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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 4 王都進出
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  幕間 親としての思い




 力強い羽ばたきの音に、手元にある編み物から視線を外し、アルモニーは窓の外へと投じた。

 セラド大陸、アークトゥルス地方、グランシャリオ家。

 広大な敷地を有する屋敷の上には雲ひとつ無く、羽ばたきの音と共に差し込む日差しを遮ってくれた者の姿を見ることは出来ない。今頃は人化によって馴染みの姿になっているのだろう。彼女達の一族は竜の姿と人の姿の両方をとることが出来るが、小回りが利いてあらゆる意味で場所をとらない人型を好んでいた。どちらの姿も美しいので、アルモニーからすれば時折は竜の姿でいてほしいとも思うのだが。


「奥方様。失礼いたします」


 外していた視線を手元に戻し、また編み物を始めてしばらく。控えめなノックの音の後で聞こえてきた声に、アルモニーはもう一度顔を上げることになった。


「お入りなさい」


 ノックの相手は、家令のノーラン・メグレズだ。アルモニーが行っている内容を知っている為、声をかけるかどうかしばらく迷ったのだろう。嫁いできた当初から家長の正妻として自分をたててくれている忠実な家令に、アルモニーは微笑んだ。


「クレア様がいらしたのではありませんか?」

「はっ。掃討が完了した為、帰還されたそうです。今、身を清めていらっしゃいますが、可能であれば奥方様にお会いしたい、と」

「ふふ。クレア様のお好きな紅茶を用意してください」

「畏まりました」


 恭しく一礼するノーランを見送って、アルモニーは編み物を終わらせる。

 ここ数日、ずっとかかりきりになっていた編み物だった。残りは飾りの部分だけだと思いつつ、その仕上がりを確かめるようにして手で撫でる。

 ふと、屋敷の結界が厚くなったような気がして顔を上げると、見ている先でうっすらと部屋内部を覆っていた魔力が濃くなっていった。時刻は正午――もはや恒例となった、いつもの『作業』だ。


「……レディオンも、心配性だこと……」


 ここにはいない息子を思い浮かべ、少しだけ寂しげな苦笑を零す。

 魔力の濃さが深まったと同時、屋敷のそこここで浮かれたような気配がするのを感じた。家人達が息子の魔力を感じ取り、喜んでいるのだろう。

 先頃ようやく世継ぎが一歳を迎え、今もどこかお祭りの気配がとれない家の様子に苦笑しつつ、息子の無事を祈って編み続けている手元の品に視線を落とす。

 可愛らしい帽子だった。形も可愛らしいが、その大きさも可愛らしい。――赤ん坊サイズなのだ。なにしろ、息子は一歳を迎えたばかりの小さな赤ん坊なのだから。


「……レディオン。もう少し、ゆっくり成長しても、良いのですよ?」


 優しく帽子を撫でながら、いくら言っても聞かない息子を思い浮かべつつ独り言つ。

 彼女の息子は、生まれた時から異常だった。

 圧倒的な魔力。

 世界を呪いかねない憎悪。

 生まれた瞬間から持っていたそれらは、屋敷にいたほとんどの者を震撼たらしめた。あの異常性に真っ向から向き合い、動けた者はわずかだ。

 実の父親であるアロガンですら、衝撃を受けてしばらく棒立ちになっていたと告白している。――とはいえ、本人はわりとすぐに自分と生まれたての息子を抱きしめる程度には胆力があり、ついでに今はただの親馬鹿になっているのだが。


「どうしてあなたは、そんなに一人で背負おうとするのでしょうね……?」


 アルモニーにとって、死にそうな思いをしながら生んだ息子は、どんな力を持ちどんな成長を見せたとしても可愛い可愛い愛する息子でしかなかった。出来れば一日中その姿を見ていたいし、ずっと抱っこしていたい。ご飯を食べさせてあげたり、服を着せたりお風呂に入れたり、一緒にベッドの上でごろごろ転がったりしてまったりと過ごしたい。

