44 人と魔と歪な闇
◎
王都の片隅で、男達は酒を煽っていた。
自棄酒では無い。日に焼けた顔にあるのは充実感で、やや疲労の色はあるものの満足そうな色が濃い。それもそのはずで、彼等は先だって遠征から帰ってきた冒険者だった。王都の北、魔物の群れが未だ増加傾向にある地区には、騎士団と冒険者組合から定期的に討伐部隊が派遣される。中堅処で固められたその【遠征】は、単独や少人数パーティーで遠出するよりも遙かに安全で稼ぎが良い。
なかでも、遠征によって近隣では手に入れられない所得品が得られるのは魅力的であり、それを使って装備を調えたい冒険者達に良い稼ぎ場として認識されていた。
「今回のは儲けたなぁ」
「だいぶ疲れたけどな」
「けど神官が入ってたからまだ楽だったろ? 回復あると戦える時間が増えるからな」
「回復薬も補充しなくていいから金も貯まるしな!」
付近には同じ遠征組が何人もジョッキをあおっている。長の遠征で何が一番堪えるかというと、衣食住、特に食事と寝床だった。疲れ果てて帰還してすぐに宿に入る者もいれば、こうして美味いものを堪能する者もいる。女日照りのために娼館へ赴く者も多いが、そこは男として仕方のない部分といえるだろう。柔らかな温もりは何よりのご褒美だ。
「おっ! 帰ってきたかてめぇら!」
そうこうしている間に馴染みの冒険者が酒場に顔を見せる。いい感じに酔いがまわっていた男達は、やって来た馴染みの冒険者に目を剥いた。
「おいおい、いいじゃねぇかその鎧!」
「何時の間に新調しやがった!?」
「テメーでその鎧はまだちょっと早ェんじゃねーか!?」
「遠征にも行ってねェのに稼ぎやかったなこのヤロー!」
やって来た冒険者が着ていたのは、中堅処の冒険者が数年金を貯めてやっと買えるといった魔物素材の鎧だった。少しばかり傷が入っているが、金貨二十枚はくだらないだろう。生活がある為、全ての稼ぎを装備に費やせない関係上、なかなか手が出せない上物だ。
「俺等が遠征してる間に稼ぎやがったのか!?」
「王都にそんないい稼ぎ場あったか……?」
「そういや、噂でとんでもねェ化け物軍団が出たとか聞いたな。街一つ滅ぼすようなのが。その討伐か?」
「あれ? あれって南じゃなかったけか? つーか、新たな英雄が出たとか聞いたぞ」
「違うだろ。勇者だろ?」
「ぎゃはは! てめぇらの記憶力もたいしたことねーなー! オーク山の陥落だろー!?」
「テメーこそ情報違うじゃねーか!? そっちはもっと最近だろ!?」
赤ら顔でゲラゲラ笑っている連中に、街にいた冒険者は苦笑した。
「どっちも最近の話だな。といっても、俺には無関係だったけどよ」
「あー? じゃあなんだその鎧? あ、さては嫁さんに内緒でこそこそヘソクリしてやがったな!?」
「吐け! 吐けー! どんだけ貯めたー!?」
「奢れー!」
「稼いで来たのはそっちだろ!?」
「ぎゃはははは!」
すでに出来上がってる連中に、冒険者は苦笑含みの笑みを零す。
「つーか、冒険者組合に寄ってないのか?」
「寄ったぜー? 報酬貰ったからなー!」
「だったら売ってただろ? 仮設店舗の所に」
「あん?」
冒険者の声に、男達は揃って首を傾げる。
「仮設店舗ぉ?」
「ああ。ポーションとか売ってる場所の近くに新設されてただろ? 防具とか」
「あー! あの人集りか!」
「人多すぎて見えねーよ!」
「なんかあんのかと思ったら防具かー! あれか? 革細工組合とかと連携したか?」
「いや、前から噂のあったグランシャリオ家が王都に来たんだよ。出店大売り出しとかやってるぜ? この鎧なんて金貨5枚だった」
「は!?」
「なんか新人の革細工職人が作ったものだからって投げ売り状態。素材は一級品だがそういう類のが半額以下で売られてるから、早めに行っていいやつ選んできたほうがいいぞ。初日にゃドラゴンナイフとか出てたぐらいで……」
「酒呑んでる場合じゃねーッ!」
「ぎゃあああマジかよ!? それであの騒ぎか!」
