表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 6 王と魔王と操りの神
98/196

49 三人の王子




「何の冗談ですか」

「誰も冗談など言ってはいない。お前が勝手な都合で頼みをしようとしている方々こそ、お前が先程『魔族など』呼ばわりした方々だ」


 リベリオの言葉に、サリュースはしばし口を半開きにしていたが、すぐに血相を変えて怒鳴った。


「冗談はよしてもらいたい! なぜ、魔族如きが魔物狩りなどするのか!」

「魔族云々は知らないが、魔物狩りは事実だ」


 苦い顔で第二王子が口を挟んだ。


「お前も噂は耳にしているだろう。最南西の街、ロルカンを襲った未曾有の災害を」

「未曾有の災害……ああ、あの化け物蟻の討伐か! 私が近くにいたなら、駆けつけたものを」


 サリュースが忌々し気な顔になる。それを見るリベリオは冷ややかに目を細めたが、口に出しては何も言わなかった。

 第二王子はその様子に訝し気に首を傾げつつも、兄には触れず弟へと声を放つ。


「まさか、あの災害を真っ向から撃破した者達を知らないというのか?」

「知っていますが、それが何か?」


 嫌そうに顔を顰めるサリュースに、第二王子は目を剥いた。


「知っていて……? 知っていて、なお、先の発言と?」


 武と共に仁義を重んじる第二王子からすれば、それは信じられないことだった。まして、実際に国民が救われているのだ。その事実を前に、王族が――内心の複雑な思いはともかくとして――感謝の意を表しないのは大問題だ。


「あんな戯言、信じられるものか! 魔族が人の街を守るはずが無い!!」

「だが実際に、街も兄上も守られたではないか」

「街を守ったように見せかけて、何をたくらんでいるか分かったものではないだろう! おまけに魔物狩りだと? 騙されているに違いない!」


 第二王子が呆れ混じりの目で弟を見る。

 今の発言が王族としてどれほど問題のあるものなのか、全く理解していないことに唖然としたのだ。弟は教会との癒着が著しい。だからこそ反発はあるだろうと思っていたが、これほどとは思っていなかった。


「そもそも、俺はその魔族云々の件に今一つ納得がいっていないが……」


 埒が明かないと、かわりに兄に視線を向けたが、リベリオは困ったように微笑むだけだ。


(兄上は兄上で秘匿するばかりか……)


 第二王子は苛立ったように嘆息をついた。兄も弟も、自分に隠し事がある。自分とて隠し事はあるが、国の大事に関わりかねない案件なのだ。腹を割って話して欲しいと思うのは強欲だろうか。

 ――実際のところ、国の大事に関わりかねない案件だからこそ、両陣営とも知りうる知識を公開していないのだが、政治の裏側に関わってこなかった第二王子には分からなかった。よく言えば実直、悪く言えば政治に向かない性格なのだ。

 リベリオはそんなすぐ下の弟の内心と状況を正しく読み取り、苦笑を深める。


「……それは今はおいておこう。それに、魔族であれ何であれ、彼らの行いは万人の認めるところ――まさに英雄の名に相応しいものだ」

「魔族を英雄と呼ぶなど汚らわしい! 一の兄よ、魂でも売り渡したか!」


 即座に反発するサリュースに、リベリオの口元にあったどこか温かみのある苦笑は消えた。


「……サリュース。お前は少し、盲目に過ぎるようだな」


 ガラリと気配が変わったリベリオに、周囲はもとより第二王子も驚いた。思わず近くの騎士と顔を見交わす。弟の態度も驚きだが、兄の方も尋常ではない。


(忍耐強いあの兄上が、この態度とはどういうことだ?)


 リベリオとサリュースの仲は悪いが、それもどちらかといえば第三王子(サリュース)第一王子(リベリオ)を敵視して喧嘩を売っているというのが実情だった。無論、リベリオ側がそれに対して笑顔でいるわけもないのだが。

 サリュースがそうなった背景には、彼の幼い頃からの環境がある。サリュースは幼い頃から周囲を取り巻きに囲まれて育った。第二王妃やサリュースの魔力に目をつけた教会関係者の希望でそうなったのだが、これが後々までたたる結果となったのだ。

