黄金の蛇眼
奴の鼻息の影響だろうか? 龍の腕の中で空を舞う夢を見た。
奴の体温のせいだろうか? 温かい陽の光の下で野を駆ける夢も見た。
奴と仲良く食事をしている夢すら見た。奴が好きなのだろうか?
いや、好きだろう。少なくとも話し相手としては。
澄みきった空気を自分の力で飛ぶ夢も見た。魔法を夢見ているのだろうか?
目が覚めると、同じ姿勢だったせいか、体が少し痛かった。
今日は無理をしないでおこう。龍の体から這い出ながらそう思った。
龍は巨大で力持ち。故に、午前中は大工仕事をやってもらった。
屋根をそろそろ新しい物に変えたい所なのだ。
「今日は屋根を新しいくしようと思うんじゃが、何か良い案はあるかの?」
「この屋根であるか?」
奴は立ち上がり、屋根を見下ろした。
「最近じゃ雨漏りが酷くての。明日は雨が来そうじゃから今日しようかと思うておる」
ほら、遠くには雨雲が見えるだろう?
「うーむ。新しく建てた方がが良いのではないか?」
確かに我が家はオンボロだ。
「たわけが!私の愛した者が建てた家じゃ。いくらお主であろうと、壊しでもしたら許さんわ」
そう、声を張り詰めた。
旦那が建てた私への贈り物。尚且つ、愛が残る唯一の場所。
私の突然の大声に、奴はすまなそうに少し縮こまっている。
「怒ってはおらぬ。建て替えるのは無しじゃが」
「了解である」
奴は考えるポーズをした。そんな事をして答えが出てくるとは思えないが……。
「屋根は新しくても良いのか?」
「それは構わん」
奴はニヤリとした。
ならば!と、ウェストバッグを何やら探し、中から巨大な金属の板が現れた。
「何じゃそれは!」
奴は金属の板を見て、説明し始める。
「これは、我の神が作った……」
「それではないわ。鞄の方じゃ。一体どうなっておる?」
巨大な謎の金属板を出したそれが一番知りたいのだ。
「これは、我の神から授かった魔法の鞄なのだ。
無限に物を仕舞え、再び出すことも出来る優れ物なのだ!」
と、自慢気だった。
金属の板はと言うと、虹色に輝いていた。
向こうが透けて見えそうなくらい澄んでいて、傷が付きそうにない程の荘厳さがあった。
「では、その板はなんじゃ」
「これはもっと凄いのである!」
奴は更に自慢気に、更に声高らかに、これでもかと話し尽くす。
ヒヒイロノカネ。
これはそう呼ばれるものらしい。
アダマンタイトとオリハルコンの合金である緑色のアエロライトを高純度化させた物だそうだ。
本来は赤色なのだが、最高級になると虹色になるとも言っておったかの。
はっきり言って分からないので、聞き流した。
「よく分からんかったが、大事な物であろう? 屋根なんかに使ってしもうて良いのか?」
「構わん! 我の家族のためだ!」
「私の事か?」
「当然であろう!」
奴は私の背中をポンポン叩き、ガハハハハと笑う。
軽く叩いているつもりなのだろうが……、体の差のせいでかなり痛い。
私の体が弱っているせいもあるかもしれないが。
「痛いわ、このたわけめ! さっさと取り替えんか」
奴は尻に敷かれた夫のように作業を始めた。
とは言っても一瞬で終わった。ただ折り曲げただけなのだからな。
古い屋根を蓋のように取り外し、載せ替えるだけの単純な作業で取り換えは終わった。
「大胆じゃのぅ」
「ワイルドと言ってくれ給え!」
奴の笑い声が響き渡った。
その後、奴は昨日のように畑に水をやり、丘の方に飛んでいった。
そろそろ昼か。
奴が飛んで行く姿を見ながら、腹を擦った。
昼食を取りに家に入る。
せっかくだから屋根が見えるベランダで食べようか。
そう思い、ベランダのテーブルにお粥を運んできた。
下から見ても、やはり綺麗な屋根だ。
青空よりも綺麗に、太陽よりも明るく、テーブルを照らしている。
そんな印象を受ける。ただの光の反射なのだろうが。
昼食を食べ終わり、洗い物をしていると来客があった。
「ごめんくださーい」
人が来るのは久方ぶりだ。大抵の場合は私の方から出向いているからな。
「少し待っておれ」
そう声をかけて洗い物を終えた。
玄関に出ていくと、一人の青年が居た。
知っている。隣の家の男だ。
隣の家と言っても、山の向こうにある家の事だ。
私の夫がよく隣の家と言っていたので、私もそう言うようになってしまったが、隣とは即ち、家から一番近いという事らしい。
「おやおや、隣の……」
名前が出てこない。いよいよボケが始まってきたか?
