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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 5 運命の連結
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  幕間 ラウラの述懐





 ラウラが一番最初に覚えている記憶は、殴られて痛い、というものだった。

 情景はぼんやりとしていて、いつの何処であったのか定かではない。

 おそらく、相当小さかったのだろう。孤児院に引き取られる前だから、三歳か四歳か。ただ、暴力に対する恐怖と同時、強い反発心を覚えたのは僥倖だったと思う。でなければ、『力』そのものに委縮して過ごす臆病な自分が出来上がっていただろうから。


 ラウラにとって、『力』は生きていくうえで必要なものだった。

 孤児院は、慈悲深い場所では無い。

 育て手の無い子供を集め、他に散らばらないようにしているだけの場所だ。

 屋根のある建物で雨露を凌げるのはありがたく、わずかとはいえ食糧を与えられるのもありがたいが、負わされる責務は大人並みで賃金の支払いは無い。そんな場所では、力のない子供から先に死んでいくのだ。


 力には、暴力も含まれていた。

 シンカンサマは表向きは善人ぶるが、孤児院の子供達の前では絶対者として振る舞っていた。暴君だったのだ。だから正直、ラウラは聖職者というものが好きではない。

 端的に言えば、死ね、と思っている。

 だが、衣食住を孤児院で保障してもらっている以上、聖職者はカミサマだ。孤児院を出たとしても、回復魔法を使えるのは聖職者がほとんどで、そういう意味では健康を人質にとられているような状態が続く。

 底辺で育つラウラにとって、未来に希望など見えなかった。


 転機が訪れたのは、八歳の誕生日だ。

 広く才能を見出そうという試みで、魔力や親和度の高さを計る宝珠を使い、軍と教会が共同で住民一人一人を調べて回ったのだ。

 ラウラは特別高くは無いがそこそこの魔力を有し、親和度は街で一番高かった。その日のうちに孤児院から軍の施設に移らされ、魔導士かつ兵士として訓練を受けさせられたのだ。


 道が開けた、というほどのものでは無かったが、それでもあのまま生き続けるより良い道を行けたと言っていいだろう。

 軍という組織に縛られることになり、自由が無いのは孤児院の時と同様で、上の人間が威張り散らすのも孤児院と同じだったが、兵士として任務につく度に給金がもらえるのが良かった。最初は本当に雀の涙だったが、実力を示せば示すほど金額が上がっていくのも良かった。


 だが、ある時、少しずつ貯めていた給金を奪われた。

 遠征中だった。

 奪った相手は随行の神官で、お布施に寄越せと言われたのだ。孤児院で育ったのだから、神殿に寄贈するのは当然だろう、と。

 結局、軍に入っても、ラウラの未来に明るいものは無かったのだと知った。


 その後もたびたび金を奪われたが、ある日を境にそれは無くなった。

 それは、ラウラが十二になった頃のこと。

 士官候補として、『神騎士』――ロモロ・リッチャレッリが赴任してきたのだった。




 ※ ※




「ンフーフフフ。さぁ~て次はどれを試すザマス? 聖水はやったし、祝水ザマス? それとも奮発して神水にするザマス?」

「て、ゆーか、将軍、アレぜんっぜん効いて無いっぽいですけど? この前の聖水と神聖果実(ラ・フェール)の飲み物なんておかわりしてきたそうっすよ?」

「何故」


 カルロッタ王国。王都。王宮。

 王宮料理長のギロ目を受けつつ厨房の一角でせっせと素材を確認していたロモロは、副官であるラウラの声に目をクワッと見開いた。

 ちなみに、行っているのはロモロ曰く「神敵の正体を暴くための崇高なる作戦!」――聖なる食材によるドリンク責めである。

 正直、ラウラには無駄な労働に思えて仕方がない。


「何故、って言われても~。言い伝えが間違ってるか何かじゃないですか~? 浄化の神聖魔法ガンガンかかってる部屋でめっちゃ寛いでたそうですし」

「キ~ッ!」

「いや、『キ~ッ』じゃないでしょ。だいたい、街を救った大英雄を疑うなんて、正気の沙汰じゃないですよ?」


 ラウラの声に、ロモロは恐ろしく大げさな身振りで手を打ち払う。


「黙らっしャイ! 他の誰は騙せれてもこのワタシは騙されなイ!! あの尋常ではない膨大な魔力! 強大すぎて上限が見えない力の波動! 素晴らしい美貌もさることながら、あれがただの人間であるはずがないザマス!」

