50 la soif s'en va en buvant.
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屋根の上から見ると、王都の道が曲がりくねっているのがよく分かった。
中央を走る大通りは真っ直ぐだが、一歩道を逸れると途端にグネグネと曲がりくねっている。道路端の家が増築を繰り返した結果だろうか。
面白いのは、道路の上に二階部分を作り、トンネルのようになっている場所があることだ。強度は大丈夫なのかな、アレ。道幅は馬車が一台通れるかどうかといったところだろう。俺はこういうゴチャッとした場所も好きだが、ポムはすごい渋い顔になっていた。お前は意外と整頓好きだよな。他人様の街だからいらんことするんじゃないぞ。
あの後、流石に事態が気になって見学――もとい、偵察に出た俺達だったが、到着した頃にはすでに騒ぎは終わった後だった。人々は留まることなく足早に行き来し、騒ぎがあっただろう場所には誰もいない。道行く人の歩調が早く感じられるのは、不穏な状況だったという証拠だろうか。そこここで隠れてその様子を見ている人間がいるのが、頭上からだとよく見えた。
……相変わらず人間は隠密能力が低いな……いや、正妃の所にいた奴は高かったか。どの陣営か分らんが、能力差が著しいな……
俺達がいるのは、大通りを外れた市街地の一角――広場らしい場所を見下せる屋根の上だ。
一目でそれと分かる貧民街との境目からは、頑丈な造りの馬車が出て行くところだった。空になった荷馬車と、護衛らしき騎士に守られた豪華な馬車だ。
周囲に血の匂いがしないということは、さすがに街中で剣を抜くような事態にはならなかったということだろう。誰も怪我が無いのなら、なによりだ。
豪華な馬車の近く、護衛騎士の中央にいるのはリベリオだ。立派な甲冑姿の男が馬を並べているが、あれが怒り心頭になったというもう一人の王子だろう。ふむ……背中しか見えないが、以前王宮で見たコルニオラ卿とやらより強そうだな。軍関係者が支持する第二王子で間違いなさそうだ。
第三王子とやらの姿は見えないが……あの馬車に乗っているのだろうか?
「ん~……全部終わっちゃった後のようですねぇ……」
なにやらキョロキョロしていたポムがそんなことを言う。ポムの場合、俺達が見ているもの以上のものを見ていそうでちょっと気になる。
「もう少し早く出てくるべきだったか?」
「まぁ、騒動を知ったタイミングがタイミングでしたからねぇ。終わっちゃってるものは仕方がないかと。一応、【接触過去視】しておきましょうか?」
「映像抽出は可能か?」
「……アレ、第七以上の魔力結晶石がいるんですけど……」
あ。それは作ってないわ。今度作っておこう。そうしよう。
「つーか、俺の知ってる単語で俺の知らない魔法の話が出てるんだが、サイコメトリーって、こっち的には異能じゃねーの?」
「こっち的、という意味はよく分からんが、【接触過去視】は固有才能の一つでもあるし、魔法でもあるぞ。厳密に言えば、異能である固有才能と同じ効果を魔法で再現しているものがある、というのが正しいな」
「……あー……なるほど。そういや、浮遊や伝心も似た魔法があるもんな……」
遠い目でぼやいているが、俺としてはロベルトの知識量が謎に満ちてて興味深いよ。
「ちなみに時空魔法の第六位に相当する」
「位階、高ッ!!」
過去を覗き見るんだからそれぐらいするとも。
「俺としてはロベルトの魔法知識の無さと妙な知識量が気になるな。本好きによる長年の文献漁りの結果か?」
幸運値があほみたいに高いから、立ち寄った村とかで伝承やら伝説の文献やらと出会える確率も高そうだしな。……考えたら勇者補正高能力値って宝探しに最適だな……
「うー……いや、これは別のモンだな。まぁ、いつか話すよ。お前が隠し事打ち明けてくれたときにでも」
なんだと!? 俺が隠し事満載なのがバレているだと!?
どれだ!? 俺の頭髪問題か!? それとも実年齢問題か!?