 同じように取り巻きに囲まれた第二王子だったが、こちらは早いうちに軍事関係者の手で矯正されている。取り巻き同士で嫌味を言いあうことも、取り巻きが王子に絡むことも多々あったが、王子同士は顔を合わせても普通に挨拶する間柄だった。『育てる』ことがどれほど大事なのかが如実に分かる結果だろう。


 リベリオはサリュースを取り巻く環境と、その結果についてよく知っていた。だからこそ、従者が憎悪するほどの誹謗中傷にも激昂することなく受け流していたのだ。むしろ、あまりの暴言に横で聞いていた第二王子が激高し、それをリベリオが宥めすらしていた。ある意味においてサリュースも被害者なのだから、と。

 

 だが、今。

 その兄の声に、そしてもう一人の弟へと向ける眼差しに、第二王子は心底ゾッとした。


(俺の知らない間に、何かあったのか? 決定的に敵対しなくてはいけないようなことが……?)


 表向きいつも通りの静かな表情に見えても、これは違う。この兄の姿は、完全に敵を見定めた時のものだ。もともと仲が悪いとはいえ、秋に兄が旅だった頃はここまで険悪では無かったのに。


(我慢の限界に達した、ということか? ……いや、兄上の芯の強さはサリュースの言動程度では揺らがないだろう。もしその程度であれば、もっと早く爆発していたはずだ。となれば、コルニオラ卿の令嬢のことか? ……いや、いくらサリュースでもあのコルニオラ卿と敵対する愚は起こすまい)


 兄と弟の仲が決定的に分かつことになった原因。それを探ろうと脳内の情報を整理しても、残念ながら第二王子には分からなかった。もともと、ここ数ヵ月魔物の討伐や遠征のことに忙殺されていたせいもある。謀の類であれば苦手とする王子にはなおの事察し辛い。自分のそんな弱点を第二王子はよく知っていた。


(だが、兄上もここ最近は地方領主を訪ねて周っていた。衝突があったようには思えん)


 会ってなにかしらの事態が発生すれば仲の悪さも加速するだろう。だが、互いに離れた場所にいた状態で、仲が険悪になる理由が分からない。それとも帰還してから何かあったのだろうか?


(いや、サリュースは神殿関係者の間を忙しく飛び回っていたようだし、王宮で兄上と鉢合わせたということは考えられん。兄も兄で地方を巡っていた時の『死の黒波』で忙しくしていたしな……。ん?)


 自分の考えにひっかかりを覚え、第二王子は目を見開いた。

 『死の黒波』。

 気づいた瞬間、文字通り血の気が下がった。

 ――そう、考えてみれば、帰って来た時からリベリオの気配は今までと違っていた。あれは、九死に一生を得る体験をしたからだと思っていたが……もし、もしもだ……未曾有の災害に巻き込まれたからだけではなく、もっと別のものが理由であったなら……


(いや、まさか……)


 あり得ない。いくらなんでも、それはあり得ない。

 あの『死の黒波』に、弟が関与していたなど――……


「事実、私はあの地方に出向いていた為、危うく災害に巻き込まれて死ぬところだった。彼らがいなければ殺されて(・・・・)いただろうね」

「…………」


 困惑する第二王子の前で、兄と弟は冷ややかに互いを見つめ合う。どちらの目にも、ハッキリと怒りが宿っていた。


「それは実に災難でしたな」

「ああ。実に災難だった。面白いぐらい『偶然』が重なってね……。ただ、あまりにも『不自然な発生』だったからね。冒険者組合を通じて多数の冒険者達に調査をしてもらっている」

「……それは、随分な念の入れようですね」

「万が一があれば、民の生活が脅かされる。もしあの時、かの商会が街を守ってくれなければ、(おびただ)しい数の犠牲者が出ていただろう。おかしな点があるのなら、解明に望むのは当然のことだろう?」

「……まぁ、一理あるかな」


 うっすらと微笑み合う二人に、事情は分からずとも不穏なものを感じたのだろう。遠巻きに成り行きを見守っていた人々が、不安げに顔を見合わせあう。

 このままではいけないと、第二王子が言葉に出来ない焦りを殺して声をあげた。


「あの時、俺の部隊は間に合わなかったが、街へ至るまでの状況や、街そのものはつぶさに観察して来ている。大地には、行軍の跡が残っているそうだ。恐るべき大軍勢だったようだ。あれを殲滅させたというのなら、その行いは称え、感謝するべきだろう。道中を見てきた者達皆が口を揃えて言うほどだ。彼らがいなければ、計り知れない被害が出ていたのは確かだとな」

