26 不変と変化
俺が黒歴史とひとしきり脳内会話を繰り広げていた頃、街の方でも動きがあったらしい。
ふと黙ったディンに訝しく思いながら街の方を見下ろすと、大通りを一直線に駆けるロベルトが見えた。
――珍しい。目立つのが嫌でいつもは加減して動いているのに、全力疾走だ。馬より早いな、あいつ。
『仮にも真なる勇者の資質持ちだ。まぁ、本来なら今回の騒動で死んでたんだがな』
「……なんだと?」
聞き逃せない台詞を吐くディンに眉を顰めた時、下でざわめきが大きくなった。ついでにロベルトの気配が真下から一直線に近づいて来る。
お?
おお?
「レディオン!」
おお、勇者よ。
壁を登って来るとは何事か。
「ある意味一本突き抜けたな、おまえ……」
飛行スキルが無いから、落ちたら死ぬだろうに。
「そんなこと言ってる場合か! 面倒事が発展したぞ! 来い!!」
「嫌な誘い文句だな……おお?」
ぐいっと引っ張られてちょっと面食らった。なにしろ壁の向こう側に引っ張られたのだ。つまりこのままいけば俺はロベルトと一緒に落下するわけで――
「また俺がお姫様抱っこでお前を抱えるのか?」
「違う! もう世話になる予定はない!――つーか、ビクともしねぇな!?」
ちなみに現在、ロベルトに腕を引っ張られた姿のまま壁の上で立っているのが俺である。ロベルトは宙ぶらりんだ。
……基本能力値の差だな。これは。
「じゃあ、つきあうか」
苦笑して壁上から足を離すと、ロベルトが壁面を蹴った。
「お?」
次の瞬間、弾丸のように滑空した体に俺は思わず破顔する。
「ロベルト。飛行術を学んだのか」
「おまえが散々貶してくれたからな!……行商人にゃ不要のスキルだと思って目ぇ背けてたんだけどなぁ」
それで学んで即取得できるのだから、真なる勇者の資質とは恐ろしい。
ちなみに真なる勇者であることを決定づける例の加護には、真性魔法と種族魔法の一部を除いたあらゆる魔法を取得できる、という恩恵が内包されている。
だが、そのあたりはあまり知られていないようだ。――人間は何故か知識を隠匿するからな……
「手に入れられる力は全部手に入れずして何が商人か。行使できる手段を常に多く揃えるのも、商人として必要なことだろうが」
「……魔王に商いのことで説教されるとは思わなかったぞ俺は……」
「飛行術があったら、崖の上に咲いてる稀少性植物の採取とか自前で出来るだろ?」
「……それ、ポムさんにも言われた……」
そして飛行術を真面目に学んだのか。
……俺の発破よりそっちのほうが効果あったんじゃないかな。もしかしなくても。
「ところで、事態が動いたらしいのは分かったが、面倒事が発展したというのはどういうことだ?」
「軍隊が来る」
「……軍?」
「そうだ。ギルド経由で情報が入った」
俺を抱えて飛びながら、ロベルトは苦い顔で言う。
飛行がふらふらしはじめたのは、話に意識がいって術への集中が悪くなっているとかだろうか? 未熟だな。
「『死の黒波』発生を受けて、ちょうど隣の領地で演習中だった王国軍が来るらしい。完全武装だそうだ。ポムさん曰く、隠密部隊が確認したから確定だってよ。四千だ」
「……ほぅ」
俺は思わず薄笑いを浮かべた。ロベルトが青い顔で言う。
「歩兵が約千。工作兵が二千。残りは騎兵や弓騎らしい。そのくせ明後日にはこの近辺まで来るだろうっていう位置にいるそうだ。――対応が早すぎる」
「なるほどな。面倒事が発展したとは、言い得て妙だ。……ところでロベルト。さっきから顔色が悪いうえにフラフラしてるし高度が下がって来てるんだが……」
徐々に精彩を欠いてくる飛行術に心配の声をあげると、ロベルトからこんな返答が返って来た。
「慣れてないから、短距離しか飛べないんだよ。ついでに言うと、俺は高所恐怖症だ。さっきから吐きそうでたまらない」
待って。
「そろそろ限界だ」
おいまてこの微妙な高さで限界とかむしろ降ろし――術解けたぁ!?
