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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 5 運命の連結
80/189

――quest こっそり王宮探索ツアー



 カルロッタの王と宰相とも無事話し終わり、美味しいドリンクも貰って俺はご機嫌だった。

 なかなか不愉快な出来事も二件ほどあったが、まぁ、人間の社会に足を踏み入れれば発生するだろうと思っていた内容だ。オーク狩りで発散するから良しとしよう。

 ……ポムがどう見ても呪ってたっぽいので、これから先何が起きるか分からんのが不吉だが……


 個人的にはすぐさまオーク狩りに行きたいが、残念ながらそうはいかなくなった。王から直々に、今日は王宮で旅の疲れを癒してくれと言われてしまったのだ。

 「いらん」と断るのは簡単だが、やると色々後が拙い。王妃のあの様子を見るに、王の地盤もあまり盤石とは言えなさそうだ。英雄扱いされている分俺の動きに注目してる者もいるだろう。王の声に逆らうような姿を見せるのは、あまりよろしくない。

 ということで、オーク狩りは準備だけして明日行くことにした。テール達も来るから、色々情報交換出来るな。

 ……フラムが来てたら、もう何も言うまい……


 王が用意してくれたのは落ち着いた雰囲気の瀟洒な部屋で、清掃も行き届いているし品も良いしで俺は満足だった。派手派手しくないのがいいな。でもベッドは自前のを使わせてもらおう。ロベルトは早速転がって眠ってしまっているみたいだが。

 ……いきなり王城の客室をあてがわれて、大の字で寝れるあたり流石は勇者だな。よく寝てるようなら、クレアさんにGOサインでも出してみようかな。

 ……ふむ。

 ツンツン突っついてみたが、起きる様子は無い。

 ちなみにポムは用事があるらしく不在だ。

 つまり、俺は今、フリーだ。

 俺は眠り続けるロベルトを見下ろし、おもむろに口を開いた。


「【睡眠(ソメイユ)】【無敵化(インビンシブル)】【完全空間遮断結界エスパス・ブロッカージ】」


 よぉぉし!

 これで部屋とロベルトの防御も万全だ! ロベルトが寝込みを襲われることは無いだろう!

 そしてロベルトが起きるのは夕飯頃だ! シンクレアよ、次に機会作るから許してね!


 俺は手早く準備を整えると意気揚々と戸口へ向かった。

 すでに探査魔法を駆使して俺を見張る者がいないかどうか確認し終えている。城に入ってからずっと俺達を追ってきていた視線は、隠密部隊達が対応に動いているから問題ないだろう。

 俺としては神族の動きを警戒していたのだが、現在のところ気配は見あたらない。関与していないとは思えないから、今現在は王城以外の場所にいるか、本体や分体を動かさずに『神託』などで人間を動かしている形なのだろう。少なくとも、今すぐに俺に脅威が襲いかかる可能性は低そうだ。

 でなければ、ポムが俺から離れてあちこち動いてるはずないしな。


 ということで、王宮探索(ぼうけん)だ。


 目付役は不在だし、補助目付役はぐっすりだ。こんなチャンスは今しかない。

 無論、今の俺がちょろちょろしてるのを見られたら色々面倒だ。魔法で姿を消しておくにしても、ロモロあたりになら姿隠しを看破される可能性があるし、そうなった時の言い訳が色々めんどくさい。


 ということで、赤ん坊に戻った。


 うむ。やはり本来の姿に戻ると色々楽だ。じわじわ減っていく魔力に怯える必要もないしな!

 これで髪の毛がフサフサだったらさらによかったのだが、俺の頭部は相変わらず風通しが良い。髪の色のせいもあって、頭皮が透けて見えてしまうほどだ。……いや、よそう。もう考えまい。俺は外見に拘らん男なのだ。……あ、涙が。


 とりあえず【遮音】と【姿隠】の魔法をかけ、【隠密】の能力を発動させておく。これで俺は透明魔族だ。小さいから普通の視線の位置では発見されにくいし、いざとなったら赤ん坊のフリでごまかしもきくだろう。

 おっと。服は普段着に替えておかないとな。普通の普段着な。……いや、いっそ母様印の普段着のほうがいいか?

