輪廻の輪から転がり出る
ここで物語は終わります
洗礼を受けた翌年、私たちは王都の貴族学校へ入学した。それから3年の通常課程と2年の高等課程を経てこの春卒業を向かえる。卒業式を控え帰省している。
「ミーザリィ」
テラスの淵で佇んでいるところを後ろから抱き着かれる。相手は親友のベバリーだ。6年前に洗礼を受けるまでは深窓の令嬢というのが相応しい彼女だったが、洗礼後、学園に入学してからは打って変わって活動的になった。これが本来の彼女の性質なのだろう。なんとなく昔の自分の影響もありそうで申しわけない気分になる。抱き着いた彼女を振り払うように振り返り彼女と向き合う。
「久しぶりの実家ですのに、どうしましたの?」
「なんでないわ」
普段は丁寧な口調で接するが、人目の無い所では昔の様に接する。
「兄の件、やはり悩ませてしまっていますか?」
問いかけに心配の色が混じる。それを打ち消すように首を振り否定する。直ぐに否定できたことに自分でも驚く。こんなに簡単に答え出せたことに戸惑う。そんな私にベバリーは笑いかける。
「よかった、兄の事でミザリィを困らせるなんて嫌ですもの。」
ベバリーが心配しているのは私と彼女の兄との関係についてだ。卒業を控えたこの時に彼は私に側室になる様に求婚してきた。
それが彼なりの誠意ある気持ちであることはわかっている。卒業後、貴族の長男である彼は既に決められた正室との婚約を発表する。相手を変える事は出来ないし、まして私が正室になることは決してない。私を誰にも渡したくないという彼なりの愛情表現なのは解かっているし嬉しくもあった。
「私も彼の事は好きよ、とても嬉しいのにね」
言葉を濁して視線を逸らす。その先に薪置き場が見えた。そしてふと昔の事を思い出した。
ベバリーが洗礼を受ける年の春。その頃の私は毎朝薪置き場に住み着いた2匹の小さな魔獣を観察するのが日課になっていた。朝食前に薪置き場を訪れると待っていたかのように2匹は光の魔法で自身を煌びやかに輝かせて見せる。白く輝く銀の甲羅の魔獣とその番となる赤銅の甲羅の魔獣。金属の光沢を持つ甲羅は、どんな宝石よりも美しく輝いて見えた。冬の間は巣の中に籠っているが春になるとテラスへ姿を見せた後に、毎朝姿を見せる様になる。それは彼らが春の日差しの中テラスに姿を見せてから数日後の事だった。
その日、妙な胸騒ぎとと共に目覚めた私は不安を振り払う為に、足早に薪置き場に向かった。彼らの姿を見ると何故か安心できたのだ。幸運のジンクスの様に感じていたのだ。薪置き場の隅、人の手が届かないその狭い空間が彼らの舞台だ。
そこには動かないくなった銀の魔獣を触角で撫で突いている赤銅の魔獣が居た。そして近づくことで魔獣の意思が伝わってくる。彼らの使う意思疎通の魔法で赤銅の魔獣が動かない銀の魔獣に呼びかけている。早く起きて、ミザリィが来るよと繰り替えし呼びかけている。もし言葉が喋れるならその声はきっと震えていただろう。そして赤銅の魔獣が私の到着に気が付いく。
「ッツ!!」
数秒の間を挟み猛烈な感情の波が私に叩きつけられた。絵本で読んだ死を呼ぶ嘆きの妖精の悲鳴とはこういうものだろう。あまりの衝撃に私は頭を抱え蹲る。家の中から悲鳴を聞いて飛び出してきた父が私を引き離さなければ本当に命を失っていたかもしれない。その悲鳴は途切れることなく翌日の朝まで続き、夜明けとも共に弱まり、消えた。最後は縋る様に目覚めを願っていた。私は眠れずに涙を流しながら悲鳴を聞き続けていた。
翌朝、薪置き場には動かなくなった2匹の魔獣が居た。寄り添う2匹の姿は、その時は銀の魔獣に赤銅の魔獣が縋るような姿に見えた。実際縋りながらそのまま力尽きたのだろう。父が2匹を森へ埋葬しに行き、薪置き場の彼らの家を片付けた。魔法で作られたレンガの家は彼らが栽培していた魔草の植木鉢として今もテラスの片隅に置いてある。
銀の魔獣の妻だった赤銅の魔獣。彼女の記憶と感情がその一昼夜、私の中に流れ込んで来ていた。その記憶が自身の想いに足枷となっている。その事を目の前の親友に告げる
「覚えてるわ、私たちがキラキラ虫と呼んでいたあの魔獣。私にとっては恩人ですもの。」