 けれど、愛する息子はそんな時間を設けてはくれなかった。

 愛しても愛しても愛したりないぐらい愛おしいのに、伸ばしたこの腕に抱いていられる時間はあまりにも短かった。

 立って、歩いて。

 あっという間にこの手の届かない場所へと行ってしまったのだ。

 まるで一秒も無駄にすまいと決めて邁進するかのように、休むことなくひたすらがむしゃらに。


「……次は、いつ、会えるのかしら……」


 ぽつりと声が零れる。

 生まれて数週間までは、こんな風になるとは思っていなかった。確かにすさまじく成長の早い赤ん坊だったけれど、これほどまでとは。

 なにせ、愛する息子はまだ赤ん坊なのに、伸ばした手からすりぬけて外の世界に行ってしまったのだ。屋敷近くの近郊でも、隣の領でも無く、別大陸の――人族の住まう人族の大陸へ。


 禁止したかった。

 行くなと言いたかった。

 多分その気持ちは、自分だけでは無いだろう。幼すぎる愛する子供を他種族が支配する街になど、行かせたい親や家人がいるだろうか。

 けれど、禁止にするには我が子の意思は固すぎ、禁止する理由は弱すぎた。

 レディオンは赤ん坊だ。けれど、その身にもつ力は、自衛力だけでもすでに歴戦の上級魔族を凌ぐ。

 反則技のようにさらに実力を底上げする【時渡(エクセリクシ)】の魔法もある。そうなるともう無敵だ。現魔王ですら、二度の【時渡(エクセリクシ)】の先にいる大人姿のあの子には勝てないと言ったほどだ。

 だから、弱い赤ん坊なのだから行かせない、という理由は使えない。


 アルモニーは、撫でることの出来ない我が子の頭のかわりに、自らが作った帽子を撫でる。

 母親らしいことなど、いったいどれだけ出来ただろうか。

 わずか百日にも満たない時間で、自分の母親としての役目は終わってしまった。乳をやることも、おむつを替えることも、抱き上げてあやすことも、歌を歌って寝かしつけることももう無い。あっという間だった。悲しい程に。


 アルモニーはただ項垂れる。

 この気持ちは、父親であるアロガンには理解出来ないだろう。

 我が子の優秀さを喜べるだけであればよかった。手のかからなさを喜べるのなら、なおの事良かっただろう。

 けれど、アルモニーは自分がそういう風でないことに苦しんでいた。


 寂しいのだ。


 本当ならもっと抱きしめることが出来たはずなのに。そう思うと、何もない宙ぶらりんの己の腕が厭わしい。そして同時に、愛おしい息子からもらった数多くの恩恵と思いが、せつなくてたまらなく悲しくなる。


「……ルモニー。何があった?」


 ふと、声が聞こえて、アルモニーはハッとなって顔を上げた。

 アロガンがそこにいた。驚いたような訝しむような、そんな表情を浮かべている。


「具合が悪いのか?」

「いいえ……少し、あの子のことを考えていただけです」


 心配をしてくれる夫に微笑みかける。

 思えば、息子を産んでから何が一番変わったかと言えば、自分の力以上にこの夫だろう。

 冷酷な能力主義者。他者の気持ちの分からない男。

 そんな男が、息子の言動に一喜一憂し、その生母である自分にも心を砕いてくれるようになった。聞けば、使用人や領民に対する言動にも変化が表れているらしい。変われば変わるものだ。――かつての自分には、言ってもきっと信じてもらえないだろうが。


「レディオンちゃんのことか……ん? そういえば、出来上がったのだな」

「ええ。守護の力を込めた魔防具です。まだ寒いですし……あの子は、強くても赤ん坊ですから」

「……そうだな」


 膝の上において小さな帽子をアロガンも優しく撫でる。

 その瞳は愛おしさと同時、深い悲しみと心配に覆われていた。


「あの子は強い。心配はいらないと再三言われてはいるが……」

「……ええ……」

「だがアルモニー。私は寂しい。寂しいし、辛い。何故、あの子は一人で行ってしまおうとするのだろう……」


 あまりにも情けない夫の声に、けれどアルモニーは涙目で頷いた。むしろ夫が自分と同じ気持ちなことに無上の喜びを感じた。


「私にも分かりません。あの子がいつも何に怯えているのか――なぜ、他の誰でもなく私達を危険から遠ざけようとしているのか。真に危険から遠ざけられなくてはならないのは、あの子自身のはずなのに」


