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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 5 運命の連結
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40 魂の系譜




 

 ジルベルトは俺をしみじみと見つめていたが、その眼差しのままで俺の近くまで移動し、床に膝をつき、目線をあわせてじっくりと見てきた。

 やめろ。

 やめるんだジルベルト。

 俺の中の危機本能が第三人格を爆誕させちゃうだろ!?


『第三人格もういるだろ』


 ツッコミいらんよ!

 ディンさんがどうでもいいことを言ってる間に、ジルベルトはそ~っと手を俺に伸ばしてくる。

 俺はぱしっとその手をクッキーを持ってない方の手で握った。うむ。なんという手の大きさの違い。これが赤ん坊と少年の差か。辛い。ジルベルトの純粋な目も辛い。

 見つめちゃイヤン!


「……はぁー……」


 なんだかすごくしみじみと息を吐かれた。

 どういうことなの?

 なんの息なの? ぶれすゆー?

 そしてその優しい微笑みはいったい何かな……?


「あ、あの、領主様、その……」


 ああ、隠密Aがオロオロしてる。

 顔なんかもう真っ青だ。

 うん、ごめんよ。冷静に思い返したら、うつらうつらしてた時に何か声かけしてもらってたよね。俺生返事したよね。たぶんジルベルトが入っていいかどうか問いかけてたんだよね?

 気を抜きすぎたせいで今このザマだが。

 ……なんかこう、ポムが「なにやってんですか坊ちゃん!」ってプギャーしてる幻影がリアルに見えたわ。後で尻叩くわ。


「……」


 ジルベルトは俺の手に握られた自分の手と、俺とをしばし見比べてから、笑みを深めてそっと俺を抱き寄せた。

 おん?

 そのままひょいと抱き上げてくれる。


 おお、我が愛し子よ。お前が俺を抱き上げてくれるのか。

 ロベルトみたいに抱っこマイスターではないが、うむ、悪くない。お父さんは満足だとも!


 むふー! とご満悦な俺に、ジルベルトもニコニコ顔になる。

 そのまましばらくニッコニコしていたのだが、次第に俺の背中には冷汗が浮き始めてきた。

 あの……ジルベルトよ。何か俺に、言うこと、ないの……?


「あの、領主様、ええと、そのお子様はその、あの」


 俺達の様子に隠密が泣きそうな顔で狼狽えまくっている。ここまで我が家の隠密部隊を狼狽えさせるとか、ジルベルトは大物だな。どう考えても俺のせいなのだが。ごめんごめん。


「ああ、すみません。思わず」

「は、はぁ……」


 ジルベルトは嬉し気な顔のまま隠密にそう言う。

 隠密も俺がジルベルトを可愛がっていることを知っているからか、俺を案じながら何も出来ずに困り顔だ。俺がそっと頷きで合図を送ると、どこか救われたような困ったような顔になった。


 しかし、どうやってこの窮地を切り抜けようか、と思ったところでやや遠い部屋の扉がバターン! と開かれる音がした。

 次いでドタバタと荒い足音がこちらに向かってくる。


「レディオン! 外堀から埋めようとしてんじゃ……あれ? え!? レディオンの弟!?」


 おお、勇者よ。

 竜女の誘惑から逃げてくるとは情けない。

 お前はそこで男を見せることを何故しないのだ。いろんな意味で。いろんな意味で!!

 だがこのタイミングはグッジョブよ!!


「レディオン様の……『弟』?」


 ジルベルトは心底不思議そうな顔でロベルトを見て、俺を見て、もう一度ロベルトを見る。

 隠密が顔を輝かせた。そのネタでいきましょう! という顔で俺を見る。

 しかし下手に口を開かない。優秀だからな。墓穴掘るようなことはしないのだ。

 なにしろ――


「なんでレディオンの弟がここにいるんだ? 全然安全地じゃないだろ!? ポムさんもそうだけど、あいつもいったい何を考えてるんだ!?」


 ――女心には恐ろしく疎いくせに、妙なところで鋭く常識的なロベルトがいるからな。ええい。勇者(ヘタレ)のくせになまいきな!

 しかし、今回はロベルトの常識も覆らせることが出来た。非常に良いタイミングで彼女が現れたからだ。


「それは、私がいるからでしょうね」

「水の……!?」


 そう、赤ん坊に対しては完璧防御、我らが母性、ちちまし組のラ・メールさんだ!