「そうね、貴女を救う為に神様が遣わしたと父とドリス先生は信じてるみたいだし。」
「私もそう信じてますわ。彼らの育てていた魔草も薬草になるのでしたわね。そうで無い方が不思議ですわ。」
「銀色の方はね、私もそう思う。」
それでも赤銅の魔獣の方はどうだったのだろう。2匹とも小さな虫の姿に似合わぬ大きな力を持っていたようだが銀色の方はそれ以上に特別だったように思える。まるで人間の様な感情をこちらに伝え大人と接しているように感じられた。それと比べて妻だった方はどうだったか、彼女にとって夫がどれだけ大きな存在だったかを私は知っている。
「私の気持ちは彼女のと比べて、陳腐なものに感じてしまうの。私は」
最後まで言葉にする前に再度ベバリーが私を抱きしめて遮る。
「ミザリィ、私はあなたと姉妹になりたいわ。」
そう言う彼女を抱き返しながら、愛されて居る事に感謝する。答えは決まっているのだ。次に彼に出会うときにはそれを口にする勇気が沸いているような予感がした。
「まずは5度目の転生お疲れ様」
久しぶりの暗がりで神格の労いが聞こえた。
「ようやく天寿全うできたね。」
「ありがとう、なんだか随分長かったような短かったような、味わった事ない感覚だよ。」
「それはそうだ、それぞれ違う生物に5回も記憶を持ったまま転生した魂なんて物語にもなかなか居ないんだ。」
そう言われるなんだか納得してしまった。
「それでこれから僕はどうなるんですか?」
「最初に転生する時にも言ったけど元の世界に好きな生物として転生できるよ?もちろん今の世界でも良いし」
「それ以外には?」
「それも最初に行ったけど転生せずに君の元の世界でいう所の天国や極楽ってところに行くことも出来るよ」
それは変わらない様だ。
「転生するなら今度は記憶は引き継げないけど、それなりに恵まれた環境に転生できるように配慮はするよ」
確認するように神格の声が情報を加える。それを聞き流しながらどうするか決める。最初から決めていたような気もする。
「もう転生はしません。満足いく生を送れたと思う。」
「そっか」
まるで僕の答えを知って居たかのような神格の声。
「もしこのまま転生しないなら、ここで少し待っていかないかい?」
「何ですか、引き留めるなんて僕が居ないと寂しいなんて言わないで下さいよ?」
「違うって、それより神のお告げなんだから来ておいた方が良いって。」
そんなことを言われ渋々待つことにする。待つと言っても何もない空間にラジオが照らし出されているだけだ。時間の感覚も無い。ぼーっとしていたようなあっという間の様な
「もういいよ」
そう言われて時間が過ぎたのを感じる程度に不可解な感覚が過ぎた。
「もういいよ」
呆ける僕に神格が再度声をかける二度目の呼びかけに少し悪戯っぽい喜色の色が混じっている。
その理由はわかっている。いつの間にか傍らによく知った気配を感じる。
闇の中照らされる自分の姿が人の形をしていない事を自覚する。
「輪廻を超え、悟りの境地に至る者は人を超えた霊長の姿となるのだけど、君はその姿で良いかな?」
神格の問いに問題ないと意思疎通の魔法で答える。
仮に人の世に天国や極楽があるとして、物語に描かれる様な安息の場所だとする。苦は無く安息に満ちた世界。何もにも煩わされない美しい場所だとしよう。その美しい世界の物陰、花畑のその根元の暗がりに、寄り添う二つの命を見つけるかもしれない。多くが人の姿で徳を積みやってくる場所に2匹の煌めく小さなダンゴムシを。寄り添う2つの命はそれが当然である様に常に共にある。2匹の安息はどこであろうとお互いの隣と決まっている。
ただ日陰に寄り添っているだけ。それだけで二つの魂は今も幸せな時を過ごし続けている。
最後まで読んでくれた人に感謝を
誤字修正や表現変える事は今後あるけど、ひとまず物語はここで完結です。
なろうで初めて自分の作品を完結させた事になるのですね、少し感慨深い。
学生時代に趣味でやって、卒業後は筆を持たず、活動再開して最初の完結がコレです。
改めて、読んでくれた人に感謝を




