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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 4 王都進出
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32 願うもの




 用事が済んだリベリオが部屋に来たのは、ちょうど俺達が『聖水と神聖果実の特製ドリンク』を美味しく飲み干した頃だった。

 高級果実、うまうま。

 後ろに続く従者の盆には、なにやら可愛らしいコップが乗っている。

 む? リベリオよ。お前も俺達に何かを飲ませたいの?


「待たせてしまってすまない。用意をするのに少し時間がかかってしまった。――もう、飲んでしまった後か。陛下の所に行く直前に飲んでほしいのだが、まだ入るだろうか?」


 おや。どうしても飲んでほしいらしい。指定されてるタイミングが微妙に気になるな?

 小人(ホビット)用みたいな可愛いコップだから、入ると言えば入るが。

 ちなみに聖水や神聖果実はむしろ好物よ。


「ポムさんはまだ来ていないのか……」

「ポムの分も用意してくれたのか。すまないな。少しトラブルがあったようでな。遅れるようだ」

「陛下とお会いになるというのに、随分と優秀な従者ですな」

「キリル!」


 ここぞとばかりに嫌味を言う従者に、リベリオが鋭い声をあげる。

 俺はせいぜい力を込めた笑顔を浮かべてやった。


「先の『死の黒波』で死亡した商人の、義理の娘とやらがいてな」

「!」

「取り乱している現場に出くわしたらしい。放っておくわけにもいかず、気が落ち着くまで話を聞いてやっていたようだ。同じく城で働いていた夫とも合流したから、ようやく落ち着かせることが出来たみたいだな」

「そうか……世話をかけた。戻ってきたら、お礼を言わないといけないな」


 それだけで誰のことか分かったのだろう。痛みをこらえる顔で項垂れたリベリオに、従者が慌てて声を尖らせる。


「でまかせに決まってます! 第一、合流してもないのにどうしてそんなことが分かると言うんですか! あのボヘッとした男が、そんな器用な真似できるはずがありません!」

「げ」


 何故か隣のロベルトが真っ青になって椅子の後ろに逃げ込んだ。

 リベリオも一瞬で顔面蒼白になる。

 俺はただ従者を見据えて口を開いた。


「世の中には、貴様の矮小な頭では思いもつかない便利な魔道具が存在するのだよ。もっとも、一つで金貨三百枚はかかる伝説級の魔道具だがな。死の黒波を撃破する時、あの長大な壁でどうやって情報を伝達していたと思う。発想力の貧困さに憐れみを覚えるぞ。――覚えておくといい。俺は俺自身のことについてはさほど気にはしないが、俺の身内の行いを不当に貶めたり無いものとして扱ったりするのならば次は命を賭けてもらう。十二大家筆頭、大陸において王の次席。序列第二位にある我がグランシャリオ家に喧嘩を売るつもりならそうするが良い。ただし、国ごと滅ぼされることを覚悟せよ」


 ゴゴン、とどこか遠くで空が落ちるような重い音が響いている。

 俺の前にいた従者は、硬直したまま気を失ったのか受け身もとれずにひっくり返った。持っていた盆が落ちて、けたたましい音とともにコップが割れる。

 その様をただ観察するように見下ろしていた。なんだかさっきから外が騒がしい。そういえば妙に薄暗いが、西の空にあった雲が早くも上空にさしかかったのだろうか?


「…… ……」


 リベリオが必死に何か言おうと口を開きかけては喉を鳴らしている。声が出ないのか、喘ぐ様な呼吸音しか聞こえてこなかった。別にリベリオが緊張する必要もあるまいに。

 そういえば椅子の後ろにいたロベルトは何をしているのだろうか。いつもなら飄々と「あ~あ。せっかくの飲み物台無しにしやがって」とか言い出す頃なのだが。

 チラと視線を向けると、何やら『連絡真珠(コンタクトパール)』を使っていたらしい姿が見えた。……おまえは何をやってるの?


「ぼっちゃ~ん。弱い子を虐めちゃダメですよ」


 ぽふ、と。

 いつもの定位置みたいな仕草で俺の頭の上にポムの手が乗った。

 ……おや?


