人生に転がりつかれた
何の考えも無しに見切り発車で書き出しました
誤字脱字の指摘
感想、批判、罵詈雑言、なんでも反応あると喜んだり落ち込んだりします
頭空っぽにして描いているので
頭空っぽにして読んでもらえて時間を浪費してくれると嬉しいです
「はい、それでは休職という事で書類郵送するので」
「お願いします。一日も早い復帰を願ってますよ。」
そんなやり取りをしたのは何日前だったろう。
鬱と診断を受け、上司に報告した所、臨時の案件は外してもらえ、定例の仕事のみで大分ゆとりのある状態にして貰えた。薬を飲みながらこの負担の少ない状態で治すという方向性は、人手不足で大変な中、会社側が出来る精一杯なのは理解できているし、そもそも自分から考え提案したものだ。
しかし思った様にはいかず、周りが忙しくしている中、自分だけ手が空いてしまったり残業せずに帰るという事に申しわけない気持ちになり、症状は改善しなかった。
「そういう責任感や価値観は会社としては有り難いが、割り切って回復に努めるのが今のお前の仕事だ」
そういって部長が提案してきたのは2か月の休職だった。
各種手当は無く、基本給と少しの役職手当程度になるが給料は発生する状態で仕事を離れろという話だった。調度繁忙期が過ぎ、皆手が空く時期というのもあったのだろう。そうして僕、梶原 優幸は休職する運びとなった。
今は病院に行くために電車を待っているところだ。急行列車の通過する駅で定まらない視線で立ち尽くしている。通過していく列車の車両の隙間らチラチラを向こうの景色が見えて。仕事をさせてもえない自分が急にみじめに感じられて。このまま生きていてもここが自分の限界でこの先もこうして誰かの足を引っ張りながら生きていくのだろうかと、そんな否定的な考えが急に思考を覆いつくす。そして意識と無意識の中間のようなまどろんだ思考のまま通過する列車に向けて身体を投げ出した。
それが僕の31年の人生の締めくくりだった。
「ぱんぱかぱ~ん、」
茶化すような声が響く。
「ぱんぱかぱ~ん」
気が付くと真っ暗な中に倒れていた。何故か自分の周りだけスポットライトで照らされたように明るいが見上げても光源は見つからず暗闇が広がっているだけだ。足元も白いリノリウムの様な素材で少し暖かい。
「ぱんぱかぱ~」
音と共にスポットライトが増える。照らされたのは小型のラジオの様だ。そのスピーカーからやけにクリアな音質で
「ぱんぱかぱ~ん」
と繰り返し誰かが声を発している。
「そろそろいいかな?梶原くん」
「ハイなんでしょう」
唐突に声が呼びかけてきたが、特に何も感じることなく返事をする。
「特にめでたい話でもないんだけどね。転生の準備が整ったから声かけただけだよ。」
「あ、そうなんですか。」
「そうそう君が衝動的に自殺してから300年たったからね。」
そう言えば何かの宗教で輪廻転生に掛かる時間とかあったなぁと思った。
「親より早く、しかも自殺って事で本来は君らの言う地獄や賽の河原で罪を償って話なんだけどさ。正直なところ君のは自殺と言っても事故みたいなものだし、君の周りの人間の対応もそこまで悪いものでは無かったんだよね。社会が疲弊して病んでいたが故の犠牲といか、本来そうならないように僕ら神格が管理してるのだけどね。」
「それで、特に罪の償いも無く転生させるという事ですか。」
「そうしたいけどね、君が死んだ状況があまり良くなくてさ。形としては自殺だからこっちでは罪なんだけど償う罪状が酌量されて存在しない。このまま転生すると君が生まれ変わった先で悪い影響が出るかもしれない。」
「と、いうと?」
「可能性として高いのは生まれた時から、君が死んだときの精神状態になっている事かな。前世の記憶の影響で常に鬱状態。ただし身体は神経的にも健康だし最初から鬱状態だからだれもそれが病気と判らない。」
成程、それは生きにくそうな状態だ。
「そんなわけで少し変わった転生というか疑似的な罪の浄化を受けてもらいたいんだ。」
「ああ、わかりました。何をすればよいでしょう。」
「受けてくれるか良かった、これでアイツも安心できる。」
アイツというのは多分、僕の世界の神格のことだろう。おそらく世界の管理が上手く行ってなくて僕の様な人間を出してしまい落ち込んでいるのか。僕と同様に鬱になって休職しているのかもしれない。何にせよ誰かを安心させられるようだし良い事だ。