「その通りだね。何故あの魔物が『死の黒波』と呼ばれるのか、直に見てよく分かったよ。アレは、確かにそうとしか呼べないものだった。周り一面を覆いつくす、黒い波だ」


 実際にその恐怖を目の当たりにした者の言葉は重い。耳にした者の中には、遠目にその行軍を目にした者もいたのだろう。そこここでざわめきが起こるのに、サリュースが僅かに顔を顰め――すぐに余裕の表情になって鼻で笑った。


「『巻き込まれた』……ね。やはり、王族が地方の領主を訪ね歩くのは問題があることがこれでハッキリとした。地方は地方の領主に任せ、あのような風習は廃止してしまえばいい」

「そうかな。国とは中央だけで成り立っているわけではない。現実を見るためにも、地方には足を向けるべきだと思うけれどね。痩せた土地も、魔物の被害も、王都に籠もっていては把握しきれないものだ。もっとも、その途中におかしげな罠を仕掛けられては困るから、護衛の数は増やしたほうが良いかもしれないね」


(ああ、また不穏になっていく……)


 第二王子は内心で頭を抱えた。いつもの兄であればこんな攻撃的な態度はとらない。まして場所が場所だ。


(まさか、本当に、あの『死の黒波』にサリュースが関係しているのか? 兄上は、その確信を得ているのか?)


 当たっていてほしくない。そんなことはあり得ないし、あり得てはいけない。万が一そうだったとして、それが内外に暴露されたらこの国はどうなるだろう。政治に疎い第二王子でも、事の大きさがどれほどのものなのかわかる。王族が王族を殺める為に、魔物を――それも国民に多大な犠牲を出す化け物を――利用するなど、あってはいけないのだ。


(どちらにせよ、このままこのような場所で言い争わせるわけにもいかない)


 第二王子は話題を逸らすべく智恵を絞って声をあげた。 


「あー……いやしかし、あの街は凄かったらしいな。王都を凌ぐ規模の巨大な長壁に、綺麗に立ち並んだ店や家々! 数多の冒険者で賑わう様子は、王都のそれに比肩するほどだったという。大災害に壊滅したかと危ぶまれたが、それどころか恐ろしいほどの発展ぶりだったそうだ。それに、まるで災害そのものがなかったような状態らしいな」


 途端にサリュースが意地悪い笑みになった。


「へぇ? 不思議なものだな。『死の黒波』が発生していながらそんな風になっているだなんて、信じられん。どんな手妻を使ったらそうなると?」

「一夜で城壁を築き上げた噂も知らないのかい? 君の耳は随分と遠くなったものだね。彼らはその壁をもって砦とし、民衆を守ったにすぎない」

「ふん。信じられないな。そもそも、その災害そのものが嘘だったんじゃないだろうな?」


 睨み合う兄弟に、第二王子は苛立ちながら声を割り込ませた。


「いいかげんにしろ! 兄上! 兄弟喧嘩がやりたいのなら王宮でやってください! それに、サリュース! 四千からなる兵士の全てが幻にかかったとでも言うつもりか!? あの街の住民も、災害前にあの街から逃げ出した者も、『死の黒波』の行軍を見た村々の住民もいるのだぞ! それらが全て幻を見たのだとすれば、そちらのほうがよほど尋常で無い!! まして大地に刻まれた傷跡はどう説明するつもりだ! 確かに、あの街とその周辺だけを見れば疑問に思うのも道理だ。正直、あのロモロが神名に誓って『災害』も『災害を撃破した者』も事実であると言わなければ、俺も発生そのものを疑ったところだが、それらは全て多くの者の目で見た現実だ!!」

「あの『神騎士』が事実だと宣言したのか……!」


 耳を澄ませていた人々から驚愕の声があがった。そこここで、それならば、と戸惑いながらも認める者の者が増えていく。リベリオが「よくやった」と言わんばかりの目でこちらを見、逆にサリュースが恨みがましく見てくるのに、第二王子はなんとも言えない気持ちになった。昔は自分と兄と立ち位置が逆だったと思うと、なおいっそうなんとも言えない気持ちになる。


