45 過去と現在と未来の数奇
王都までの道はわりと順調だった。
王国軍と鉢合わさないルートを通っている為、辺境を巡る大回りな道程だ。距離的には長くなるし、険しい道も多い。大山脈とか、断崖絶壁とかな!
そんな場所は飛行術だ。ロルカンでさんざん魔法を使ったから、このレベルの魔法ぐらいはもう驚かれまい。なので万が一誰かに見られても大丈夫な魔法なのだ。違うかろうがそう思い込むことにした! ……でないと、王都に着くまでに一月はかかるからな……
この飛行術のおかげで、五日目には行程の半分を踏破だ。ふふふ。良い調子だぞ! ロベルトが違う意味で死にかけているが、まぁ、気にすまい。
それにしても、こうして普段は通らないルートを行くのも悪くないものだ。通常では訪れることのない集落を幾つも巡れたからな。なかには明らかに尋常では無い『隠れ家』もとい『隠れ里』もあったが。義賊とか、口封じに殺されかけた神官達とか、過去の政変で辺境に落ち延びた貴族のとか。
……この国、色々ヤバくないか……?
「王政である以上、大なり小なりこういうのはあるさ。珍しいことじゃねーよ」
おお、ロベルトよ。高所酔いからは立ち直ったのかね。……まだ顔色は悪いな。もうちょい寝てたほうがいいと思うのだが。
「そうなのか? 俺達だと拳で決着つけて主従契約結び直したりするからな。どうも感覚が分かりにくい」
「脳筋族ェ」
失礼な。
だが、否定出来んのが地味に辛い。魔族、もともと脳筋率九割だしな。なんだかんだで、最終的に『強い者が勝者』という図式があるからな。
ちなみに『義賊』とかいうのは魔族には存在しない。阿呆な連中は、他の魔族にサクッと淘汰されて消えるのだから、義賊が誕生する素地が無いのだ。
「戦に負けて隠れ住む、とかもおまえ達じゃピンとこねーか……」
「いや、それなら理解出来るな。他種族間の戦いで経験がある」
「おまえ等を負かせる種族ってどんなだよ!?」
人間だよ。
「まぁ、それはともかく。――当主よ、この荒地の、さらに渓谷の奥ともなれば暮らすのも難儀だろう。別の土地で細々と暮らす気はないか?」
俺がそう声をかけるのは、俺達が制圧――いや、お宅訪問することになった、とある大山脈の中腹にある集落の首領、もとい元貴族の当主さんだ。住んでるのは百人程かな。地形を上手く生かした洞窟住まいで、少し遠いが水辺もある。
もっとも、髭も立派だがガタイも立派で、野生動物の毛皮で作った上着もあわせて山賊の親分にしか見えない。
まぁ、実際の生活も、今では山賊だったりするがな。
「別の場所で、と言われてもな……どこが受け入れてくれる? 公的には、我々は死んだことになっている。生きていることが分かれば、いずれ何らかの手を打たれよう」
話を聞くに、どうもこの当主さん一家、国で大きな仕事をしていたのだが、それに絡む黒い政変で一族郎党皆殺しにあいかけたらしい。どうにかこうにか生き延びた面々で、追手を振り切ったこの大山脈に居つくことにしたそうだが――
「だが、昔の話なのだろう?」
すでに二百年ぐらい前の話らしい。無論、今の世に当時を知る者はいない。
だが、俺の言葉に当主は苦い顔をした。
「今じゃ立派な山賊だ。どのみち縛り首だろうよ」
あぁうん、そういえばそちら側がひっかかるか……
俺はすでに気にしてないが、俺達の初対面も『襲撃』だった。グロッキーなロベルトを背負って歩いてたら、通行税寄越せと現れたのが彼らだったのだ。
ちなみに通行税は、旅人三人、うち一人体調不良ということで、食料の一部か銀貨一枚だった。安い。
「被害にあってないからの言葉かもしれんが、あの値段で命を奪われるというのは納得がいかんな」
「被害にあうあわないの前に、あの事態だったからな……」
うむ。彼ら来襲時、誰も予想してなかった自動反撃が発生して、徴収だの抵抗だのどころじゃない状況に陥ったのだ。
……しかし、その対応後、彼らに無条件降伏されてしまったのは何故なのだろう……? ちょっと高位の蘇生魔法使ったり、大規模な集団飛行魔法を使っただけじゃないか。もしかして全員高所恐怖症だったとかか?