「はぁーい! レ――」


 おぃイイイ!? いきなりさらっとばらしかけてんじゃないよ!

 なんなの!? 敵なの!? 二秒で自爆なの!?

 鮮やかな笑顔で時間止めるんじゃないよ! 目立つから!


「――オン。うん! レオン! 久しぶり!?」


 清々しい程わざとらしいな!?


「さーぁ、私と一緒にお兄様を待ちまちょうね~? ゆっくり休みまちょうね~?」


 やめて! わざとらしい幼児相手言葉やめて!

 そしてロベルトよ。ものすごい疑わしそうな目で俺を見るな。これ、俺のせいなの? これもそうなの?

 そしてジルベルトの微笑みがとても優しい。ついでに未だに何も言ってくれない。

 ジルベルトよ。今、何を考えてるの? 地味に怖いよ?


「では、貴女にお願いすれば良いのでしょうか?」

「あ、ええ! 私がしっかり守るわ!」

「そうですか……」


 ジルベルトは俺ではなくラ・メールに声をかけると、穏やかに微笑んでから腕の中の俺を見つめた。

 やだ。微笑みがいつもと全く同じだわ。

 疑問も何も全くないわ。どういうことなの。


「話したいことがあったのですが……また、明日にでも。お体を大事になさってください」


 お、おぅ。

 すごく普通に話しかけられてるんだけど、これ、バレてるの? 違うの? どっち?

 思わずこっくり頷いちゃったけど、良かったのか悪かったのか。

 俺を手渡されたラ・メールは何一つ疑問に思わず嬉し気に受け取ってるが、ラ・メールだからな。きょういのざんねんさ(広義)だからな。

 

「あれ? えーと?」

「ロベルトさん、部屋に戻りましょう。もうお休みされるみたいですし」

「あ、ああ……ん? あれ、レディオンはどうするんだ? 後でこの部屋に来るのか?」


 一緒に退出を促されて、ロベルトが首を傾げつつジルベルトの後を追う。

 ラ・メールにスリスリされながら、俺はそんなジルベルトを冷汗いっぱいかきながら見守っていた。

 ああ、扉が閉まっちゃう……


「あ、そうだ、領主さん。俺もそっち泊まっていい!? 床でいいから……!」

「奥様をお一人にされるというのは、どうかと思うんですが……」

「まだ結婚してねーよ!?」


 チラッチラッと俺を気にする隠密の視線の向こう、二人は俺を気にするでもなくそんな会話を交わし合う。

 ジ……ジルベルトよ……


「あ、おやすみなさい」


 最後にそんな声だけこちらにかけてきた。

 きぃ~……パッタン。


「……」



 結局、どっちなの!?







 王都、グランシャリオ支部の一角。

 ふと、男は何かに気づいたように西へと視線を向けた。


『どうかしましたか?』


 気配を察したのだろう、特別仕様である連絡用の黒真珠からこちらを問う声が聞こえてくる。その声に、男――ポムは苦笑を浮かべた。


「いえいえ。どうやら坊ちゃんがまたやらかした(・・・・・)らしい気配がしたものですから」

『あらあら。ふふふ』


 黒真珠の向こうにいる相手が可笑しそうに笑う。


『レディオンはまだ一才ですもの。仕方ありませんね』


 その声は驚くほどの気品と美しさに溢れていた。その美しさだけで、声の主の美貌をも確信してしまうほどに。

 実際に、美男美女が揃う魔族の中でも頭一つ、いや、二つ三つ抜きんでた美貌の持ち主が声の主だった。広大な大陸全土に名を轟かせているのだから、相当だ。

 もっとも、二人が話題にしている幼子が成長すれば、それを上回る噂となるだろうが。


「まぁ、そうですねぇ……一応、今は一才、ですからねぇ……」

『相変わらず、その話題になると言葉を濁しますね? クレア様からお聞きしたお話といい、ポム、貴方は少し秘密にしていることが多すぎる気がしますよ?』

「それにつきましてはご勘弁を。お子様を託さなくてはならない奥方様のご不快は分かりますが、私の方にも事情というものがありますので!」

『胸を張って言われてしまうというのも、いささか思うところがありますね。とはいえ、貴方を雇っているのは私ではなく旦那様です。私が口をはさんだところで良いことは無いでしょう』