 ……やだ……『連結無限袋』にいつの間にかスカートタイプが入ってる……




 こっそりと部屋を出た。

 見張りも護衛も立っていない廊下。見事な無人だ。大丈夫か王城。こんなに警備が緩いと俺がやりたい放題だぞ。

 実のところ人族の密偵らしい影はチラチラ見えるのだが、腕前のせいで透明な俺が出てきたことに気付いていないようだ。密偵失格だな。後ろからお尻に火をつけてあげたらちょっとは本気になるだろうか?

 ……いや、騒動が起きたら俺も見つかるから我慢だな。


 結界の緩みが無いか確認してから、さぁ出発だ!

 まずは食堂に行くだろう? 他の何を置いてもまずそこだろう?

 城の者が何を食べているのか調べるのは重要なミッションだ。敵であろうと味方であろうと、食料を押さえればいつでも蹂躙出来るからな!

 ……いや、味方を蹂躙してはいかんな。俺は早くこの征服脳を改変しないといけないかもしれない。

 そして味見も大事なミッションです。


 おっと、足音察知。

 奥の部屋だな。中にいた連中が話し終わったか何かで出てくるのだろう。

 ちょこまか駆けて扉の傍らで待つこと数秒、出てきたのは五名ほどだ。おや、一人からなにやらいい匂いがする。服を見るに、料理人だな。匂いが染みついているぐらい、長く務めているようだ。


 これ幸いと料理人の後についていくことにした。

 今日の晩御飯は何だろう。今日の俺の胃と口は完全にオークの口になっていたから、出来れば豚肉系がいい。ああでも、人間はあまり調味料を所持していないんだったか。香辛料が作れる王国ってどこだったっけな?

 あ。面白い取っ手のドアを発見。

 猫の手の形とか、なにげに可愛いな。もしかして、遊び心のある取っ手は他にもまだあるのだろうか。うちでも真似してみようかな。

 む? 向こう側から誰か来たぞ。


「おや、料理長。この時間帯にお会いするとは奇遇ですな」


 おや、料理長でしたか。これは良い道案内人。少なくとも、下っ端みたいにあちこち雑務で走り回る可能性は無くなった。厨房までの案内、頼むよ!


「おや、これはコルニオラ卿。まさに、こんな所でお会いできるとは思いませんでしたな」

「何故、このような場所に?」

「いえ、先の『死の黒波』を撃破した英雄を陛下が招かれたそうなのですよ。陛下から我が国の料理を堪能していただくよう命令されたのですが、なにしろ相手は『英雄』でしょう。どういったものが喜ばれるか、旅慣れた者の意見を聞きに行っていたのですよ」


 スラスラと答える料理長だったが、俺としては首を傾げてしまう。

 さっきのメンバー、どう見ても旅慣れてない内政畑っぽい連中だったんだがな。


「調理場の者の意見を聞けばよかろうに」

「それだけで終わっては、ご満足いただける料理が難しいかもしれません。なにしろ、あのアメティスタ卿がわざわざ手ずから神聖果実や聖水を使った飲み物をお作りになっていたぐらいですからな。もしかすると、神殿とも関わりの深い聖人なのやもしれません」

「なんと」


 相手の男がビックリしている。

 俺もビックリだよ。なんでそうなったよ。魔王だよ。


「聞けば、英雄の供をしていた一人は、アメティスタ卿が脅威に思うほどの『加護』持ちとか。と、なれば、昨今聞こえてくる噂も信憑性が出て参りますな」


 ん?

 何か噂になっているのか?


「アレか……英雄と聞けばなんでもすぐ直結させたがるのが民の悪い癖だな。まぁ、真偽はともかく、しばらく暗い話題が多かったのだから、明るい話題は歓迎しよう。出来れば、この国に住んでもらいたいものだが……」

「ロルカンに拠点を持っているようですから、ありえないことでは無いかと。噂の英雄殿が住んでおられるとなれば、各国の冒険者達はロルカンへの移住も検討しましょう。強さは憧れですので」


 おや。

 商業で呼び込もうと思ってたのに、思わぬところに呼び水があったんだな。

 考えれば、強い者のいる場所に集まるのは魔族も同じだ。感覚は分かる。これからの街戦略にはコレも盛り込んでおこう。


「我が国は魔物の被害も多い……冒険者の移住は歓迎するべきところだな」

「彼らも飯の種……失礼、職にあぶれることが無い土地は好ましいでしょう。中堅どころの冒険者が来てくれれば、軍で行っている魔物の討伐回数も減るでしょうね。コルニオラ卿にとっても望ましいことでしょう?」