「はよ行ってこいよ」
「おお! 情報ありがとよ!」
慌てて走り出す男達を見送って、冒険者は彼等が残していったテーブルに座る。少量とはいえ残ったままの料理を摘みながら苦笑した。
「まぁ、あの変な噂のせいで遠巻きな連中もいるから、急がなくても手に入るとは思うけどな」
ちゃっかりタダ飯にありつきながら周囲を見渡せば、話を聞いていた遠征組が我先にと冒険者組合に走る姿が見えた。逆に街にいた居残り組がその場のお残りに相伴預かったりしている。
「見てたぞエリック。うまいことタダ飯か!」
「おおっと、カルロにセストじゃないか。ありゃー、アレよ。遠征組が損しないように情報まわしただけよ」
「よく言うぜ!」
肉の煮込みを摘んでいた冒険者は、後ろから羽交い締めにしてきた男二人に笑った。顔を見ずとも声でわかる。幼馴染みのカルロ・ティルゲルとセスト・アンサルディだ。
「工作部隊の大隊長さんが二人して昼間っから酒かー?」
「ぶぁーか、非番だ。こっちも遠出してたから交代で休みもらってんだよ」
「他の連中はもっと先に休んでたからな。俺等は後回しだよ。まぁ、ラウラなんてせっかく帰ってきたのにまたロルカン行きだけどな」
「団長のお守りするより楽だろうけどな」
「へー。ラウラはまた遠出か。行ったばかりのロルカンにまた行くとか……ああでも、今のロルカンはすげぇことになってるらしいから、むしろ羨ましいか。俺は十三年前に一度行ったっきりだったけど、とんでもなく立派になってんだろ?」
「ああ、まぁな……」
「?」
途端に歯切れ悪くなったカルロに、エリックは首を傾げる。
「まぁ、別世界だったよ、うん。でけぇ風呂に格安で入れるうえに、出てくる飯があほみたいに美味いし、装備品なんて今までの装備品は何だったんだってぐらい強くて軽くて立派なのが手頃な金額で売りに出されてたり」
「あー……やっぱロルカンでもかぁ……それってあのグランシャリオ家だろ?」
「……ああ……まぁな……」
さらに歯切れが悪くなるカルロに首を傾げつつ、エリックは気を取り直して笑う。
「こっちでも店出してくれて助かったぜ。この鎧見ろよ! そこらの雑魚だともう攻撃が通らないんだぜ!? おかげで魔物退治が捗って捗って! 今月の稼ぎ、すでに先月の稼ぎを抜いてるんだ! 俺にもうちょっと金があったら、一緒に武器も新しくしたんだけどなぁ……次は武器を新調して、もっと稼いでやる!」
「……そうか」
「なんだ? 変な顔して……あ」
他の連中だと盛り上がる話題なのにノリが悪い、と思ったところでエリックは気付いた。
「そうか、お前等騎士団だから防具新調とか出来ねーもんな……悪ぃ。けど、ナイフとかだったら買えるだろ? それか、オーダーメイドとか頼んだらどうだ?」
「ああ……まぁ、うん……そうだな」
「ンだよ。装備新しく出来る俺等に嫉妬か? おまえらン所の団長なら、話せばわかってくれるだろ? グランシャリオ家に頼んだら防具のレベルアップするんじゃね? いっかい打診してみろよ」
「…………」
ますます変な顔になる二人に、エリックは今度こそ眉を顰める。
「なんかあるのか?」
「いや……なぁ、あの家、噂があるの知ってるか?」
「あ? ああ、アレか。どうせどこぞの店ぐるみのやっかみか何かだろ? いくらなんでも突拍子もねーよ」
「ああ……」
「んだよ? あ、まさか信じてるのか? え? いや、そりゃ、ねーよな? おまえら、あの家が本拠地にしてるロルカンから帰って来たんだろ? そこで何か酷いの見たとか?」
「……いや、すごい綺麗で立派な街だった」
「……じゃあ、なんでだ? 奴隷がわんさか働かされてたとか?」
「いや、奴隷は見たことないな……建物ガンガン建ててたのもそこらの大工のオッサン連中だったし。貧困対策とかでなんか仕事の斡旋とかされてたから、むしろスラムが消えてた」
今まで黙っていたセストも口を開いたのを見て、エリックはますます眉を顰めた。
