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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 5 運命の連結
83/196

35 par délégation



 ふと、名前を呼ばれたような気がした。

 顔を上げると、白い世界にポツンと人が立っている。

 ■■■だ。


 ――『鍵』と出会ったね。


 ポツリと零すような声が流れる。

 俺はやや困惑を抱えてそれを見た。

 頭の中が霧がかっているように、上手く考えがまとまらない。

 かわりに何故か奇妙な言葉が思い浮かぶ――ココハドコダロウカ。

 意味不明だと思うのに、その言葉が妙に正しい気がしていっそう困惑する――オレハドコニイルノダロウカ。


『ああ』


 ふと、答える声が聞こえた。

 俺のようで、俺では無い。

 ダレダ。――ああ、いや、なぜ今、一瞬分からなかったのだろうか。

 □□□だ。

 いや……今は、他の名前があったような……


 ――『鍵』を失ってはいけない。


 ■■■の声に、□□□は頷く。

 視界が揺れて、気持ち悪い。


『分かっている。だが、アレはオレの権能の外にある』


 動いた拍子に視界を髪が過ぎった。金色の髪――なら、たぶん、目は緑になっているのだろう。


 ――すでに理を外れてしまっている。


『本人もうすうす感づいてはいるだろう。認められるかどうかは分からないが』


 ――危険が迫っている。二ヵ所で。


『知ってる。だが、一ヵ所しか選べない』


 ――人の子を選ぶ?


『まだ、そこまでは至っていない。ただ、「確実に滅びる」方を選んだ』


 ――『鍵』は『鍵』たる己を知らない。


『だからこそ、失うわけにはいかない。もう一つの側は、「彼等」に任せよう』


 ――『彼等』もまた、失うわけにはいかない。


『「彼等」なら、まだ耐えられる。だが、人の側は耐えられない』


 ――それは、『レディオン』の選択?


『……』


 沈黙が降りた。

 □□□がその気配を消す。


 ――最善なルートは見えても、正解のルートは見えない。


 静かな空間に、■■■の声だけが流れた。


 ――忘れないで。

 ――選ぶべきは君の意思。

 ――例え同じ■を生きたとしても、

 ――『僕』も『オレ』も君にはなり得ない。


 白い手があがって、俺の胸を指さした。


 ――蓋はもう無い。


 俺は奥歯を噛みしめる。

 それがどういう意味なのか、今の俺には分かっていた。

 そして、その状態で、(うつつ)にほとんど影響が出ていないのが、何故なのかも。


「俺は、贄を求めてはいない」


 どこか悲し気な微笑みが見える。


 ――知ってる。


 ああ、知っているだろうとも。分からないはずがない。

 例え□□□と違って融合していなくとも、自分達はそうである存在なのだから。


 ――必要なことを、躊躇わないで。


「『最善』か」


 ――『今』を選んで。


「いずれ至るものだ」


 ――それでも、時は必要だ。


 俺は押し黙る。

 ああ、全く。

 何もかも足りないものばかりだが、最も足りないのは、やはり『時』だ。

 だからこそ、■■■は此処に居る。

 あらゆる全てを犠牲にして。


 ――『僕』も『オレ』も、君を選んだ。


 止めることのできない涙を流したまま。




 ――生きて









 朝になった。

 なんだか頭が重いが、赤ん坊に戻って爆睡したせいだろうか? 寝すぎるのも体に悪いんだよな。まぁ、座りすぎよりはまだマシかもしれないが。

 ふわふわ欠伸をしながら身を起こす。俺の体はまだ小さい。生後一ヵ月で一歳児レベルに育ったというのに、それ以降の肉体的成長はほとんど止まっている気がする。どういうことだ。やっぱり無茶な生活サイクルのせいなのか。

 寝溜めして回避とか、出来ないかな……?


 俺がいるのは王都で購入した屋敷の一角。俺の部屋としてノアが整頓した主寝室は、なかなか立派なものだ。まぁ、家具類は持ち込みだから当然か。

 だが、その家具類を悠々と置ける広さは屋敷本来のものだ。

 拠点購入の検討時、この屋敷近辺物件や王城付近の物件を比べてみたが、ここが一番あらゆるものが広かった。ロルカンの領主邸すら上回っているほどだから、相当だろう。

 まぁ、その分お値段がかなりしたんだがな……


 あやうく店舗用費用すら消えかけて、商店街の店舗と商業組合の手続きを終わらせた頃には、冒険者組合に預けてあった金がすっからかんになったほどである。

 おお! 昨日の報酬が無かったら俺は今月無一文になるところだったよ!!