「とりあえず一度、人から堕ちて動物になってもらう。その状態で徳を積んで人に戻ってもらいたい。」
「徳を積むとは?」
「簡単言うと人の為に奉仕して誰かを喜ばせれば大丈夫。悪人を喜ばせるために悪い事したら逆効果だから気を付けてね。でもその辺りはこちらで便宜を図って何もしなくても周囲の人が勝手に幸せになっていくようにしておくから、君はのんびり生きていれば良いよ。もともと生前もそういう状況だったでしょう。」
成程、死後も休職は継続中のようだ。神格ってのはホワイト上司なのだな。信仰しても良いかも。
「それで期間はどのくらいになりますか?」
「そうだねとりあえず転生した身体の寿命がきて死ぬまでかな。犬や猫なら生活環境に寄るけど長くて十数年かな。ただ、悪人に殺されたり、奉仕の為に身を奉げてしまったりと天寿を全うできないとやり直しだからその辺りは慎重にね。記憶を持ったまま転生してもらうから、裕福な家庭のペットか何かになって家族を幸せにしてあげれば十分だから。」
「飼い主には貴方たち神格の便宜とやらで幸運が訪れて幸せになり、勝手に徳を積めると。」
「そういう事。簡単でしょう?」
成程、確かにそれは簡単だ。
衣食足りて礼節を知るともいうし、自分の飼い主となる人は、悪さをする必要がなくなるだろうし悪人に幸運を授ける事は起き得ないだろう。神格のいうペットになって家族と幸せに暮らすだけという話もそれが最も効率的で楽なやり方なのだろう。
「僕にとってなにか不都合が損がある話でもないですし構いませんよ。早速おねがいします。」
「うんうん、そうだよね。それで転生先は何が良い?場所とか何になりたいかとか希望も叶えるよ」
僕が了承したことにどこか安心したような声で希望の動物聞かれた。
「転生する動物は猫で、ところで転生先の世界は元の僕のいたせかいですよね?」
「あ!そうか言い忘れてた。転生先は違う世界になるね。君の世界で言う剣と魔法のファンタジーな世界だよ。非常に安定した世界でね、こういう臨時の転生時には行き先として使われるんだ。元はいろんな世界を旅する神格に並ぶ存在が最後の場所として作った世界でね。様々な因子を受け入れる素養があるんだけどって、そんなことは知らなくても平気か。」
「魔法があるんですか。」
「あるよ、もしその世界が気に入ったら次の転生はこっちの世界でも良いよ。まぁ行ってみて考えてよ。」
何にせよ異世界に行けると聞いて少し好奇心が出て来た。新しい世界をゆっくり楽しんでみれば良いか。
「わかりました。とりあえず猫に転生させて下さい。向こうの世界で貴族が好みそうな種類の奴で。」
「生まれる場所は貴族用のペットを扱う商人のところにしておくよ。そのまま商人のところに残るか、貴族の元に行くかは気に任せるよ。」
「わざわざありがとうございます。」
「いいや、こちらも助かるよ。それじゃあ良い生を?」
そういうとラジオを照らす明かりが消え、次いで自分を照らす明かりも消えた。
そして意識と身体の感覚も消えた。
体をザラザラした物に撫でられている感覚がしたところで目が覚める。記憶が正しいなら自分は猫になっているはずだ。また目の開かない生まれたての子猫。体を撫でるざらついた感触はおそらく母猫が舌で舐めているからだろう。これから僕の新しい生活が始まるのだ。
暗闇の中、ラジオが照らし出される
「寿命が来て天命を全うしないと意味が無いからね。次は気を付けてね。」
「いや、でも」
少し食い下がる。生まれてから子猫のうちに売られ愛されていたが、特に5歳の長女が非常に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。そんな生活の中彼女の母親が体調を崩してしまう。調べたところ何者かに呪を受けているとの事だった。幸運に恵まれ躍進を続ける一家に嫉妬したものが八つ当たり気味に呪をかけたのだ。
このままでは命が危ないと知った僕は、こちらの世界で多少なりとも得られた魔法の知識と技術を基に、呪の対象を自分に移し替えたのだ。無効化や反射、それでなくとも緩和などと違い、単に対象を自身に移すだけならば、大した知識も技量も必要は無かった。
「やり直しな。」
