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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 6 王と魔王と操りの神
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48 L'appétit vient en mangeant.





「「『広範囲栄養拡散呪』?」」



 部屋に俺達の声が響いた。

 絶対に罪に問わないことを誓約書に書かせてようやく白状したポムが、俺達に告げた呪いの名称がソレだった。


「初めて聞く魔法だな」

「私のオリジナルですからね。即席で作りました!」


 やらんでもいい分野に天才的な能力を発揮するのはやめような!?


「かいつまんで説明すると『食べたものの栄養が周囲の不健康な人に渡っちゃう』という呪いです」


 俺達一同は美女に変身した正妃を見て納得する。


「あー……過食で太ってたから、食べ過ぎによる過剰栄養が他所へいくことで痩せたのか」

「運動は元からそこそこやってたみたいですからねぇ……ともあれ、短期間で激やせするぐらい周囲が不健康だっていう状況のせいで、この有様です」


 ああ、それで枯れ木みたいだった王が恰幅よくなってるのか。

 ん? 確かこの正妃、蟄居を命じられて王城には出入りできなかったはずなのに……ということはつまり……んんー?

 俺の視線に、王がそっと視線を外して遠い眼差しをした。

 ……正妃……言うこときかなかったのね……


「ハッハッハッハ! つまりいくら食べても太らないということか! 素晴らしいではないか!」


 呪われた張本人が一番喜んでる。あんたは外見変わる前に別のものを変えた方が良いと思うよ。規則を守るとか。約束を守るとか。常識を守るとか。

 ……む。ポムよ。なぜこのタイミングで俺を見る。そして微笑むのだ。やめたまへ。


「ゴホン。まぁ、逆に周囲に栄養失調の人が増えすぎた状態で自分が食べれる食糧が減ると、餓死しますけどね」

「食べられない状況にならなければよイ! 妾を誰だと思うておる!」

「あんまり周囲に喧嘩売るような態度とってると、王様から結婚白紙に戻されて路頭に迷いますよ?」

「なんだと? 王よ! この妾を捨てると申すか!?」


 クワッと目を剥いた正妃に、王は諦めたような顔でため息をついた。


「そちらのこれから次第であろうな。あまりにも傍若無人であれば、儂とてそうしよう」

「なんだと!?」

「これまでの功績を考えしばしの猶予をおいていたが、儂の命令もまともに聞かん、他国との軋轢になるような言動を繰り返す――そんな者を正妃の座に据え続けるわけにもいかぬ」

「ぬぁあ!?」

「逆に言えば、それらを無くし国の為に動くのであれば安泰だということだ」

「単純明快な話よの!」


 のけぞって驚いていた正妃がギラッと目を光らせた。

 ……この正妃、言動が大きくて見ている分には面白いな。道化(クラウン)的な感じで。――被害がこっちに来なければ。


「ふむ……ならば、ここ最近王都を騒がせている諸悪の根源、グランシャリオ家を成敗して妾の価値を見せつけよう!」


 をぃいいいい!?

 なんなの!? 敵なの!? 即座にそこなの!?

 俺の心が高速で折れるぞ!?