「え~……てゆーか、隊長だって初めて見た時跪いてたじゃないですかー」

「あれだけの造形美を見て無感動でいろと言うザマスか? 美は全てを超越する絶対の方式ザマスよ?」

「……でも、疑うんだ?」

「とーぜんザマス!」


 全力で胸を張るなにか矛盾しているロモロに、ラウラは疲れたようにため息をついた。


「じゃー、どっちかってっと……ゆーしゃ的なアレじゃないですかねー?」

「ゆぅしゃぁあ?」

「……うわ。すっごい嫌そうな顔……」


 即座に変わったロモロの表情と声に、ラウラは思わず半歩退いた。ロモロは盛大に鼻を鳴らす。


「勇者……ハッ……勇者……」


 どんだけ『勇者』嫌いなんだ、とラウラはこっそり見たことも無い勇者に同情を覚えた。


「勇者だったら、偉大なる方々の加護が強烈にかかってるザマス! 確かにあの強大な力は、伝承にある勇者であれば納得ザマスが……どう思い返しても、あの体に『加護』的なものは感じなかったザマス! ……かわりに神に匹敵するような恐ろしい気配はあったザマスが……いえ、だからこそ、あの存在は人間であるはずがないザマス!……あの『お付き』の得体の知れない化け物といい、神敵である可能性が、大!!」


 何のポーズか不明な謎の態勢で宣言するロモロの後ろでは、我関せずと王宮料理人達が料理を作り続けている。

 この城に、ロモロの奇行に驚くような者はもういない。


「……あのお付き、って、やったら気配が無い茫洋そうな男のこと? それとも、将軍が敵視してる方?」

「ワタシの邪魔者では無い方ザマース。……あんた達はアレ見て『茫洋そう』でスルーしちゃうんザマス? 幸せザマスねェ……」


 呆れ返った顔をするロモロに、ラウラのこめかみに青筋が浮いた。 


「な、なんかむかつく……将軍の感覚がオカシイかもしれないでしょ!?」

「そーんなことはアリエナイザマース! あの見るだけで正気度が削れそうな物体をよくもまぁ……まぁ、気づけれないならそれでいいザマス。何か予兆を見つけたらワタシだけ助かるザマス。プスークスクス!」

「ひどッ! しれっと見捨てられたッ!! しかも一層むかつく!! ――というか、誰も彼もそう悪そうに見えないんですけどねぇ。あの街も最高に良かったし。あの領、もともといつ消えてもおかしくないぐらい内側ボロボロだったのに、わずか数か月で奇跡の復活しちゃってるじゃないですか。あれもあの大英雄さんのおかげでしょ? 商売人だから利益もちゃんと考えて実行してるんだろうけど、それにしたって色々大盤振る舞いでしょ~。……あの街、永住できないかな……」


 件の『大英雄』と初めて会った時に泊まった港街を思い出し、ラウラは遠い目になった。

 ロルカンは、ラウラが今まで訪れた街の中で最も人心を鷲掴みにする街だ。あの街でしかない特色が山とあり、それが他国の王都や聖都と比べても魅力的なのだ。


(あんな街に住めればな……)


 港街らしく潮の匂いはするものの、他の街のように汚物の匂いは無い。落ちている汚物はといえば、街の中心部を迂回するように壁沿いに進む『馬車通り』と看板の立っていた道に馬のものが数点。それも定期的に清掃されていて、悪臭と呼べるものでは無かった。


(あれだけでも心惹かれるっていうのに、それだけじゃないからなー)


 ラウラの心を惹きつけてやまない特色はいくつもある。

 一つは食事。

 士官ではあるもののあえて食堂には行かず、一般兵と同じ仕出しされるものを食べたのだが、それが実に美味しかった。

 濃厚なクリームの味がするスープには野菜も肉も大きなものがゴロゴロ入っており、あまりの美味しさについおかわりまでしてしまったほどだ。


 ――そう、おかわりも出来たのだ。

 自分だけではない。他の一般兵――貧しい農家の民兵にもたっぷりとおかわりをよそってくれた。

 約四千人もの食糧を提供し、おかわり自由で対応できるのが、大英雄レディオン・グランシャリオを長とするグランシャリオ商会なのだ。正直、その資産力と食糧貯蔵量に脱帽した。


