ピッロ、おじいさんを助ける
むかしむかし或る所に三人の兄弟が住んでいました。
三人の住む国には季節を司る四人の女王様がいました。女王様が季節の塔に入るとその季節が訪れます。ところが、冬の女王様がいつまでも塔から出て来なくなってしまいました。冬の女王様が塔にいるので、春の女王様が塔に入れません。いつまでも春が来ないのです。冬がいつまでも続くので、人々はとても困りました。
三人の兄弟も食べ物がどんどん無くなって困っていました。
一番末の弟ピッロはハヤブサを飼っていました。ハヤブサの名前はチカといいます。ピッロはチカと一緒に森でウサギやカモを獲りました。
二人の兄は食べ物が手に入ったのでとても喜びました。
或る日、ピッロが森から帰ってくると、二人の兄が話していました。
「もし、何も獲れない日がきたら、ハヤブサを殺して食べよう」
ピッロはびっくりしました。チカは友達だったからです。チカを殺して食べるなんて出来ません。
ピッロは考えました。
「冬が終わればいいんだ。季節が巡るようになれば、また食べ物が取れるようになるだろう」
そこで、ピッロは翌日から森にこもってたくさんのウサギや鳥を捕まえました。
そして、兄達に言いました。
「兄さん達、ここにたくさんの獲物があります。これを食べて下さい。僕は王様の所に行って冬の女王様を塔から出せないか、頑張ってみます」
兄達はたくさんの獲物を見て喜びました。兄達はピッロを引き留めましたが、本当はピッロが出て行くのを喜んでいました。一人分の食べ物が浮くからです。
ピッロは兄達に別れを告げ、都に向ってどんどん歩いて行きました。ハヤブサのチカも一緒です。
森の中を歩いていると、おじいさんが倒れていました。
ピッロは驚いておじいさんを助け起しました。自分用にとっていた最後のワインをおじいさんに飲ませます。すっかり凍えていたおじいさんの頬に赤みがさしました。
「ありがとうよ、すまんが森の奥に住んでいるばあさんの家に連れて行ってくれんかのう」
そこで、ピッロはおじいさんを背負って森の中を歩いて行きました。
雪が降ってきました。
ピッロは雪の中を必死に歩きました。
とうとう樹々の間に灯りが見えて来ました。煙突から煙が上がっています。
ピッロは扉を叩きました。おばあさんが出て来て
「これはこれは、学者の先生じゃないかえ。一体、こんなあばら屋に何の御用かの?」
と言いました。
「話は後じゃ。凍えて死にそうなんじゃ。火にあたらせてくれ」
こうしておじいさんとピッロはおばあさんの家に厄介になる事になりました。
囲炉裏の火の前でおばあさんのスープを飲んだらピッロは眠くなってきました。
「疲れたろう、こっちでお休み」
おばあさんが部屋のすみに寝床を作ってくれました。ピッロはすぐに眠ってしまったのですが、話し声で目が覚めました。おじいさんとおばあさんが話しています。
「この冬がずっと続いたら、この国は終わりじゃ。あんた、火狐の襟巻きを持っとったろう?」
「え? そうじゃったかな?」とおばあさんがいいます。
「おまえさんが若くて美人じゃった頃、儂が送ったではないか!」
「そうじゃったかのう? この頃、物忘れがひどくなってのう」
「儂はおぼえとるぞ。あんたは泉の側に白い衣を着て立っとった。わしゃ泉の精かと思ったよ。あんまり感激したので、咄嗟に儂一番の宝、火狐の襟巻きをあんたに捧げたんじゃ」
「うーん? そうじゃったかのう? 別の人の間違いじゃないかね?」
「儂が間違えるわけなかろう。わしゃ天才の誉れ高い、当代一と言われた学者、メルターバルハイじゃぞ。今まで読んだ書物、総てそらんじる事ができるんじゃぞ。間違えるわけないわ。とにかくじゃ、あの襟巻きが必要なんじゃ。あの襟巻きがあれば、どんな寒さでも凍える事はない。季節の塔にいかねばならんのじゃ。季節の塔は今じゃあ、氷の塔になっとる。あれがあれば、塔の最上階、冬の女王様の元までいけるんじゃ。とにかく、探してみてくれ。あんたのガラクタの中にまぎれとるかもしれんだろうが」
「明日でいいかのう。今夜はもう遅い」