「言っときますけど、そのグランシャリオ家が私の大事にしてる坊ちゃんの家ですから手を出したら国ごと滅ぼしますよ?」

「なんだと!? では、妾の有用さを証明できんではないか! どうしてくれる!」

「いや、知りませんよそんなの……そして坊ちゃん。へこんでないで戻ってらっしゃい」


 ……ぁぃ……


「したが、魔族と噂であろう。魔族なら倒してしまってもかまわんのだろう?」

「嫌ですよ。その民族差別なんとかならないんですかね?」

「無理であろうの! 神殿の連中やあちこちで繁殖しておる教会連中に物申すがよいわ。ああ、そうか。なんだ。お前、魔族か。面倒だの!」

「うわー……面倒って言われましたよ。てゆかそんな感想だけなんですか」


 しょんぼりな俺をヨシヨシしながら言ったポムに、正妃は胸を張って大威張り。


「細かいことはどうでもよいわ!」


 いっそ清々しいな。


「王よ!」

「なんだ」

「この者達はこの国にとって有用か!?」


 王は淡々と頷いた。


「色々と非常に有用だ」


 こっちもものすごい清々しいな。

 あと、王よ、うちの魔族疑惑もどうでも良いの? 疑惑どころか正真正銘魔族だけど。

 そして俺は次の魔王です。


「そうか! 色々と非常に有用か!」

「そうだ」

「ならば魔族云々はどうでもよい話だの! では、妾が解決すべきものはなんだ!」


 俺達魔族組プラス勇者は思わず顔を見合わせた。


<……どうでもいいらしいぞ?>

<え。そんなに簡単な話なんですこれ?>

<私、それなりに見聞が広い方ですけど、五百年前ぐらいまでは判で押したように皆同じ反応でしたけれど……『魔族滅ぶべし・疑われる者も悪である』といった感じで>

<いや、普通に、正妃さん等が尋常じゃないと思うぞ? 俺が巡って来た他国もクレアさんのと同じ感じだったし>


 とっさに【伝言会議(メッセージ・リンク)】を発動させてしまった。ちなみにこれは任意の小集団で脳内会話出来る魔法である。『伝える』意思が乗らない限り、例えばポムのバーカバーカとか思っても伝わったりはしないが。


<坊ちゃん。後でお話がありますよ?>


 なんでバレてるの!?


「儂としては問題を起こさんでくれたらそれで……」

「いや! お待ちください! ここは正妃様の頭脳に今一度有用度を設定すべきでしょう!」


 おっと。人類側の話を聞き逃すところだった。

 ロベルト? あいつは俺のだから人類にはやらんよ。


「なにしろ今までが今まででしたので、すでに評価は底辺になり果てておいでです。なぜなら日中、お菓子を食べる以外の動きをしなくなったから! ならばこそ、本人の要望を認めてさしあげるべきかと!!」

「お、おお! そうであったな。――ならば正妃よ! 今一度汝の有用さを示すが良い! さすれば、そなたが飢えずその体型を維持できるだけの食糧を与えよう!」

「なんか違うくね!?」


 王の言葉を遮ってまで提案した宰相に、王もうんうん頷く。ロベルトがたまりかねてツッコミいれているが、誰もそんなの聞いちゃいない。


「よくぞ言った宰相よ! 妾の有用さ、今一度心に刻むが良いわ!」

「そうさせていただきましょう! ですが! 失敗すれば評価は下がりご飯が遠のきます!」

「くっ……悪魔のような男よの! ならば告げるが良い! 妾が解決すべきものを!」


 ズバッ! と指をつきつけ、大威張りで胸を張る美女と、同じく指をつきつけ、挑発する宰相を見ながら、俺達はひっそりとソファに移動して着席した。

 あ、王よ、一緒に座らない? あと、この魚の形をしたパンみたいな焼き菓子、食べても良い?


「ならば告げましょう! 貴方が解決するべき問題は――ズバリ! 昨今急に浮上した『グランシャリオ家が魔族だと吹聴しはじめた輩の目的を探ること』です!」

「そんなもの、その『グランシャリオ家』を敵として排除する為か何かであろうが」


 うわ。日中お菓子もぐもぐ食べてるだけの人が言い切ったわ。

 ところでこの焼き菓子、美味しいね? なんだかロベルトがものすっごい凝視してるけど。


「ならば更に告げましょう!『誰がそれを成そうとしたかを探ること』が任務だと!」

「知らぬ!」


 ほんっとに清々しいな!?