 アルモニーの声にアロガンも頷いた。

 レディオン本人には聞くことは出来ない。なぜなら明言されたことではないからだ。

 だが、言動で分かる。

 仕草で分かる。

 自分達の息子は、自分達『両親』が外敵に会うことを異常なほどに恐れている、と。


「……ベッカー家との『決闘』騒ぎのアレが、原因でしょうか……」

「かもしれん……あの後から、いっそうひどくなった気がする。だがそれ以前からもずっとでは無かったか? お前も、あの子から力を与えられているだろう?」

「……ええ。あの子に触れる度に、ずっと」


 それはレディオンと接する度に発生していたことだった。

 魔力の増大。

 傍にいるだけで恩恵に浴するほどの、魔族史上でも類を見ない祝福(ギフト)

 現魔王ですらその恩恵を受けて愕然としていた。七百年最強を誇った魔王の魔力がさらに増大するなど、本人も予測していなかったのだろう。

 逆になんとなく予測していた実体験者であるグランシャリオ家一同は、口をぱくぱくさせる魔王と死神を温かく観察してしまった。あの珍しい光景は一生忘れることが出来ないだろう。


 だが、そんな魔王や他の家人一同ですら知らない圧倒的な力の付与がある。

 それを与えられたのは、三名だけ。

 アルモニー。アロガン。そして、ルカ。

 何故自分達だけなのかは分からない。特にルカについては謎だ。

 ただ、なんとなく、その理由の一端にはすでに触れている気がした。


「……旦那様。私は、あの子の祝福(ギフト)を与えられる度、あの子の思いに触れていたように思うのです」

「……お前もか」

「はい。……あの子自身は、気づいていないかもしれませんけれど」


 それはいつだって、息子を抱き上げていた時に起こった。

 温かいその体温が自分に染み込むように、圧倒的な濃さと強さをもった『力』が流れ込んできていたのだ。同時に、祈るような声も。


 イカナイデ

 シナナイデ


 悪夢にうなされながら必死に手を伸ばすような、切実な願い(思念)

 それが本当に息子の意思なのかどうか、実のところ分からなかった。なにしろ当人はこちらが反応しても問いかけてもキョトンとしていたし、完全に寝入っている時でも発生していたのだ。

 無意識であると思った方がいいだろう。

 だが、その理由が分からない。


「あの子は悪夢の中にいるのだろうか……」

「そう……ええ、そうですね……あの子を見ていると、そんな気がします。ずっと悪夢の中にいて、その夢が現実にならないように必死になっているような……」


 きっと、その悪夢の中で自分達は死ぬのだろう。愛するあの子を残して。

 だから必死であの子は自分達を守ろうと力を与えてくるのだ。


 ――逝かないで。

 ――死なないで。


 それは、狂おしい程の願いだ。下級に過ぎなかった自分の魔力が上級に至る高みに引き上げられるほどの。――不可能を可能にしてしまうほどの。


「どれだけ大丈夫だと言っても、あの子には通じませんでしたわ……」

「あの子は、いったいどれほどの悪夢に捕らわれているというのだろうな……力を強化されることも、変異種(ヴァリアント)を生態系が狂わぬ程度に満遍なく掃討することも、様々な手段で金を稼ぐことも、全てその悪夢が原因なのだろうが……」

「生まれたばかりの子があんな風にならなくてはならないほどの『悪夢』だなんて……もはや呪いではありませんか」

「それだ。――私は、生まれた瞬間のあの子が発していた呪詛もまた、あの子を覆う『悪夢』に原因があるような気がしてならない」

「生まれた瞬間から……私の胎内にいる時から、何かしらの悪意が向けられていたのでしょうか……?」

「……私がふがいないばかりに、当時のおまえには無用な苦労をかけたが……その時からずっと、何らかの呪いのようなものを受けていたのかもしれないな」


 過去を悔やむ夫の声に、アルモニーは苦笑する。

 当時はそれが普通だったのだから、本当に変われば変わるものだと思ったのだ。


「時は戻りません。今はあの子を守るために、あの子の悪夢の解明と対処を急ぎましょう。――それで、尻尾は掴めたのでしょうか?」

「……手の者に調べさせているが、あの子が怯え恐れているものの形は未だ見えてこない。―― 一つ以外は」

「唯一の手がかりは――神族、ですか」


 アルモニーの一段低くなった声に、アロガンも頷く。


「そうだ……ベッカー家の騒動の時に現れたあの神族――ベッカー家も我が家の者も、利用され同士討ちさせられかけたあの騒動……陛下も仰っていた。レディオンちゃんは、神族を警戒している」