「ふむ……。魔物素材が手に入らなくなるのは痛いが、民の安全には変えられんな。冒険者が来れば我々は別の治安維持に目を向けれるか……荒くれ者への対応に振り回されなければ、だが」


 ふむ。

 コルニオラ卿は軍関係か。そういえば、厚みはさほどでもないが鍛えられた体をしているな。ちょっと失礼。


『マリオ・リーデンベルク LV53 種族:人間

 性別:男 職業:騎士

 HP 843/867

 MP 420/420

 STR 543

 DEX 222

 CRI 286

 VIT 421

 DEF 500

 AGI 157

 INT 238

 MND 147

 CHR 275

 LUK   4

 固有才能タレント:【堅牢】

 固有能力アビリティ:【無敵(物理)(短)】【鼓舞(広)】【伝心(近)】【変化】【盾の心】【父心】』


 よん……?

 どっかで見たなこのパターン……あと【父心】って何だ。そして何故、体力が減っているのだ。ツッコミどころが満載だぞ。

 それにしても、【盾の心】は常時発動(パッシブ)で防御力強化なのか。人間にしては高い防御力なのはそのせいのようだ。ちなみにロベルトの能力は全て軽く千の大台に乗っているが、これは奴が『勇者』であるからこそといえる。

 ……人間の中で静かに暮らすのは、相当神経をつかっていただろうな……

 能力値的にシンクレアの可判定はもらえなさそうだが、アメティスタ卿であるロモロぐらいの強さはありそうだ。ということは、最低でも軍団長クラスだろう。

 ……ロモロ、聖職者らしいのに、なんであんなに肉体派なんだろうな……


「!?」

「? コルニオラ卿、どうかいたしましたか?」

「い、いや……今、何か奇妙な視線、のような、感覚が……」


 む。【全眼(アヴィ・ディクスペア)】で見たのが分かったのか?

 なかなかいい感覚をしてるな。


「いや、気のせいだろう。しかし、冒険者が増えるとなれば、別の意味で治安に注意を払わなければなるまい」

「そのあたりは、冒険者組合に期待しましょう。彼らには彼らの掟があるでしょうから。ロルカンの支部長はなかなかのやり手だと聞きますよ」


 おお、支部長。人間にも評価高いぞ!


「そういえば、コルニオラ卿のご息女は今日はおいでになっていらっしゃらないのですか?」

「……うちの娘が、何だというのだ?」


 ほむ。若く見えるのに、コルニオラ卿とやらは子持ちか。見た目、三十にもなってないように見えるのだが。

 俺の【全眼(アヴィ・ディクスペア)】だとまだ年齢は見えない。いずれ見えるようになりますよ、というのがポムの言だが、そういうのが分かる奴自身がたいがい得体の知れない奴である。まぁ、もう慣れたけど。

 それにしても、筋力とか体力とか全部数値化されて見えるのに、なんで年齢が見えないのか不思議だな。


 ちなみに、人間は装備で能力をガン上げしてくるので、普通の服着てる時と完全装備時で能力値が違う。高位種族と戦う為の措置なのだろう。

 うーむ。魔族はあまり装備ブーストをしないから、装備で力を高めてくる相手の場合、力量を見誤りやすいんだよな……前世で辛酸を舐めた理由の一つだから、今はベッカー家の力も借りてせっせと装備による強化を進めてるところだが。

 そういえば、母様が防具強化に関して何か企画を考えているとか手紙に書いてたな。今度実家に帰ったら詳しく聞いてみよう。


「いえいえ、コルニオラ卿のご息女と言えば才女で有名ですから。また、ご両親に似てお強くていらっしゃる。間近に英雄を見られる機会ですから、おいでになっているのかと思いまして」

「……例えそうだとしても、夕食に同席するなどの関わりがあるわけでは無い。娘も年頃だ。今はあまり出歩かないよう申し付けている」

「ああ、殿下達の誰かに嫁がれるというお話もありましたな。第二王子が有力でしたが、今であれば第一王子も有力候補でしょう。うらやましい限りです」

「……そろそろ兵達の鍛錬を見に行かねばならん時間だな。料理長よ、そちらも仕事があろう。引き留めてすまなかったな」

「いえ。滅相も無い。――では、これにて」

「ああ」


 深くお辞儀する料理長に軽く頷き、コルニオラ卿は力強い足取りで去っていく。俺はチラとそちらを見てから、お辞儀していた料理長を下から眺めた。

 ……。

 ふーん?