「考えなされ!」

「わかった!」


 コックリ頷き、腕組みすること約十三秒。

 正妃は何故か俺の方をグリンと見た。


「オマエ、何か、人では無い領域の者に狙われておらぬか?」


 俺達は思わず揃って絶句した。


 




 正妃の考察はこうだ。


「愚かなオマエ等に、賢き妾が知っている噂を根拠として挙げてしんぜよう! 心して聞くがよい! ホハハハハハハ! ――さて。出所は美味い居酒屋を行き来する騎士達よ。楽しく飲んで食っているところで、見知らぬ者の声が笑いながら囁いていたのを聞いたという。無粋なものだの! しかも一人や二人の話ではない。時も場所もバラバラだ。内容はほぼ同じ。また、声や言葉の印象も同じ。気になった者がすぐに周囲を探ったがその相手を見つけた者はいない。混んでいる店なうえ、ああいった店の明かりというのは粗悪品故に薄暗い。一度や二度ならそういうこともある。だが歴戦の強者でも見つけられなかったとなれば手練れか人外と見るのが定石。ゆえにこれが根拠よの」

「…………」

「次に声の主の考察に入る。遊んでおるの。これは明らかじゃ。反応を楽しんでおるの。あと悪意があるの。オマエ、相当、嫌われるか何かしておるの?」

「…………」

「食い物処を狙うとは、なかなか目の付け所は良いの。人が集まるゆえ、噂は拡散しやすい。人種も職種もバラバラゆえに出所も特定されにくい。だが、浅慮よの! 妾のようにちょっと目端の利く者がいれば即分かるものよ! およそひねりも何もないお遊びのようなものであろうな! ヒューホホホホホホ!」


 ……すごいわー……色々とすごいわー……


「……なぁ、王よ。もしかして、今までこの正妃を切れれなかったのって……」

「うむ……まぁ、なんだ……情報収集力と分析力が王国でも図抜けていてな……儂が今の地位を保守できておったのも、あの者が逐一『忠告』してくるおかげでな……」


 あー……それは切れないわ。捨てるとか論外だわ。

 俺は面倒で実行してなかった【全眼(アヴィ・ディクスペア)】をこっそり使った。これ、元々持ってなかった能力なせいで、ついつい使うの忘れるんだよな……


『マリアベラ・リリー・イリリア・フィリス・リリン・カルロス LV52 種族:人間

 性別:女 職業:聖女

≪高位呪発動中≫《栄養拡散力場発動中》

 HP  523/523

 MP 1021/1021

 STR 236

 DEX 513

 CRI  37

 VIT 271

 DEF 347

 AGI  53

 INT 763

 MND  61

 CHR  57

 LUK 436

 固有才能(タレント):【並列思考】【異界知識の欠片】【重力操作】【医術の心得】【風霊の加護】

 固有能力(アビリティ):【暗算】【四則演算】【話術】【演説】』



 ……なん……だと?

 俺はもう一度【全眼(アヴィ・ディクスペア)】で凝視した。それはもうじっくりと凝視した。色々ツッコミたい部分が多すぎて困るが、俺の目はある一ヵ所に釘付けだ。種族:人間にも思うところがあるが、それ以上に――

 ……聖女……だと……?


「ん? それだけ目端が利くなら、レディオンが王に会ったときに、なんで乗り込んで来てあんな態度だったんだ?」


 おっと。俺が呆然としている間に、そのロベルトがそんな疑問の声をあげる。しれっと同じ――というか、似たような?――稀少固有才能(レア・タレント)を持ってた王妃は目をギラーンと輝かせた。


「おぬし等は第一王子の手先ゆえな!」


 本当に心の底から清々しいな!!


「政敵扱いですか!」

「妾は妾の子を王に推しておるからの! 第一王子の手の者など最初から排除のみよ!」

「せめて搦手でいこうとか思いませんかね!?」

「面倒だ!」


 ポムが顔を覆うところなんて、笑い隠す以外で初めて見たわ。ロモロといい、この正妃といい、なんかこの国の住人、色々凄いな……あ、ノアがすごい愕然とした顔でポム見てる。うん。初めて見るよな、あんなポム。気持ち分かるぞ。


「しかし、正妃よ。そうやって動くことは国益を害するだろう。それは王の権威を失墜させるものであると同時、王族の権威も失墜させるぞ」

「多少そうであっても、強敵が相手ならば傷を負うことも覚悟のうえよの!」


 あ、リベリオ、強敵扱いなんだ。立場弱いって本人からは聞いてたけど、わりと周囲の評価は高いよな。

 だが――


「そもそも、リベリオはその第二王子の王位継承、嫌がってないだろ?」

「なんだと!?」


 え。知らなかったのか。アレ。これ言っちゃマズかったか?