そしてポムよ、このタイミングで俺に優しい微笑みを向けるのはやめたまへ。頷くんじゃない。
「まぁ、坊ちゃんの哀しい隠し事はともかくとして、ロベルトさんは能力も素質もずば抜けてるんですから、少しは魔法の知識を身につけたほうがいいですよ。今ならもれなく竜魔女史の手とり足取りつきです!」
「魔法の知識に手も足も不要じゃねーか!?」
「俺のお手製魔法書、使う?」
「……魔王の書とか笑えねーから、遠慮しとく……」
む。何故タイトルがバレているのだ。
仕方ない。表題を『親友の書』に書き換えておいて押し付けよう。そうしよう。そして密かに親友認定を公のものとするのだ。
「しっかし、ポムさんなら異能の方持ってそうな気がしたんだが、そうでもないんだな」
「私を何だと思っているのか、微妙に気になる発言ですね……。魔法はアレンジ一つで色々できますから異能より使い勝手がいいんですよ。覗き見してる間中魔力ガンガン消費しますから、あまり人間にはオススメできない魔法ですね。しかも見えるの本人だけですし」
ポムの説明にロベルトが微妙そうな顔をしている。「それって結局……」とか呟いているが、何か気になる部分でもあるんだろうか?
「しかも魔法で得た情報が映像の場合、特別な力をもつ魔石や水晶に封じ込めることもできます。その意味でも、こういう時に役立つのは魔法ですね。異能だと、それが嘘なのか本当なのか、周りの人にはわからないでしょう?」
「ああ、そうか。見てる本人だけしか分からないって、そうなるよな……」
「得た情報を元に証拠を集めるとかは出来ますけどね。ただ、まぁ……映像を転写しようがそれ自体を疑われることもありますから、全てに対して有効というわけではありませんが。ま、それ以前の問題として、過去や未来に関する映像は扱いが難しくて、きちんと映像として定着させる為にはかなり高位の魔法道具が必要になるっていうのもありますけどね。第七以上の魔力結晶石は、流石の坊ちゃんも手持ちが無いみたいですし」
「大抵は第三までで事足りるからな。量産したのも第六までがせいぜいだ」
お試しで作った高位のやつは、別のことに使いきっちゃったしな。
「……素朴な疑問だけどよ、普通一般に出回っている水晶とか魔石とかの位階ってどれぐらいなんだ?」
「人間社会での『普通』となると……」
「うーん。多分、位階外……言うなれば『その他』枠じゃないですかね? 力のある占い師や魔術師、あるいは魔法使いが使うレベルでようやく第一か第二ぐらいですかね?」
「お前らの基準、相変わらずオカシイな!?」
そう言われてもな……魔族基準と人間基準の違いじゃないかな?
「ロベルト様。あまり大きなお声を出されますと目立ってしまいますわ?」
周囲を警戒していたシンクレアがロベルトの腕をとりながら警告する。風の魔法での消音と光魔法での姿隠しをしているのだが、まだ足りないのだろうか?
……いや、あのふくふくとした嬉し気な顔……どう見てもロベルトにくっつく口実だな。仲がよさそうでなによりだよ。
「え、あ、ハイ。……つーか、なんでわざわざ屋根の上を走ったよ?」
「地上は人で埋もれている可能性が高かろう。機動力を考えてのことだ」
隠蔽系魔法をかけたおかげもあって、誰に見とがめられることなくここまで来れただろう? 地上を行くのではこうも早くたどり着かなかったはずだ。別に俺が高い所が好きというわけじゃないとも。地面歩いてて石投げられたらココロが折れるからという理由でも無いとも。
「坊ちゃん、上に登るの好きですよね。壁とか屋根とか」
ポムさん黙ってくださいませんかね!?
「レディオンよ……なんとかと煙は、って言うけどよ……お前さん、魔王としてソレどうなんだ?」
「俺はまだ魔王じゃないと何度言わせるのだ。そもそも、お前は俺達魔王にいったいどれほどの理想をもっているのだ?」
前々から思っていたが、どうもロベルトの考える『魔王像』は人間とも俺達とも違う感じだな。
あと、「なんとか」って部分にくるのについて語ってくれたまへ。
「あー……悪ぃ。そうだな、コレ、勇者って言葉で想像されるボクノカンガエタカッコイイユウシャゾウ的な理想と同じか……すまん。俺が悪かった」
「う、うむ?」
……で、結局どんな理想を抱いてたの? オレノカンガエタカッコイイマオウゾウとかいうのがあるの?