「まったくもぅ。ロベルトさんから『急いで来い!』とか言われたから、この天候変化の原因も把握出来ましたけど。相手は弱くて小さな子犬ちゃんなんだから、坊ちゃんが吠え返したらオーバーキル状態ですよ。先に精神が耐え切れずに失神したからよかったものの、下手したらショック死してるレベルです。それにほら、いきなり雷雨呼び寄せちゃったりして。ダメですよ? 外に出てる人、ずぶ濡れになっちゃうんですから」

「……雷雨?」

「……ありゃ……無自覚……坊ちゃ~ん、強い感情に精霊が感化されてピリピリしてますから癒してやってください。ほら外見て。雷さんがゴロゴロ言ってるから見て。坊ちゃん雷系魔法の達人なんですから、親和性高すぎて即リンクしちゃうんですよ。下手したらそこの従者君、落雷で城ごと木っ端でしたよ。その場合、王子さんも無事じゃすまなかったでしょうから、本当に気を付けてください。短気は駄目、絶対、です」


 ぽふぽふ頭を撫でられながら窓の外を示される。黒煙のような雲と激しい雨で真っ暗だ。

 ……やだ……ひどい天気……


「……まぁ、坊ちゃんが怒ってくれたことはとても嬉しいですけどね。でも、それで坊ちゃんがイジメっ子になったら、私達はとても悲しいです。だから、『腹が立った』という気持ちだけで十分ですよ」

「……そうか」

「そうですとも」


 よしよしと盛大に頭を撫でられて、それで大きく息をつく。それと同時に雨音が弱くなって雲に切れ間が出てきたから、確かに俺の感情と天候はリンクしているのだろう。

 ……やだ。俺がカミナリサマになっちゃう。雷神を名乗ってみようかしら。


「坊ちゃん、何気にキレやすいですよねぇ……」


 失礼だな!

 失礼だなポム!

 俺は自律できる男だとも。今回は、そう、ちょっとオシオキ的な意味で感情を押し殺さなかっただけだとも。我を忘れたわけじゃないとも。

 無論、口に出して言ったりはしないけれども。

 だからそう、じっと見つめてこなくてもいいのよ……?


「……坊ちゃん。私の能力、忘れてますね?」


 何かあったっけ……?

 やだ。ポムが大変優しい微笑みを浮かべやがった。その微笑みはちょっと意味深すぎて気になるぞ?


「落ち着いたところを悪いんだけどよ、ポムさんや、もしこれが逆でレディオンが馬鹿にされたらどう反応する?」

「え? そんなの全勢力で殲滅に向かうに決まってるじゃないですか」

「おまら完全にブーメランだろ!? 主従愛が重すぎるわ!!」


 ロベルトの叫びに、凍り付いたように突っ立っていたリベリオが思わず噴き出した。それで体の力がようやく抜けたのか、俺の視線を受けてため息のような笑みを零す。


「度々、うちの従者が失礼をしてすまない。……こんな風になってしまったのは、元はと言えば私が原因だ」

「そうですかねぇ……? そもそもの性根な気がしますけど。まぁ、それはともかく、せっかく淹れてくれていた飲み物が台無しになっちゃいましたね」


 ポムの視線は倒れてる従者の周囲に。割れたカップの下にある染みに、俺も申し訳ない気分になった。ああ、もったいない……


「うーん……どうしようか。出来れば精神安定の為にも飲んでおいてほしかったけど……一応、薬湯だから時間がかかるんだ。レディオンのには、認識阻害の効果も入れてあったんだけど……」

「精神安定の為?」

「認識阻害?」

「そう。陛下に会いに部屋へ行くから……」


 従者を介抱しつつ、ちょっと目を逸らして言うリベリオに、俺達は顔を見合わせる。


「これはアレですね。きっと従者さんみたいなアレな王様がデブリーンと待ち構えているんですよ!」

「その擬音ナニ。つーか、キンキン叫ぶ好色で我儘な王様がブヒーと待ち構えてるんじゃね?」

「その効果音もどうなんだ……とりあえず、心穏やかに相対できるような人物ではなさそうだな」


 俺達が一斉に見ると、リベリオは逸らしていた視線をおずおず向けてきて、申し訳なさそうに頷く。……やだ。否定されなかった。


「陛下が、では無いんだけどね。正妃が、何故か同席すると言って部屋に押しかけて来てるそうなんだ。……先に謝っておく。すまない。非常に不愉快な思いをすると思う……途中でイザイアに乱入してくれるよう頼んでいるから、そこまで我慢してもらえると嬉しい。時間をずらそうにも居座っているし、かといって謁見の予定を変更すると、それはそれでまた面倒な人なんだ」

「ああー……」


 ポムが何かやら色々と察した表情をする。……さては異能で読んだな?