「急ぐんじゃ、あんた魔女なんじゃから変身の術が使えるじゃろうが。若い時の姿にならんかい。そうすれば少しは思い出すじゃろう」
「勝手をいうでない。魔法を使うと疲れるんじゃぞ。もう何時お迎えが来てもおかしくないんじゃ。魔法を使って死んじまったらどうする?」
学者のおじいさんは魔女のおばあさんの迫力に目を白黒させて口をつぐみました。
ピッロは寝床の上に起き上がって言いました。
「僕に探させて下さい。僕も冬の女王様を塔から出す為に都に行くのです。手伝わせて下さい」
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせました。そして二人はピッロに手伝って貰う事にしました。
翌朝、ピッロはおばあさんに屋根裏に連れていかれました。そこにある筈だというのです。屋根裏にはガラクタが天井一杯まで積み上がっています。
ピッロはチカの頭を撫でながら言いました。
「おまえの鋭い目でこの部屋のどこかにある襟巻きを見つけてくれるといいのにな」
チカの鋭い目をもってしても、ガラクタのどこかにある火狐の襟巻きを見つける事は出来ません。
ピッロは無造作に積み上げられたカゴや衣装箱の中身を探しては行きました。時にはカゴが落ちてきてさらにぐちゃぐちゃになったり、衣装箱の中身が床にぶちまけられたりしました。おばあさんはその度に、これはだれそれから貰ったとか、このドレスはいついつの園遊会で着たとか言って思い出にひたるばかりで、ピッロを手伝おうとはしません。
ハヤブサのチカはピッロの邪魔にならないよう屋根裏の隅で大人しくしていたのですが、カゴが落ちた音に驚いて飛び上がりました。
その時、大きな布が壁から落ちました。ホコリがぼわっとあたりに広がります。
「ごほっごほっ」
ピッロは慌てて窓を開けました。ホコリが吹き払われます。ホコリの中から絵が浮かび上がりました。布は絵に掛けられていたのです。絵には緑のドレスを着た女の人が椅子に座っている様子が描かれていました。
「おお、ここにあったんか、どうじゃ、美しかろう? ワシの若い時の絵姿じゃ」
ピッロは感心しながら絵を見ていました。そして、あっと思いました。
「これ! これ襟巻きじゃない?」
おばあさんが顔を近づけました。おじいさんもやってきて、絵を覗き込みます。
「そうじゃ、これじゃ」
襟巻きは椅子の奥に描かれた衣装箱の上に置かれています。
「そうじゃ、これじゃ!」
「だったら、この衣装箱の中に入れてあるんじゃないですか?」
「その箱ならこっちじゃ」
おばあさんがガラクタの山に突進しました。ガラクタを右に左によけていきます。最後に大きな衣装箱が出て来ました。ぱっと開けると、ありました。古びてヨレヨレになった毛皮の襟巻が。
「あったぞ!」
おばあさんが叫びます。
「この襟巻き! 思い出した! あんまりみすぼらしいから衣装箱の上に放り出しといたんじゃ」
「みすぼらしいとはなんじゃ。火狐の尻尾で出来た襟巻きじゃぞ。世界に一つしかないんじゃぞ!」
屋根裏にやってきたおじいさんが言い返します。
「ええい、若い女の気持ちがわからん奴じゃな。役に立たなくてもキラキラしたもんを女は喜ぶもんなんじゃ!」
二人が言い争っている横でピッロは襟巻きを首に巻いてみました。突然ほっと暖かくなりました。全身が暖かい空気で包まれたような感じです。試しに家の外に出てみました。雪が降っていましたが、全く寒くありません。
おじいさんがやってきて言いました。
「どうじゃ、あったかいじゃろう?」
「ええ、凄くあったかいです!」
ピッロはすぐに出かける支度をしました。おじいさんがピッロに忠告します。
「ええか、冬の女王様にあったら、とにかく話を聞くんじゃぞ。人が何かしようとする時は必ず理由がある筈なんじゃ。期限がきたら塔から出るのが習慣じゃ。その習慣を破るとなると相当強い理由がある筈じゃ。それを突き止めるんじゃ。儂も一緒に行きたいが、体がまだまだ弱っとるんじゃ。しばらく養生してから追いかけるからの」
ピッロはおじいさんに必ず言われた通りにすると約束して旅立ちました。