「じゃあ、おまえらの反応なんだよ?」
「それが……いや、その、俺等もあの噂の出所探っててさ。いきなり広がったろ?」
「ああ。なんだ、捜査対象なのか」
エリックは訝しみながらも少しだけ納得して頷いた。工作部隊である第七軍団は、わりと常日頃から街の不穏な噂への対応や犯罪者の取り締まりをしている。トップにいるのが聖職者でもあり『賢者』の名を冠するロモロなせいか、こういった民間レベルの問題に丁寧に対応してくれるのだ。そのせいもあって、言動の怪しい変人でありながら民の受けは良い。
「アレなぁ……出所っつっても、誰が言い始めたとか知らねーんだよな。俺も酒呑んでる時にチラッと聞いたのが最初だったからなぁ……なんかこう、コソコソッて感じで聞こえてきてよ。『グランシャリオ家は魔族だよクスクス』みたいな?」
「なんだそのクスクスって」
「いや、マジでそんな感じだったんだって! 誰が言ったとか見てないけどよ、そういうのが聞こえてきて……そういや、あれからか? 酒場でその話題がチラッと出るようになったの。……けどなぁ、ロルカンもそうだけどよ、長年被害の拡大してたオークの大集落陥落させた連中だぞ? どうせ、稼いでる連中が憎らしくて流された噂だろ? こんな鎧まで安売りしてくれてんだから、俺等一介の冒険者としちゃ、もっと儲けてもっと記念大安売りを増やして欲しいなぁ。高級品ばかりじゃなくて廉価品とかも売ってくれてるから、新米の生存率もあがってるしな」
「……そうか」
エリックの声に、何かを考える顔になる二人。とりあえず座れ、と二人を促して、エリックは声を潜めて尋ねた。
「……なぁ、俺等が知らないような何かがあんのか? お前等、噂で他人をどうこう決めつけたりしねぇタイプだろ?」
「……まぁ、な」
二人はチラと視線をかわしあう。言いづらそうな、それでいて誰かに打ち明けたそうな顔に、エリックは身を乗り出した。周りに聞こえないよう、声をいっそう潜める。
「なんかあるのか?」
「……何かある、わけじゃないんだ……ただ、あのロルカンを見たときに、こう、得体が知れない気持ちになってな」
「ああ、ほら、『死の黒波』が発生した、ってことで急行しただろう? そこで見たのが、巨大な外壁と、それを背にした立派な田園だったからさ」
「は? 田園? あの不毛地帯に!?」
エリックの素っ頓狂な声に、慌てて声を落とすよう言いつつ二人は頷く。
「ああ、代々伝わる立派な荘園、って言われても納得するような、綺麗な田園だった」
「それまでそんな噂すらなかったし、それ以前に、『死の黒波』に襲われた場所で、ソレだぞ? ほとんど一夜にして現れたようなもん……だろ? だからなんかこう、気味悪くてさ」
言葉だけでも、その異常性は分かる。それを目の当たりにした連中は、どれほど驚きおののいたことだろう。
「見る限り、どこもかしこも良いことずくめなんだ。……けどよ、だから怖いんだ。相手が何を考えてるのか分からなくて」
「誰も損してないし、むしろ皆幸せになってる。けど、あれだけのことができる大魔導師が、誰も噂すら聞いたことない相手なんだ。それが一人なら、まぁ、そういう特別な人なんだろって思えたんだけどな。一緒に防衛に勤しんだ連中が言うには、あそこの家の連中は皆して凄腕の魔法使いで弓使いらしい。見たことのない道具を使って、奇跡みたいな魔法を行使して、おまけに底なしの体力だったそうだ。戦いが終わったら畑耕して田とか……! あの田園、手作業かよ……!!」
「違いすぎるだろ? なぁ、特別なのは大魔導師なのか? それとも……連中全員、なのか?」
言わんとしていることを察してエリックは顔をひきつらせた。
現地を見てきた二人が言いたいのは、つまりはこういうことだ。
『グランシャリオ家の連中は、本当に自分達と同じ人間なのか?』
英雄が一人であるなら、異端は一人だけだ。
だが、集団なら? それはもう、『種族』では無いのか?