「……奥方様、本当に肝がすわりましたねぇ……最初にお会いした時とは別人のようですよ」

『魔力が増大しましたから。自分で出来ることが増えたので、過剰なほどに自信がついたのでしょう。あまり良い状態ではありませんね』

「……いや、自覚ある分、やりづらいですよ? わりと真面目に」

『そうですか。貴方にそう言わせれたのでしたら、私もなかなかのものですね』


 わりと真面目に言ったポムに、通話の相手――レディオンの実母たるアルモニーも真面目に言葉を返してきた。

 ポムはその様子に苦笑を零す。


「ああ、本当に……二年にも満たないのに随分とお変わりになりましたねぇ……」


 ポムがアルモニーと会ったのは、アロガンに召し抱えられて直ぐのことだった。

 お前が守るべき者が宿っている女だ、と紹介されて、いくらなんでもその言い方はどうなんですか、と雇い主に大真面目に抗議したのが初顔合わせの初っ端だった。

 その時に見たアルモニーは、途方も無く美しいが幸薄そう、という印象でしかなかった。まさかそれが、こんな風に化けるとは。


『貴方はあの時の印象と全く変わりませんね。あのアロガン様に面と向かって軽口や小言を言えるのも、飄々とした態度も、何をどう見ても得体が知れないところも』

「そこまではっきり言われると照れますね!」

『そこで照れるのがまた貴方らしいですね』


 言葉だけ聞いていると小言のようだが、アルモニーの声は楽し気だ。

 まだ味方がほとんどいなかったあの当時から、ポムはシンクレア同様、アルモニーの数少ない味方だった。もっとも、シンクレアと違い、ポムはあくまでも腹に宿っていたレディオンの為に味方をしているのだとお互いに理解していたが。


『それよりも、私としては、貴方がレディオンの傍にいないことに危機感を覚えますが』

「坊ちゃんがそう望まれましたからね。それに、王都側に比べれば、あちら側はまだ安全ですから。隠密部隊がワラワラ見守ってますし、覚醒前とはいえ当代勇者もいます。さらには竜女さんもいますからね。むしろ戦力過剰すぎて笑っちゃいそうな有様ですよ」

『それでも貴方が傍にいるよりは落ちるでしょう。そんな貴方を外せないほど、王都側は危険だということですか?』


 最強クラスを複数揃えた布陣よりも、ポム一人の方が上。

 そうはっきり言い切るアルモニーに、ポムは軽く肩を竦めた。アロガン相手には軽口で逃げられるが、魔力親和度が他に類を見ないほど振り切れているアルモニー相手にはそうもいかない。一説にはアルモニーの魔力親和度は魔王(サリ)と同等と言われているが、実際は違う。

 魔力親和度に関して、アルモニーは現在、歴代全魔族(・・・)最高なのだ。

 そのため、このままアルモニーの魔力が増大し続けていけば、いずれ魔王の位を継ぐのはレディオンでは無くまずアルモニーだろうとごく僅かな関係者間では見なされている。

 そのごく僅かな関係者とは、サリと死神(オズワルド)(アロガン)の三者だが。


「正直に言いますと、いつ何が起きても不思議ではない程度には、危険ですね。たぶん、死神(オズワルド)さんがこっちに来たら、即座に懲罰開始する程度には」

『……居る(・・)のですか』


 アルモニーの声が変化した。

 穏やかな貴婦人といった気配が消え、恐ろしい程の冷ややかさと怒りが宿る。


「居ますね。ちょうど坊ちゃんが出発した後でしたから良かったですよ。鉢合わせてたら即座に戦闘になってたかもしれません。坊ちゃんの神族に対する怒りというか怨念というかは、ちょっと私ですらドン引きするレベルですからね」

『仕方がありません。神族には借りがありますからね。可愛いルカやクロエを傷つけられた借りも、ベッカー家を操って魔族間に不和と争いを撒いた借りも、千倍返しで叩き返さなくては気がすみません』

「わぁ……奥方様までヤる気満々……押さえてくださいよ。そちらの大陸ならともかく、こちらの大陸でやるのは色々と拙い(・・)んですから」


 ポムはそんなアルモニーに釘を刺す。

 実際問題として、人間が主体のこちらの大陸で魔族がその力を振るえば、おそらくレディオンが常に警戒しているだろう状態になる、とポムは見ていた。そしてその予想は、我が子を人一倍気にかけているアルモニーも把握している。