「やり直せるんですか?」
「罪を犯したわけじゃあないからね。ただ同じ動物にはもう転生できないし、君と暮らした貴族にはもう会えないよ。運命が重ならないように因果が動くから。だから自分から会いに行こうとしちゃだめだよ。」
「わかりました。」
「次は何にする?今度はちゃんと生きなきゃだめだよ?人は何時か死ぬものだから。」
「でも困っていたり理不尽に思えるのを見過ごすのは」
「そもそも運命は時に残酷だからね。でもだからと言って自分の命を投げ出すのはいけないよ。君が傍にいれば幸運にが続いて延命するくらいは出来たんだから。」
そしてどうしても救いたいなら自分の術者としての腕を磨き自力で解呪できたのなら良かったらしいと、ラジオの声は教えてくれた。ただそこまでしなくても充分な徳が積めるのだからもっと怠けてくれとも続けた。
「すこし働き過ぎというか自分を追い込みすぎでしたか。」
「そうだよ、そんなだから鬱になって衝動的に自殺しちゃったんでしょうに。もう少し気を抜いて生きていいんだよ?」
「ありがとうございます」
「お礼言われる様な事じゃないんだけどなぁ。まぁいいや、次は何に転生する?」
問いかけられ少し考えた後で
「犬で。狩とか一緒に仕事が出来る環境においてくれると気が楽かもしれません。」
「そうだね、君は働いていないと駄目な性分みたいだし。でももう少し怠ける事にも慣れておくんだよ。」
そう言い残すと明かりは消え、そして感覚が消えた。
「で、なーんでまた天寿を全うできないのかな?」
「面目ないです」
「ああいうときは逃げていいからね」
犬、今回は狩猟犬として生まれ狩人の家族と種族を超えた絆を育みながら暮らしていたが、狩の途中大きな猪の様な魔獣に襲われ、何とか撃退するもそこで力尽きてしまったのだ。
「狩猟犬としての使命を果たしたと思ったんだけどね」
「君の使命は天寿を全うする事だよ。もっと自分を大切にしてくれ。」
次の転生は馬にすることにした。そして荷馬車を引き野党に襲われあっさりと殺された。
その次は牛だ。3年後、肉になった
「魔獣とかにはなれないのですか?」
「出来なくもないけど、そこまで強かったり大型の物にはなれないかなぁ。」
なれない事も無いが、そこまで強いものになれるわけでは無いので普通の動物と能力的には変わらない上、世界観的に魔獣は積極的に狩られ、魔獣使いに使役されても死の危険性が高いのでお勧めではないらしい。
「それにしてもおかしいなぁ。君自身にもある程度便宜を図って幸運に恵まれているハズなんだ。いくら何でも死にすぎている。それにどうも因果の乱れ方がおかしい。次は無いものと思ってくれ。」
「そういわれると困るな。まだ何になるかも決めていないし。もし次が上手く行かないとどうなるんですか?」
「最悪の場合、魂その物が消え去ってしまうね。そうでなくても今いるこの場所に永遠に取り残される様な事態は起きうると思う。」
それはかなり怖い事態である。自分だけ照らされる何もない空間に一人だけとか
「勿論、私の声も届けられなくなるだろう。この世界は精神の世界だから眠ることも意識を失う事も出来ない。そういう事態にはしたくないからね。」
「それは本当にお願いします。」
そうなると次は何としても生き残らなくては。次は何になって生きるのがよいだろう。
「なんというか死ににくい体で、寿命の短い生き物が良いですかね?」
「死ににくいはともかく寿命が短いのは良い考えかもね。どうにも今回は嫌な感じがするんだ。早めに君を基の世界に転生させてしまいたい。」
「なんというか小さくて力が弱い分、打たれ強いような、そんな生き物いませんかね。」
「そうだね、魔獣で有ればそういった調整は出来るけど、それで人の近くに居られるような存在か。」
ラジオの声が何か思案し始めた。
「強い甲羅に身を覆われた小型の生物で、小さいのってどこまで出来るんですか?」
「あまり小さいと生物として曖昧になるから、精々指先くらいの大きさにして欲しいかな。でも小さいと天敵も多くて危険だよ。」
「食べられても噛み砕かれたり、消化されず暫く呼吸できなくても大丈夫な身体のはいませんかね」
「そんな都合の良いの・・・・・・・いるなぁ」
「いるんですか?」
「いるにはいるけど、虫だし、食べ物とかが生ゴミや枯れ葉なんだけど大丈夫?」