ちなみにどんなカウンターが発生したのかは、言いたくない。
「まぁ、あんたらは元々普通の……とは見えないが、後ろ暗い連中とは違う旅人に見えたからな。一人は半分死にかけみたいに見えたし……」
「……面目ねぇ」
当主に視線を向けられて、ロベルトが肩を落として謝る。山賊来襲とか、普通なら勇者の出番なのに次期魔王と竜魔王にめっちゃ守られてたからな。何か思うところがあるのだろう。高所恐怖症なのだからどうしようもないと思うのだが。
とりあえず肩をポンポンしておくか。……待て、なぜお返しに俺の頭をポンポンする。
「もともと生活の為と、先祖の苦難に対する仕返しに、密輸やってる連中を襲ってるのがメインだからな。あんたらは上流階級に見えたが、なにせなぁ……」
ああ、ロベルトがぐったりしてたから、訳アリの強行軍だと思われて加減されたわけか。山賊やるには人が良すぎるな……
「正直、襲われる側としてはたまったものではないが、お前達の場合、弁えているように思う。この山道の修繕や魔物の討伐も行っているだろう? 維持費の一部を賄ってもらっていたと言い張れんことはないと思うが」
魔族ならそれで「ならしょうがねぇ」になる問題だ。
これが通行人と見れば襲い掛かり、有り金全部奪っていくような山賊なら問答無用で討伐するが、彼等はそうでは無い。だからこそ、俺達はこうしてここにいるのだが、聞けば密輸や後ろ暗い連中には金貨払いでふっかけているらしい。ネックとなるのはそのあたりだろう。
――とはいえ、道中の危険区も教えてくれるようだし、さほど悪どいとも言い難い。罪人ではあるが、悪人とも言い切れないというやつだな。正確には、悪人にはなりきれなかった、と言うべきか……
「あんた……破壊力のあるツラのわりに、話が分かるじゃねーか」
「破壊力のある顔、関係ないな!?」
どうせ俺の顔は破壊力があるよ! 誰が見ても悲鳴あげて目を逸らすレベルだよ!
山賊のじいさんが初見で心臓発作起こすほどにな!!
……俺は多分、泣いていい……
「わ、悪かった……そこまで気にするとは思わんかったんだが……」
「まぁまぁ。つーか多分、おまえさんとレディオンの認識は百八十度違うと思うが」
「あん? どういうことだ……?」
「そんなことより!」
強引にだが俺にとって辛い顔話を切らせ、当主を見上げる。
「そちらの事情を鑑みれば、現状に情状酌量の余地はあると思うが、この国の裁きではどうなんだ?」
「王次第、だろう。だが、王制とはいえ、『王』そのものの地位はそこまで盤石じゃねぇ。有力な貴族が何人も反対すればそれだけでお終いだ。昔のこととはいえ、俺達がいねぇ方がいいっていう貴族は多い。過去のことをほじくり返されたら困る、とか、領地を取り返そうと企まれたら困る、とかな」
「つまり?」
「八割、縛り首。残り二割が、まぁ、流刑かな。どのみち、知らぬ土地に追いやられたって、その土地で生きていけるかどうかわからねぇ。なら、過酷だがまだ慣れてるこの場所の方がマシってなもんだ」
「……これからもずっとこの場所で暮らすのか? お前の子も、孫も、その後の子孫も?」
「…………」
当主は押し黙った。
その様子をどこか心配げに見つめる視線がある。
俺達がいるのは、彼らの隠れ里だ。つまり、周囲には里の面々がいるということだ。俺が察知できる気配は百人余り。彼らは様々な表情でこちらを見ている。――かなり遠くから。
……俺はそんなに、老若男女に怯えられる顔なのか……
「じいさんを運び込んだ時、この里には病が広がっていた。気づいているな?」
もそもそとフードを被りなおした俺に、当主が戸惑いながら頷く。
「あ、ああ……この季節は、風邪をひく者も多いからな」
「病が流行る土壌がここにあるのだ。換気が悪い。乾燥している。新鮮な水が手に入りにくい。食糧が足りない。悪い尽くしじゃないか」
「そりゃあ……そうだが」