『分かっています。ですからこそ、私達はあの子から離れたこの地で我慢しているのです』


 魔族は強い。

 そして、人間は魔族を必要以上に恐れ、名を貶め、必死に自分達の生活圏から排除しようとしている。

 そんな所に、敵がいるからと武力行使しに乗り込めば、あっという間に人間と魔族の間で戦争が始まるだろう。それはアルモニーとしても避けたい。

 このへんが、魔族が基本的に牧歌的で平和主義な一族である証拠だろう。少なくとも人間が想像する魔族像そのものであれば、むしろ嬉々として戦いに赴くのだろうから。

 ……ベッカー家あたりの脳筋族はまた別だろうが。


「でしたら、まぁ、ここは雌伏の時、ということで力を蓄える方に尽くしていただければ幸いです。この『無距離黒真珠(オクン・ジスタンス)』のように、あらゆる場面で圧倒的に有利になる開発は、それだけで坊ちゃんの為になりますし」


 ポムが口にしたのは、今アルモニーと連絡をとりあえている長距離用連絡真珠のことだ。正式名称は『無距離黒真珠オクン・ジスタンス・ペルノラ』というのだが、微妙に長いのでオクン・ジスタンスと略されている。


 名の通り形としては黒真珠に酷似しており、一見すれば白い真珠から黒真珠に変えただけのように見える。

 だが、普通の黒真珠とは違い、孔雀色をしたその輝きに細い銀色の筋が螺旋を描くようにしてからみついていた。模様のようなそれは特殊な素材で出来ており、それがあるからこそこれほど長大な距離を繋げることが出来ているのだと二人は理解していた。

 開発からおよそ三か月。

 これこそが先頃ようやく完成した、レディオンが実現したがっていた大陸間通話が可能な魔道具である。


『無論、そちらも手を緩める気はありません。……とはいえ、それに関しては材料の関係で量産が出来ませんから、良い物なのは確かですがまだまだ役に立てそうにありませんね』

「まぁ、材料が材料ですしね……坊ちゃんの髪の毛ですし……」

『ええ……引っこ抜くわけにもいきませんしね……』


 その材料に、二人は揃って遠い目になる。

 可愛らしい赤ん坊が、地味に自分の頭髪の育たなさに絶望していることを二人ともよく知っていた。そんな赤ん坊の頭からぱやぱやの髪の毛を奪うなどできようはずがない。

 無論、髪の毛を触っている時に自然に抜けてしまう分については確保するが。

 あと、服や床に落ちてしまう髪の毛についても見逃さないが。


『早くレディオンに完成品を渡したいのですが……渡したらきっと、量産する為に材料を聞いてきますよね?』

「はい。おそらく、というか、絶対に」

『……話さなきゃ、駄目かしら……?』

「……坊ちゃん、一本抜けただけでこの世の終わりみたいな顔しますから……地味に材料を説明し辛いですね……」

『せめて、あの大人の姿や少年の姿の時の髪の毛が使えれば、今のあの子に心労をかけずに済むのですが……』


 アルモニーがしみじみと言う。

 【時渡(エクセリクシ)】というある意味伝説級の魔法を駆使して成長したレディオンは、アロガンによく似た長い髪をもっている。だが、残念ながら【時渡(エクセリクシ)】で成長した姿のもの(・・・・・・・・)は、ある意味においてこちらの世界に残らない(・・・・・)

 かわりに、現在の姿のものが残る。

 つまり、魔法で大きくなったレディオンの長い髪を一本抜いた場合、手元に残るのは今の赤ん坊のレディオンの細短い髪の毛一本に変化してしまうのだ。


 ちなみにこの実験をした時、ポムは即座に赤ん坊に戻ってしまったレディオンに泣きながらクッションでボッフボフされた。自分が承諾して行った実験だったのだが、ショックが大きすぎたのだろう。しばらくオヤツも食べずにふて寝していたのだから相当だ。


「……流石にあれはかわいそうすぎましたから、地道に抜け毛を集めましょう。……集まった抜け毛を見たらまたショック受けそうですけど……」

『赤ん坊だからまだ生えそろってなくても当然なのに、どうしてうちの子はあんなに頭髪を気にするのかしら……?』

「なんででしょう……未来的にハゲる可能性があるとか?」


 二人して首を傾げるが、分からないものは気にしていても仕方がないと早々に切り上げる。

 かわりに話題にするのは、今ポムやレディオンがやっていることだ。

 王都側については二、三確認がてら話してから、レディオンが向かった側について報告する。


『では、レディオンの方はすでに行動を終えているのですね』

「はい。明日にはこちらに合流するという話です。なので、一旦ノアさんにロルカンに出向いてもらい、神族のことやら何やらをお知らせしておこうと思います。坊ちゃんのことですから、王都入って即神族の気配察知して殴り込みに行きそうな気もしますし」