『なーんで有り金全部使って新拠点と店舗を整えるかねェ? 普通、余裕は置いておくもんだろ?』


 おっと、黒歴史(ディン)さんおはようさん。

 

「分かっていないな、ディンよ。こういうのは、次のターンから最大の利益を叩きだすだろうギリギリの金全部突っ込んでこそなんだ!」


 それが店をやる醍醐味ってもんだ!


『あ゛~?……そンで? ギリッギリまでつぎ込んだ挙句「やっべ! 資金ゼロになって首まわんね!」で慌てて即金で稼げるオーク狩り(・・・・・)に付き合わされた他の連中へ言うべき言葉は?』

「ごめんね?」

『……おまえずぇっったい今の体に精神年齢逆戻りしてンだろ』


 失敬な。


「それに、オーク狩りはもともと予定してたことだ。金だけが目当てではないとも」

『ついでに素材が山ほど手に入るしな』

「人間が困っている依頼をこなすのも大事なことだしな」

『あわよくば名声を得られて潜在的な味方を増やせるしな』


 やだ。ディンさんが的確に俺の裏勘定を暴露してくれやがるわ。


「まぁ、なんにせよ王都拠点始動としては良い感じだ。店そのものはノアに任せっきりになるだろうが、十全に力を振るえるよう、お財布ギリギリまで金貨絞り出して店を購入したしな!」

『あれだけあった大量の金貨が消えるような「支度」すんなよな……』


 うん。そこはちょっと反省してる。ごめんごめん。


『そもそも、ただの店舗だけにしときゃ良かったんじゃね? 宿とか併設せずに』


 甘いな!

 俺には『セラド大陸の資源を無駄なく使って儲ける』という目標があるのだ。そのための設備投資なのだからギリギリまで資金を捻出するとも!

 まぁ、高額になった理由は『王都の商店街の一等地にある宿屋と商店の二軒がまえ』なせいだが。


『拠点用に屋敷購入しておいて、なんで宿屋まで買うよ?』

「理由は幾つかある。先を見越してのことだが、旅人を装って俺達の協力者が堂々とコンタクトを取れるようにしたかったんだ。俺達は強いが、他の連中だって強い奴はいる。後をつけられる事だってあるかもしれない。そいつが向かう先がうちの商会かうちの宿かで、追跡者の印象はだいぶ違うだろ?」

『物質界は面倒だな……で、そのココロは?』


 やだ。疑われてる。


『疑ってねーよ。理由複数だろーが』

「ああ、うん。あとは、宿にうちの商品を使うことで家具の宣伝も出来るし、なにより、宿だと同じ建物内で料理を出す『食堂』で酒も提供できる。つまり、酒場としても活動できるんだ。そして、酒場ないし宿屋の食堂だと、本来なら売ることができないパンも売ることができる」


 これは人間社会の取り決めなのだが、パンはパン職人組合に加入しないと売ることは出来ない。おそらく主食である小麦に絡む利権の関係だろう。

 パン職人は社会的に保護されているのだ。

 かわりに、新しいパン屋の参入にはかなり厳しい目を向けられる。少なくとも、ポッと出であきらかに余所者の俺がパンを売りたいと思っても、職人組合に入ることすら出来ないだろう。

 では、どうやってパンを売ればいいのか。

 簡単なのは、食堂を開くことだ。

 パンを売るのではなく、食事の一環としてパンも食べられる、という形をとることで、パン職人からの攻撃をかわすことが出来る。


 そして、ここから大事になってくるのが、商業関係施設の「税」だ。

 まず、普通に食べ物を売る場所となると『屋台』『酒場』『宿の食堂(酒場)』となる。

 この中で、酒を売っていいのは酒場と宿の食堂だけだ。屋台の場合はよほど特別な許可が下りないかぎり販売を許してもらえない。


 そして税は、酒場、宿の食堂、屋台の順に重く、巡回兵の視察も同じ順で頻繁になる。

 聞いた話、酒に対してはどの街も大なり小なり取り扱いに注意をしているらしい。これは、おそらく酒の種類によっては大火災の呼び水になってしまうからだろう。辺境の農村とかだと扱いが緩い点を考えても、密集地で危険物扱いする傾向があるのは仕方がない。

 あとは、へたに酒屋を増やすと泥酔者のいざこざが増えて治安が悪くなる、というのも理由だそうだ。魔族と違い、人間は酒を体内で分解するのが苦手だからな。普通なら口喧嘩で終わる諍いで血が流れるとかザラにあるらしいし、ホイホイ気軽に酒場を作らせたくない気持ちも多少は分かる。税を重くしておけば、考えなしの素人への牽制にもなるというものだ。

