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盟約の竜  作者: こうあま
1/12

盟約の竜 1

 大地を揺るがす轟音に、青年の微睡は奪われた。

「なんだ……いったい」

 夢から醒めきらない心地と驚きとで、まともな呟きにはならない。相当な音量だった。しかし、似た音に心当たりがあったから起きたのだった。

 青年は上着を羽織って靴を履くだけの身支度をし、壁に掛けた鞄をひっつかんで飛び出した。


 外に出てみると、既に陽は高かった。正午が近いのだろうと思う。

 走ろうにも体が鈍っているのか寝起きだからなのか、どうにも重かった。

 普段なら怠惰な生活にわずかなりとも嫌気がさす場面だ。しかし、青年の関心は今ばかりはそのようなところにはなかった。


 どちらへ行くべきか考えて、森の方向ではないと判断する。わずかな森の他には、岩肌さえむき出しになっているような寂しい山がある。むしろこの地はそのような荒れた山ばかりだ。

 森の中に落ちたなら木々の折れる音がする。しなかった。地面に打ち付けた音だけだ。ならば、そちらだ。

 そこまで考えてから、ふと青年は我に返った。苦笑を浮かべる暇もなく足を運びながら、思う。

 ――俺はあの音を、竜が落ちた音だとわかっているというのか。

 しかし、杞憂であればそれで良いのだ。向かうのをやめるという選択はなかった。青年は山の地形を思い描き、場所の検討をつけてまた走る。


 山の僅かに拓けたところに、一頭の黒竜と少女が転がっていた。

 青年は近寄ると、様子を観察した。

 両方とも気を失っている。竜が生きているのはすぐにわかるが、人間のことはよくわからない。だが半分竜に乗ったような姿勢をしているから、たぶん無事だろうと思う。

 竜は、あちこち翼を擦っていた。つややかな黒い鱗にも、いくつも傷を作っている。

「……鞍が無い」

 人が乗る竜ならば当然付けているものだが、見当たらなかった。取れてしまったようにも見えない。痕跡さえ無いのだから、たぶん元々つけていなかったのだ。

「いい加減だな」

 舌打ちをしたい気持ちを抑え、少女に声をかける。

「おい、大丈夫か。この竜はどうしたんだ」

 肩をたたくと、何度か呻くような反応だけが返ってきた。まともに話せる様子ではない。

 青年はため息をついてからカバンの中身を弄る。しばらく使っていなかったが、中身は以前と同じだ。慣れた手つきで目当てのものを取り出した。

 小さな笛を取り出すと、吹く。心地よく突き抜けた高い音が響いた。

 しばらく待つと重い羽音が近づいて、青年の前に降り立った。くすんだ緑の竜だ。青年は竜に近づくと頭を撫でてやる。

「悪いな、頼むよ。怪我をしているけど、おまえなら運べるだろう?」

 緑の竜は応えるように青年にじゃれついた。


***


 少女は目覚め、見知らぬ場所だとはすぐにわかった。

 だがあちこち体が痛い、特に頭痛がひどかった。頭の中にもやがかかって、知らない場所だという以上には考えが進展しない。

「ここ……どこ?」

 自分の声さえどこか遠い。外の光に暖められた質素な布団の心地よさだけが実感出来る。ああ、今は昼なのだと思った。記憶の糸をたどり、竜と共に落ちたことだけをかろうじで思い出す。

 そして、たぶん誰にかに助けられたのだと思い、その安堵と共に眠った。


 次に目が覚めたのは夜だった。室内が薄暗くなっており、少し離れた椅子に人間が腰かけていた。体の痛みだけは相変わらずだった。

「起きたか」

 ため息のような呟きだった。目つきの悪い男が少女を見ていた。

「気分は? 聞きたいことが山ほどあるんだが応えられるか」

「あ……へいきです」

「じゃあ、名前は」

 起きようとする少女を制しながら言う。まだ起きない方がいい、と青年は付け加え、己がベッドサイドへ寄った。

「カノ」

「わかった。俺は、ケレス」

 青年はそれ以上の自己紹介をしなかった。

「何があったんだ。思い出せるか? 竜が落ちていた」

「何が……って?」

「襲われたとか、落ちた原因だ」

 カノはおぼろな記憶をもう一度手繰り寄せる。薄暗い天井を見つめても、あの時の空はとても思い出せない。

「原因なんて特に……飛んでいて、落ちたの」

 カノは素直に言ったつもりだったが、青年は絶句したようだった。沈黙が続き、カノは思わず声をかける。

「あの」

「いいか」

 声が重なった。

「人を乗せて飛んでいる竜が原因無く落ちるなんて、まずあり得ない」

 不機嫌な声色だった。

「まともな調教を経ていたらな。どこから手に入れた竜なんだ。ろくでもない商人からか?」

 不機嫌というよりは怒りと軽蔑を滲ませているのだと気付いて、カノは思わず上体を起こした。

「そんな! ……う」

 途端に頭痛がひどくなり、めまいがする。思わず額を押さえた。

「俺は、調教師だ」

 額を抱えたまま、カノはケレスに視線を向けた。ケレスはカノではなく、壁を睨むように言う。

「あの竜はまともに調教されていない。そんな竜が増えるから、竜が貶められていくんだ」

 眉に皺を寄せた険しい表情の裏に、一瞬竜への思慕のようなものが見えた。

 カノは、ケレスの物言いを責める気持ちが引いた。

「あの竜は」

「おまえは何者だ、何のために竜に乗る」

 その言葉が耳に入った瞬間、心臓が鳴った。一切の考えが飛ぶ。意識などどこにも無いまま、口だけが動いた。言いなれたフレーズを紡ぐ。

「わたしは盟約のために竜に乗ります」

 一瞬でカノの様子が変わり、ケレスはぎょっとする。

 カノは抵抗も決意も何もない瞳で、どこを見るともなく、しかし明確にその台詞を言ったのだ。丸暗記した言葉を言っただけなのは明らかだった。

 何かおかしい。

 ケレスはそう思わずにはいられなかった。

「おい、大丈夫か」

「わたしは盟約のために、竜を守るために、命を懸けます」

 言葉の調子は変わらない。ケレスは早々と諦めた。――不気味に感じたのだった。

「もっと寝ろ。調子が戻るまで場所を貸してやるから」

 そう言って消灯し、隣の部屋へ消えた。真っ暗な部屋の中、カノは呟く。

「わたしの命は盟約のため」

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