「ロモロが明言したのであれば、私からはこれ以上重ねて言う言葉は無い」


 リベリオがそう告げ、ひとまず矛を収めたのに、第二王子は心底ホッとした。同時に、ここにいないロモロに密かに感謝を告げる。報告時にわざわざ神の名に誓ってまで断言してくれたのは、もしやこのような状況を予見したからだろうか。その真偽は分からないが、助かったのは事実だ。


(ロモロがいなければ、いつまでも戦っていそうな気配だったからな……)


 『神騎士』――ロモロ・リッチャレッリは様々な意味で日々噂される人物だが、信用度という意味では王都の誰よりも高い。それがどんな場面、どんな相手であれ『決して嘘は言わない』ので有名だからだ。

 そんな人物が『神の名に誓って』まで認めたということは、例えその相手が魔族の疑いがある者であろうと、ロルカンを救った英雄であることは間違いない。その地がどれほど災害とかけ離れた牧歌的な景色となっていようとも災害の発生も事実だ。


「そもそも、サリュース、陛下が彼らを王宮にお召しになり、直に何度もお言葉を交わし合ったというのに、何故お前がそれを知らないんだ? まだあれから一月も経っていない話だぞ」

「な、なんだそれは!?」


 サリュースが仰天している後ろでは神官達が慌てたように狼狽えている。告げた第二王子が首を傾げるほどあからさまな動きだった。リベリオがその様子に目を細める。


「さ、サリュース殿下。民への品も配り終えてしまいましたし、一度、神殿へお戻りください」

「そ、そうです。ここは我々が」

「待て。仮にも王子の地位にある者が国の政に関わる重大事を起こしたのだ。そも、貴様らのこれまでの横暴も目に余る。全員、王宮へ参れ!」

「貴方にそれを強要する権力がございますかな? 第二王子殿下。我々は神に仕える教会の者。さらに、私は大神官の任についている者です。いかに王子といえど、地上の権力で無理を通される謂れはございません!」

「減らず口を……」


 進み出た大神官の自信満々な顔に、第二王子は拳をきつく握りしめた。

 教会は独自の権力をもつ団体だ。この国だけの宗教であればまた違うかもしれないが、教会の『教え』はこの国だけでなく大陸全土に広まっているもの。多数の教徒を抱える『教会』は、国境を越えて展開する一つの国家のようなものだ。

 国内の教会を害せば、他国の教会から抗議が殺到する。時にはそれが発展して宗教戦争が起きるほどだ。ある意味、身の内に別の生き物を宿しているのに近い。


 何かあるたびに毎回「自分は神に仕える神官だ」を強調してくる相手に、リベリオも苦い顔になった。空想の蹴りを二、三発は叩きつけなくては気が済まない。そもそも、それなら地上の政に首を突っ込むなと言いたかった。