 ……あ、ポムとロベルトが「あちゃー」って顔してる。

 ――ま、まぁいいや。押し通しちゃえ。


「本人から聞いた。リベリオが目指しているのは国民の為の政治をする地位だ。別に弟が王位をついで、それを支えるのでも問題なさそうな口ぶりだったぞ」

「ならばなぜ王位継承権を破棄せぬ!」

「第二王子と第三王子で戦争になるからだろ?」

「納得した!」


 納得早いな!?


「ならば、第二王妃の陣営を潰せば円満解決だの! さらばだ! 妾は一狩り行ってくる!」

「「待てぇえええい!」」


 思わず一部を除く全員で引き留めた。

 なんだこの脳筋さは! 頭脳派に見せかけて頭の中身はオーク新個体のままか!

 ちなみにポムとシンクレアは何故か優雅に見物したままだ。俺の保護者枠ェ……!!


「それのどこが円満解決だ!?」

「一足飛びで第二王子派と第三王子派で戦争開始ではないですか!」

「そもそも何をどうやって狩るつもりだったよ!?」

「この状況下で武力行使とか国力低下を招くだけだぞ。有用さを示すどころか大暴落だ。やめておけ」


 発言順は王、宰相、ロベルト、俺である。

 正妃は「ふむ」と大仰に頷き、何故か俺を一度見てから、もう一度頷いた。


「ならば仕方あるまいの。確か今まさに街で騒ぎを起こしたと聞く。いい攻撃材料だの! 地道に陣営を崩していくとしよう!」

「……出来れば儂の前で王位継承権争いの宣言をこれ以上せんでもらいたいのだが……」

「そもそも後継者を正式に指名せなんだ王が悪いの! 身から出た錆というものだの!」

「ぐぅ……っ!」

「では、妾はひとまず失礼する! 妾の類まれなる頭脳に頼りたいときはいつでも言うがよい! もっとも、対価はいただくがな! ハハハハハ!」


 嵐のように去っていく正妃を見送って、ポムが妙に疲れたように肩を落とす。呪った相手に喜ばれた挙句、付きまとわれたら流石のポムもガックリくるか。

 しかし、アレが『聖女』……聖女……かなぁ……?


「……なぁ、王よ」

「んむ……どうした?」

「いや……少し気になったのだが……あの正妃、実家の身分とか、財力とか、知力とか以外に何か正妃に据えないといけない理由とか事情があった……のか?」


 例えば職業とか職業とか聖女とか。


「うむ。高位の精霊の加護を持っていてな……今の代にはロモロがおるが、儂の若い頃にはあの者が唯一王国で高位者の加護をもつ者だったのだ」


 ああ、なるほど。聖女って、そういう『特別職』なのか。

 ……俺はもっと、こう、仰々しい程に神々しい何かがあるのかと思ったよ……

 まぁ、人間が俺の『魔王』を見て色々空想してくれるのと、似たような感じかな。……ロモロの『神騎士』も本人と結びつけにくいしな……


「ところで、王よ」

「なんだ?」


 嘆息一つで気を取り直した俺の声に、王は魚型焼き菓子を手に首を傾げる。あとであのお菓子、土産にもらおう。


「その菓子――いや、先程正妃が言っていた言葉だが、『今まさに街で騒ぎを起こした』というのは、もしやリベリオが出ているのと関係があるのか?」

「ああ……」


 王は疲れたように重いため息をつく。

 ……む。ロベルトもあの菓子をまた凝視してるな。お前も狙ってるのか? 渡さんぞ!?


「……まぁ、いずれ耳にしよう。隠す意味も無かろうな」


 おん?