目ぇ逸らしてないで、何か言ってくれないかな……?
「……って、あれ、竜子さんじゃないですかね」
周囲を確認していたポムの声に、俺は思わずそちらに目を向け、すぐに目標を見つけて半笑いになった。鮮やかな赤銅色の髪がチョロチョロしている。
「行方不明だと言っていたが、元気そうだな」
「まぁ! あの子ったらこんなところにいましたの?」
竜魔の雌ナンバー2のルーシーだ。……見えないけど、彼女も竜魔の中では実力者なんだよな。ポムに言われるまで俺達が気づけなかったってことは、隠密系能力使ってたんだな、あいつ……
あ、こっちに気付いて手を振りながらぴょこぴょこしてる。いやまて、ここにいるのがバレるだろ!?
「ちょっとシバ……いえ、ひっつかまえて来ますわ」
クレア先生!? 今、シバくって言いかけなかった!?
「いやいや、竜魔女史だと目立ちますから私が回収してきます。……一応、念のために商会の支部と屋敷の結界を強化してからもう一度王宮に向かいましょうか。坊ちゃん、それでいいですか?」
「そうだな」
飛び出しそうなシンクレアをロベルトに押しつけて、ポムが地上へと向かう。やれやれと肩の力を抜いた俺の耳に、すれ違いがてら低く呟くポムの声が聞こえた。
「……どうやら、『兄弟喧嘩』は相当捻られているようですよ」
……これ以上の騒動は勘弁してほしいもんだがな。
◎
「話にならん!」
広い部屋に怒号が響き渡った。
王宮の奥、玉座の間の近くに儲けられた王族の為の一室にいるのは四名の男だ。先程大神官を連れ帰ってきたはずのマリウスとリベリオ、そしてコルニオラ卿マリオ・リーデンベルク。彼らの前で厳めしい顔で立っているのは、引っ張られてきた大神官ではなく、筋骨隆々とした大男だ。大声をあげたマリウスをチラと片目で見て口を開く。
「殿下。この程度で激昂するなぞ、鍛錬が足りませんな!」
「ミケーレ……そう言うがな、これを笑って流すことなど到底できんぞ!」
途端、噛みつくように告げる王子に、大男は「ふむ」と深い声を落とす。
頑強な体に相応しい野太い声は、怒鳴り声をあげるマリウスとさして変わらないほど大きい。平時であっても地声の大きいことで知られるこの男こそ、戦場にあっては端から端まで声を轟かせると言われる王国軍総帥、ミケーレ・エンハンスだった。
「何かといえばすぐに『神の思し召し』で逃げおって……! 連中は都合の悪いことは全て神に責任を丸投げする! あれで聖職者か!」
「まぁ、聖職者の大半はあんなものだよ。現実を見ることなく理想の世界だけを夢見て実行すれば、ああいう風になる」
「兄上! 呑気に構えている場合ですか! せっかく捕らえた大神官も待ち構えていた神官連中に連れ戻されるし……しかも連れ戻す理由が『大神官でなければ払えない呪いを解呪する為』だと? ハ! 我が母の異変にすら何一つ対応できんかった者が何を言うか!」
マリウスの声に、リベリオは明後日の方向に視線を逃がした。マリオとミケーレはその様子に首を傾げる。
「そういえば、噂で正妃様がかつてのお姿を取り戻されたと聞きましたが……」
「おお、そういえば! オークのようだったのが美女に戻ったそうですな!」
「あぁ、うん。事実だよ。綺麗に痩せてたね」
「ミケーレ! 言葉を控えろ! それに、兄上! ダイエットが成功したみたいな言い方はよしてください! あれはどう考えても異常でしょう!」
「そうだけれど、本人が幸せそうだからいいんじゃないかな? やつれてるわけでもないし、むしろ前より健康そうだし」
「母の肥満……いえ、あの体格があんな風に一気に痩せるわけがない! 確かに前よりずっと健康そうに見えますから、そこは良いのですが……」
複雑極まりない表情なのは、元に戻ってくれて嬉しい反面、急激すぎて不安といったところだろう。激痩せの内容に思い至っているリベリオは遠い目になった。
「まぁ、内容はともかくとして、あの呪いを前に神官たちが役立たずだったのは確かだよね。……呪った相手が強すぎてどうにも出来ないって感じだけど」