 なんだかリベリオの苦労性な気配が垣間見えてしまった。

 というか、イザイアって宰相じゃなかったっけ。宰相が乱入しないといけないレベルの不愉快さなの? そんなのが正妃で大丈夫か……?


「じゃあまぁ、精神安定の魔道具と、認識阻害の魔道具をつけておこうか」

「持ってるんだ……。うん、出来るならそうしておいて。私も、十二大家の筆頭で大陸王を除いた序列第二位のグランシャリオ家に喧嘩売られたくないから」


 やだ! しっかり覚えられてる!!

 ポムさんこっちをじっと見ないで! うっかり言っちゃっただけだから!

 わざとじゃないから!! 魔族なのはバレてないから!!


「……リ、リオよ。そのあたりのことは、どうか内密に……」

「ああ、うん。隠してるんだね? 分かった、他には言わないでおく。……キリルの口止めも一応しておくけど……身分に弱いところがあるから、言動の変化とかで周囲にバレるかも……」

「まぁ、別にそこまでは構わん。とりあえず後で威圧しておくから」

「……お手柔らかに」

「うむ。――そうだ! 口止め料に何か欲しいものはあるか?」


 ふと気づいてそう告げると、リベリオは目をパチクリさせた後困ったように笑った。


「じゃあ、いつかレディオンの大陸に行くことがあったら、あちこち案内してくれると嬉しいな」


 ……魔大陸でも、いいの?







 枯れる寸前の木のような男。

 カルロッタの国王を見て最初に思ったのは、そんな不吉な印象だった。

 リベリオの父親のはずだが、あまり顔は似ていない。美貌と言っても良いレベルのリベリオと違い、父王はどちらかというと骨ばって神経質そうな顔だ。リベリオは母親似なのだろう。とはいえ、瞳の色は驚くほどそっくりだが。

 しかし、俺達の意識はそんな国王以外の所に向けられていた。


「オマエがロルカンを救ったという大魔導士か!」


 キンッと頭の後ろで金属を鳴らしたような金切声で、その女は叫んだ。

 風船のような体。

 ギラギラと光る眼。

 豚足の呪いをかけられたのかと思うような手足。

 傲然と王の隣の椅子に座ったその女は、こちらをあからさまに睥睨して盛大に鼻を鳴らした。

 すごい。

 ポムとロベルトの予想が凄まじい完成度でコラボしてる。

 すまない。リベリオ。初見で特殊個体(ユニーク)オークかと思った俺を許してくれ。一応、かろうじて人類みたいだから。

 ……顎に埋没して見えないんだけど、首、どこにあるの……?


「信じられン! それとも『死の黒波』とか言うのが嘘だな!? おおかた大蟻ごときをそう誇張したのだろう!? そこまでして名声が欲しいか! さもしいものだのう!」


 おいおい……

 なんだこのオーク……じゃない、オバ……もとい、オクサンは。


「所詮、下々は(こす)い真似をしないと名声を得られませんから」

「見ればまだ子供。箔をつける為に背伸びしているのでしょう。浅ましい限りですなぁ」

「いやぁ、それでも陛下の前に参じれる栄誉を賜れたのですから、目的は達成されたというところでしょう。うまくやったもんですな!」

「まぁ、陛下が直に会ってやったのが褒美であろうの!」

「「ハハハハハ!」」


 すごいな。ここまでくるといっそ喜劇だろ。

 俺の横でロベルトもポカーン顔になっている。きっと俺と同じ気持ちに違いない。そしてポムのいる方向は怖くて顔向けれません。

 ……国王とリベリオがすごい無表情になってる。やだ。そっくり。


「まぁ、陛下の声に応えてのこのこ馳せ参じたのだから、我が城への滞在ぐらいは許してやろうかの! 十分な褒美であろう!?」

「まさに!」

「素晴らしい褒美ですな! それ、お前達、喜んで礼を言うがよいぞ!」

「いやいや、小物の礼などいらぬわ。妾は寛大だからの!」

「「ハハハハハハ!」」


 いやいや。お前の城じゃないだろ。

 あと国王をさしおいてナニお前が場を仕切って喋ってるの?