「虫かぁ~なんとなく食べ物聞く限り黒光りしてそうなんですが。」
「ああ、うんそれもいるけど流石にソッチは世界共通の嫌われ者で致死率高いからやめよう。そこまで固くも無いし」
危惧していた事態は避けられた模様だ
「生ゴミとは言うけど新芽や花弁みたいな部分で代用効くらしいから無理に食べなくても大丈夫か。」
「落ち葉を食べるというとミミズみたいな分解者みたいな虫ですか?」
「そうだね他にも毒に汚染された土を食べて甲羅に毒を蓄積させることで土地の浄化と自信の防御能力を高める様なことが出来るみたいだね。これだけ防衛能力はケタ外れに高いけど攻撃能力が皆無だから相殺されてるんだね。」
「魔法は使えるんですか?」
「君の場合は使えるから攻撃能力も少しはあるだろうけど、本来は知能も低く僅かな本能と、反射で動いてるような生物だから魔法は使えないね。学習能力も低いし。」
「それ、転生したら僕がバカになってたりしないですよね」
「今更それを聞くのかい?そうならないように便宜を図ってるんだよ。ご都合主義になってるから安心して。」
「はぁ、ありがとうございます」
安心らしい。
「それじゃあ今度こそ頼むよ?適当な民家の床下で枯れ葉や苔食べてれば民家の住人は勝手に幸運に恵まれて徳が積めるから。小さいから捕食者も多いけど食べられても消化も窒息もしないし噛み砕かれる事もないからね。ちなみに逃げ足も遅いから素直に食べられた方が良いよ。」
なんというか注意事項を聞いていると大体に何に転生するのかわかって来た。
魔獣というのは魔力の影響を受けて生態が変化した動物の事だ。今回は虫ということだ。
「石の下にでも潜り込んでひっそり生きていきますよ」
「アリには注意しろ。群れで巣穴に運ばれて君が食べられる事はないだろうが、君が食べるものがなくなり飢えて死ぬのが一番の死因候補だ。」
とりあえず飢えには注意か
「乾燥には強いし湿った土から水分をとれるからその辺りは大丈夫だ」
いざとなれば魔法で水を出そう。
「あと怖いのは蜘蛛だな捕食されることは無いが、囚われて糸で包まれたら脱出は困難だ。そのまま食事が出来ず飢えて死ぬかもしれん。」
「魔法で糸を焼きますよ」
「そうか、魔法がつかえるんだから案外なんとかなるかもしれないな。」
一応、今までの転生で人間でいうなら初級程度の魔法は習得している。魔力は魂に由来するものらしく、別の生物に転生しても習得した魔法は使う事が出来た。
「ええ、コイツなら今度こそ何もせずに生きられそうです。
「ホント頼むよ~働くなよ~、暇にならないように手も打つから食っちゃね生活してくれ」
そう言い残しラジオを照らす照明は消えた。
なんだかただ生きるだけなのに、随分と面倒な事になっている様だ。
「多分、僕が面倒な人間だからだな」
周囲を照らす明かりが消える。
何かが自分の周りで蠢いている。何も見えず身体の周りも蠢く何かに包まれているため何もわからない。足を動かそうにも爪の様な毛が生えているのか引っかかって動けない。意識を集中し魔法を使う。使うのは転移魔法。本来高度な魔法であるか移動先を自分の現在地とするとそこまで高度な技術を必要としない術だ。僅かでも移動するとその難易度は跳ね上がり、今の自分の技量では使用できなくなる。さらに転移先に障害物があるときはその障害物に触れない直近の転移可能場所に弾かれるように術式を組む。というか何もしなければそうなるのが転移魔法だ。障害物お押しのけたりするような高度な術は使えない。しかし今回の様な物理的に拘束され動けない時に簡単に抜け出せるので便利である。
転移魔法で拘束を抜けたところで周囲を伺う。この身体は優秀な感覚器官を備えているようで、全方位が目で見ているようにハッキリ知覚できる。匂いや音も感じられる。少し離れた場所に大きな物が移動しているのが見える。腹に小さな蠢く物を抱えている。アレが僕の母親なのだろう。腹で蠢いているのは兄弟たちだ。
母の姿は転生前に予想した生物に酷似している。おそらく魔獣化した種なのだろう。僕はその中でも特別な変異体になったという話だ。
「さて、どうしたものか」
生まれたての柔らかい体もやがて固くなるだろう。甲羅背負った半休上の小型の虫。
ダンゴムシと元の世界で呼ばれたものに僕は転生を遂げた。