「やはり呪いか! ……かわった呪いだな……? 父上は余程のことが無い限り害にはならないだろうから放っておけと言うが、本当に放っておいても大丈夫なのか……?」
「まぁ、現状なら大丈夫じゃないかな。そうでなければ、流石に父上や宰相が動いてるだろうし」
「そうか」
兄王子の返答に安心したのか、マリウスは少しだけ息をつく。弟がチョロいのか自分の信頼性が高いのか、どちらだろうかとリベリオは密かに悩んだ。
そんな一段落ついた王子達を見て、マリオが気を取り直したように姿勢を正す。
「それよりも……大神官を引っ張ってくるなど、お二人とも無茶をなさいますな」
国の重鎮であり、公爵家の末娘を妻にするなど中枢と関わりの深いマリオは、この国の状況を詳しく知る者の一人だった。王国軍総帥に、ここにはいない宰相、北のポーツァル家当主等と共に現国王が即位するときにも尽力した忠臣であり、この場の誰よりも長く国の内実と向き合っている。その身からすれば、今回のことはいささか力業に過ぎる気がして危うく思えた。
「教会は年々発言力を強めてきています。王宮内部にも相当根を張っているとみて良いでしょう。高位の神官を王族が査問にかけようとしたというのは、彼らに王政を弾劾する理由を与えることになりかねません。お二方がそれを考えないとは思えませんが……」
「あのような暴挙を許しておけるか! 聖職者が政に深く関わる内容に手を出したのだぞ!」
「あちらは第三王子殿下を擁しております。その要望に従ったまでと言い張られればどのみち『教会』を取り締まることは難しいでしょう」
「その場合はサリュースの問題としてとりあげれば良い。そも、そのサリュースをこちらの意向を無視して勝手に大神官が退避させたからああなったのだ。その責任は大神官がとるべきだろう」
「……仰りたいことも分かりますし、ある程度の筋は通りますが、彼らにそういう『筋』が通るかどうかはまた別問題ですよ、マリウス殿下」
「わかっている! だが、放置など出来まい!!」
マリウスの吐き捨てるような声に、事情のわかる面々は嘆息をついた。
そう、事情は嫌と言うほど分かるのだ。同時に、そんな真っ当な理由が通用しない連中が相手である苦しさも。
「王国に巣くう寄生虫め……!」
「殿下。お声が大きゅうございますぞ」
「寄生虫の自覚があるのならまだマシだがな!」
これはいったん時間をおかないと無理だと判断して、マリオは自身の娘と関わりの深い第一王子を見た。
「リベリオ殿下。貴方らしくありませんな」
「そうかな?……いや、そうだね。昔の私であれば時期と手段をもう少し吟味したかもしれないね」
騎士をひきつれてマリウスが飛び出したと聞いた時、このままではいけないと後を追ったのがリベリオだ。実際のところ弟同士の本格的な戦いが発生しないよう、抑える為に出たのだが、蓋を開けてみれば自分と第三王子の対立の方が浮き彫りになった。
「私も我慢の限界がきた、と言えばそれまでなのだけれどね。……実際のところ、私は攻勢に出ざるを得ないのが現状だ。――逆にマリウス。そちらの陣営は出来れば力を温存してもらいたい。コルニオラ卿は今回のことに関して関与していないのだから、彼らの側に回ってもらいたいのだがどうだろう?」
「何を仰いますか!」
突然の王子の発言に、マリオは目を剥いた。これまで公に立場を明らかにしてはいなかったが、マリオは第一王子の陣営だ。娘のこともある。これからの国のことを考えても、王位を継ぐのに最も相応しいのは第一王子だと思って動いていたのだ。それが突然、第二王子側に力を貸してくれと言われても到底承伏できるものではない。
「そもそも、殿下の言う『現状』の説明をお願いいたします。地方から帰ってからの貴方には不自然な点が多い。……まさかとは思いますが、『彼ら』に洗脳されたのではありますまいな?」
「やれやれ。公正で有名なコルニオラ卿にまでそんな風に疑われるのだから、教会の教えというのは罪深いな。レディオンの苦労を思うと申し訳ないやら可哀想やら……」
「殿下!」
「分かっている。これからのこともあるし、ちゃんと話すよ」