「団長があの連中を探ってもいたらしい……神聖食物や聖水を振る舞ったりしてたそうだ。なんでだ? あの人が無駄なことや意味のないことをするはずがないんだ……」
「ドラゴンを騎獣にしてるって噂もある。人に調教できる生き物じゃないだろ? ドラゴンなんて……なぁ、不安に思うのは俺等が臆病だからか? あの時のあの光景は、実は夢で俺達は噂に踊らされてるだけか?」
「熱狂的に連中を支持してる奴もいる。あそこのトップは、とんでもない美形なんだ。それこそ、人間じゃないみたいな……」
言う間に気持ちが高ぶってきたのか、気持ちとともにやや高くなりかけた声を再度押し殺して、二人は自分達とは違う立場にいる幼馴染みに問う。あの日の恐怖を引きずったままで。
「なぁ……あの噂は、ただの噂なのか? 誰かが流したとして……そいつは誰なんだ? あの家の連中は、何なんだ?」
善意も善行も、過ぎればただ人の『畏れ』を引き寄せる。
人は自らの理解出来ないものを恐怖する。探り、調べ、けれどそれでもなお理解出来ない者への感情は、おおよそ畏怖と憧憬に二つに別れる。
それは畢竟、拒絶と支持だ。
どちらに感情が傾いたとしても、仕方がない。その相手が強ければ強いほど、その感情は強くなる。そう、良しにしろ悪しにしろ。
「さて。そろそろ次の動きがある頃ですか」
王都の一角で、男はそう呟いた。
周りの喧噪は、けれど男には届かない。彼の周辺だけ奇妙に静かになるのだ。まるでそこだけ、ぽっかりと空間が切り取られているかのように。
「時空神は時空と共に眠り、運命神はその権能を譲り渡した。『復活』には時がかかりますか……これでは、同属が蠢くのは必定ですね。……だからこそ、時空の歪みが増えたかわりに、運命の歪みが減った」
呟く声は街に溶けて消えた。
間近をすれ違う人々すらその声を拾えず、人々はただ男に気付くことなく街を行き交う。
「あなたはどう思いますか?」
ふと、男が足を止めてそう声をかけた。
周囲に男へと視線を向ける者はいない。男もまた誰かに視線を投げかけているわけではない。
傍らの噴水はただ水を空へと放っている。
「人の理に関わるのであれば、有限の理に囚われると理解しておくべきでしょう。覚悟のないままであれば、世界は動かない」
噴水が止まる。波が消える。
男はただ言葉を紡ぐ。
「あなたの願いを――そちらの歪みを――消すには多くの力が必要となります。運命をたぐり寄せたいのでしたら、赴くと良いでしょう。坊ちゃんはお人好しですから、敵意の無い者には寛大に接してくれるかもしれません。ただし、対価は払っていただきますが」
シュッと水が高く噴き出した。一度止まってから再度吹き出す噴水。変化に富んだギミックに、王都へ久々に帰ってきた冒険者達が歓声をあげている。
――ナゼ。
ふと声が聞こえた。水音がそういう風に聞こえることがあるとすれば、だが。
「さて。坊ちゃんのおせっかいが移りましたかね?」
――ナゼ。アナタガ。
男は微笑う。その唇が一つの言葉を紡ぐ。
「魔力の宰」
まるで、それが全ての答えであるかのように。
「ならば、私が守るのは、当然でしょう」
声は次の言葉を囁かない。ただ、気配がゆるやかに消えていく。
「行きましたか。やれ、愉快犯はせっかちですが、マイペース組は動きがのんびりすぎてやきもきしますね。まぁ、変なところで抜けている坊ちゃんほどはやきもきさせられませんが」
何事もなかったかのように歩き出しながら、男は口元に薄い笑みを浮かべた。
「贄は二柱あれば十分ですしね」
●
「ん?」
なんだか妙な寒気を感じて、俺は顔を上げた。
港街から王都行きの道中、二頭立ての馬車の中。
ロベルトとシンクレアが業者台にいるのをいいことに、赤ん坊に戻って一人『無限袋』の整理をしていたのが俺である。ちなみにノアはロルカンで所用を終えてから合流する予定だ。今回は大通り以外を隠れて進むのでノアも余裕で追いつくだろう。第七王国軍の一部がまたロルカンに向かっているらしいので、鉢合わせないようにしているのだ。
荷物整理をしているのは、予想以上に別動部隊が持つ『在庫』が消えているからである。
本土でヴェステン村調査に乗り出す母様達側には食料や魔道具を。アゴスティ家当主を護送中の家人達の側には医薬品や消化の良い料理を。王都のポム側は、食料と衣料、それに薬を補充している。
母様達のに食糧を放り込んでいるのは、研究や調査で何日足止めされるか分からないからだ。美味しい料理で英気を養ってもらわないとな!