『我が子ながら信用がありませんね……』

「流石に神族関係については、坊ちゃんほど信用できない相手もいませんから。……とはいえ、神族の行動は予測がつきませんからねぇ……向こうも、王都に魔族が来ていることは察知したようで、何をしに来ているのかと偵察している素振りを見せていました。逆に言えば、連中とこの前の輩とは繋がりが無さそうですね」

『それぞれが単独犯ですか……どうしてあの連中は、他種族への余計な干渉を好むのか……』

「暇なんでしょうねぇ。なまじ肉の殻も無いから寿命と言う概念も無いですし。身食いで育つ以外に出来るのは、同じ系統の能力をもった他種族を喰らうことだけですし。……趣味と実益を兼ねて干渉してくる輩が坊ちゃんの敵ですかね」

『同系統の能力者は要警戒ですね。そちらの身の回りに、犠牲になりそうな子はいるかしら?』

「今のところ危険なのは、坊ちゃん、当代勇者さん、の二人ですかね。勇者さんについては竜女さんが早くペロッて竜の巣に囲い込んでくれれば安泰なんですが、コレがなかなか上手く進みません」

『一服盛っておしまいなさい』


 アルモニーは過激だ。

 わりとこういう面では躊躇が無い。


『レディオンの関連でお会いしましたが、なかなかの好青年です。ましてクレア様とお互いに憎からず思っていらっしゃるのですから、我々として否などありません。横入りが来る前に浚っておしまいなさい』

「うぇぇ……」


 ポムは思わず頭を抱えた。

 あのレディオンですらロベルトとシンクレアの恋愛模様(?)には見守る姿勢を見せているのに、アルモニーはむしろ積極的な介入を指示してくる。

 魔族という種族的な性質ではレディオンの姿勢のほうが一般的だが、アルモニーの考え方は違うようだ。


『きっかけさえあれば纏まる仲を放置する必要などありません。そもそも幼子でもあるまいに、深い仲になるのに全く障害の無い妙齢の男女が何をやっていますか。さっさとやることやらせて家族を増やさせなさい』

「いやいや奥方様、ストップストップ。勇者さんの方にだって事情はあるんですから!」

『何の事情ですか。ヘタレな事情ですか』


 次期魔王の母親にまでヘタレと断じられている……

 その事実にポムはそっとロベルトに心の中でエールを送った。頑張れ。頑張れ。とりあえず男の純情に関してだけは味方しておきますからね!


「今まで隠れ住むようにして行商人生活を続けてきた勇者さんですよ? 我々に関わったせいで、次期魔王に身内扱いされるは強大な竜魔族の族長から求婚されるはで突然の大転機じゃないですか。ちょっとばかり心情に配慮してあげないと可哀想ですよ」

『すでに出会ってから幾月か経っているでしょう。お互い長寿であるというのならともかく、当代勇者はあくまで人間です。その寿命は短いのです。好いていないというのならともかく、あきらかにあの方はクレア様に惹かれておいででしょう。そんな相手から誘われているのに、何故未だに何もせず逃げ回っているのですか。……もしかして、なにか、どうしようもないご事情が?』


 流石にその部分に関しては口を濁し、心配と配慮を滲ませるアルモニーに、攻勢が緩んだとポムはホッとした。


「ああいえ、ロベルトさんは別に男色でもありませんし、竜女さんの積極攻勢を見ても、お子様も十分に作れるお体をしていらっしゃるかと」


 本人が聞いていれば絶叫して抗議してきそうな会話だが、幸か不幸か自分がそんな風に話されているとは知らないのが勇者である。

 無人の部屋で会話しているポム側はともかく、この会話を否応なく聞かされているアルモニー側の同席者はひたすら勇者への同情心を深めていった。

 ちなみに同席者の名前はアロガンという。


『……その状態で、何故、クレア様に身を任されませんの?』

「……すみません。なんとなく男女の立場が違う気がひしひしとしてしまいますけど、そこらへんはまぁ、男にも色々とこう、繊細なものがあると言うしか」


 アルモニーの隣で聴いていたアロガンがうんうん頷いている。

 自身はわりとそのへんどうでもいいが、同じ男としてちょっと思うことはあるのである。特に巨大肉食女王(シンクレア)に関しては。いろんな意味で。


『女の身には分からない殿方の繊細さ、ですね……』

「そうですそうです。もちろん、女性の繊細さも男たる身なれば配慮すべきことですので、そこらへんはもう当事者が下手を打たない限りは見守ってあげたほうが良いかと。ロベルトさんは今までご自身が『勇者』――つまり『人間の中の変異体』であることに苦しんでいらっしゃったのです。その宿敵とまでされていた我々と深く交わるには、相当な心的負担があるでしょう。そこも配慮してあげなくては可哀想ですよ」