一度嘆息をつき、リベリオは椅子に背を預けた。
「理由はいくつかある。そのうちの一番の理由は、サリュース達のやり方が直接的になってきたからだ。これは『彼ら』とは関わりのないものだろう? ……いや、助けてもらったからそういう意味では関わりは深いか」
どこか疲れたように言う兄王子の声に、マリウスは声をあげかけ、堪えた。
嫌な予感がした。聞きたくない。だが、聞かないで終われるはずもないことを、マリウスはよく分かっていた。
「言葉を尽くしてどうにかなる段階は、すでに過ぎてしまっている。サリュース陣営は、こちらを殺す為の罠を仕掛けてきた。食い破って生き残れたのは、『彼ら』が居合わせたからにすぎない。まぁ、私はおまけで助けられたようなもの、というか、むしろ私が『彼ら』や街を巻き込んでしまったのだけど」
「『死の黒波』ですな!」
カッとミケーレの目が見開かれた。今まで黙っていた分、大声が堪えてリベリオが耳を押さえる。
「ミケーレ、もうちょっと静かに話せないかな?」
「すまんですが、無理ですな!」
ちょっと申し訳なさそうな顔で言われて、リベリオも困り顔になる。その頃にようやく理解したマリウスとマリオが叫んだ。
「馬鹿な!」
「ありえません!」
「いいや。不可能では無い。もっとも、賭けの部分もあるけどね」
そう言ってレディオン達とも話し合ってたてた憶測を述べると、マリウスとマリオは愕然と棒立ちになり、ミケーレは思案気な顔になった。
「……証拠を揃えるのが難しそうですな」
「そうだね。だけど、無いわけじゃない」
「あるのか!?」
「あるのですか!?」
考える顔で「むむむ」と唸るミケーレと違い、残り二人は驚愕の声をあげる。リベリオはそれらに苦笑を深めた。
「一応ね。生き証人もいる。それに、サリュースにも宣言したけど、表向き、冒険者組合に依頼を出している。死の黒波に関するあらゆる情報に対して報奨金をかけた。具体的には、国内の連中の巣に入った冒険者の洗い出しと、彼らと接触した者の洗い出しだ」
「表向き、ということは、それ以外にも動いていると。! そういえば、商工組合がありましたな!」
リベリオは淡く微笑んでそれには答えなかった。
「分かりやすく、かつ、情報が集まりやすいのは冒険者組合だ。関わる人間を増やす目的もある。金はかかるが、手勢は多い方がいい」
「公にするつもりですかな?」
「可能な限り傷は少なくするよ。だが、世の中に完璧なんてものは無いだろう? あの出来事は、隠しながら動いてどうこう出来るレベルを超えている。王族が国民を大量虐殺しかけた、なんて情報が流れれば、他国に付け入られるきっかけになるのは分かっている。出来る限りの手は打つよ。けれど、もし全てが明るみに出た場合には、同じ王族が粛清したという形をとる必要がある。ただし、内部粛清に失敗すれば内外の敵で国が一気に弱体化する恐れがある。……だからこそ、マリウスの陣営は力を溜めておいてほしい」
ミケーレはしげしげとリベリオを見つめた後、ややあってぶっとい嘆息をついた。
「嫌ですな……これは実に嫌ですな! どちらに転んでも大火傷は必須ではござらんか!」
「火中の栗を拾うには多少の火傷もやむなし、だよ」
「ぐぐぐ……他国に火消しと栗拾いをさせるわけにもいかぬ……致し方なし! 儂は王位継承争いには加担しませんが、教会の動きを封じるのには協力致しましょう!」
「そうしてくれると助かる」
鼻から息を吐くミケーレに、リベリオは安堵の息をつく。正直、教会の動きを抑えるのはリベリオでは無理だし、マリウスでも厳しい。王国軍の総帥が動いてくれるのなら、これ以上ない安全が手に入ったに等しかった。
「まぁ、問題は、教会とサリュース、それと、ロモロのこれからの動向なんだけどね」
「あの変態は何をしでかすか分らんですからなぁ……」
ミケーレが苦い顔で言う。嫌いきっている教会と違い、ロモロには一定の敬意を示しているのがミケーレだ。王国軍の一員であるというのも理由の一つだろうが、問題児の多い王国軍の中では良識のある一人であるのが大きいだろう。言動がアレなのが大問題だが。