●
「おや、坊ちゃん。街中で飛行術をお使いになるとは、珍しいですね?」
グロッキーなロベルトを抱えて飛んできた俺に、アヴァンツァーレ家の正面扉前で待っていたポムが可笑しそうに声をかけてきた。
「……ポム。もうちょっと徹底的に飛行術をマスターさせてくれ。街の上空で術が解けたぞ」
「おやおや」
「……めんぼくねぇ……」
俺の苦言にポムは苦笑し、俺の肩に担がれたままのロベルトはぐったり姿で謝ってくる。
「次に気を付ければいい。急いでたのは分かっているからな。――ポム。状況整理」
「はい。――情報提供はギルドと隠密部隊から。まずギルド経由ですが、領民から完全武装の軍隊がロルカンに向かっているのを見たという噂が近隣に流れたこと、麦を軍に奪われたという訴えが商人から出たことから進行方向であるロルカン支部に通達が来たらしいです。気を付けろ、という警告ですね。なお、以上の経緯から商人達やギルドは軍隊に良い感情を持っていません」
「だろうな」
「また、軍を動かしたのは第二王子の派閥であろうと言われています。軍の演習地を決めたのは第二王子の派閥である軍務大臣なうえ、動いている第七王国軍は第二王子を信奉しているので有名です。なお、大きな街には寄っていないため、ギルド経由で拡散してもらっている『死の黒波』討伐の報は伝わっているかどうか不明です。一応、ギルドは早馬で軍に知らせに行ったみたいなので、その結果がまた入って来るでしょう。……とはいえ、実際のところは『知っているが信じていない。確認も兼ねて出撃』というところかと思われます。ついでに言うと戦う気は無く、ロルカンが滅んだことを確認したらとって返すだけのつもりでしょうね。ご苦労なことです」
「連中の驚く顔が見物だな。しかし、第二王子とは、また分かりやすい構図だな?」
「はい。ただ、動いたのは第二王子だけじゃないんですよね。――隠密部隊からの定時連絡です。第三王子の子飼いが動きました。大神官と神殿騎士の部隊が王都を出発しています。交替用の馬も用意しての騎馬部隊です。こちらは討伐のことを知っているでしょう。坊ちゃんへの接触だけであればよいのですが、同じく子飼いの部隊がアゴスティ家へ向かっています。こちらはテスカーリ家から出てますね。タッデオ地方の北東部を治める家です」
「……成程?」
俺は口元が笑みの形に引きあがるのを感じた。ポムもニコニコしている。
「ポム。『道中』にあった『落とし穴』は完璧に処理してるな?」
「はい。火で諸々を焼却して後、闇魔法で腐敗させ、土魔法で土壌を整えたので、穴はおろか蟻の蛹やら卵やらの形跡も完全消滅させてます。――ああ、ロベルトさん。亡くなられた方の遺骨はご家族へ送ってますよ。一応、商人ギルドからとジルベルトさんからの遺族手当もつけてますし、路頭に迷いそうなら我がグランシャリオ商会へお越しくださいと誘いもかけてますので心配は無用です」
「そ、そうか……すまねぇな」
チラッと気になる視線を送っていたロベルトが、ポムの説明に恥ずかしげに頭を掻く。……こいつは人がいいからな。他人なのに万が一を思って気を病んだのだろう。
まったく。これだからこいつは放置できんのだ。
「被害者連中の恨みを晴らすと約束したのだ。遺族に対してもそれなりのフォローはする。我々は身内には優しいのでな」
「ああ……おまえ達のほうが、人間よりずっと優しいってのは知ってるよ」
「そうか。お前も身内だからしっかりな」
「は?」
「ところでアゴスティ家の方は誰が動いている?」
「テールさんが動いてますよ。元々、気になることがあると仰ってあちら側に滞在してましたからね。ついでだからと、『英雄』として周辺の状況をさらに調べている、という名目で対応するみたいです。あ、隠密達も協力してますので、状況は完全に伝わってます」
「なぁ、ちょっと」
「……精霊王なのにいいのか……ちなみにフラムは?」
「流石に怒って帰還されました。ラ・メールさんは坊ちゃんが寝てる間に奥様の方に行ってましたね。どうやら貿易品のことで何か新しいことをするみたいですよ。さらなる大儲けが期待できそうです。その後はテールさんの方に遊びに行くんじゃないですかね?」
……精霊王達が色々とフリーダムだな……
「おい、さっき」
「俺達が頼んだ商人達の動きはバレてないな?」
「勿論です。ギルドの動きもバレてませんよ。もっとも、こちらはそろそろ口伝で広がりそうですけど。ああ、出撃中の軍は現地通ってもたぶん気付かないでしょうね。二名ほど部隊長の中に目端の利きそうなのがいましたが、他は軒並み脳筋のようです。到着後の『お話』がちょっと楽しみですねぇ」
「無理矢理無視すんなよ!? 身内ってなんだ!?」
ちょっと情けない顔で割り込んできたロベルトに、俺とポムは真顔でロベルトを指さした。
「「身内」」
「人間ですけど!?」
「関係ないかな」
俺の返答にロベルトが慌ててポムの方を見る。
「一応勇者なんだけど!?」
「別にいいんじゃないですか?」
「いいのかよ!?」
「いいとも」
絶句して頭を抱えるのに、俺は苦笑した。
ロベルトはロベルトであればいいのだ。つきあいは短いが、これまでの言動で人柄や能力は把握している。
いつか俺と同等の力を身につけれる相手で、俺を殺せれる相手であろうとも、信頼や友愛は血や職業で変わるものでは無いからな。
……ん?