『それを(クレア様)が自らの包容力で慰めてくれるというのに、据え膳の前で縮こまっているのでしょう? 色々と心を配ってさしあげたい気持ちもわかりますが、出会ってすぐでも心が離れているのでもない現状を思うに、単にヘタレだという気しかしませんよ。腰に一発蹴りかましなさい。もしくは朝にクレア様を部屋に放り込んでさしあげなさい』

「奥方様! 本当に頼みますからもうちょっと男の純情にも配慮してあげて!?」

『毎朝元気に目覚まし起立する下半身の純情にどう配慮するというのです?』

「奥方様ーッ!」

『(アルモニーッ!)』


 ポムとアロガンがそれぞれ顔を覆った。

 恋する女性の味方側からすれば、当然ロベルトのヘタレっぷりにイライラするのだろうが、純情な男の味方側からすれば、その言動に自分達の心がザクザク削られてしまう。

 

『あら、旦那様――』

『ポムよ。こちらは押さえておくから、勇者にはあまり心労をかけさせない程度にクレア嬢に便宜を図ってやってくれ。どちらにせよ本人達の意向が一番大事だ。出来れば早く纏まって欲しいが、下手に手を出して感情が捻じれるほうがよほど拙い。何らかの事情や理由があるのなら出来る限り力を貸そう。あと悩みがあるなら相談するように言ってくれ。早めに囲い込まなければ身命が危ういのだろう?』


 どうやら通信具を強奪したらしいアロガンの声に、心底ホッとしつつポムは頷いた。相手には見えないが。


「ええ。なにしろ真なる勇者の資質もちですからね。早く魔族入りしてもらわないと危険です。……そうですね、発破をかけるならそちら方面ですか。命を盾にするのは気に入りませんが、背に腹は代えられませんしね」

『ああ。入り用のものがあれば出来る限り工面する。我々一同にとってもあの勇者の婿入りは重要事項だ。我々の力の及ぶ限り守ってやるし、陛下とも話し合ったが一領主として遇しても良い。とにかく逃がすな。うちの子も懐いているんだからな!』

「……最後に親馬鹿な部分を出してくるのやめてくれませんかね? まぁ、いいですけど……」


 嘆息をつき、そういえばとポムはレディオンが気にしていた事を口にした。


「ところで旦那様。ヴェステン村はどうなりましたか?」

『あれか……実のところ、大きな異変というのはやはり見当たらん。レディオンが気にしていた故、陛下も我々もさらに精査する予定だが……ああ、大地の関連ということで、正式にテール殿も召喚することになった。そのため、しばらくそちらの召喚には応えんだろうから、そこは気にしておいてくれ』

「畏まりました。まぁ、かわりに水の女王様にご出張いただきましょう」

『そうしてくれ。あの子があれだけ気にしていた以上、表面上は何もなくとも徹底的に調べていたほうがよさそうだからな』

『(今度、私も行ってみましょうか。実家も近いですし)』

「あ~、奥方様の魔力親和度ならさらに精査出来そうですね。そのときは旦那様も一緒のほうがいいと思いますけど。戦力的な意味で」

『陛下も死神殿もおられるのにか? まぁ、何かあってはいかんから付き合うが……』

『(うふふ)』


 なんだか通信具の向こう側で蜂蜜色の気配がする。そろそろ通信を切った方がよさそうだ。


「では、こちらはこの辺で……」

『待て待て。まだレディオンちゃんの話を詳しく聞いてないぞ!?』

「えー……できれば坊ちゃんの弟なり妹なりを期待したいんですけど……。まぁ、坊ちゃんは相変わらずですよ。あ! ここ最近思うことがあったのか、大きな姿になるのは一日八時間の制限を設けるようにしたようです。もっと早くに制限作ってほしかったですけどね」