 ――だからこそ、次に聞こえた言葉は自分の心の声が漏れたのかと思った。


「悪いことしたから釈明に来なさい、ってことですよねー? それをカミサマに仕える人が拒否するってどうなんですかねー?」


 なんとも呑気な、可愛らしく間延びした声だった。





 誰がそれを言ったのか。

 王子と大神官の会話という、普通の民ではとてもではないが間に入れないその中に飛び込んできたのは、およそこんな場に相応しくない声だった。

 勢い、その場の視線が声を発した者に向かう。人垣の中にいたらしいその人物は、それよりも早く嬉し気な声をあげて渦中に自ら飛び込んできた。


「まりちゃん見つけましたよー!」

「「まりちゃん?」」


 思わずサリュースとリベリオが同時に呟いた。あらゆる視線が、人垣から飛び出してきた人物が真っすぐ駆け寄る相手に向く。

 『まりちゃん』――即ち第二王子、マリウス・オーガスト・アルバトロス・フォン・カルロスに。


「『まりちゃん』?」

「……兄上、そこを強調するのはやめていただきたい」

「いや、しかし……『まりちゃん』?」


 威風堂々たる美青年。そうとしか見えない、自分よりも頑強な体つきの弟をしげしげと見つめて、リベリオは思わず口元を拳で抑えた。


「っふ」


 笑いを殺しそびれた。


「兄上!!」

「おー、そこにいるのはまりちゃんのお兄さんですかー」

「ルーシー! その名称はやめよと言ったはずだ!」

「拒否を拒否ですよー。そしてお兄さんははじめまして、ですねー? うちの族長の愛人の息子さんの商会がお世話になってますー」

「誰だそのややこしい相手は……!!」

「あれー? 的確に表現したはずなんですけどねー? まりちゃんはピンときませんでしたかー。お兄さんの方もピンときませんかー?」


 衆目を一切気にせず、軽やかな足取りで駆けつけ、のみならずぴょんと第二王子の腕に飛びついた少女に誰もが目を剥いた。

 すわ愛人か、恋人か、と色めき立つ女性達の目も怖いが、突然現れた美少女に親し気にされているマリウスへのキツい視線も多い。その中にはサリュースのものも含まれてる。

 そんな周囲を眺めてから、リベリオもしげしげと少女を観察した。


 可愛らしい少女だった。赤銅色の髪は陽光を受けて赤く輝き、いかにも溌溂とした少女の雰囲気によく合っている。女らしい曲線は控えめだが、しなやかな若鹿のような伸びやかな手足も、細い肩も、いっそ中性的な魅力に満ちていた。しかも、容姿は道行く十人が十人とも振り返るほどに愛らしい。サリュースの反応を見るに――やや不穏なものを感じるが――彼の知らない女性なのだろう。


 リベリオは感心した。カルロッタの王族は、昔から女性らしい外見やか弱さよりも中性的でとにかく元気な娘を好む。とはいえ、性質や外見は余程のことがなければ繕い辛く、まして女性らしい体形ばかりはどうしようもない。そのくせ、カルロッタの貴婦人はたいてい肉付きが良いのである。

 少女は言動こそ難だが、衣服も相当な上質だった。艶やかな髪を見れば、その手入れの行き届き方も良くわかる。――実際には上位竜種である彼女の色艶に人間の常識は当てはまらないのだが、無論、この場の誰もそんなことは知らない。

 よくこんな娘を見つけたな、と弟を密かに評価していたリベリオは、次いで先の娘のセリフに首を傾げた。


 ――族長の愛人の息子さんの『商会』。


「え。グラン……の!?」


 危うく名を叫びかけてかろうじてこらえたリベリオに、少女は微笑む。


「そうですー。あそこの旦那さん、凄まじい男前なうえめっちゃ強いのでむちゃくちゃモテるんですよねー」

「ああ、ええと……うん……。レ……えぇと、『彼』の顔を考えたら、それは、まぁ……すごい美形だろうね」

「すっごい美形ですよー。旦那さんの奥さんは大陸一の超美女ですしねー」

「ああ、それも納得かな……」


 常にフードで顔を隠そうとしているレディオンを思い出して、リベリオはしみじみと納得した。最初に見た時、神が降臨したのかと思ったほどだ。状況が状況だったのでしばらくして正気に戻れたが、そうでなければずっと見惚れていたに違いない。なにしろ、彼と領主のやり取りの間中、ただただぼけっと見続けてしまっていたのだから。


「一度お会いしてみたいものだね」

「そうですねー。安心して旅行できるぐらい仲良しになったら、お会いできると思いますよー。何もしてないのに、なんでもかんでもすぐに『悪魔だー』とか『化け物だー』って言い出す人がいる間は、危なくて旅行できませんしねー」

「それは、確かに……」


 リベリオは苦笑した。

 魔族疑惑に関連した周囲の状況への痛烈な皮肉だが、独特の口調のせいで呑気に聞こえる。だが、こちらを見ている目の奥には背筋が凍るような色があった。

 怒っているのだ。目の前の少女は。

 怒られる理由もわかるため、リベリオとしては謝るしかない。


「すまない。民も分かってはいるんだが、長年の教えというのは、なかなか頭から抜けなくてね。何かあるたびに、真偽や本人を無視して暴発してしまうこともある」

「なるほどー。洗脳に近いですねー? わざわざ自分から敵を作ろうとする教えって、よく分かりませんよー?」

「まぁ、難しい問題だからね」

「お兄さんも大変そうですねー? その難しい問題の、一番偉い恰好の人は、いなくなっちゃいましたしー」

「え」


 言われて、サリュースの姿が消えているのに気付いた。


「お話にお忙しいようでしたので、サリュース殿下にはお戻りいただきました」


 いけしゃあしゃあと言ってのける大神官に、マリウスのこめかみに青筋が走る。


「では、大神官殿にはご同行いただこうか。国庫に手をつけたのだ。いかに大神官といえど、下手な申し開きはご自身の首を絞めるものと思われよ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