「しっかし、稀代の大魔法使いが現れた、すわ救国の英雄かと噂されたと思ったら魔族とか! 件の商会の長は派手ですな」
「まぁ、本人はもっと派手――というか、いっそ神々しいよ。ミケーレにも合わせたかったんだけど、丁度王城に来た時はいなかったしね。今もすれ違いになったようだし」
「陛下も儂と引き合わせたかったらしいですが、魔族相手となると少々足が鈍りますな」
「王国最強の総帥でも魔族は恐ろしいかい?」
「赤子がドラゴンに挑むようなもんですからな。伝説に謳われる通りなら、儂なんぞ片手で捻りつぶされてしまうでしょうな! まぁ、うちの連中も装備でそりゃあ世話になっとりますし、ロモロが危害を加えない限りは安全だと言っておりましたから、軍の大半は噂に踊らされることなく平素の通りですが」
いや、むしろ怖い物見たさもあって時々店に行っているようですな、とぼやくミケーレに、リベリオは呆れたような苦笑を零した。
「あの噂は、騎士や兵士達にそこまで影響を与えていないようだね」
「まぁ、美味い干し肉やらの糧食を何度も世話になっとりますし、今度は良い装備を安い値で売ってくれとりますからな。世話になった相手が魔族呼ばわりされたからといって、敵だと剣を向けるのは躊躇われますな。冒険者達はなおの事でしょう。彼らがこの国に現れてから、どれほどの数の冒険者が装備で命を救われたか。よしんば、彼らが本当に魔族だとして、何故この地の者を強くする方策でいるのか、そこが疑問に思えますな。彼らが敵なら、敵を強くするようなものですからな」
「……商品への信頼と、敵性への疑問か」
「左様で。もともと強者たる魔族なら、多少我々に装備を融通したところで蹴散らしてしまえるのやもしれませんが、少なくとも、彼らが現れたことで助かった命が多いのは事実。なら、そのことが何らかの策でない限り、ただ相手が魔族という種族なだけの商人ということになりますな。戦場では敵ですら時に味方となることもある。兵士も冒険者も、大半はそのことを理解しておりましょう」
「戦いに身を置く者であれば、その身を守り助ける武具と食糧を与えてくれた分、好感が高いか」
「完全に敵となった時にはその限りではありませんが。儂なんぞは政治に関しては疎いし頭も弱いが、相手が戦を起こす気でいるかどうかぐらいは読める。……『彼ら』にそのつもりは全く無いと、儂は確信しております」
「彼らと直に会って話してもいないのに、か?」
全員に視線を向けられたミケーレは、マリウスの声に太い笑みを浮かべた。
「殿下。戦では情報と直感が大事だとお教えしたはずですがね? 彼らが最初にこの国に――アヴァンツァーレ領に居を構えてから、すでに一年近く経っておりますが、その間にしたことと言えば、こちらが不足している物資を流し、街を整備し、災害級魔物を撃破し、領一つと王子を救い、長年頭を悩ませていたオークの大集落を掃討し……しかも国王と直に会いながら、何の要求もせなんだとくる。普通、ふっかけてくるもんじゃないですかな。侵略するつもりなら、それこそいい機会でしたでしょう。逆に無欲すぎて気味悪いですが、イザイアから見た件の商会の長殿は……なんというか……随分と『可愛らしい』方のようですな?」
「「可愛らしい?」」
マリウスとマリオが揃って呟く横で、リベリオは噴き出した。
「まぁ、そうだね。容姿はどちらかというと、おそろしい程美しいといった感じだったけど、性格がね」
「イザイアもそのように言っておりましたな。なんともまぁ、お人よしというか優しいというか、もし貴族達と付き合う機会が出たとして、はたして大丈夫なのかと心配になるような性格をしていそうだと。……あのイザイアが心配で気を揉んでいたぐらいですから、相当でしょうな。かわりにお付きが恐ろしかったと言っておりましたが。なんでも、笑顔で国を滅ぼしてケロッとしてそうな御仁だった、と」
誰のことだろうとメンバーを思い出して、すぐに納得した。
「うん。普段は気配すら感じないぐらいなのに、レディオンのことになると背筋が寒くなるような恐ろしい気配がする男がいたね」