護送中家人側への品は、俺が想定している以上に近隣の村が酷い状態だったせいである。ここぞとばかりに大量のパンを放り込んでいる。最近、我が領の生産施設では料理がブームらしい。スキルあげに作られたパンが袋を圧迫しているので丁度良い。食事効果は最大体力の増加と体力回復力増加だからな。体の弱っている人にはパン粥にしてもらおう。ミルクもいっぱい消費してね!
王都組の在庫が乏しくなったのは、ロルカンとは比べものにならないほど王都の人口が多いせいだろう。つまり顧客が膨大なのだ。
環境汚染の兼ね合いで石鹸とかは売れないが、武防具や魔道具はもとより、良質の日用雑貨もかなり売れているらしい。周囲の店を駆逐しそうな勢いだから、ちょっと周辺へのお誘いを増やすよう要請してある。人員確保と恨み対策だ。王都での噂がどれだけ足を引っ張るか、不安なところがあるな。
それにしても。前にも思ったが連結済みの『無限袋』に直接『無限袋』を放り込めればもっと楽なのにな……まぁ、出来ないものは仕方がないな。必要なものを都度こうやってちまちま補充して対応しよう。
……なんだか俺、いつも荷物整理ばかりしている気がするな。いや、別にかまわないんだが。効率の問題でそうなるのだが。
ちなみに、何故俺が行っているかというと、俺自身が中身の詰まった『無限袋』を五十個ほど持っているからである。なにしろ俺には底なしの容量を誇る亜空間収納があるからな。あちらには中身の詰まった『無限袋』をいくらでも入れておけるので色々やりやすいのだ。
なお、実家に作ってある収納中継室には現在百近い『無限袋』が置かれている。『食料袋の棚』『木材袋の棚』などわかりやすく整頓されているらしいが、正直ちょっと溜め込みすぎてて俺自身の把握が追いつかない。
俺が人間の大陸で色々やってるうちに、だいぶ増えたな……
『おまえが連中の収集癖と生産好きを刺激しまくったせいだろ』
おっと、ディンさん、俺のせいみたいに言うのはやめたまへ。もともと魔族は収集好きの生産好きの戦闘好きなのだ。なるべくしてなった現在だとも。俺のせいじゃないとも。
『サリ・ユストゥスの時代はそうじゃなかったみてーだけどな』
ああ、ツヨイヤツニアイニイク! 時代な。農耕より喧嘩が好きだった脳筋全盛期な。
当時の状況を知らないので把握しにくいが、もし俺が生まれたのが七百年前だったりしたらこれほど上手く事は回らなかっただろう。なにしろ土いじりが好きなくせに農耕が下手だったらしいからな、魔族。
考えたら、サリが下地を作ってくれてたからこそ、今のこの状況ともいえるだろう。うむ。流石はサリである。こっそり農耕王の名を捧げておこう。なんだか「いらないからな!?」とかいう空耳が聞こえた気もするが。
そんな当代魔王は現在、俺の両親やテールと一緒にヴェステン村調査の準備をしているはずだ。
未だに精査が出来ないことを詫びる手紙がきてたが、色々忙しい身だから仕方ない。ついこのあいだの話だしな。母様達も仕事の申し送りとかでまだ出発出来てないみたいだし、明日ぐらいにヴェステン村に現地集合になるとか言ってたな。現在の俺やロベルトと違い、集団のトップ陣は即座に動けないのがネックだな……
『おまえもそうそう単身で動けねーだろ。つーか、動いちゃ駄目だろ』
うーむ。単身で動いた方が手早く終われそうな事態も多いんだがなぁ……
『今までの言動で背負った責任があるだろ』
それな。
それにしても、責任か……ジルベルトといい、ロベルトといい、今生の俺はなかなかのモテ男のようだ。前世の嫌われっぷりを考えたら、その差に色々と涙が零れそうだが。……なぜか対象が男ばっかりなのが気になるけどな……
『それ以前に出会う連中がほぼ同性っていうな』
うるさいよ。薄々そんな気がしてたから指摘するんじゃないよ。
おかしいな。魔族ほど男女比が女寄りでないとはいえ、統計的に人間社会だって男女比は半々ぐらいありそうなものを、何故俺の周りには男ばかりが集まるのだろうか。俺だってハーレムでうはうはしたいよ? 綺麗所や可愛い所に囲まれて目の保養したいのだよ? そして我が妻の素晴らしさを称え合ってキャッキャウフフしたいのよ?