 ならば、悪夢は神族が(もたら)すものと見ていい。


「あの時に現れたのは時空系でしたわね」

「そうだ。……だが、確か時空神は運命神と共に一年ほど前から『お隠れ』になっていると伝え聞く」

「それで、上位種になりかわろうとしているのでしょうか……レディオンには確かに凄まじいばかりの時空系魔法の才があります。それを狙われた……にしては、あまりにも時期が違うような……?」

「あの『ノルン』は、少なくともお前が輿入れして来る前からこの家にいた。本人なのか、それとも存在そのものを入れ替わられたのかどうかは分からんが……」

「あの子が生まれることを予知して潜り込んでいた、というのは?」

「……なるほど。時空系だけでなく運命神の同属も関与していればその可能性は高まるな」

「あの子の能力についても、運命神の関連も考えられます。……あの子が見ている悪夢が、万が一予知夢か何かだった場合、ですが」

「……あれほど現実的な手段をたてようとしているあの子のことだ。可能性は高いな。――ということは、私とお前は死ぬわけか。あの子を残して」

「そういう未来が見えていると見て間違いないかと思われます。だからこそ、あの子は心配しているのでしょう。……あの子自身を私達が心配する以上に、切実に」


 アルモニーは肩を落とす。

 一歳の我が子が我が身を振り返ることなくひたすらこちらの身を案じている現状に、何とも言えない気持ちになった。狂おしく、愛おしく、口惜しく、悲しい。守りたい相手に守られている――相手は赤ん坊だというのに。自分は母親だというのに。


「今、しなくてはならないことは、あの子が安心できるだけの『安全の強化』。そして、あの子の憂いを取り除くことだ」

「ええ」


 忸怩たる思いは、ある存在が屋敷に来たのを契機に一つの方向へと自分達を動かし始めた。

 その存在の名前は、ポム・ド・テール。アロガンが旅先で拾ってきた上級魔族を凌ぐ能力を有する異端者。


「言葉だけでは、あの子を安心させることは出来ない。能力の強化、装備品の強化、資産力の強化はほぼ完了した。あの子が目指す水準が天井知らずに跳ね上がらない限り、ほぼ達成したとみていいだろう。組織力の強化も進んでいる。お前はどうだ?」

「新しい魔法の構築、守護を盛り込んだ装備品の増強も進んでいます。魔王様に確認をとりましたが、今の私でしたら、魔王様とも数時間にわたり互角に戦えます」

「うむ。……陛下や死神殿とも情報の共有化は出来ているし、ベッカー家とも連携がとれている。……他にあの子が少しでも気にしていて補強できてない部分と、あの子が気づいていない部分はあるだろうか……」

「魔族全体の生活向上はまだ実行中でしかありませんから、本腰を入れるべきはそちらでしょうか……? ほかにあの子が気づいている部分は……そう、人族の大陸に関して……?」


 密かに進めている息子が示唆した以上の『結果』を確かめ合う二人に、その時、第三者が声をかけた。


「そちらに関しまして、私も協力できるかと」

「クレア様!」

「クレア嬢か」


 二人の視線の先で、入室して来た青い髪の竜女――シンクレアは嫣然と微笑む。


「お二方とも、お話に夢中になりすぎですわ。ノックしてもちっとも反応がありませんでしたから、ノーラン様が困っておいででしたわよ?」

「あら……」

「すまんな」

「話題が話題でしたから、仕方がありませんわ」


 過去に許可された権限を利用し、返事を待たずして室内に入ったシンクレアは茶目っ気のある仕草でウィンクする。


「とまれ、私も若君には大変なお世話になっている身。それに、人間界には美味しそうなあの方もおられることですし、ぜひ協力させていただきたく」

「ああ、レディオンちゃんが連れてきていた人間か」

「ええ。『当代勇者』。性格も能力も歴代勇者に望むべくもない逸材ですわ。あんなに美味しそうな人、とてもではありませんが放っておけません」

「……お、お手柔らかに……」


 意気揚々と握りこぶしを作って宣言するシンクレアに、微妙に腰が引けているアロガンが声を絞り出す。アルモニーが一瞬だけ冷ややかな目を夫に向けたが、シンクレアに対しては温かい眼差しを向けて頷いた。