 次に心惹かれたのは入浴施設だ。

 ロルカンには、共同浴場なる大風呂があり、夜遅くまで安価で入浴をさせてくれるのだ。

 素敵だった。

 正直、惚れた。

 この街になら骨を埋めてもいいと心から思った。というか、ぜひ、死ぬまで暮らしたい。老後の永住地はロルカンに決めた。


 なにしろ、『風呂』は金喰いなのだ。

 まず、水の確保、燃料の確保、そして風呂の為の大盥もしくは風呂釜の確保がいる。

 通常、宿の風呂は銀貨一枚ほどかかるもので、大盥に何度も沸かした湯を入れてもらってようやく入れるというものだった。価格が高いのも手間と燃料のせいだ。


 その風呂が、安価で入りたい放題。

 生活魔法である【清潔(プロープル)】が使えない者達のために、脱衣所の近くには身体を洗うための場所もあり、垢すりもそこに備え付けられていた。

 ラウラも大喜びで使わせてもらった。

 何かの乾燥した植物らしい垢すりは、旅の間の汚れをボロボロと落としてくれた。正直、気持ちいいぐらいボロボロ汚れが落ちるので、擦りすぎて肌が赤くなったほどだ。


 ちなみに垢すりは雑貨として売店で売っていたらしいが、ラウラが知った時には完売していた。……世の中、所詮、早い者勝ちだ。


 浴槽は足を伸ばせるほど広く、絶えず補充される湯のおかげで湯の汚れが気になるようなこともなかった。

 とはいえ、徹底的に体を洗ってから入っているのも湯が汚れない理由の一つだろう。男湯の方は同じぐらい湯が補充され続けているのに、ちょっと汚れていたらしい。

 なお、垢や泥を落とした洗い場は、定期的に清掃員がやって来てデッキブラシで綺麗にしていた。グランシャリオ家の方針が徹底されているのだろう。余程、グランシャリオ家は綺麗好きなのだろう。


 本気で永住を考えたラウラは、こっそり購入できる家屋を調べた。

 同じ思いの同僚と鉢合わせて思わず苦笑いするハメになったが、店の者だというやたらと美形な従業員に見せられた『来客用物件冊子』は、今思い出しても地味に悔しさを覚える代物だった。

 なにしろ、相当分厚い冊子だったのに、そのほとんどが『売却済み』になっていたのだ。


 しくじった。もっと早く来ていればよかった。そう思ったが後の祭りだ。

 価格は、王都で一軒家を買うことを思えば安価。

 ただし、港街とはいえ、辺境の果てにある街の家と思えば高価。

 どう捉えるかは人それぞれだが、ラウラは「安い」と感じた。


 なにしろ、ロルカンは確実に発展することが約束されているような街だ。今のうちに買っておいたほうが、後々値上がりしたものを買うより遥かに得。

 同僚は即座に買ったほどだ。歴戦の騎士で、そろそろ退職を考えていたらしいから丁度よかったのだろう。

 アヴァンツァーレ領は税も安い。

 王都で家を借り続けることを思えば、ロルカンに家族を住まわせるほうが長期的に見てもお得なのだ。


 そのロルカンは、宿も良かった。

 一番安いという宿の値段は、銅貨十五枚。ただ、部屋は恐ろしく狭かった。

 壁と壁の間にベッドがあってその傍らに小さなチェストがある、という牢屋より狭い部屋だったのだ。

 だが、ベッドシーツは清潔で、寝藁もたっぷり入っていた。寝るための場所としては十分だろう。

 おまけに、入室した時、チェストの上に小さな籠に入ったパンが一つ置いてあったのだ。まだ温かかったので、焼いてすぐのパンなのだろう。


 おそらく、あの宿は貧困層の救済の為に運営している宿なのだ。

 部屋は圧迫感すら感じるほど狭いが、酷い安宿など他にもっとある。


 最も一般的な安宿だと、大部屋に寝返りも打てないほどの人数をおしこみ、そこで雑魚寝させる。無論、料理は別料金。その分恐ろしく安いが、その性質上、いざこざや盗難が多いうえ、安心して体を休めることなど不可能だった。


 それを考えれば、鍵のかかる個室が与えられるだけ相当良い。

 さらに、公衆浴場よりもさらに安い宿屋の大浴場を使わせてくれる。一階の食堂も安くて量がたっぷりだった。


 その一階の食堂には掲示板があり、常に雑用の雇用依頼が張り出されていた。

 馬糞撤去の掃除、魔力を提供して行う海水から塩分を抽出する作業、薪割り、洗濯係、風呂掃除……

 正直、この街でなら外に出された農村の次男三男達も仕事にありつけるだろう。現在、スラムが無いというのもその表れのような気がした。


 他にも、グランシャリオ商会のお膝元なだけあって、販売即完売の薔薇露(ローズウォーター)や、他の街では見たことのない商品がふんだんに並べられていた。

 冒険者組合や商会の店に置いてある魔物素材の武器、防具の数々。

 王都でも見たことのない美しい布で作られた普段着や、ドレス、髪留めなどの小物に、便利な日用雑貨まで。買い物目当てにこの街を訪れるのも検討するレベルだ。

 装備一新の為に購入したいものも、土産として購入したいものも大量にありすぎて、遠征中に持っていた所持金がゼロになってしまったほどだった。

 しかも足りなかったので、アヴァンツァーレ領主に借金をしてしまい、ロモロに「あんたバカザマスぅ?」と本気声で言われてしまったことは今でもたまに夢に見る。……あのヤロウ、いつかボコる……