「薬は高価だ。密輸をしてる連中から高額の通行料をふんだくったところで、薬はそうそう手に入らない。まして普通の旅人からはわずかな金か食糧だけとくれば、人が通らなければその時点で生活が出来なくなるんじゃないか? 見たところ、栽培も満足な出来では無いのだろう?」
「…………」
「慣れ親しんだ土地を離れるのは辛いし、恐ろしいものだ。先に何があるか分からないからな。だがもし、それを推しても今よりマシな環境を望むなら、俺の所に来るといい」
「……は?」
「これから他国への出店も視野にいれていたから、その人員にスカウトだ。この国に出会いたくない者達がいるというのなら、いない国で働けば良いだけのことだろう? 国も、土地も、ここだけというわけでは無いのだから。まぁ、もっとも、そちらが嫌だというのなら無理強いするものでもないが。案の一つとして考えておくといい。この環境は、お前達人間が生きるには辛い」
「…………」
「未来を見ろ。お前の後にも、お前の血は続くのだ」
ポン、とその分厚い胸板を軽く叩いて、俺は周囲を見渡した。こちらを窺っている者の中で比較的俺に怯えてなさそうな相手を選んで声をかける。
「手の空いている者はこれから出す荷物の移動を頼む。今必要なのは、食料、水、毛布、服、薬草、煎じ薬、あとは怪我をしやすい環境だから傷薬と解毒薬だな。通行料として置いていく。皆で分けてくれ」
ドカドカと無限袋から樽やら麻袋やらを取り出した。一街分ぐらいでいいかな。
「どっから出てきた!?」
「水! 綺麗な水の樽だよ!」
どよめいたのは男性陣で、わっと声を上げて群がってきたのは女性陣だ。視点の違いが凄いな……
「あんた! これ! 本当にもらっていいのかい!?」
勢い込んで言われて、俺は苦笑した。
「かまわんよ」
「有り難い! ほら毛布! 寝込んでる連中に持ってってやりな! ああ……小麦なんて何ヶ月ぶりだろう……」
「果物もあるよ!」
「そこの! ぼさっとしてないでさっさと運ぶの手伝いな!」
「ハイッ」
……女性陣……強いな……
「あんた!」
「はいっ」
思わず背筋が伸びた。条件反射だとも。別にビビッてないとも。
真っ先に駆けつけて采配を振るっていた女性は、痩せた顔に喜色を浮かべて俺の手を両手で取った。おお……カサカサしていて、骨っぽい……女性の肌がなんということだ……こっそり治癒魔法使っておこう。
「ありがとうよ……心臓止まったじいさんを助けてくれたばかりか、岩窟を部屋みたいにしてくれたり、こんなに沢山の食べ物……あんた、凄い魔法使いだね。今までのも、これも、こんな魔法、見たことないよ!」
「い、いや、魔道具の中にむぎゅ」
抱きしめられた。
繰り返す。
抱きしめられた。
ふぉおおおお! なんということだ! 妻以外の女性にモテたことない年月イコール年齢だったこの俺が……!!
「ありがとう……!!」
涙目のご婦人にわしわし頭を撫でられて、俺も涙目になった。
ありがとう。ありがとう。この温もりだけで魔族バッシングを乗り越えれそうだよ。そして髪の毛はもう少し丁寧に扱ってくれたまへ。大人になった俺の額が……いや、なんでもない。気にするな。今生の俺は前髪に分け目はつけんから大丈夫だ。
「マーサ! どさくさ紛れになに若い子に抱きついてるんだい!」
「そうだよ。ちょっとこっちにも来させておくれよ」
「遠目に見てたけど、あれだねぇ、じいさんの心臓止まるのも分かる顔だねぇ」
おお、モテている。モテているのにコメントが胸に痛い。しみじみ言われて泣きそうだ。そんなに俺の顔は酷いのか。
「ほら、あんたらが群がるからキョトンとしちゃってるじゃないか」
「あんたが抱きついたからだろ。こんなオバサンに抱きつかれて嬉しいかね」
「だいたい育ちが違いすぎるわねぇ。元伯爵家たって今じゃ山賊だしねぇ」
「違いない!」
「言うんじゃないよ!」
カラカラ笑われたが、実のところすっごい嬉しかったですよ、ご婦人方。そしてここに来て俺の女性遭遇率がグッと上がった件について。とりあえず叫ばせてくれ。いやっほぅ!!