「……ポム」
「どうしました?」
ロベルトを見ながら声をかけた俺に、ポムが微笑みながら問う。
「ロベルトに対する時みたいにすれば、いい?」
何を、を問わなかった俺に、ポムは笑みを深める。
「善し悪しを判断するのは難しいですが、そういうのもいいでしょうね。ただ、ロベルトさんは坊ちゃんと同じで本来強者側なんです。その土台だけは間違わないでください。――それと、もう一つの方はまだ気づいていないようですね?」
もう一つ?
「……また隠し問題か?」
「ふふふ。そこまで難しいものではありませんよ。答えは私の言った言葉の中にあります。ヒントは――そうですねぇ、『第一王子さんに対しては、先の坊ちゃんので良いと思います』という答えがヒントになりますかね」
「む」
「坊ちゃんなら時間経過で気づけると思いますよ。ですので、宿題です」
ピコッと立てた人差し指で鼻をつつかれ、俺は嫌そうに顔をしかめた。
ポムが俺の鼻を突く時は、たいてい『もう少し頑張りましょう』という評価の時なのだ。
「……すぐに答えを見つけてやる」
「それは楽しみです。――そうそう、感情や心情的な目安であれば、ロベルトさんは『そう』だと思いますよ」
「……。そうか」
にこにこしているポムの声に、俺は『何を』言われているのか悟って口を引き結んだ。
別に喜んだわけではない。ないとも。
対等になれる相手がいたと教えてもらったからって、ウキウキなんてしていないとも。
「ロベルト」
俺が呼ぶと、ロベルトは顔を上げた。未だに青いうえに微妙な表情だ。
「なんだ?」
「――これからもよろしくな?」
俺の声に、ロベルトは力の抜けた笑みを浮かべ、俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
●
俺が部屋に入ると、すでに一同が揃っていた。
前に集まった時と同じ二十三名だ。ただし、今回は幼い第六王子が同席し、かわりにテールが不在している。
テールはアゴスティ家の方に回っているから、いないのは仕方ない。その他は、なんと、全く同じだ。
……フラム……お前はまた……
「……」
「……」
互いに視線だけで伝え合い、俺はそっと目尻を押さえる。
炎の精霊王よ……もう不憫王に名前変えないか……?
「御足労をおかけして申し訳ありません」
ジルベルト。俺はその言葉をフラムに言ってやりたいよ。
「……いや。すまないな、ジルベルト。待たせたようだ」
「あれほどの大魔法をお使いになったのです。本来であればもっと休養を要すると聞いています。無理をさせてしまい、申し訳ありません」
……ポムあたりが色々設定盛ってそうだとわかる返答がきたな……
ジルベルトよ、俺は元気だぞ?
「すまない。グランシャリオ殿にはずっと迷惑をかけている……」
「気にされるな。連中には俺の敵である疑いがある。――どちらの陣営かはまだ判明していないがな」
リベリオにまで申し訳なさげに言われて、俺は苦笑した。
良心という名の小鳩さんが俺の胸の中で鳴いているのだが、各人に紅茶を配っている悪魔がこっそり「しめしめ」顔をしているので冷汗が止まらない。やめろ。その笑みやめろ。お前の黒さのせいで俺たちまで悪人に見られるだろ!?
「それよりも、第一王子、それにジルベルト。事態は把握しているな?」
二人は即座に頷く。
だが俺が次に口を開く前に、バシンッと机が大きく鳴った。
「なんという口のききかたをしているんですか!! 前も思いましたが、一国の王子に対し、無礼にもほどがあります! おまけに領主に対しても! いかに大商会の主であろうと、たかが商人の分際で図に乗るのも大概にしろ!!」
リベリオの従者である。
名前は……ぇえと……なんだっけ……?