「竜魔族の救世主となってくれるかもしれないお方……私も応援しております!」

「ありがとうございますエマ様! つきましては、新しい竜の巣を作る許可を頂きたく」

「まぁ! 竜の巣を?」

「古い竜の巣は、慮外者が出たせいで安全性に不安がありまして。……竜の卵を狙う不届き者が出たので、今順次別の巣に散っているのです。ただ、その結果、あの方を拉致――もとい、口説き落として籠っていただこうと思っても、良い場所が無く……」

「そうですわね……当代勇者ですから、下手なところに住んでいただくわけにもいきませんし。竜女達も沢山おいでになりたいのでしょう?」

「あの方が許可してくださるのでしたら、今相手を選んでいない全ての竜女を一度お顔通しさせていただき、希望する全員を巣に招きたいのです。そう……ざっと千人ぐらい?」

「まぁ……全員めぐるのに何年かかるのかしら……」


 アルモニーがおっとりと感想を述べている横で、無言のまま硬直したアロガンの顔が明らかにひきつっていた。


(……当代勇者よ。私は今、心からお前という存在に対し、深い憐憫を覚えたぞ……!)


 アロガンは知っている。竜女という存在が、どれほど肉食かということを。


「かわりに、人族の大陸での荒事には私が出陣いたしますわ」

「竜魔族最強の一人である貴女が行ってくださるのは、確かに心強いことではありますけど……」

「大丈夫ですわ。魔道具も大量に持ち歩きますし、魔具や魔防具でガチガチに固めつつ魔法で化けておきますから。お二人と違って、念入りにレディオン様に『安全圏を出ないで』と言われているわけではありませんし、私に関してはなんらかの不吉な予兆を感じていない気がいたします。行っても追い返される可能性も低いかと」

「それは……確かに」


 レディオンを心配しつつ、一緒に行動出来ない最大の事情――本人による強力な『嘆願』を思い出し、両親二人はがっくりと項垂れる。

 どうせなら自分達も、と思っていたのは明白だ。


「レディオン様が今行っているのは人間の大陸。ということは、一旦こちらの大陸の『変事』は収まっていて、逆に人間の大陸の方で何らかの『変事』が発生しようとしているのでしょう」

「私もそう思います」

「同意見だ。少なくとも、魔族内はあの日以来平穏が続いているし、逆に向こうの大陸では騒動が発生したと聞く」

「ええ。私が加勢に出た時の騒動ですわね」


 そう、魔族ですら時に命を落とす『恨執蟻(ランキュヌ・フォルミ)』の『死の行軍(モール・マース)』という、数百年に一度あるか無いかの騒動だ。


「アレに関して、どうも人族の国で何やらきな臭い動きがあるらしい。今度ばかりは部隊派遣を認めてくれた故、隠密部隊を三百人(・・・)送り込んであるが……」

「あの子に内緒の人員は出来る限り広域の情報を集めるよう指示してありますが、あの大陸、色々ときな臭いようですわ」

「もう少し腹を割って話してくだされば、もっと効果的な手も打てるのでしょうけれど……レディオン様は、それはなさいませんものね」


 二人の言葉を聞いてため息をついたシンクレアに、両親である二人は深い嘆息をつく。


「口にすると悪夢が実現すると怯えているのかもしれないわね……」

「レディオンちゃんは繊細だからな……」

「おまけにちょっとうっかりさんなところもあるし……」

「そこが可愛いのだが、少しは頼ってほしい……」

「それですわよね。あまり胸の内を語ってくださいませんし、死神様ですらその能力やお心は読み取れきれなかったと聞きますから、もはやこちらで予測して先に動くしかありませんわ。――どれだけ言葉を尽くしても、全てを語ってくれそうには見えませんでしたし」


 何か隠してはいるようですけれど、と言うシンクレアに二人も頷く。


「あの子は我々の介入を忌避する。だが、幼子があれだけ奮闘していて、黙って見ているなどできるはずがない」

「私達はこちら側で体制を整えます。……クレア様。あの子のこと、一時託しても構いませんか?」

「お任せください」


 守護の力を注ぎこんだ編み物を手渡しつつ告げる母親に、シンクレアは覇気のある笑みを浮かべて頷いた。


「レディオン様と婿殿、あの方達が守ろうとするものと共に、竜魔王の名にかけて守りきってみせますわ」






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