「……なんかレディオンがすげぇ上機嫌になってるな……」
「レディオン様、可愛らしいご婦人達に囲まれて嬉しいのですわ。男の子ですもの」
男の子はよして。魂年齢だと同年齢だ。
「あんたも、そっちの若夫婦も、急ぎの旅で無いのなら泊まっていったらどうだい? この先だとロクに休める広場が無いよ。岩山ばかりだから風もきつい。今からだと夜までに越えるのは無理だ。休憩していっちゃどうかね?」
マーサと呼ばれた女が腕まくりしながら言う。俺が答えるよりも前、むしろ光より早くマーサの傍に移動したシンクレアがマーサの手を両手で握った。
「奥様」
「おくさまっ!?」
「急ぎの旅ゆえ、おそらく滞在は叶いませんが、これは私からの個人的な融資です。生活にお役立てください」
そっと手渡したのは……うーわ、魔力結晶だわ。竜魔女王の魔力結晶だわ。
……『若夫婦』に反応したんだな、多分……
「なんだいこれ!? 宝石かい?」
「魔力結晶ですわ。高位の魔法も発動させれますし、魔道具に取り付ければ洋燈だと百年ぐらい稼働します」
あほみたいな高威力ェ……
「な、なんだか凄まじいもんなんだね? 流石にもらえないよ」
「いえ、時間があればいくらでも生み出せるものですからお気になさらず。いつかまたこちらを窺った際にでも通行料を免除していただければそれで結構ですわ」
「何百年分の通行料あんのかねぇ……でも、そこまで言ってもらえるなら、有り難くもらっとくよ」
マーサがいそいそと仕舞うのを見守りつつ、俺はちょっと遠い目になる。
普通の魔石換算で計算しても、軽く千年分ぐらいあるんじゃないかな、通行料。俺が手渡した大量の衣料品全額よりまだ高価だぞ。
「ここは俺も張り合うべきか……」
「何を張り合うんだよ。真剣な顔で馬鹿言ってないで、渡す物渡したんなら行こうぜ」
「お、おう」
ロベルトよ。自らの死地に誘うとは、なかなかの胆力だな?
高所恐怖症、治るといいんだが……
「それではな」
「……ちょっと待ってくれ」
む? 当主よ。どうしたのだ。
ちなみにこれ以上のお土産はお財布と要相談だぞ? 一応、内部規定で一集落にこれだけ、と量を決めているからな!
「……あんたらには世話になった。じいさんのこともそうだが……」
当主はそっと目で周囲を示す。俺のお土産をせっせと運んでいるやせっぽちの人々だ。
ちなみにさっきから出ている『じいさん』とは、俺を見て心臓発作起こし、俺が初蘇生魔法を施した先代当主ことじいさん山賊である。
ポムに蘇生魔法習っててよかったな!