ポムとか呼ばれていたが、多分あの人物が正妃を呪った相手だろうとリベリオは見ていた。もっとも、その呪いがアレなあたり、実の息子であるマリウスですら恨みを感じにくいようだが。
「レディオンを害するようなことをしなければ、無害だと思うけどね」
「そうですな。話を聞くに、そのようで。まぁ、そういった事実を一つ一つ拾っていきますとな、だいたい見えてくるものがあるのですよ。例えば、彼らは決してこの国と戦う気もなければ、害そうという気もないと」
「……未来はどうなるか分らんのではないか?」
「マリウス殿下。未来なんぞ、誰もどうなるか分らんものですぞ。昨日までの友が、今日いきなり刃をつきつけてくることもある。そんな不確定な未来の話なんぞで、今日までの友をこちらから傷つけることは出来ますまい」
「それはそうだが……だが、そういう未来の話をもって彼らを敵とみなす者とているのではないか?」
マリウスの声に、一同は頷いた。
「その筆頭が、教会でしょうな」
「連中はのぅ……頭は固いうえに強欲だからのぅ……魔族だから殺して当然、奪って当然、とか平気で言いそうでイカン」
「実際に魔族かどうかはともかく、疑われた時点でそうと決めつけられて奪われる可能性はありますね」
マリオとミケーレの声に、王子二人は厳しい表情になった。
「そんなことはさせない。友好を示してくれている相手に、こちらから刃を向けるなど愚の骨頂だ」
「魔族云々の問題はともかく、なんの落ち度もない者が危害を加えられるなど見過ごすわけにはいかん」
二王子の声に、マリオとミケーレは頷いた。
「となれば、やはり私はリベリオ殿下の元で動かせていただいても構いませんな。敵は教会ということで一致しておりますし」
「そうだな。そも、兄上が負け腰だと士気に関わる。そちらを変えていただこう」
「……そういう結論を待っていたわけじゃないんだが……」
「まぁ、リベリオ殿下は諦めなされ。それと、教会は国に根を張った巨木だと考えて対応したほうがよろしいでしょうな。アレと敵対するということは、国の外にある教会とも敵対することになりますからの」
「下手をすれば国そのものが神敵扱いか……」
「それを恐れて唯々諾々と従う国もあり、その結果、陰惨な『魔女狩り』が行われることもあり……もっとも、教会側が最初から攻撃的に動いてきた場合、どうしたってことを構える必要がありますが」
「ミケーレは、その可能性が高い、と?」
「今回の事もありますが――それ以前に、かねてよりこの国の教会は武力をため込む傾向にありましたので。いずれ、何らかの行動を起こすと睨んでおります。第三王子を擁したことで、近年ますます居丈高になっておりますしな」
「……いずれにせよ、敵は定まったな」
リベリオの冷ややかな声に、マリウスは居心地悪げに体を揺らす。
「……兄上。サリュースはどうされるおつもりか」
「…………」
「兄上」
マリウスの声に、リベリオは小さなため息をついた。
「状況による、としか言えない。どれだけ軽くても生涯幽閉。それも、教会の手がいっさい届かない場所で、というのが条件になる。修道院など、逆に手ごまを与えるようなものだからな」
「……旗頭に担がれただけかもしれませんが」
「本来なら極刑だ」
言い切ったリベリオに、マリウスは苦い顔になる。だが、王国の刑法を紐解いたとして、確かにその通りなのだ。
「もっとも、『死の黒波』に全く関わってなかった場合はその限りでは無いけどね。……そうであることを祈ろう」
「! そうだ、その通りだ!」
安堵するマリウスを見て、リベリオはほんの少しだけ悲しい笑みを浮かべた。マリウスには悪いが、こちらの調べではサリュースが『死の黒波』に関与していたという情報がすでにあがっている。弟だからと、それだけで見過ごすことは出来ない。
リベリオはふと自分と同腹の弟を思い出し、ついで生まれて間もなかった頃のサリュースを思い出して頭を振った。記憶は意思を鈍らせる。深く沈めて、蓋をした。
「ミケーレ。教会の動きは掴んでいるか?」
「配下の者を数名、張り付かせております」