……現実は幼児からご老人まで九割男で占められているが、な……
『メイドは?』
うちのメイドは八割旦那持ちで、二割が恋人持ちだ。俺は横恋慕はせんのだよ。
そしてハーレム要員に家人しか薦められない俺の出会いの無さが酷い。ジルベルトもリベリオも男だしな。考えたら、普通、そこは女性の位置ではあるまいか? そして俺と異種族恋愛とかのフラグが立つべきじゃあるまいか? いやまぁ、俺の本体まだ赤ん坊だけど……
ちなみにラ・メールは皆のお母さん枠である。
『嫁さん生まれるまで我慢して待てばよくね?』
く……ディンさんは男の浪漫を分かっていない!
そして我が最愛の嫁様は誕生と同時に迎えに行くとも。当然だとも。おしめだって俺が替えてやるとも。
『嫌がらせに近いぞそれ……』
何故。
『いや、気づけよ。どんなプレイだよ』
プレイとは失礼な。
まぁ、そもそも我が妻はまだ母親の腹に宿ってすらいないからな。年の差三つだったか? ん? あれ? 四つだったか? ……考えたら、当時の俺は戦争に明け暮れすぎて妻の情報をほとんど知らないな……
『……おまえ……』
やめろ。心底呆れかえった気配やめろ。
当時は年の差とかあんまり考えたことなかったんだから仕方ないじゃないか! 一族が選んであてがってきた娘だったし! 出会ったのって魔王としててんてこ舞いしてた頃だったんだから!
ちなみに結婚式だってまともにしてないうえ、結婚した後だって戦場駆けずり回っててしばらく会ってなかったのが俺である。最初の方、家人に言われるまで妻の存在を思い出さなかったぐらいだからな。
……考えたら俺の新婚生活が色々酷いな……
『…………』
やだ。ディンさんが心の底から冷ややか~な気配漂わせてくる。当時はそれどころじゃなかったから仕方ないだろ? 愛の自覚だって死の間際だぞ。あらゆる意味で手遅れな魔生だったんだぞ。
……考えれば考えるほど、前世の俺の生活が酷いな……。嫁よ! 今生では盛大にかまい倒すからな!!
まぁ、豊かな恋愛のためにも、早めに神族をどうにかしないといけないが。
『まぁ、いいけどよ……やりすぎて嫌われないようにな?』
ディンさんは心配性だな。嫁が俺を嫌うだと? ……そうなったら俺は死んでしまうかもしれないな……
またあのキッツイ眼差しを向けられたり、ツンツンした態度をとられたり……あれ、ちょっと胸がときめくな。俺はあのツンツン妻も好きなのだ。でも嫌われたら死んでしまうかもしれない……やだ、どうしよう。俺、会いに行くのやめたほうがいい? 大人しく待ってたほうがいい?
でも早く会いたいし、一緒にご飯食べに行ったり花見に行ったりお花畑で花冠作ったりしたいのだ。まず基本はシロツメグサの花冠からだな!
『なんで発想が乙女なんだよ……』
失礼な。
まぁ、妻のことは時間のある時にゆっくり未来図を楽しもう。ふふふ。妻の為の花畑とか東屋の構想を考えるのは至福なのだ。そのためにもやはり今は目先の対神族戦だな。
「オズワルドが言っていたことを考えるに、時空神が二柱と水神が一柱か」
『……まぁ、いいけどよ……。ただ、神族なー……全部がそうなのか、それとも違うのか……』
「何がだ?」
『いや、なんでもない』
む。俺の別人格のくせに秘密とはちょこざいな。
『どいつがどう関与してるのか分からねーから対処しにくいっつー話だよ。いきなり三柱と戦闘とか笑えんだろうが』
「赤ん坊の状態だと微妙だな。子供以上の状態なら負けんだろうが」
『おまえはともかく、傍にいる人間側が被害甚大だろうが』
あ。それがあったな。いかんな。巻き込んだら死んでしまうな。
『おまえの家人やあの勇者なら生き残るだろうが、それでも万が一おまえの魔法が誤爆したらアウトだろ』
一発でも誤射出来ないのか。わりと厳しいな。
『誤射を見込むなよ。亜空間力場の形成はまだ無理だろ?』
「亜空間力場?」
まず言葉の意味が不明だな? なんとなく理解出来るが。もしかして、時空魔法にそんなのがあるのか?