 まぁ、なんにせよ、退屈しない城のようだ。






 料理長のシークレット案内で到着した厨房でチェックすることしばし。

 色々と堪能した俺は、厨房の片隅に残っているロモロの気配に首を傾げつつ喉を潤していた。

 付近では「鍋の中がいつのまにか減ってる」だの「数が足りない」だの、ちょっとした騒ぎになっているが気にしない。ごちそうさまでした。俺は鶏肉のピリ辛炒めが好きよ。

 さてそろそろ別の場所を見に行こう、と調理台から降りかけたところで、ふと一人の娘が目に入った。

 傍目にもどんよりとした気配を漂わせている娘だ。それなりに綺麗な顔立ちをしているというのに、落ち込んだ目元や暗い表情が魅力を下げてしまっている。

 あの手の気配は、親しい者を亡くした者のそれだ。しかも大往生とは違う理由の死亡だな。

 魔物討伐で命を落とした軍人か、病気や事故で亡くしたか、あるいは何かの陰謀に巻き込まれたか……

 そういえば、ポムが死の黒波に巻き込まれて死亡した商人の娘がいたと言っていたな。……なら、彼女が、そうか。

 娘は、ただ黙々と肉の下処理をし続けている。豚肉だ。個人的に希望通りの夕食が来そうだが、思ったより喜びは薄かった。







 後宮に忍び込んでみた。

 衛兵はいたのだが、手持無沙汰で雑談していたからこっそり扉からコンニチワーした。誰も気づいてくれないとか、本当にこの城の警備は大丈夫だろうか。俺が心からやりたい放題だ。

 後宮は、思っていたより小さい。

 人間の後宮だから、それこそ王城より大きくて全ての扉の向こうに美女がいると思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。現実は物語や伝承とは違うのだな。俺、反省。


 とりあえず美味しそうな匂いのする所に向かおう。俺は甘味に飢えているのだ。

 スィーツは魔法使いにとっては必須の料理だ。なにしろ魔力回復力増加や親和度向上など、材料によって様々な効果がある。特にポムの作ったクイニーアマンは優秀で、魔力回復力が激増する。俺が作るとそこまで効果がないあたり、HQ(ハイクオリティ)品なのだろう。俺もあの領域に足を踏み入れたいものである。

 人間の料理だと魔族料理のような効果は期待できないらしいが、それでも甘味である以上、脳の栄養にはなるだろう。

 しかし、この後宮で甘味がある所となると――


「まったくもって腹立たしイ! 王め、妾の実家の財力で財政を立て直しておきながら、あの態度!! あれが妾の夫かと思うと虫唾が走る!」


 ああうん。ここに辿り着くよな。

 というか、この国の財政は大本からヤバかったのか……。ジルベルトだけが火の車だったわけじゃないんだな。

 で、それを伯爵家が肩代わりしたか何かで支えた、と。

 どの年代のことか分からないが、この『妃』に今まで強く出れなかった理由はそのへんが理由だろう。やはり金は大事だな。うん。


「あの英雄とやらの歓待に宴を開くだと!? 妾を蟄居させておいて、自分だけ豪遊しようとは、なんという悪漢か!」


 ……いや、たぶん、王様は豪遊しないと思うが。料理だって別に特別贅沢な品とか使われてなかったぞ。鶏肉のピリ辛炒めは美味しかったが。あ! 香辛料が贅沢品か。難しいな、人間社会。

 しかし、このオーク妃は自分のしでかしたことを全く理解してないな……早めに廃さないと後々まで言動が祟りそうな人間だ。しかし、お菓子の趣味は良い。このアップルパイ、美味しいね。


「妾の息子が実権を手に入れるまではと思っていたが……」


 おや、このチーズケーキもなかなか。


「そも、正妃たる妾が産んだ子ぞ。王位継承権第一位は我が子であろう! 何故、あのような能力も実家の地位も低い者が第一位なのだ! 生まれた順など、能力と実家の差を考えれば無視されるべき程度のものだろうに!」


 このバタークッキーもなかなかですなぁ。

 でも俺はアヴァンツァーレクッキーの方が好きよ。


「だいたい、あの第三王子にしても、公平であるべき神殿を抱き込んでくるなど、おぞましイ! よからぬ者共と懇意であるとも聞く。どうせあの騒動とて、裏側にいるのは彼奴等であろうに! 妾をどうこう言う前に彼奴等を処罰するべきなのだ!」