「マリオ。陛下の周りや近衛で、教会の手が及んでいる者は?」
「おりません。また、陛下の周りには常に精鋭が。王宮の警備にも教会の手の者に目を配るよう指示しております」
「マリウス。お前の方で動かせる兵はどれほどいる?」
「私の方ならば、家の者を含めて二百人ほどです。実家に声をかければ七千まで増やせますが、時間がかかるでしょう」
「そうか。……なら、王国軍所属の者は、近衛と連携して王宮の守りをかためてくれ。また、一部は私の雇っている冒険者達と協力して、次の施設の保護を頼む。街に設置してある備蓄蔵、私達の生家の屋敷、それとグランシャリオ家の屋敷と店だ」
「……リベリオ殿下は、近日中に動くと思われておいでですかな?」
ミケーレの声に、リベリオは薄く笑った。
「時は金なりだ。欲深い連中なら、ここぞと動くだろう。どれだけ早く動くかは、それまでの準備次第だが――」
そこで言葉を切ったリベリオにマリオが首を傾げるが、すぐさまドアを叩く音が聞こえて納得した。
「殿下。宰相閣下よりご連絡が。『彼ら』が戻ったとのことです。また、王宮の『鳳凰の間』にお通ししてあるとのことでございます」
「ご苦労。引き続き、王宮との連絡を頼む」
「御意」
「……今のは冒険者ですかな?」
すぐに気配が消えたのを察してミケーレが問う。リベリオは苦笑した。
「そう。冒険者にも色々いてね。その職業は戦士か騎士か従士がほとんどの軍では考えられないぐらい多様だ。今の人は『斥候』の能力持ちだね。職業は聞かないほうがいいと思うよ」
「……成程。暗殺者ですか」
ミケーレの声にマリウスがぎょっとなるが、リベリオは肩を竦めてみせるだけで明言はしなかった。
「『闇を知らねば光は見えず』だよ。――さて、彼らの元に行こう。互いに静観する時期は過ぎた。腹を割って話をするべきだろう。それに、うちの方はマリウスとあちらのお嬢さんとの関係も報告しないといけないみたいだしな」
「お嬢さんとの関係?」
「兄上! それとこれとは、話が違うのではありませんか!?」
途端に赤面して慌てるマリウスに、リベリオはにやにやと珍しい笑みを浮かべる。二人を見比べていたマリオとミケーレが、ああ、と把握して同じくニヤリと笑った。
「なんともまぁ、手の早い」
「あちらのお嬢さん、ということは、その方も魔族の疑いがあるというわけですか。正義感の塊――失礼、正義感の強いマリウス殿下が魔族と聞いて目の色を変えなかったのは、それが理由ですかな」
「手が早いのは私ではない! それに、私とて色々と考えている! 魔族の噂があるからといって、兄上を助けた相手を簡単に悪とみなせるものか!」
その発言にリベリオがちょっと戸惑い、頬を掻くのをミケーレは微笑ましく見た。わりと喧嘩の多い兄弟であり、王位継承争いで陣営が違ってからは周りの衝突も多かったが、お互いの底にある信頼が薄れていないのが嬉しかった。
「それは嬉しいね。出来ればそのまま、彼らへの偏見のない状態であってほしいものだ。……ああ、そういえば、私達は喧嘩していたな。マリウスと呼んではいけなかったのだから、私もこれからは名前を違う風にして呼ぶとしよう。ええと……『まりちゃん』?」
「兄上! いいかげんにしてください! 彼女の真似をされては困る!」
「ははぁ……ということは、件の女性は殿下を『まりちゃん』と」
「ミケーレ!」
「……その呼び名だと私まで微妙な気持ちになりますな」
「マリオ!」
怒鳴るのに忙しい弟を笑って眺めて、リベリオは少しだけ軽くなった気持ちで三人に声をかけた。
「さぁ、お遊びはそろそろ終わりにして、彼らに会いに行こう。――皆、彼を見たら驚くよ。もし神というのが実在するのなら、きっとこのような姿をしているのだろうと……そう思うほどに美しいから」
目を潰さないようにね、と笑う王子に、三人は顔を見合わせ、マリウスがむっとした顔で言った。
「それほど美しいのでしたら、いっそ顔を晒して歩けばよいのだ。誰もが見惚れて、争いなんて忘れてしまうだろうに」
その言葉の正しさを知るのは、もう少し後のことである。