「サリュース――第三王子が、己が陣営の者と共に貧民街の近くに施しに出ての……」

「ふむ?」


 別にそれは悪いことでは無いような……


「己が財から与えるなら良いが、よりにもよって、非常時用の備蓄や軍の糧食に手を出しての。……カンカンになった第二王子が騎士団をつれて出撃したものだから、第一王子も慌てて出たのだ。今頃、派手に喧嘩しておるだろうよ」


 俺達は再度揃って絶句した。







「まだ受け取って無い者は申し出ろ! サリュース様からのお慈悲だ!」


 王都の大通りの端、貧民街と呼ばれる地区の手前に大きな声が響いた。それをかき消しそうなほどの勢いで次々に人々から声があがる。

 大通り側にいるのは屈強な体躯の騎士と、神官。群がるのはさほど裕福では無い姿の民だ。人を押しのけかき分け、声をはりあげて支給品を貰って行く。大きな荷馬車が数台すわっていたが、すでにそのほとんどが空になりつつあった。


「こんなに民は飢えているのか」


 その様子を、離れた場所にいた少年が眉を顰めながら眺める。口元を布で覆っているのは、周囲から()えた匂いがするからだ。纏う物も贅を凝らした礼服で、王家の紋章を刻んだ典雅な馬車を背にしているとすれば、その身の上は明らかだ。


「はっ。殿下のおかげをもちまして、彼等の生活も救われることでしょう!」

「ふむ。魔族如きに先をとられたのは業腹だが、連中の悪巧みを潰す為にも、これからの民の保護は我々がしてやらねばならん」

「全くでございます」


 恭しく頭を下げる男は、大神官を示す法衣に身を包んでいた。特注で作っただろう大きな服で、それに包まれた体もまた大きい。ただし、その大きさは縦よりも横幅にとられていたが。

 大仰な態度で接せられる少年はといえば、夢見がちな少女達が思い描く『王子』像そのもののような姿をしていた。

 輝く金髪に、晴れ渡った空のような青い目。この国の子女に人気のある色のとりあわせに、まだ愛らしさの勝つ優美な顔立ち。いっそ少女と見紛うほどに整った容貌は、男女どちらにも受けが良い。

 名はサリュース・リヒト・エル・フォン・カルロス。

 王国の第三王子である。


(フン)


 今もチラチラと感じる女性からの視線に、サリュースは薄く笑った。

 外見の良さは、武器になる。サリュースはそれを良く理解していた。

 人は自分が見たいもののみを追い求めるものだ。目に入るものは出来る限り好ましい方が良いと考える。結果として、自分にとって好ましい見た目の者には評価をプラスし、逆に見た目が好ましくない部類のものなら評価を下げる者が多数を占めていた。それが、サリュースから見たこの人間社会の一面だ。


 例えば正妃マリアベラ。かつて美しかった時は言動の悪さも許容していた連中が、ぶくぶく太った途端に手のひらを(かえ)すように批判側についた。


 例えば第一王子リベリオ。生まれた順ぐらいしか取り柄のない武力も魔力もパッとしない男だが、外見は地味目だがまずまず良いせいで庶民を中心に未だに人気が高い。なかには上流階級にもアレに懸想をしている者がいる。将来有望な自分がすぐ近くにいるというのに、コルニオラ卿の娘は――


(いや、現実が見えない娘のことなどどうでもよい)


 サリュースは軽く頭を振って考えを切り替える。

 そう、アレがもう少し醜ければ、少なくとも上流階級の娘は見向きもしなかっただろう。見栄えを気にする『真っ当な』貴族ならそれが当然なのだ。同時に、いつも汗だらけで土埃に塗れている第二王子が人気なのも、あの外見の良さのせいに違いない。


(わずら)わしい。そもそも、最も優秀な者以外は皆身分を剥奪してしまえば良いのに)


 王族として同列扱いするから、今のような状況になるのだ。神官共が常に言っているではないか。神は唯一絶対の者である、と。国を治める王はその神から地上の権利を与えられた神の代行者なのだから、国王になる者以外は皆等しく『それ以下』とすべきなのだ。神同様に、王は地上においては唯一絶対なのだから。


(まぁ、良い。此度のことで私の優秀さは周囲の認めるところになるだろう)


 サリュースは笑みを深くした。

 これを思いついたのはいつだったか――夢の中だったような気がするし、朝の微睡を楽しんでいた時のような気もする。まるで誰かが囁きかけてきたかのように、するりと良い行いのことについての案が頭に入って来たのだ。

 サリュースは天啓だと思った。あれはきっと、神の声だ。


(前々から思っていたが。私にはきっと神の加護がある!)