「騙され、利用されてここに流れ着いた我々だ。そうそう、外の者なんざ信じられんが……あんたのおかげで、この冬を越せれるのも事実だ。つまりだな、その」
「まどろっこしいねぇ。ねちねち理由捏ねてないで『ありがとう』って言やいいんだよ」
「マーサ!」
口の重い当主の尻をスパーンッと叩いて、マーサが笑う。
「うちの人は口が下手でね。山賊装束が似合いすぎるぐらい似合ってるが、これでも気が小さいんだ」
成程。マーサさんは当主の嫁さんか。絶対尻に敷かれてるな。
「あんたみたいなのに慣れてないし、昔話で先祖の苦労話を聞いてたから、身分高そうな連中に拒否反応があるのも理由の一つだろうけどね」
「そうか」
気が小さい男が極悪顔面男と対峙するのは、そりゃ辛いよな……泣かないぞ。
「そんなんじゃねぇよ! ……まぁ、アレだ。あんたらが噂以上に凄いのは、今までので色々分かったから心配してねぇが……どっかに睨まれてんだろ? 魔族だのなんだの言われてるぐれぇだから」
やだ。辺境の山奥にまで噂広まってる。
「……よく知っていたな?」
「情報が命だからな。空に鳥がある時は気をつけな」
ああ、鳥便の情報網か。我が家も連結無限袋が主流になるまでよく使っていたな。今でも魔道具の気配を隠したい隠密時には多用しているが。
「それに、耳聡い連中はどこにでもいる。噂の真偽は知らねぇが、あんたら、ずいぶん荒稼ぎしてるだろう。一晩で港街が生まれ変わったっていうのも聞いた。そんなあんたらだ、いつか何らかの手を打たれるだろうとは思ってたが」
ふむ?
「そんなに早くから俺達のことを知ってたのか?」
「商人連中の中にゃ、わざわざ通行税払いに来て近道する連中もいる。この道だと、街を通らない分、街ごとの税をとられないからな。あんたらの事は、そいつらから色々な。あんたらに恨みを持つ者もいるが、儲けさせてもらったという奴もいるし、あと……いや、まぁ、色々だ」
「恨みを持つ者もいるのか……」
「荒稼ぎしてんだろ? 商売敵にゃ、文字通り天敵だろうよ」
「レディオン……」
ぽん、とロベルトが俺の頭に手を乗せる。分かってる。分かってるからそうポンポンせんでいいよ。平気だよ。
どれだけ周囲に声かけして商売に誘っていたところで、周囲を駆逐していることには変わりないのだ。恨まれはするだろう。先祖代々の店が、と言われればこちらも商売だからと返すしかない。
これも一つの侵略なのだ。商いという観点で見れば。
不特定多数の品不足に喘ぐ人々と、特定数の商人と。秤にかけて不特定多数をとった。その結果は受け止めるべきだろう。
「何らかの手を打たれると思ったらしいが、黒幕に心当たりでもあるのか?」
「いや? だが、出る杭は打たれる。そういうもんだろ?」
「そうか……」
一瞬、神族とは別に何か動てるのかと思ったが、そうでもなさそうだな。……いや、油断はするまい。あらゆる方向で警戒する方がいいだろう。これほど早く噂が巡っているのだから。
「今の国の連中にはあまり馴染みが無いからな。うちが貶められたのはもう二百年も前の話だ。じいさんですら、当時を知らないが……分かるだろう? 奴らは、自分達の利益のためならなんでもする。あんたらの儲けが気に食わない連中は、足を引っ張れるネタがあれば飛びつくだろうさ」
「…………」
「貴族と神官は信用するな。王族は分からん。時折、どうしようもない阿呆が出ることもあるからな。……ただ、噂の広がり方がよく分からん。そもそも、あんたの家は、今、勢いがある。店の展開もそうだが、街一つ、いや、領一つ救ったっていうのがデカイ。あそこの領主さんは、完全にあんたの味方なんだろ? そんな勢いのある状況の相手に、真っ向から悪意をぶつけても勝てないことぐらい、利に聡い連中なら分かるはずだ」
俺は領主をまじまじと見上げた。鳥便を使い、抜け道を通る商人から情報を集めたにしても、この男は俺の――というか、ロルカンでの情報に詳しい。
「ソコが不思議なんデヨ」
「ん?」
問い質そうとした途端、ふいに横から声が聞こえた。とっさに見やれば、妙に動物っぽい二足立ちの生き物が立っている。いや、動物っぽいというよりは、動物だ。
なんだろコレ。人間の子供サイズぐらいある、巨大アライグマ? しかも服着てる?
今の俺だと目線が合うわ。クリクリしたつぶらな黒目が可愛いな。え? これ、何かの着ぐるみなの? 生皮なの?