 ついでに言うと取り巻きのオッサン等はなんなの?

 あと、名前、なんだっけ……?


<いやぁ……感動するレベルの出し物だな。コレ、なにかの演芸じゃないんだよな?>


 おっと。勇者から裏通話(メッセージ)がやってきたぞ。


<奇遇だな、ロベルト。俺もそれを悩んでいるところだ。……ところでアレ、オークの新個体じゃ無いよな?>

<ヤメロ! 吹き出しちまったら場を取り繕えないだろ!? 俺の腹筋を鍛えようとするな!>

<俺は真面目に尋ねているのだが……。まぁ、良い。ただ、この後ストレスを発散させる為の狩りの獲物は決まったな。オーク狩りだ。お前も行くだろ?>

<俺の限界を試すのはやめてくれ。――勿論、行くとも>


 よしよし。『連絡真珠(コンタクトパール)』でテールに連絡して、オーク狩りに良い場所を教えてもらおう。

 遠くからこっそり見守ってくれてるみたいだから、通話距離内にいるだろう。多分。

 しかし、この『連絡真珠(コンタクトパール)』、今の俺の技術ではロルカンにいる部下とは連絡が取れないんだよな。いや、通じていることは通じているんだが、遠すぎて声が聞こえないというか。


 加工技術があがって高品質版(ハイ・クオリティ)のものが出来れば、別大陸でも問題なく会話できると聞く。そのためには骨細工スキルと彫金スキルをあげないといけない。俺の今の技術だとどのあたりの素材が一番いいかな……まぁ、骨細工はオークの骨でも利用しよう。スープの材料にするのが一番お得だけど。

 ……む。豚骨スープの上位料理だと調理と骨細工スキルが上がるはずだな。よし。屋台用に大量生産しよう! ――誰を見ながら思い浮かべている料理なのかは、決して口には出来ないが。


 それにしても、リベリオが精神安定の薬湯をわざわざ作って持ってきた理由もわかるな。

 前世でもこの手合いの言動には辟易したものだが、自分の方が立場が上だと思っている人間にやられると殊更(ことさら)うっとうしい。前の時は口を開いて数秒で消し炭にしていたから、ここまで長々と観察することもなかったが。

 ……おや。そう考えると今生の俺の気の長さたるや、自画自賛しても良いレベルではなかろうか。

 ポムよ、俺を褒めてくれてもいいのよ!

 希望はチーズタルトです!!


「失礼いたします。陛下」


 俺がポムに向かって熱い思いをひっそりと飛ばしていると、扉の向こうから渋い声が聞こえてきた。


「イザイアか。入れ」


 即座に王が口を開く。待ち構えていたと分かる素晴らしい速さだった。


「来客――」

「イザイアにはそなたらの話を聞く役目がある。異国の大魔導士よ。しばし時間をもらうことになるが、構わぬか?」

「承知」

「失礼いたします。……おや、正妃様。それに、公爵様方。陛下の公務中、公務を行っている場所には入らないと以前お誓いになっておられませんでしたかな」

「失礼であろう! 妾をなんと心得る!?」

「『正妃』様です。かつて隣国との『お話』のおり、お歴々方は二度と同席しないという誓約をもって蟄居の命を解かれたと記憶しておりますが」


 ……ああ……やらかした(・・・・・)のね……


「そちらはかの大魔導士様とお見受けいたします。報奨の話などに関してが出ていればこれは確実に陛下の公務。――さて、皆さまが誓約を違反した場合は、どのような刑罰でありましたかな……ちと刑吏を呼んで参りましょう」

「待て! それには及ばぬ!! わ、妾等は雑談をしていたまで! 客をもてなすのも妾の仕事であろう!? 公務をするのであれば退去しよう。王よ、さらばだ!」

「しばし、奥宮にて籠るが良い。公務が立て込む故、登城はしばらく許されぬと思え」

「……ッ!!」


 ギチィッ、と音がしそうな眼光で王を睨み据え、忌々し気な舌打ちを残してオークもどきが退出した。バタバタと取り巻き――ではなく、公爵達がそれに続く。

 ……せめて王に礼はしていけよ。お前ら……

 そしてポムよ。何やらオークもどきに一瞥くれてたみたいだが、変なコトしてないよね? 唇が俺の知らない言語を呟いてたっぽいけど、大丈夫だよね?