 ほぅほぅ。


「やはり、いっそ妾の手飼いの得た情報で脅すべきかの? 彼奴め、己は上手く事を運べていると有頂天だろうが、そうはいくものか。そもそも、最近の彼奴は調子に乗りすぎなのだ。あれも、神殿が力をつけはじめた頃と一致する。どちらが主導権を握っているか、分かろうというものだが、それにすら気づいておらんだろうて。忌々しイ!」


 もぐもぐ。


「――おい」

「ハッ! 何でございましょうか、正妃様!」


 オー……正妃の声に、傍に控えて立っていた護衛らしき女が直立したまま返事をした。

 無論、位の高い女が部屋で一人いるなどありえず、今までもずっと彼女達護衛はそこにいた。もっとも、発言が許されない限り気配を殺して『無いもの』として振る舞うのが普通のため、声だけ聴いてると正妃しか居ないような錯覚をするが。

 その正妃はというと、つぶらな瞳を冷ややかに護衛に向け、首と同化している顎らしき部分をしゃくった。


「何故、妾のお菓子が減っている?」


 あ、やべ。

 食べ過ぎた。

 ごちそうさまです。


「誰が妾の菓子を手につけた!?」

「そ、それは、分かりません!」

「何ィ!?」

「私共には、正妃様以外がお菓子に触れているように見えませんでしたので……!」

「妾が食べる前に消えておるわ! 役に立たん……クウィリーノ! 探れ!!」

「御意」


 声はすぐ間近から聞こえた。俺は素早く身を翻す。

 ガンッ! と強い音がして、俺が先程まで居たテーブルの一角に深い亀裂が入った。おお、なかなか正確だな。もうちょっと早く動いてれば、俺の服の端ぐらいは引っ掛けられたかもしれない。


「……逃がしましたか」

「近いな!? なぜそこに攻撃した!?」

「食べカスが」


 あらやだ。クッキーのこぼれが落ちてる。

 いや、クッキーってこぼさずに食べるの難しくない? ポロポロしちゃっても仕方ないって。


「こ、このような間近にいた、だと!?」

「私をして、気配が一切感知できません。……かなり大胆な敵かと」

「おのれ! 妾を馬鹿にしておるな!? わざわざ菓子をくすねたのも、妾の楽しみを奪ってやろうという考えに違いなイ!!」


 いや、単にお菓子が欲しかっただけなのだが。

 しかし、食べ過ぎたのも事実だ。まぁ、先の報復ということにしておこう。うむ。俺の報復は恐ろしいぞ。貴様のお菓子を今後も脅かしてやろうとも!

 次はチーズケーキ多めでお願いします!


「クウィリーノ! 仲間を呼びよせよ! 見つけ出し、妾の楽しみを奪った罰を与えてやるのだ!」

「はっ!」


 盛り上がってる正妃陣営を後ろに、俺はさっさと部屋を退出するのだった。





 さて、次は何処へ行こうか。後宮もひとしきり見て回ったから、次は騎士団でも見てくるかな。

 おっと、その前に時間を確認せねば。俺には正確無比な体内時計が備わっているのだ。


 ……くー……


 うむ。腹具合から察するに四時過ぎだな。菓子程度では時計を狂わすことは出来なかったか。夕食まで微妙な時間だから、城内の鍛錬所をメインに見て回る。

 おお、城の武器庫発見。

 ……やだ。装備がしょっぱい……

 おお、攻城兵器があるじゃないか。

 ……あれ……破城槌だけなの? 投石機は……ああ、あったあった。けど朽ちかけてるな……

 うーむ。対人戦闘から離れ、変異種(ヴァリアント)戦に慣れすぎてるのか、城攻めとかの武器が百年前のままで停滞してる感じだ。武器庫にろくな装備が無いのは国庫の問題だろうか。


 おや? あそこに見えるのはリベリオか?

 おお、稽古をつけてもらっているのか。相手はさっきのコルニオラ卿とやらだな。三王子の中では一番弱いらしいが、人間にしては動きが良い方だと思うぞ。

 しかし、やはり王宮探索(ぼうけん)は良いな。色々新しい発見があるものだ。

 このまま足を伸ばして、せっかくだから近くで観戦しようかな。


『……それもいいが、解析、終わったぜ』


 おっと。黒歴史(ディン)さんお帰りなさい。

 ロベルトと魔法で内緒話した後ぐらいから、ディンにはこの近辺の探査と索敵をしてもらっていたのだ。ディンが密かに広域探査魔法を駆使した結果はちまちま俺の中に流れ込んできていたが、ディンはそこをさらに踏み込んで情報を纏め、様々な角度から解析してくれている。

 時々、俺の知らない魔法を使っているような気配もしたのだが、俺の別人格のはずなのにどういうことだろうか……?