「ラクーン族か! 珍しいな……」
生皮だった。
「ロベルト。知ってるのか?」
目を輝かせたロベルトに問うと、なんで知らないんだと言いたげな顔をされた。
「ラクーン族だぞ? 亜人の。おまえ達の所にはいないのか?」
「いや……亜人そのものがうちの大陸にはいないからな」
「ああ……そういや、そうか……」
なにしろ、世界最凶の魔大陸だからな。どこの大陸にも住みつくという、人間すらよほどの物好き以外住もうとしない場所に、亜人が住むはずもない。
しかし、亜人か……
「見るのは初めてだが、可愛いな」
「褒められたデヨ! 嬉しいデヨ!」
「ラクーン、可愛いデヨ! 誇らしいデヨ!」
うわ!? なんか増えた!?
一匹褒めたらあちこちの崖の切れ目からワラワラ出現された。察知した百近い気配のうち、半数はお前達か!
「なんだ。場所特定されたぐれぇだから、てっきりラクーンにも気づいてると思ったが、そこまでは知らなかったのか」
「いや……気配や生命力は察知できても、人間か亜人かなんて区分けして感知しないしな」
「へぇ……」
なんか当主さんが感心したような顔になった。何か誤解された気がするが、悪い気配じゃないのでまぁいいだろう。
それにしても、ラクーン族か。ふわもこなうえ、ピョコピョコジャンプしてるのが可愛いな。俺が知ってる亜人は父様を殺しやがった海人族だからな……連中の憎らしさに比べると神がかった可愛さではないか。うむ。気に入った!
一匹お持ち帰りしちゃダメかしら……?
「ラクーン、アナタ気に入ったデヨ!」
「好きデヨ!」
「困ったコト、助けるデヨ!」
「助けるデヨ!」
「なにかあるデヨ?」
好き…だと!?
……ヤバイ……会って数秒で俺を惚れさせにかかっている……
ラクーン……恐ろしい種族……!!
「なぁレディオン。お前のツラは無表情のままだが、その内面がグラッグラになってるのを今俺は感知してしまったんだが、そこんとこ、どうよ?」
ロベルトよ。お前は俺を察知しすぎだろ。
「ラクーン族が好意をもつってことは、悪人じゃ無さそうだな」
当主が顎髭を撫でながらそう嘯く。どうやら、ラクーンの好悪を善悪のざっくり判定尺度がわりにしたらしい。何故気に入られたのか分からないが、敵意や害意の無さを本能的に察してもらったということだろうか?
「ラクーン族は善意の塊だからな。相手の悪意や善意に敏感で、悪意ある者の前には姿を見せないって言われてるんだ」
「おかげで酷い目にあうことも多いみたいだが……だからこそ、何かあったらついこっちも助けたくなる種族だ」
「ああ、なるほど……」
ロベルトと当主の説明に納得した。底抜けにお人よしな種族だから、身を守るために感覚が鋭敏になっているのだろう。
好意を抱いたから、こちらのことも好意的にとらえてくれたのだろうか? 自らの鏡みたいな種族だな。
「なにかお困りデヨ?」
クリクリした目で見つめたまま、一斉に首を傾げられて正直悶えそうになった。後ろでクレアさんがめっちゃ悶えている。女性は好きそうだよな、ラクーン族。
しかし――
「……困ったこと、は、まぁ、あるにはあるが。お前達は近づかないほうが良いだろう。巻き込んで何かあっては大変だ」
「危険デヨ?」
「危険デヨ?」
「ならアナタも危険デヨ?」
「多少のことならどうとでも出来る。俺は頑丈に出来ているからな。だが、そちらはそうではあるまい。……好きだと言ってくれた。それだけで十分だ」
ああ、本当に。世界中に嫌われた前世に比べて、今生ときたら……
「ウルウル駄目デヨ!」
「泣かす、駄目デヨ!」
「ラクーン、泣かせたデヨ?」
やだ! 涙腺に感情ダダ漏れしてた!!
「旦那! 助けるデヨ!」
「助けるデヨ!」
「恩返しするデヨ?」
「待て待て。事はそう簡単じゃあるめぇ」
ワラワラとラクーン族に群がられて、当主が困惑顔で手を振る。俺を見てため息をついた。
「ラクーン族にこれだけ好かれるのも珍しいな……」
「そうか!」
聞いたかロベルト! 俺はラクーン族にすごく好かれているようだぞ!