「街の外観も綺麗だったし、街そのものも綺麗だったし、飢えない程度の職はいつでも募集してるし……せめて小さい家を一つ、現段階では別荘として……ゆくゆくは永住で……」

「あんたは幸せザマスね~」

「むっ!」


 本気で呟いたラウラに、いつのまにかリンゴの皮を剥いていたロモロが鼻で笑う。


「あんな異常な街、目先の欲に捕らわれて移り住んで、いつどうなるか分かったもんじゃ無いザマス」

「そう言いますけどねぇ! あれだけ立派なことをして、立派な街を作って、人に優しい運営をしてる大英雄を疑えっていうほうが、そもそもムズカシーと思いますけどー!?」

「そもそも、あんなバカデカい尋常でなく設備の整った街を一夜で作り上げて、しかも商人なのに儲け度外視とか、何かよからぬことを考えてるとしか思えないザマス」

「むぅ!」


 言われて、ラウラはふくれっ面になった。

 そこだけは、確かに「おかしい」と感じてしまう部分なのだ。

 ――せめて、英雄でなく領主であったなら、何の違和感も無いのだが。


(というか、あの街、どっちが領主なのか分かりゃしない状態ってゆーか……)


 領主は確かにあのジルベルトという少年なのだが、その少年自身がレディオンに心酔しているのは明らかだった。となれば、穿った見方をすれば、レディオンはあの街の真の支配者であり、一つの領がわずか数か月前に腰を下ろしたばかりの新興商人に牛耳られたことになる。


「だいたい、四千人もの兵を街に『泊まらせ』、飲食も賄いきったというのがまた異常ザマス。今まで、軍で動いていて『全員が収容された』ことって、あったザマス? 野宿ゼロとか!」

「……む……むむ……無いです……」


 ラウラの返答に、ロモロは当然と頷く。


「そーんな異常を可能にしたのが、見たことも無い強大な力をもつ十歳程度の子供なんザマスよ? ――何故、それを前にしてのほほんとしていられるザマス? 普通に考えて、おかしいザマス。おまけに、早々と第一王子まで魅了されて……まぁ、魅了される気は分かるザマス。あれほどの美貌、人ならざる美とはまさにあのことザマス」

「で、ですが! アヴァンツァーレの領主も、殿下も、あの英雄に恩があるからであって――!」

「――その恩なんザマスよねぇ……なーんか釈然としないザマス。あの『死の黒波』、どう考えても自然発生にしてはおかしいザマス」

「え!? ちょっと隊長! まさか……まさか、あの災害まで英雄が自作したっていう気じゃ……?」


 流石に声を潜めたラウラに、ロモロはポカーンと口を開いた。


「は? なんでそういう発想になるザマス?」

「あ、そこは疑わないんだ……?」

「……ふむ」


 ロモロは数秒、考えるように顎に手をあて、目を瞑る。

 余計なことを言ったかとラウラがハラハラ見守る中、カッと目を開き――何事も無かったかのように皮を剥き終わったリンゴウサギを並べた。


「隊長――ッ!?」

「うるさいザマスねぇ。ほら、そのリンゴ、持って行ってあげるザマス! しっかり観察するザマスよ!?」

「ちょ!? さっきの答えは!? 疑ってるの!? 疑わないの!? どっち!?」

「どっちでもラウラたんには関係無いことザマス。そのリンゴウサギは神聖魔法をかけ続けながら神刃の魔法のかかったナイフで作ったものザマス。効果が切れたらやり直し分の費用はラウラたんに請求するザマスよ?」

「行きますよ! 行けばいいんでしょ!? どうせ無駄だと思うけどー!」


 捨て台詞を吐きつつ皿を持って走るラウラを見送って、ロモロは冷ややかな笑みを浮かべた。


「……その時は、神聖魔法など効果のない上級魔族っていうだけの話ザマス」


 その小さな声は、活気のある厨房の雑音に紛れ、誰の耳にも聞こえなかった。






 その後、王の部屋から出てきたレディオンを捕まえることに成功したラウラは、リンゴウサギを大喜びで頬張る相手の様子をつぶさに観察して頬を緩めた。

 リンゴのウサギで喜ぶ少年は、可愛かった。




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