 ……やだ。こっち見て晴れやかな笑顔を作りやがった。お前絶対、さっきしれっと呪ったろ。


「……すまぬな。民と息子を救ってくれた恩人に、恩を仇で返すようなことをした……」


 深いため息をついた王が、力ない声でそう言う。

 なんだか今にも枯れ果ててしまいそうで、強い言葉も告げにくいな。


「気にするな――とまでは言えぬが、妻を御せぬ己を詫びる以上の謝罪は不要だ。とまれ、どんな大王であれ、叡智を尽くしても勝てぬ最強の敵は己の妻だとも言える。王の苦労もまた、並大抵ではなさそうだな」


 苦笑して言った俺に、王も苦い笑いを浮かべる。

 多少は気を楽にしてもらえただろうか。とはいえ、放置しておくとかえって危険な事だから、くぎを刺しておかなくてはいけないが。


「だが、先の婦人に関しては、もはや夫婦の問題以前であろうと思う。以前にも致命的な問題を起こしているのであれば、なおさら、な」


 その部分に関してだけは、告げておかなくてはならない。俺と国王、互いの立場や今という状況を考えても、王族がしてはならない対応だったのだから。

 王は沈痛な表情で頷く。

 おそらく、脳裏には今まで引き起こされてきた問題が思い浮かんでいるのだろう。

 宰相の言葉から想像するに、隣国との話中にもあの言動が炸裂したはずだ。正直に言えば、よくもまぁそんな者を今も生かしているものだ、と思わなくもない。


 だが、最終的には拳ないし舌戦の勝負で決まる魔族と違い、人間の国は色々ややこしいと聞く。

 今の俺が思いつかないだけで、厳罰を与えられない事情とやらがどこかにあるのかもしれないし、一度の過ちで厳しすぎる裁きというのを忌避した結果なのかもしれない。

 ……そのあたりは種族の違う俺にはいまいちよく分からないが。


 ただ、あの女をああして生かしているかぎり、王であり夫である以上、あの女の罪は王も背負わなくてはならないだろう。

 ――とはいえ、俺達が受けた不愉快さの罪は、本人に負わせることしか考えてないが。王に対しても思うことはあるが、なんだか下手に突いたらそのまま倒れ果てそうだし。


「……返す言葉も無いわ。此度の事、あの者達の誓約にも反するゆえ、後に処罰を行う。……そして、大魔導士殿よ」


 俺をしっかりと見据え、王は一言一言噛みしめるようにして言った。


「ロルカンを襲った未曾有の『災害』を撃破したと聞いた。我が息子ともども多くの人命と、西の拠点が貴殿により救われた。王として、改めて礼を言おう」

「……礼を受けよう。カルロッタの王よ」


 真剣な声に、俺はちょっとだけ微笑んだ。

 今の俺は人間の目から見ても十歳程度の子供にしか見えないだろう。そういう意味では、やった内容を疑われても仕方がない。

 だが、カルロッタの王は疑いさえ抱いていない。

 その姿は、苛立ちかけていた俺達にとってはとても好ましく映った。


「王子との話で、すでに王都への出店許可などを得ていると聞く。そちらが望みそうなもののうち、儂が与えられそうな褒美が先に与えられていて困るな」

「ふふ」

「もっとも、儂が後から声をかけたのだから仕方あるまいな。……しかし、それ以上の褒美となると、行われた偉業が大きすぎて何を与えたものか分からぬ。何かあるなら言ってはもらえぬだろうか? できる限り応えよう」


 楽しそうなリベリオの眼差しを受けながら、誠意ある王の声に俺は笑みを零す。


「有り難い申し出だが、俺の望みはリオがほとんど叶えてくれることになっているからな。それ以上、ともなるとこちらとしても何を望めば良いのかわからない」

「欲が無いな」

「――と、いうよりも、俺自身が心から欲するものは、例え王といえど与えることのできぬものだ。これは、貴殿を見くびっているのではなく……例えば、聖王国や帝国の支配者であろうと、それは変わらない。俺は欲深くてな。その欲があまりにも深いゆえに、願って叶えてもらえれるものが少ないのだ」