『時空系第五座の権能だ。力が増えれば使える権能も増える。……今のおまえじゃまだ無理か……時空神二柱を喰えばやれそうだな。よし。すぐ喰いに行け!』
おいおい……。
何気にディンが過激だな。異論は無いが、敵対関係にあるのを確認しておかないと危険だろ。ちょっかいかけてるのがそいつらなら喜んで倒すが、そうでないなら禍根を残すだろうが。
『禍根もクソもねーだろ。まともな奴ならわざわざ物質界に来やしねーよ。死神みてーに肉の殻被るような物質界かぶれしてる奴以外でうろうろするのは、たいていろくでもねェ企みしてる奴だ。……たまーに優柔不断なリア充がいたりするけどな』
最後のが気になるな。まぁ、いざとなったらオズワルドに連絡するか。前世の恨みを抱えた俺だと、何をきっかけにしてまともな思考ぶっ飛ぶか分からないからな。オズワルドなら冷静に対応出来るだろうし。
あ、オズワルドで思い出した。実家にもう一回連絡とらないと。
「テステス。こちらレディオン。本土側、誰かいないか?」
俺は取り出した黒い真珠に声を放つ。
これは、先だっていったん報告の為に実家に帰っていたノアが俺達に持ち帰ってきたものだ。長距離連絡用の黒真珠で、特殊な素材と技法で作られた画期的な通信具であるらしい。何故か材料については教えてくれなかったが。
特殊なのは真珠部分なのかな……色が黒だからだろうか? あと、この螺旋模様みたいな銀色、なんだろう……?
まぁ、それは後でいいか。大事なのは常時長距離連絡が出来るようになったという事実だ。
素材入手の都合上、数が揃えられなかったらしく、現在稼働しているのは五つ。持っているのは、俺、ポム、家、母様、当代魔王だ。父様と母様の熾烈な争いはジャンケンで決着がついたらしい。……父様、ジャンケン弱いな……
この魔道具のおかげで王都にいるポムとも直接連絡が出来た。奴はよくわからん余裕っぷりで対応してくれたが、言葉の端々に事態を楽しんでいる気配がしてやたらと不安だ。頼むからなにもせんでくれよ。そして王妃への呪いは解除不可能らしい。なにやってるの!
ちなみに母様達とも話が出来た。ジルベルトの件をそれはそれは喜んで聞いてくれたうえ、今度是非絶対に実家に連れて来なさいと大喜びの声で言ってくれた。流石は母様。俺の味方を心から歓迎してくれるようだ。是非連れて行かなくては!
それにしても、改めて凄いなコレ……大陸間通話可能とか、連結済みの『無限袋』によるお手紙連絡と違ってリアルタイムだ。これなら、前世みたいに『帰ったら故郷が消滅していた』とか防げそうだ。もっとも、まだ五つしかないので他の場所にはお手紙連絡網だが。
しかし、そうなるとやはり材料が気にかかる。これだけの物を作る素材とか、相当上位な変異種の極稀獲得品だろう。当初、母様にベッカー家に頼んで乱獲してくれるよう伝えたが、個体数がもともと少ないのか非常に微妙な反応をされた。養殖なり畜産なりで増やせないかとも尋ねたのだが、ますます微妙な反応をされたほどだ。余程量産が難しいものなのだろうか。次の討伐ないし捕獲相手として最優先で取り組んでおかないといけないな。
……いや、金のかかるものなのかもしれないな。父様はかつて俺のおねだりにこたえるため、鉱山いくつも購入して家の身代を傾けかけた前例があるからな……それで母様も情報を出し渋ってるのかもしれない。
……あれ……もしかして俺と父様、似てるのだろうか……?
ん? あれ? 本土側の反応が無いぞ?
『――レディオンか?』
あれ? サリ?