『そうか……むしろ、できれば赤ん坊の間は手元で過ごしてほしいんだがな……』

「そこはもう諦めたほうがよろしいかと。ご実家に戻った時に盛大に可愛がってくださいね!」

『貴様は常に傍で抱っこしたりおんぶしたりやりたい放題ではないか! 代われ! 今すぐ代われ!!』

「しょうがないじゃないですか、坊ちゃんの護衛なんですから~。まぁ、腕の中でふくふくした顔して爆睡してる赤ん坊って可愛いなぁとは思いますけど」

『貴様ァーッ!!』


 アロガンの血の涙を幻視しながら、ポムはニヤニヤと笑む。主をからかうのはポムの唯一の趣味だ。


「後でまた転写術で坊ちゃん写真集をお送りしますよ。最近は赤ん坊の姿の時が少ないので、寝てる時以外のは子供版ばかりになりますけど」

『あの姿はあの姿で可愛いから良いんだ』

「……清々しい程親馬鹿ですね……」

『そういえば、この前の写真に人間と一緒に写っていたものがあったな。あれは何者だ?』

「年配ならロルカンの支部長さん。少年なら領主さんですかね」

『ああ、なら領主の方か。妙に気になるのだが……』

『(なかなかの美少年でしたね。私も気になります)』

『……アルモニー、何故、目元が波打っているのだ……?』


 主夫妻の微妙な会話に、ポムは苦笑する。

 ただ、アロガン達の言う『気になる』という発言には別の意味で笑みが浮かんだ。


「……一度、お会いになるといいと思いますよ。坊ちゃんが大事にしてるお子さんですから」

『ふむ……お前がわざわざそう言い出すということは、何かあるのか』


 微妙に鋭いアロガンの声に、ポムは迷うでもなくそれを口にする。


「ええ。私が最初の人間の土地として、あの街を選んだ理由があの人間ですから。……魂の色が、坊ちゃんに似ているのですよ。旦那様や奥方様と同じレベルで」


 息を呑む音が聞こえた。

 魂の色が似ている――それの意味することを察したからだ。


『人間の中に……?』

「ええ。今生では人間として生まれたのでしょうね。ですから、今以外の時の中のお話でしょう。……前世の親兄弟、あるいは来世か……」


 肉の器を持つ者の魂は、肉の器の死と共に無限の循環へと還り、今でない時此処では無い場所に再度生まれなおす。

 輪廻と呼ばれる魂の循環だ。

 生まれる先は誰にも選べないが、基本的に魂の色の近い者が似た場所に集まる、という知識が魔族の間では常識となっていた。

 竜魔族の竜眼のように、魂を視ることのできる異能がそれなりにいるからこそだろう。


 魂の色は、同じ血筋であればあるほどに似る。


 魂の系譜と呼ばれるその法則にしたがうなら、アヴァンツァーレ家の当主は前世かあるいは来世でレディオンと同じ血を引いていることになる。


「その魂の傷の深さから相当酷い運命を背負っていると推測されますが――あの領主さんは、坊ちゃんにとって非常に重要な意味をもつ人間だと思われます。それこそ――そう、坊ちゃんが普通では進むことの出来ない道へ繋がる、大切な扉のごとく」







 そこは暖かな場所だった。

 どういう場所なのかは分からない。

 明るいような、暗いような、不思議な場所だ。

 目に見えるものは何もない。

 ただ、潮騒のような、雨音のような、不思議な音が鼓動の音と共に常にそばにある。

 

 ――お父様はお忙しいから。


 水底で聴くように、ぼやけながらもその音は眠る自分の元へと届いていた。

 言葉だと理解した。

 同時に、それを発しているのは母なのだと。


 ――貴方も、お父様のような立派な『――』になりなさい


 優しい、けれど寂しそうな声。

 他に聞こえるのは、延々と降りしきる雨音のような音に、水音、そして鼓動の音。

 永遠に続くかのような、単調で変わることのない世界。

 けれどそれは唐突に消滅する。


 不安、緊張、絶望、恐怖――そして痛みと共に。






「――い……様」


 ふと声が聞こえて、目を開けた。

 見覚えのない天井が光にぼんやりと照らされている。

 自室では無い――そう気づいて、次に場所に思い至る。


「ああ……」


 声が漏れた。

 起き上がるとシーツに水滴が落ちた。

 顔に手をあてる。――涙だ。


「……また、あの夢か……」


 夢の残滓は朝日と共に消えつつある。

 そもそも、景色や情景といったものが何もない夢だった。ただ空虚な悲しみだけが胸に残る。


「久しぶりに見た……かな」


 幼い頃はそれこそ頻繁に見ていたが、年を重ねるごとに見なくなった夢だ。

 非常に切迫感を覚えるというか、起きても体がこわばるような夢というか……幼い頃はそういう夢をよく見るものだと父に言われて、そういうものかと思った昔もついでに思い出した。

