内に、冬は終わり春が来た。僕にも春が来ていた。今から少し前、冬の終わり気温が上がり始めた頃。百足に襲われて僕のところに転がってくる同族が居た。離れた所でなら放置する所だったのだけれど、目の前に迫る百足に何もしないわけもなく炎の魔法で灰にしたわけだが、その時に助ける形になった同族がそれ以来、僕の傍らから離れようとしないのだ。どうにも僕の側を安全地帯と思ったらしい。常に横についてくるようになった。
この個体は僕の転生した頃に生まれた雌で、外周寄りで生活して冬眠していた個体だ。ここ数週間共に過ごしている間に何となく愛着が沸いて来た。さらにいうなら僕の種族は発情期らしく床下のいたるところで雌にアプローチする雄が観察できた。僕の傍らの雌にもアプローチする雄が数体居たが、彼女は丸まってそれらを頑なに拒む姿勢を見せた。なのに僕がいたずらに触覚で突いたりしても丸まらず、こちらの触角に自分のを擦り付ける様な仕草を見せる事もあった。
そして季節柄か、種族的なものか僕にも発情期が来たらしく言葉にしがたいモンモンとした気分になってしまう。哺乳類の時とは似ているが違うものだと判る奇妙な感覚だった。その感覚に任せるまま寄り添っていた彼女にアプローチしたら、抵抗することなく受け入れてくれた。
そこからは本能の赴くままだ。甲羅の内側、足の間から関節の隙間まで余すと来なく触角を這わせ、彼女の体を寝振り回し、そのすべてを知覚しようとした。驚いた様に足を動かす事はあった、彼女は決して抵抗はせず時に足を絡め合う事もあった。そうして幾度も体を重ね合わせ今、彼女は僕との卵を腹に抱いている。
種族的なものなのか子どもへの思いというのは薄い。思えば僕の母も、僕が離れた時に無反応だった。子育ては腹に抱えている時までで離れたらそれまでという種族的な感情になのだろう。そしておそらく傍らに今での寄り添う彼女への気持ちは僕の人間としての記憶の影響だろう。動物の中には番になるとどちらかが死ぬまで相手を変えない種もいるのだ。一組のダンゴムシがそうであっても良いと思える。このまま彼女と寄り添いながら、この床下の暗闇で生き続ける。大変結構な事ではないだろうか?きっとラジオの神格も喜んでくれる。もしくは彼女こそは神がご都合主義て使わせた存在なのかもしれない。それでも構わない。床上に暮らす人間に幸福が訪れるなら、傍らにい彼女にも祝福有れ。そう思う程に僕の頭に春が訪れていた。
多分性的表現になってる、したつもり。
精進しよう
うん