 俺はまったく頓着しなかったがな。


 素人を牽制してでも弾きたい理由は、飲食関係全般に言えることでもあるが――体に有害なものを作られる可能性が高いからだろう。

 酒は、『酔わせる』飲み物であれば、たいていのものはそうだと言いきれてしまう。

 恐ろしい話、魔法薬の『酩酊薬』ですら、知らない者には『酒』として言い張れてしまうのだ。


 世界的に作り方が確立され浸透しているワイン、ビール、ブランデーに関しては偽物を出しにくいが、粗悪品や『酒もどき』は今なお世界中にある。そして、それらはたいてい人間の体に悪い。

 そんなものを振る舞われてはたまらない。住民が自分達でじわじわ自殺していくようなものだ。

 おそらく、この理由が『酒場の税が重い』一番の理由だろう。上等の酒ですら人間を殺すのだ。粗悪なものならどんな結果になるか、押して知るべしである。


 結果として、申請時の手続きは煩雑化し、立ち上げたら立ち上げたで酒場への巡回兵視察は頻繁になり、パン屋ほどではないが酒場をやるのは色々面倒だという話になる。


 逆に宿屋は楽だ。

 むしろ王都のような場所だとぜひ作ってくれという話になる。

 また、宿で注文した品を客が持ち帰ることは禁じられていない為、宿の食堂経由でパンや酒を売っても全く問題が無い。まぁ、ある意味一つの抜け穴だな。


 そして、総合的な試算結果として、我がグランシャリオ家の商品を無駄なく使って商売する場合、食堂付きの宿と商品販売店を兼ね備えた大型店を作るのが一番良い、と出たのである。

 税が安ければその分純利益も増えるしな!

 そりゃあやるってものだろうとも。俺はいっさい迷わなかったとも。


「こちらの大陸での食料素材もかなり溜まってきたからな」


 現状、消化しきれていない。

 万年やや不足気味だった食糧問題が一気に解決した、と、サリから我が家にご褒美が届いたほどである。

 ちなみにご褒美は大量の木材と植林された山の権利書だった。

 最近、うちの当代魔王様が俺を見抜きすぎて怖いな。ごっつぁんです!


 そんなこんなもあって、現在ではこちらの大陸で得た食材は、全てこちらの大陸で消費できるよう流通ルートを整えている。今まではロルカン一店舗だったが、今回から王都もそれに加わるのだ。少しは消化促進できるだろう。


 王都までの道中に関しても、ロルカンから出た部下達がちまちまと版図を広げている。

 今回のオーク肉といい、未だに大量の食材が手つかずであるが、出店先が増えればいずれ落ち着くだろう。

 そもそも、この膨大な在庫は今だけの可能性とてある。

 定期的な狩りや集落の乾酪を行えば、高濃度魔素も下がり、新たな変異種誕生も押さえられるからな。


『おまえのやり方は、ゼロか百か、みたいなところがあるな』


 やだ。ディンさんに呆れられている。

 最大の利益を求めて冒険する男心を分かってくれないとか、もう一人の俺は夢が無いな!?


『リスクを考えろ、って話だっつーの。一回失敗したらマイナスになるような博打打つな』

「試算していけると思ったから踏み込んだだけだ」

『新店舗で利益出す前に、あの死の黒波みたいな災害に巻き込まれたら、何もかもパァじゃねーか』


 ……なんでそんな確率の低い災いまで試算に含めるの……?


『運命なんてわかりゃしねェんだから、気ィ抜くなっつーことだよ。そもそも、ロルカンで売れたからって、どこでも馬鹿売れするとは限らねェ。ネームバリューも全然違う。客の呼び込み一つとっても、別の街に行きゃあ違うだろーが。……特に嗜好が全く違う所に行ったら、そのことを思い出せよ?』


 あ。ハイ。


『人心を魔法で操らない限り、いつでもいつまでも物が売れるとは限らねーんだ。慢心も油断もするな』

「お、おう」


 ディンさんがことのほか真面目な商売の忠告をくれて、俺はビックリだよ。

 ……まぁ、財布がすっからかんになるまで施設投資するのはポムにも絶句されたしな……次からは気を付けよう。気を付けてもまたやるかもしれないけど。


『それで? 今日は何をするんだ? 一時も無駄にしたくないんだろ?』


 話題を切り替えたディンに、俺も「ああ」と意識を切り替えた。


「テールと父様への連絡を終わらせたら、こちらの大陸の用事を済ませる」

『ああ、また店のカスタマイズか』

「いや、それはノア達に任せる。俺は早く実家に帰りたい」


 実家――そう、セラド大陸に。


『……』

「この地で何かが起ころうとしている。かつてロルカンに『死の黒波』が襲ってきたように」

『……元凶を取り除くのか』

「ああ。そのために、西に戻る」

『はん?』


 意外そうな声が頭に響いて、俺はうすく笑った。



「最初のピースは、アヴァンツァーレ家とアゴスティ家だ」






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