『まず先に結果だけ言っておくが、神族の気配は最新のものでも二十日以上前だな。時空の歪みがあるから、わざわざ来訪してやがる。暇人か、酔狂者だろう。場所は神殿の奥にある部屋。聖堂で無いあたり、信徒の前に姿を現した、というのでは無さそうだぜ』


 ……やや古い痕跡だが、やはり、居たな。塵め。


『殺気を抑えろ。漏れてるぞ』


 おっと。仕舞っちゃおうね。


『――次に勢力だが、今までは「第二王子と第三王子の争い」に近かったみてーだが、おまえとのパイプが出来たことで、第一王子の陣営が力をつけはじめてるな。スヴェンとかいう人間、なかなか優秀じゃねーか。王都に帰ってくるまでの道中も、味方を増やせるよう商人達を使って工作し続けていたようだぜ』


 ああ、成程。それで別口で帰還することにしたのか。

 ……もしかしなくても、俺、リベリオ陣営にとっての餌的な何かになってないか?


『まぁ、イイ餌にゃあなってるだろーな。別にいいじゃねェか。恩と義理で縛っちまえば、ありゃあイイ手駒になるぜ。おまえがわざわざ侵略しなくても、傀儡が支配してりゃあ征服してるのと同じだ。おまえのやり方、温いが嫌いじゃないぜ』


 やだ……黒歴史さんが黒すぎる……

 やることはほぼ一緒なのに、ポムの進言と真逆なのはこれ如何(いか)に。

 ……やっぱり俺の別人格だからかな。ここまで侵略脳だと、わりと(ヘコ)むな……


『第一王子の陣営が盛り返してきてることで、あちこちで色々動きが出てるみてーだな。ケケ。慌ててる小物ってなぁ、見てて楽しいな。阿呆共がわざわざ人間にちょっかいかけたがる気持ちが、あれ見てるとちょっと分かるぜ』


 神族の気持ちなんかを理解するんじゃないよ。

 神族はゲーム感覚でこっち側に介入するからイカン。一匹みたら三十匹はいるし、早めに駆逐しておかないとあちこち食い物にされてしまう。

 おお! 早く滅ぼさなくては!!


『第二王子側は静観してるな。ロモロからの報告で、おまえへの警戒を強めてる。連中程度の警戒じゃあ、無いも同然だけどな。ついでに「死の黒波」が本物であっただろうこともロモロ達の証言で確定したみたいだな。まぁ、しょーがねェっつったらしょーがねェんだが、「死の黒波」自体疑われてたみてーだ。なにしろ、伝説だからなァ、人族にとっては。んでもって、さっきのやり取り見てても分かると思うが、正妃とその息子である第二王子の間には隔たりがある。情報も共有してない』


 ディンの報告は続く。

 うむ。正妃は俺の成した事を疑ってかかってたものな。本気の疑いと演技が半々だったから、俺への報酬を有耶無耶にする為に出しゃばって来たとも、俺の功績がリオの功績として認められるのが嫌でちょっかい出しに来てたともとれる。

 ただ、状況から察するに『死の黒波』発生にあの正妃は関わって無さそうだ。むしろ、黒幕に見当がついてるみたいな感じだったな。

 ……まぁ、消去法で候補は残り一つの陣営に絞られたんだけど。


『第三王子の陣営は、ちょっと面白いことになってるぜ。王妃と第三王子がそれぞれ動いてる感じだ。ただ、そのせいでどっちが虫共を利用したのか、分からねーんだがな。俺の探査じゃあ、表面は拾えても細かい部分は拾えねェ。おまえの部下達に期待だな』


 おう。十分だとも。

 おおまかな背景が洗い出せるだけでも有り難い。部下達に調べ上げてもらう部分をピックアップしやすいからな。

 それにしても、第二王子も第三王子も、陣営内部では親子で分かれてるのか。リベリオは第三王子(サリュース)を警戒していたが、あの母親の子であるのに、第二王子に対しては肯定的だった。

 少し、そのあたりの背景も調べておいたほうがよさそうだな。




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