 そう、あの声が聞こえたら、たいてい物事は素晴らしく上手くいくのだ。面倒で邪魔な正妃が表舞台に出てこなくなったり、口うるさい神官長が辺境に左遷されたり。西南部の『眠れる資源』である大山脈の開拓を、やたらと国境警備に拘って拒否していた辺境の領主が王都に来なくなったりもした。その分サリュースが羽根を広げれる範囲が広くなり、思ったことを次々と馴染みの神官達が叶えてくれるようになったのだ。

 今回もそうだ。

 あの声が――神の啓示が聞こえたのだから、自分は素晴らしい結果を手に入れることが出来る。

 しかも、今回は勇者伝説に出てくる魔族まで用意されているようだ。素晴らしいじゃないか。やっと、やっと自分はこの地に自分の名を残せるのだ。燦然と輝く光の如く! そう、きっと伝説はここから始まるに違いない。

 そうと思うと、口元が緩むのを止められなかった。

 ――だが、うっかり息を吸い込んでしまい、途端に顔が盛大にしかむ。


「しかし、この(にお)いはどうにかならんのか。鼻が曲がって肺まで腐りそうだ」

「ああ! それはいけません。ならば一旦、神殿の方にお引き上げを……」


 しかめた顔すらも美しい少年に、大神官が大仰な動作で馬車を薦めた時、大通り側からどよめきがあがった。同時に様子を窺っていた大通り側の人垣が大きく割れる。現れたのは立派な馬に乗った少年二人と、一個団体らしき騎士だ。


「なにをしている! サリュース!」

「……兄上か」


 轟いた声に、周囲の喧噪が止まった。

 サリュースのいる場所まで乗り入れた馬は、茶斑の巨馬。見た目重視のサリュースは「みっともない」と嘲笑する馬だが、王国での評価は高い。王族所有の馬の中でも名馬に数えられる斑馬は、軍事力に力を入れる第二王子の愛馬だった。その第二王子もまた、馬の迫力に負けないほど立派な体躯をしている。三王子の中で『最も美しい』と言われるのはサリュースだが、『最も男らしい』と言われるのはこの第二王子だった。その声の大きさと男ぶりで、女性人気も高い。サリュースにとっては天敵にも等しい相手だ。

 その第二王子の傍らにもう一人の姿を認めて、サリュースは顔を顰めた。


「……よく見れば、一の兄も一緒ですか。珍しい。仲の良いことですね」


 巨馬の影に隠れてしまいがちだが、第一王子もまた第二王子と共に現れたらしい。影の薄さを揶揄する言葉に、リベリオは薄く笑うだけでとりあわない。むしろ第二王子の方が眉を跳ね上げた。


「貴様の身勝手な振る舞いは、それほどに重大だと言うことだ! 重ねて問うぞ、サリュース! 貴様、陛下にも財務大臣にも黙って、何をしている!!」


 鍛えられた第二王子の声量で、その言葉は街の隅々にまで届いた。物資を受け取っていた民が奪われてはなるものかとそそくさ退避する。蜘蛛の子を散らすようなその動きに忌々しげな顔になり、口を開きかけた第二王子をリベリオが止めた。手と目での合図に、仕方なしと嘆息をつく。