「この状況でどうでもいい小言を言う雀だな……」
待って。なんでフラムが喧嘩腰なの……?
ちょっと今、既視感したよ?
ついでに、たぶん、人間社会的には向こうが正論よ?
「うちの領は正直、レディオン様にお買い上げいただいた上で私が間借りして治めてるようなものですけどね。あ、レディオン様。私は今のままがいいですから」
「アヴァンツァーレ家はそうなの? いい大樹だね。うらやましい。あ、私はリベリオでもリオでもいいから」
「領主殿!? 殿下!!」
いつの間にかジルベルトが一皮剥けた感じになってる。俺がジタバタしてた間にさらなる成長を遂げたのだろうか。
あれ……なんか悔しい……
あと、思っていた以上にリベリオが大物だ。
「じゃあ、リオ。俺もレディオンでいいから」
「分かった」
「よくありませ――むぐぉ!!」
金切声になったところで、ポムが一瞬で猿ぐつわかましやがった。
あまりにも自然かつ手早い動きだったので、一瞬誰も反応できなかったほどだ。ついでに椅子に座らせてからぐるぐる巻きにまでしている。
「レディオンの話に戻すが、そこの人の子の王子と領主よ、おまえ達がいるこの地におまえ達にとって招かれざる客が来る。個々ではどのように対応する予定だ?」
「個々で、か」
完全にスルーしたフラムのセリフに、さらに従者が目を剥いたが誰もをそれにとりあわない。
商人達がおろおろしてるけど、そっちも無視だ。
「基本、向こうの出方次第なところがあるね。経緯を聞かれれば話すが、内容については相談かな。あとは、彼らが『保護』や『連行』を言って来たら拒否したい。いろんな意味でね」
「私もあちらの出方を見て対応するしかありませんね。私の領主としての力は弱いので、王国軍相手では懐柔策をとるのが無難でしょう。経緯につきましては、突然の大災害にレディオン様に助けていただいた、というぐらいでしょうか。その前に襲われていた不幸な方々を救助したぐらいは言うかもしれませんが」
リベリオとジルベルトが目配せしあいながらそんな風に言う。
どうやらこの二人、俺の知らない間に仲良くなっていたらしい。どっちも苦労してるから、打ち解けるのも早かっただろうな。
……寂しくなんて、ないからな?
「……なんでそこで迷子みたいな表情するよ?」
「してないとも。俺にはチョロルトがいるとも」
「俺の知らない奴の名前なのに絶妙に腹が立ったのはなんでだ……?」
言わんとも。
「ということは、まずは連中の動きを予測して、幾通りかの手を考えておく必要があるということか。――ひとまず、こちらが仕入れている情報を伝えておく。連中は道中、通過する村で無理やり麦を徴収した。抵抗した村が一つ、焼かれかけたが小火程度ですんだ。グランシャリオ家の面々が救助に走ったから人死には無しだ。重軽傷者の傷も癒えている」
ザワリ、と空気が揺れた。
俺達の側ではなく、リベリオや商人側だ。
俺達が静かなのは、ギルドからあがっていた報告を聞いた時点で、だいたいの状況を把握していたからともいえる。俺を呼びに来た時にロベルトが焦っていたのも、同じ理由からだ。
「ちなみに行軍速度とルートを見るに、今日あたり、不運にも何人もの兵士が糧食とともに鉄砲水で流されるだろう。道なりに来るのであれば、付近に村は無い。再度補給しようにも簡単には出来まいよ。街の方が近いから、斥候を出して街の様子を確認した後、街に全軍来るだろう。腹を空かせた状態で」
「なるほど?」
声が笑いそうになるのをなんとか堪えて、俺はしれっとした顔をしているラ・メールを一瞥してからフラムを見た。
「可哀想なことだが、自然災害なら仕方がないな? やったことを考えればむしろ天罰だろう」
「そうとも」
「早馬で知らせようにも、おおまかな居場所しか分からんのでは到底間に合うまい。仕方ないことだ」
俺とフラムはうんうん頷きあう。
微妙にフラムが黒いのだが、そういえば炎の精霊は総じて正義感が強かった。
おそらく、今回フラムを引っ張り込んだのはラ・メールだろう。暇になったからとテールの所に遊びに行って、軍の所業を知って激怒したのだろうな。フラムには災難だったろうが、火を放たれていたらしいから村人にとっては僥倖だ。フラムのいるフィールドで無駄な大火など起こせるはずがない。王国軍には是非自分たちが焼き尽くされなかった幸運に涙して欲しいところだ。