「……ほぅ」


 王の目が鋭くなった気がした。

 いや、実際鋭くなっているのだろう。黙って直立している宰相もこちらを注視している。


「その望みを、聞かせてもらってもかまわんかな? 叶えることが難しくとも、思いに触れることで手助けが出来るかどうかを検討したい。……話しても構わないものであるならば、だが」


 おや。自分の側は言質をとらせず、こちらの資質を問う質問をしてきたな。

 とはいえ、そう身構えられると逆に言うのが恥ずかしいのだが。


「では、ここだけの話として聞いてもらおう」

「うむ」

「幸せになりたいのだ」

「……ほ」


 変な声をもらされた。

 なんだかポカンとされている。

 ……って、ちょっと!? ロベルトまでそのポカン顔は何なの!?


「別におかしなことではあるまい。生まれて生きるのならば、幸せになりたいと願うものではないのか?」

「い、いや……ああ、その幸せが、どのようなものかによると思うが」


 うむ!

 よくぞ聞いてくれた!!


「まず、飢えに苦しむ者のいないのがいい。あと清潔で文化的な生活をしないといけないな。命を脅かされるほどの貧困もなくさなくてはならない。病気も出来る限り救済できるシステムを徹底したい。弱いものが虐げられるのもダメだ。美味しいものも食べたい。笑って生きられるのがいい。大事な人達を奪われたくない。貶められるのもダメだ。仲間外れも寂しい……子供は沢山ほしいな! 年寄りでも体が弱くても小さくても幼くても、見下されることなく生きられるようにしたい。そんな優しい世界が欲しい」


 前世では、望むべくも無かった。

 その、全て。


「俺は、それらが欲しい」


 誰かに望んで叶えてもらえるものではない――けれど、偽ることのできない俺の最大の願い。


「それは……確かに、簡単に与えれるような、そんなものでは、なさそうだ」


 カルロッタの王が呆然とした声でそう言う。

 うむ。分かっている。

 なぜならこれは、理想を現実にしてくれと言っているようなものなのだから。


「というか、それらって……ああ、それで、お前、ロルカンはああなったのか」


 ロベルトが思わずといったように呟く。

 リベリオが納得したように頷いた。


「確かに、レディオンの作ったあの新街は、凄まじかった。清潔で、仕事も多岐にわたり、スラムにいた者達の全てを『人材』にするだけの力があった。確かにあれは……あの街なら、そして今という限られた時間の中でなら、誰もが一定以上の幸せになれる。そういう風に『作られて』いた」

「そんな街があるのか――いや、ロルカンが?」

「はい、陛下。私はしばらくの間あの街に保護してもらっていましたが、正直、王都よりも遥かに優れた街であったと断言できます。貧困層の救済に対しても、よほど世を投げ捨てていなければ、生きていくのに苦労をしないだろう措置がとられていました。正直、今のあの街はそれ一つで一国家に匹敵するでしょう。――なんでしたら、同じくあの街で過ごした第七王国軍の証言をとられるとよろしいかと。約四千人を収容した街など、未だかつて無かったかと存じます」

「……聞きしに勝るな……」


 呆然と呟く王の隣で、宰相もポカンと口を開けている。

 そんな風に言われると、なんとも面はゆいな。魔力と技術力にあかしてやらかした『俺の考えたやりたいこと尽くしの街』だったなんて口に出来そうな雰囲気ではない。……いや、バレなければそれでいいとも。そしてもっと褒めてくれてもいいとも。


「……では、ひとまず恩賞に関しては、そちらが必要になった時に適宜叶えれるものを与えるとしよう。貴殿の願いに触れられたことも、僥倖だ。……私も幸せになりたいと思う人間の一人だ。何かあれば、手を携えあうこともできるだろう。いや、そう望んでいる」


 そう言った王の目に、俺は微笑む。


「ならば、いずれ共に手を取り合おう。俺の願いは、俺一人では得られない道の先にあるからな」




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