「何を、と言われましても。民が困っていると聞き物資を支給しただけのことです。王族として当然のことでしょう」

「物資の支給は毎月一定数を定期的に行っている! 貴様が勝手に持ち出してばらまいていいものではない!!」

「その定期的な支給では救えない数の貧民がいるからこそ、魔族などにつけいれられるのでしょう!」


 第二王子の声に返された返答に、周囲の一部がどよめいた。その声は数が少なくなかったこともあり、大きく響く。

 魔族などにつけいられる――その言葉が何を指して言っているのか、気付いた者がそれほどいたということだ。だが、知らない者達は首を傾げる。


「なんの話だ?」

「知らねぇのか? ほら、ついこの前王都に来たっていうデカい商会、あそこの連中が魔族だっていう噂があるんだよ」

「うへぇ……おっかねぇ……!1」


 訳知り顔でここぞとばかりに吹聴する声に、リベリオが表情を消す。ヒヤリとする目を向けられて、見聞きした噂を声高に話していた街人は震え上がった。

 リベリオはその目を弟へと向ける。


「問題を他人に擦り付けて逃げる気か、サリュース」


 いつになく冷ややかな目と口調で告げられて、嘲笑を浮かべようとしたサリュースの頬がひきつった。自分や二の兄より身分の低い女の腹から産まれ、能力も自分達に及ばない出来損ないの兄だと見下していたのに、この、息苦しくなるほどの迫力は何だろうか。

 魔力では自分に及ばず、武力では二の兄に及ばない、先に生まれただけが取り柄のはずの兄なのに。


「――誰が、そのようなことをするか」

「では、話題を変えるな。別の問題で煙に巻くような下種だというのならともかく、そうでないのならな」

「チッ」


 嫌に強気な兄にサリュースは舌打ちした。普段なら取り繕っている仮面が剥がれかけているのに気づき、表情を改める。


「で? 金勘定にだけ強い第一王子殿下は、民の為の施しも民の困窮を考えず金庫の金貨で考えると?」

「お前が持ち出したのは、来月分と再来月分に民に配るものだ。可能な限り多くの民へ、可能な限り施しを続けられるよう、ペースを考えて分けてあった分の、二ヵ月分を勝手に持ち出して使ったのだ。自分の勝手な感情と行動で」

「民のためでしょうが! あるのなら分けてやればいいのに、金に煩い一の兄は――」

「貴様が勝手にばらまいたせいで! 来月と再来月、彼らが飢えを凌ぐための食べ物がなくなったんだ!!」


 サリュースの言葉を遮った第二王子の糾弾に、大きなどよめきがあがった。


 食べ物が無くなった。


 考えれば、当然の話だ。なにしろ、今さっきばら撒いてしまったのだから。

 無ければどこかから補充しなくてはならない。だが、民であれば知っている。金も食糧も、そんなに簡単に補充できるものではないと。王族ならどうにか出来そうな気もするが、そもそも、そんな風に簡単にどうにか出来るなら、最初から『分け与えている王子』が『王子自身の金』でやればいいのだ。


 そこまで考えて、声の聞こえていた範囲にいた民は後から来た王子達が何を問題にしているのかを悟った。


「サリュースよ。貴様が持ち出した食糧が、どこから集まり、どのような時のために貯めており、何故、定期的にそこから一定量を民に施しているのか、分かっていないだろう」

「馬鹿にするな! 税だろう。税として徴収したのだから、また収穫期に――」

「収穫期は、いつだ」

「…………」


 サリュースは押し黙った。

 秋だ。

 だが、今はまだ春だ。秋どころか夏にすらなっていない。


「だが、税には金も――」

「もともと、我が国の実りは乏しい。金を積めば簡単に沢山買えるというのではない。まして大量に買えば、物価はあがる。結果として、民は困窮する」


 リベリオの冷ややかな声に、街のあちこちで不満の声があがった。

 冗談じゃないよ。これ以上値上がりされちゃ、こっちの生活がなりちゃしない。

 一家の台所を取り仕切る女性陣の目が一気に冷え込んだ。


「毎年集められた麦は必ず国庫に入れられる。貯蔵は何かあった時のためのものだ。軍の糧食もほとんどがここから捻出されている。その食糧が貯めたままになって痛むことが無いよう、定期的に消費することと民の命を守る二つの意味で、一定量を毎月『配給』しているのだ。毎年、集まった量できっちりと計算してな。――なのに、お前が勝手にそのバランスを崩した」