それにしても、人間の軍に罠を仕掛けるとか、ラ・メールはかなりご立腹のようだな。村で出た被害の中に子供がいたのだろうか。
……下手したら人死に出るな、これは……
「し、しかし、飢えた王国軍四千が来るというのは、かなり深刻な問題ですな」
「長居はせんでもらいたいものだが……」
「率いている将によっては街も略奪にあいかねん……」
「そもそも、四千もの兵を養う食糧など、どこにあると言うのだ?」
実はあるんだが、まぁそれはともかく。
「心配する必要は無い。せいぜい、街に来た時に『適正価格』で売ってやろうではないか」
「……あ、あのぅ……グランシャリオ殿、王国軍に『売る』のですか?」
「ああ、売る。飢えさせたほうがいいか?」
恐る恐る問いかけてきた商人――えぇと、ポムの『記憶覗き見スキル(仮名)』曰く、ニコラウスだったか?――に、俺は薄く笑って答えた。
ついでに茶化してしまったのは、大柄な体で子リスのようにキョロキョロしていたのが妙に可愛らしかったからだろうか。
いや、なんか妙に愛嬌があるのだ。ついかまいたくなるような。
「い、いいえ! それはやりたくても出来ませんし、い、いえ、そうではなく、徴収される可能性が高いのでは、と思いまして」
なにかポロッと本音がこぼれていたが、それはともかく。
ニコラウスの言葉は実際に寒村で行われた内容を指しているのだろうが、残念ながら此処では勝手が違うのだ。
「それが可能なのは、連中が『頭ごなしに命令できる相手』限定だ。誇り無き武人などただの破落戸だが、面倒なことに『王国軍』だからな。……例えば、ジルベルトは王国軍に逆らえない、あるいは逆らうのが難しい立場だ」
俺の言葉に、ジルベルトは苦笑しつつ頷く。
「ただ、ジルベルトにも拒否する術はある。――ジルベルト、実際に連中が『アヴァンツァーレ家に』食糧をよこせと言って来たらどうする?」
「今の私は虎の後ろに隠れるしかありませんね。『申し訳ありませんが、借金にまみれた私の家には食糧がありません。借金の借用書ならありますが』」
言うようになったな。
「いや、ですが、これほど強固な外壁や大きな街をお持ちですのに?」
ニコラウスの隣にいた商人が唖然とした顔で言う。丸顔でつぶらな瞳だから、特徴から察するにパウルだったかな?
「あの壁も新しい大きな街もレディオン様がお造りになったものです。つまり、あの部分は私の持ち物ではありません」
「はぁ!?」
一斉に視線を向けられたので微笑んでやった。
即座に数秒間硬直したあげく、全員におどおどと目を逸らされた。
……大丈夫だ。泣かないぞ……
「実際、まだ私には借金が沢山あるんです。この屋敷はレディオン様が補修してくれたものですし、この屋敷の調度品も全てレディオン様が配置したものです。つまり全部『レディオン様の物』であって、私はそこに住まわせていただいているだけです。領主という身分のまま」
「そ、それって……」
「いずれ利子をつけて対価をお支払いするつもりではありますが、現在のところ私が勝手にどうこうできるものは何一つ無いのです。無い袖は振れませんので、王国軍にどれだけ凄まれてもどうしようもありませんね。かわりにレディオン様のところへの紹介状をお書きするぐらいでしょうか」
「うちには大量に食糧があるからな」
なにしろ『無限袋』が三十個ほど食糧で埋まってます。
ちょっと二つの大陸で狩りをやりすぎた感が半端ありません。
「なんにせよ、連中が来たら俺の所に通すがいい。多少、治安維持に冒険者の手を借りるかもしれないが、王国軍相手でも尻込みせん猛者はいそうか?」
「お任せください! 不肖、この私めも同行させていただきます」
今まで大人しく聴衆側にいた支部長が輝く笑顔で宣言した。頼もしいな支部長!
「では、細かいところを詰めてしまおうか。連中のほとんどはこの街が滅んだと思っているだろう。驚く姿が、実に楽しみだな?」
告げた俺に、少しは緊張がほぐれたのか商人達がわずかに笑った。ただ一人を除いて。
俺はその一人を見る。今も口を噤んだまま静かな表情でいる男は、まっすぐに椅子に縛られたままの従者を見ていた。その瞳には猛禽のような鋭さがある。
その男の名を、スヴェンといった。