 たぶん、場所のせいだろう。

 ここは、幼い頃に父と来たことのある場所だから。

 ……幼すぎて、見覚えなど全くと言っていいほどないけれど。


「? そういえば……」


 確か自分には同じ部屋で寝てた人がいなかったか、と思ったところでコココパーンッと扉が開かれた。


「おはよう! 起きたか!?」

「あほかぁああ! 連続ノックして即開けるなレディオン!! ――ったく、朝っぱらからすんません、体調はどうです?」


 意気揚々と飛び込んできたこの世の物とも思えないほど美しい青年(・・)と、同い年ぐらいの人懐こい風貌の青年に、思わず笑みが浮かんだ。


「おはようございます。すみません、寝過ごしてしまったようですね」

「いや、そんなことはない」

「そうそう。むしろ朝早い部類だ。――つーか、なんで朝日が昇ると同時に起きてくるかね、この魔……でなく、大商会の主様は。普通、金持ちと貴族は昼前ぐらいに起きるもんだろ?」

「早起きは賢者の卵、と言うだろうが」

「そんな(ことわざ)知らねー……早起きは三文の徳、みてーなもんか?」

「サンモンって何……?」


 不思議そうに首を傾げる恐ろしく美しい青年は、うっすらとその体が透けていた。かわりにその中によりはっきりと見える少年の姿があり、今までのつきあいでその少年の姿が一般に見えている姿なのだと知っていた。

 ――何故、姿が二重に見えるのかは分からないが。


「まだ眠いようなら、先に俺達だけで朝食をとってくるから、休んでいるといい。……? 何かあったのか?」


 ふと心配そうな色を目に宿してこちらを見てくる相手に、なんとなく胸がぽかぽかするものを感じながら首を横に振る。

 最初に会った時からずっとこちらに配慮してくれる恩人に、これ以上妙な姿を見せるわけにはいかない。


「欠伸をしたからでしょう。ちょうど起きたところですから、私もご一緒します」

「そうか!」


 神代の美貌を持つ相手はそう言ってほんの少しだけそれと分かる笑みを浮かべた。

 ついでに何かを伺うようにチラッチラッとこちらを見てくるのは、昨日見たもののせいだろうか。

 首を傾げてみせると、相手も首を傾げてくる。


「なんで二人して首傾げ合ってんだよ……つーか、着替え手伝ったほうがいいか」

「いえ、一人でできますので」

「領主さんが一人で着替えっていうのもどうなんだろうな……上着持つぐらいなら出来るぜ。早くしないと、レディオンの腹の虫が泣き喚く」

「失礼だな。俺の胃は空気を読む奴だとも」


 ぎゅぅっくっくっく。


「おい、胃が笑ったぞ」

「うるさいよ」

「違う意味で空気読みやがる胃だな――ッた! 叩くなよ!?」


 傍から見ると掛け合いのような言葉の応酬に、笑いながら手早く衣服を整える。途端に競うように着替えを手伝われて、思わず噴き出してしまった。


「一人で出来ますよ」

「いや、領主の着替えを棒立ちで見守るってのもどうかと思って。……つーか、レディオンが手伝うのが意外」

「ロベルトだけにやらせてなるものか」

「なんの対抗意識だよ!?」


 朝から賑やかな部屋の向こうでは、執事に扮して扉を守ってくれていた護衛らしき人が興味深げにこちらを見ている。

 目が合って会釈すると苦笑交じりに会釈を返された。

 レディオンの関係者は、何故か皆、自分に優しい。


「さて。食事だな! 今日は俺のとっておきのクイニー・アマンもつけてやろうではないか」

「朝から甘すぎるだろーに」

「うるさいよ。お前はいらないんだな!?」


 気安いやりとりを微笑ましく見守っていると、ロベルトの背を叩いたレディオンがこちらを振り返る。

 何故か自然に手を差し伸べられた。――まるで子供を導くように。


「行くぞ、ジルベルト!」


 胸の奥の空虚な痛みが、じわりと癒されたような気がした。




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