「お久しぶりです、ヤーガさん。ノイノですよ」
紳士に挨拶してくれた。
「おーそうそう。ノイノ君、こんにちは。何の用じゃ?」
「最近村に来ないので、こちらから牛乳などをお届けに来たんですよ」
そう言えばそうだった。最近は龍に感けていたのだから仕方もなかろう。
「わざわざすまんのう」
「いえいえ。野菜をたくさん頂いていますから、お互い様です」
私の会釈に、深々とお辞儀をしてくれた。良い子じゃのう。
私は野菜を、青年は牛乳やチーズなどを出し、物々交換となった。
「ところで、屋根が輝いていますが、あれはなんですか?」
青年は屋根を指さし聞いてくる。
当然といえば当然か。このようなものは普通はないからな。
「これは特殊な金属らしい。偶然見つけたので屋根にでもしてみたんじゃ」
苦し紛れの嘘だった。
「失礼ですが、これを一人で屋根に?」
「そうじゃが?私もまだまだ現役じゃ」
ギャハハハハ。そんな嗄れた笑いを出すのだが、無意味に終わった。
家の辺り一帯が急に暗くなった。
暗い影はどんどん広がり、巨鳥の形を示す。
奴が戻ってきたのだ。
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足元が暗くなった。
雲にでも隠れたのだろうと思ったのだが、空を見上げると逆光でよくは見えないが鳥のシルエットが見えた。
それはどんどん大きくなり、巨鳥の形を成していく。
なんだろう?
手を翳して見つめていると、それは降り立った。
バサバサと大胆に翼を羽ばたかせ、フワフワと穏やかに降り立ったのだ。
黒い。本当に黒光りしているのだ。
長い尻尾をくねらせ、こっちを見ている。舐め回すように。
その目は黄金で、睨んでいるかのように瞳孔は縦長だ。
大きな口からは牙が剥き出しになっている。
ギラギラと煌めく。表面についた涎のせいで。
口が開いた。その牙で俺を噛み殺すのか?
背筋が凍り足にも震えが出、生存本能が今すぐに逃げる事を提案してくる。
「うわあああああああ」
俺は恐怖のあまり、逃げ出してしまった。
後ろで何か聞こえた気がした。しかし気にせず逃げる。一目散に。
化物は尚も俺に吠えていた。この世のものとは思えない大声で。
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奴が降り立った。
どうやら私に何か用事があったのだろう。
だが奴は、ノイノを見ている。物珍しそうに。
そう言えば、奴が此処に来てから私以外の人間に会うのは初めてだったな。
遭遇してしまったものはしょうがない。紹介してやるか。
そう思ったのも束の間。
ノイノは山へ走り出した。荷物の一切を置き去りにして。
「お主、待たぬか!」
奴はそういい呼び止めようとする。しかしノイノは振り向きもしない。
「何故逃げる!」
奴は大声で叫んだ。鼓膜が破れるかと思った程だ。
それじゃあ逃げるのも当然だろうさ。
「何故奴は逃げていったのだ?」
訳が分からないといった顔だ。
「お主を見ても平然としておれるのは、馬鹿か物好きしかおらんわ」
「そうなのか?」
「そうじゃ」
奴はまだ納得出来ないようだ。
「それよりこんな早くに戻ってくるとはの。何かあったんじゃな?」
「そうなのである!」
聞いて欲しいと言わんばかりの無邪気な笑顔だ。先程の事などもう頭にないような。
「芽が出たのだ!」
私も喜ぶはずだ。奴はそう思っているに違いない。
「光る種のか?」
「当然である!」
私にも見て欲しいと言っているに違いない。
「分かった分かった。ついて行こう」
両目を瞑って今までにない笑顔だった。
私の胸は少しときめいた……気がした。
今日も奴に抱えられて、丘へと飛ぶ。
このままノイノのところへ行けば……と思うが、返って逆効果だろうな。
今日は無理そうなのだが、野菜は後日届けてやろう。