「ああ、俺だが……もしかして、俺は間違えてサリの側にかけてしまったのか?」
『いや、違う。単にグランシャリオ家に回線がつながっていたようだから、乱入……というか、混線させただけだ』
「そんなこと出来るのか……というか、なに乱入してるんだ……」
『色々機能が面白いから、ついな』
我らが魔王は何気に新しい玩具好きだ。きっとお目付け役は大変な事だろう。
「サリは今、どのあたりなんだ?」
『実はもうヴェステン村に到着している。竜魔族が足を貸してくれてな。調査部隊に三名ほど護衛としてついてきているんだ。万が一の汚染時に備えて光、水、風の浄化系の使い手だな』
「ああ……地表側で何もなかったようだが、当時を思うと呪詛の可能性もあるから妥当だな」
『それを考えていたんだが……どうも事態はオレ達が思っていたのとは違うかもしれない。大地の精霊王もすでに来て調査してくれているんだが……大地の精霊王をして探査できない場所があるらしい』
「なんだと……?」
俺の声に、真珠越しにサリが言う。
『遥か地下に、まるで大空洞のように空白なエリアが存在するらしい。空洞であるのならいいが、下手をすると何かしらの結界が張られているのかもしれん。お前の両親が合流するのを待って、地下への道を開いて実際に見に行ってくる予定だが……結界だとすると、通信が可能かどうかわからないな』
「……地下の結界……先祖の隠し財宝だと有り難いんだがな」
『……オレも大概だが、レディオンは本当に守銭奴だな……』
やだ。褒められた。
『ちなみに、褒めてはいないからな』
見抜かれた。
『まぁ、こちらのことは任せておくといい。そちらも面倒な事態になっているようだしな』
「まぁな」
サリ達にもこちらの事態は伝わっている。魔族が人間社会に進出してすぐコレだからな……下手をすると魔族内でも賛否両論が巻き起こりそうな状況だ。サリがどっしり構えてくれてるから、俺はこちら側の対応に集中していられるが……
『本当ならオズワルドをそちらに派遣したいところだが、こちらも不穏だ。すまないが、しばらく手がかかるかもしれない』
「気にしなくていい。そもそも、こちら側は俺が勝手にやっていることだからな。むしろ俺自身で収めないといけないことだろう」
『……神族には気をつけろ。一級神達の監査をかいくぐってでも人間社会にちょっかいをかけたのだとすれば、相当質が悪い連中だ』
「分かった」
『それと……人間のことだが……』
やや言葉を探す気配がして、しばらくしてサリは俺に告げる。
『良いことであれ何であれ、人間は自らの理解が及ばないものを強く恐怖する。およそ普通の感性をもつ善人ほど、その傾向が強い。もしそういった相手と対応する場合、持論を曲げてでも相手の納得する理由を語れ。だが、決して嘘は混ぜるな』
「…………」
『そのこと、忘れるな』
◎
街の中、細波のような密やかな不安とささやき声に、それは空間を揺るがすように瞬いた。
――広がってない?
――深まってない?
それには不満があった。
それは不愉快に思った。
――どうして?
それは不思議に思う。
ついこの間、人間の都で魔族を見かけた。珍しいことだった。『彼等』は自分達が生まれた大陸を出ることがない。そんな彼等にちょっかいをかけるため、一部の神族が色々遊んでいるのは知っていたが、関係のないこの国に現れるとは思わなかった。ここは、自分達が遊んでいる場所なのに。
だが、せっかく現れてくれたのだから、利用するのも楽しそうだ。そう思って動いたのに、思ったような状況にならない。
――なんで、魔族がいるのに、騒ぎにならないの?
――なんで教会、動かないの?
――王子達も動いてないよ?
――面白くなると思ったのに。
つまらない。もっと不安がって狂えばいいのに。
――信じられてない?
――噂じゃ駄目?
――神託する?
――でも、死神いたよ?
神族は人間の世界に不必要に関与してはならない。そう、古くから掟で決められている。遙かな過去、原初の神族の間で取り交わされたもの。破れば、自分達では太刀打ちできない原初の神族に消されてしまう。
死神はその筆頭だ。彼と彼に属する死の一属は、特に人の生死に関わる事態に五月蠅い。死神に見つかれば、一巻の終わりだ。
もし、一級神である死神が消えて空位になれば、一級神の座を巡って同属内で争いが起こるだろう。そうなればこちらに関わる余裕もなくなるだろうが、そんな僥倖そうそう起きるはずがない。
――下手に動くと見つかるね
――神託は無理だね
――また『囁く』?
――酒場?
――礼拝堂?
――それならいっそ、王子達。
それは喜ぶように明滅した。とても良い思いつきに思えた。
人間の国は面白い。たかだか王の子だというだけの存在が、その他大勢の命を握る。
彼等が動いたらどうなるだろう? 囁いたらどう動くだろう?
長い時間をかけて浸透させてきた『思想』。潜在的仮想敵としての『魔族』。ああ楽しみだ。楽しみだ。
突然人間に襲われた魔族はどう対応するだろう? 驚く? 怒る? 悲しむ? それはきっときっととても楽しい。
それは楽しげに瞬く。いっそ無邪気なほどに。
――ああ、はやく悲劇になればいいのに。