「やりたいのなら、自分の財産から行え! 貴様が持ち出したものの一部には、軍の糧食も含まれていたのだぞ!」

「戦争の準備でもあるまいに、軍があれだけの糧食を抱えてこんでいることのほうが問題なのですよ! 戦争が好きな二の兄!」

「魔物退治の遠征が、貴様の行いのせいで頓挫したのだ!!」


 軍といえば戦力。その軍が支持してるのは第二王子。

 じゃあちょっと意地悪をしてやろう。どうせ戦が起きることはないし、起きても食べ物が無ければ戦えまい。戦争回避にもなるに違いない。――その程度にしか考えていなかったサリュースが口を「あ」の形で硬直した。

 リベリオは内心嘆息をつく。


 サリュースは幼い。実年齢的な意味よりも、精神の意味で幼いままだ。

 おまけに自分の知る世界以外の物事をほとんど知らない。


 幼い頃から、それこそ知りたくなかった大人たちの心変わりなどを見続け、王宮や貴族社会にもまれて、商人と共に世界の情勢にも目を向けた第一王子。

 武技の素質を認められ、軍を中心に実力主義者達に周りを囲まれ、第一線で働く騎士や兵士と共に見識と実力を培った第二王子。


 だが、第三王子は違う。

 彼の周りにいたのは、高位の貴族である実家のとりまきと、権力をもった聖職者だ。

 魔法の才を認められたのなら、いっそ大陸中央にあるという魔法学園などに入学し研鑽を重ねればまた結果は違っていただろう。だが、周囲の強固な反対でそれは成らなかった。

 褒められ、甘やかされ、魔法や帝王学の知識は与えられても、一般の人々の姿を目にする機会は与えられなかった。貴族社会や一部の聖職者の世界しか知らず、それが彼の『世界』となった。


 教本の内容は暗記できても、理解していない。

 自分が過ごす世界以外にも沢山の人々が暮らす世界があることを、知識として知っていても、理解していない。

 だから、こうなる。

 ――あまりにも考えの足りない行動が、彼をとりまく環境と、そこに浸かりきった彼自身の実態をよく表していた。


「南西部の大規模な魔物の群れは、とある冒険者達がほとんど狩りつくしてくれた。だが、北はまだまだ不穏だ。あちらには魔穴もある。戻って来た遠征軍と交代で、新たな軍を派遣しなければならないはずだった。――それがお前の行いで動くに動けなくなったのだ! 貴様は北部の民を害する魔物の手助けをしたようなものだぞ! しかも北部は我等の食糧庫でもある! 被害が増えれば、今年の食糧難は深刻なものとなろう!」

「そ、そんなことを言われても……」


 思わずサリュースの口からそんな言葉がついて出た。

 そんなことを考えてやったのではなかったのだ。だからそんな弾劾を受けても困る。そう思った。

 実際には考えていなかったとはいえ、自身の引き起こした事態のため、その罪は負わなくてはならない。知らぬ存ぜぬでは通じないし、通じてはいけないのだ。王族は、強い権利をもつ。だからこそ(・・・・・)、そのかわりに同等以上の責を負わなくてはならないのだから。


「だが――そうだ。ならば、その南西部の魔物を討伐した冒険者、この私が雇おうではないか。そして彼らを北に派遣すれば良い!」


 サリュースはとっさにそう答えた。金で解決できる案とすれば上々だと思った。それに、魔物退治は自分も好きだ。南西部の群れをほとんど狩りつくすぐらいだから、相当腕がたつに違いない。まるで伝説の勇者パーティーのようだ。一緒についていけば、自分も英雄のようではないか。


 だが、サリュースはそんな自分を見るリベリオの冷たい目を見て唇を尖らした。この素晴らしい思いつきに、そんな見下したような目をされるのは不愉快だ。

 だから次に言われた言葉は一瞬、理解できなかった。


「その南西部の魔物を掃討した伝説級の力をもつパーティーが、お前がさっき魔族云々言っていた方達だ」

「……は?」




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