くっ……ここにポムがいれば、盛大にドヤってやれるものを……!!
「ああ、好かれる要因はなんとなくだが分かったな……今時の若い連中は、わりとラクーンに好かれるのを嫌がったりするんだが」
何故!?
「『お人よし』認定されたようなもんだからな。武に傾向する連中には評判が悪い。もちろん、こいつらのせいじゃ無いんだが……」
「あー……外見を気にしすぎる連中に限って、優しいイコール軟弱と考えたりするしな」
「成程。心と発想が軟弱なのだな」
「ふ……」
当主が目を細める。髭が動いて、笑ったのだと分かった。
「俺達にとっても、ラクーンは家族だ。……今、表立って動くことは出来ねぇが……オイ!」
「あいよー」
当主の声に、いつの間に用意していたのか、マーサが持っていた羊皮紙を俺に渡す。古い物だ。昔の手紙を再利用しているのか、インクを削った跡がうっすら残っている。
書かれているのはどこかの地図だ。ずいぶんと入り組んでいるな……
「王都、地下水路の地図だ。複写だがな」
「地下水路……!?」
ロベルトが驚いて地図を覗き込む。入り組んだ迷路のような図面は、成程、地下水路だとすれば納得だ。
「噴水があるからもしかしてと思ってたが……あの街、思ったより文明が進んでるんだな……」
ロベルトがわりと失礼なことを言っている。
「何故、こんなものを持っている?」
「うちの先祖が請け負った仕事だったからな。その完成後に、没落した。……丁度、神殿内部でもゴタゴタがあった時期だ」
なにその不穏な状況。
「……そういや、道中、殺されかかった神官の孫とかいうのとも会ったよな?」
「ああ、いたな」
「つまり、そういうことか?」
ロベルトの声に、俺は薄い微苦笑を浮かべた。
地図には神殿への裏道のようなものも書かれている。よくある話だ。秘密の通路は、知っている者が誰もいないからこそ秘密たりえる。
王家の隠し通路然り。神殿の隠し通路然り。
「物騒な国だな」
「まぁ、どこの国もわりとこんなもんだが……正直、気分悪いな」
どこの国もこんなものなのか……人間社会、ヤバすぎだろ。俺が世界征服する以前に滅びそうじゃないか?……いや、気を抜くと滅ぼされるのは魔族なのだが。
「しかし、こんなものを俺に渡すのは、危険ではないのか?」
「なに。今更だろう。もともと、そのせいで『一族郎党滅ぼされ』かけたんだ。命からがら逃げきって、こんな所で難儀な生活を送ることになったのも、元をただせばソレのせいだ。……意趣返しぐらい、してもいい頃だと思わねーか?」
ニヤリと悪い笑みを浮かべた当主に、俺は苦笑する。
なるほど。『意趣返し』か。
「あんたらは、商売王子さんと仲が良いらしいな? 他の誰かにどう目をつけられてようと、そういう縁があるなら、無茶苦茶なことはせんだろ。……それに、いざという時の逃走路は持ってたほうがいい。何があるか分かりゃしねぇからな」
「そうか」
察せられているのだろう。事情は分からずとも、俺達が何者かに『嵌められそうになっている』ことを。
秘密を漏らすのは罪だ。実際に地図を有していることが明るみに出れば、今度こそ草の根を分けても捜索され、殲滅されるかもしれない。
それでも、渡してくれた。――なら、俺も応えよう。
「お前の託してくれたものを、俺は覚えておく。お前達に何かあった時には、我が一族の精鋭が駆けつけよう。――息災でな」
「お、おう。……はは、ナリは小さいが、いっぱしの男だな、大魔導士さんよ。……そっちも、達者でな」
こつん、と。前に出された大きな拳に俺の拳を合わせた。俺の倍ぐらいはある荒々しい武骨な拳だ。突然の逆境に挫けず、苦境に負けず、生き抜いてきた者達の手だ。
人間にも、こういう者がいる。
そのことを深く胸に刻んだ。
長くなったので二つに分けました。
ボケとツッコミの多い後半は後日UPさせていただきます:(;ΦωΦ'):




